⒌ お見舞い
妹のお見舞いに行くと言い出した私にぎょっと驚くマリアを連れ、私は松葉杖をつきながら屋敷の中へと戻った。
ミラの部屋は屋敷の奥にあり、松葉杖の私には移動が大変だ。
ゆっくり一歩一歩進む私の後ろをマリアが心配そうについてくる。
「あ、あのお嬢様。ミラ様のお見舞いはもう少し後でもいいのではないでしょうか。ミラ様もまだ伏せっていらっしゃいますし」
「伏せっているからお見舞いに行くんでしょ?」
「でもほら、ミラ様も寝ているかもしれませんし」
「顔だけでも見れたらそれでいいわ」
「でもでも、どうせならミラ様がお元気になってからの方が」
「励ますために行くんだから、元気になってからじゃ遅いの」
「でもでもでも」
「でもでも、うるさいっ!」
私は体をぐるりと回すと、花を持ったマリアに松葉杖の先端を向けた。
「いいから黙って付いてきなさい。貴女、主人が信用ならないの?」
「でもー、お嬢様ぁ」
情けない声をあげるマリアを無視して、私は廊下の先を進む。
「ここね」
ミラの部屋の前に到着すると、私はゴンゴンと部屋の扉をノックした。
「はい。今、開けます」
中から声がして、すぐに扉が開く。
「――グレースお嬢様っ!?」
扉を開けたのはミラに付く侍女だった。
年の頃はマリアとそう変わらないだろう。そばかす顔の赤毛の少女だ。生憎と名前は覚えていない。
彼女は私と困った顔で後ろに立つマリアを交互に見て、驚いた表情を浮かべる。
「ミラは中?」
私が部屋を覗き込みながら尋ねると、ミラの侍女は慌てたように立ち塞がり、視界を塞いだ。
「ミラ様は今、お休みになっていらっしゃいます」
「……そう。ちょうど良かったわ。お見舞いに来たの」
「お、お見舞いですか?」
明らかに戸惑いの顔を見せる侍女に流石の私もキレそうだ。
――この子といい、マリアといい、私の日頃の行いが余程信用ならないということね。
分かっているが、ここまであからさまだと面白くない。
「入らせてもらうわよ」
「あ、ちょっと、グレースお嬢様!?」
私は侍女の制止を無理矢理払うと、部屋の中へ入って行く。
「まずいことになったら、すぐ止めますので。あ、これグレース様からお見舞いのお花です」
その後ろをマリアが侍女を宥めながらついて来た。
「ミラ。起きてる?」
ミラの部屋はゴテゴテとした私の部屋と違って、メルヘンちっくな可愛らしい部屋だった。
細かい花柄のピンク色の壁紙に、置かれている家具も白を基調とした家具で揃えられ、奥に置かれた大きなベッドも薄ピンクの布を重ねた天蓋で、愛らしいミラにピッタリの部屋といえる。
ーー彼女の部屋なんて初めて入ったけれど、こんな部屋だったのね。
私は松葉杖をつきながら、部屋の奥へと進む。
部屋に入ってすぐに、朝食の乗ったトレイがテーブルに置いてあることに気づいた。
全然手をつけられていないようで、そっくりそのまま料理が残っている。
私はそれを見て、ミラの侍女に訊く。
「ミラは食事を摂っていないの?」
私の質問にミラの侍女は困ったように眉を下げると、仕方なくと言うように頷いた。
「ええ、殆ど……」
「そう」
私は頷くと、そのままベッドへと足を進める。
ベッドを覆う天幕は今は開かれており、中央に眠る少女の姿が見れとれた。
「ミラ」
私が声をかけると、眠っていた彼女が長い金色のまつ毛を震わし、ゆっくりとその目を開く。
ぼんやりとした表情を浮かべる彼女はベッドの横に立つ私に気づくと、力のない掠れ声で私の名を呼んだ。
「……グレース、さま?」
ふわふわとしたブロンドの髪が枕の上に広がり、寝巻き姿のままの彼女は虚な目を向ける。
唇はかさつき、元々の白い肌が更に血色悪気青ざめ、その生気のない顔に私は酷く驚いた。
「……ミラ」
なんていうことだ。
あんなに明るく、いつも眩しい柔らかな笑顔を浮かべていた彼女がこんな風にやつれてしまっているなんて。
ミラのその痩せ細った姿に私は少なからず動揺した。