⒍ ミラ
育ち盛りの子供だというのに、憔悴しきったミラの姿に私の胸は騒ついた。
――確かに彼女のことは嫌いだった。
私の身勝手な嫉妬で、彼女を虐めるくらい、私は彼女に不幸になって欲しかった。
けれど、最愛の母親を亡くし、一人ベッドの上で憔悴する彼女を見て、私は喜びなど微塵も感じることができない。
それよりも寧ろ、今まで彼女に行ってきた罪悪感が胸にのしかかってくる。
――こんな彼女になんて、声を掛ければいいの?
私は動揺して、喉の奥を詰まらせた。
そんな私にミラは、私が松葉杖を付いている姿を見て、ハッと顔色を変えた。
ミラが頭を起こそうするのに気づき、ミラの侍女がさっとやってきて、彼女の体を支えながら身を起こさせた。
「ごめんなさい。グレースさま……」
「えっ?」
侍女の上半身を支えられながら、ミラが震える声で私に頭を下げた。
「私が……首都に、……行きたいと言ったばっかりに……あんな、事故に。……おケガは大丈夫ですか?」
「――っ」
何ということだ。
ミラは私の怪我した姿を見て、声を震わせて謝ってきた。
確かに今回の首都へのお出かけはミラが提案したことだ。
その所為で、私は怖い思いをし、足まで怪我をし、数日間寝込んだ。それは紛れもない事実。
けれど、母親を亡くし、私より自分の方が辛い思いをしているはずなのに、どうしてこんなことが言えるわけ?
ーーなんて、呆れた。
私はカッとなり、衝動のまま手を挙げた。
「お嬢様っ!」
それを見たマリアが制止の声を上げるが、それより先に私の手のひらはミラに向かう。
――パチリ。
「…………いた」
デコピンをおでこに食らったミラは驚いて、おでこに手を当てた。
「…………」
「…………え?」
唖然とするミラと状況を見守るマリアたちが息を呑んで私に注目した。
「ミラの馬鹿っ!」
私はそう言うと、松葉杖を放ってミラのベッドの上に乗る。そして驚くミラをぎゅっと力の限り抱きしめた。
「なんで? なんでこんな時まで、人の心配しているのよっ! 私の怪我なんてどうでもいいの! 人のことより、自分の心配しなさいっ! 今、一番辛いのは貴女でしょ!?」
ミラの体をぎゅうぎゅうに抱きしめながら叫べば、気づいたら目から涙が溢れ出ていた。
「……グレースさま?」
私の腕の中でミラが戸惑いの声を上げる。
「『グレースお姉様』よ。…………家族なんだから、そう呼びなさい」
「……かぞく?」
私は抱きしめていた腕を緩め、彼女の肩を取ってミラの顔を正面から覗き込んだ。
「そうよ。あなたは私の可愛い妹よ。血が繋がっているんだから当然じゃない」
微笑んだつもりだが、涙で上手く笑えていないかもしれない。
けれど、気持ちは伝わったのか、ミラの体が震え、彼女の小さな手が恐る恐る私の服を掴んだ。
「グレース、おねえ、さま……。おねえさま……」
「ええ。そうよ」
私は目を潤ませる彼女を今度は優しく抱きしめる。
「ミラ。一人で辛かったでしょ」
ミラは私の胸に顔を埋めると、今度こそ声を上げて泣き出した。
「おねえさま、おねえさまぁ。私、わたし……うっ、うわーん」
「よしよし。よく一人で頑張ったわね」
「ううっ、おねえさまぁ」
「泣きなさい、ミラ。我慢しないで泣いていいのよ。これからは私がいるからね」
しがみついて泣き喚くミラの背中をさすりながら、私もまた目から涙を溢れさせていた。
今までの自分の行いによる激しい後悔と懺悔。
そしてミラに対する同情と、血の繋がった家族としての情。
全ての感情が入り混じり、私の心を締め付ける。
――ゴメンね。ミラ。
声にならない謝罪を飲み込み、今はただ妹の悲痛な泣き声に耳を傾けていた。