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悪役令嬢はお姉様と呼ばれたい!  作者: 春乃春海
第一章 悪役令嬢からの目覚め
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⒋ もう一人の私


 

 使い慣れない松葉杖の所為で、ちょっとの距離を移動するだけでも疲れてしまった。

 私は侍女のマリアが部屋を整える間、庭園で休むことにした。

 今まで部屋に篭りっぱなしだったから、部屋の掃除を入念に行うらしい。

 その間リビングに居ても良かったが、そこでは使用人たちの目が気になって休まらないので、人気のない庭の方が気が楽である。


 ――お嬢様も大変よね。


 また私の中で別の私が喋った。


 彼女は私であって、私ではない存在だ。

 『もう一人の私』と呼ぶべきだろうか。


 ここ数日間、ベッドの上で療養している中で、私ははっきりと『もう一人の私』のことを自覚していた。


 どうやら、この『もう一人の私』は過去の私らしい。

 正確にはグレースとして生まれる前の私。所謂、前世というやつだ。


 そこでは私は「日本」という国で暮らしていた。

 黒髪の平たい顔の平凡な姿の私は、「乙女ゲーム」を愛するヲタクで、毎日ゲームに明け暮れていた。

 それは別にどうでも良いのだが、問題はその私がやっていた「乙女ゲーム」である。


 私がハマっていたゲームの中で、気になった作品があった。

 それは中世ヨーロッパ風のファンタジー世界を舞台とするゲームで、どうやらこの世界がそのゲームと非常に類似しているようなのだ。


 ここがゲームの中の世界ですって?

 そんな馬鹿げた話があるわけないと思いつつ、レトナーク領という領地の名前や、そこを治めるローランド伯爵家というキーワードはこの世界と全く同じであった。

 そして何より、ローランド家のグレースとミラという娘たちがそのゲームには登場していた。

 と言うか、主人公である。


 ーー私グレースでなく、妹のミラがだ。


 乙女ゲームの主人公であり、ヒロインの「ミラ・ローランド」。

 美しい容姿に愛嬌のある顔立ちの彼女には悲しい生い立ちがあった。


 幼い頃、母親と半分血の繋がった姉と共に首都に出かけた帰り道。大嵐に遭い、乗っていた馬車が崖から転落し、大好きだった母が亡くなってしまう。

 残されたミラは、姉と後にやってくる継母に虐められ、悲しい少女期を過ごすことになる。

 そして、16歳を迎えた彼女は舞台となる学園へと入学し、運命の恋へと出会うのだった。


 これが乙女ゲームの導入で説明される主人公ミラのエピソードだった。


 ーーそっくりそのままなのよね。

 後にやってくる継母についてはよく分からないが、馬車の事故といい、とりあえずは今のところ現在の状況と同じだ。

 

 そして、ゲームの中では悪役令嬢として、彼女の姉は活躍する。

 ヒロイン、ミラを虐めている意地悪な姉の名は「グレース・ローランド」。

 

 ーー紛れもなく、私の名前だ。


「………まさかね」


 私は首を振り、考えを振り解く。


 馬鹿馬鹿しい。

 ここが乙女ゲームの世界ですって?

 しかも私がそのゲームに登場する悪役令嬢だなんて。


 前世の記憶を思い出しただけでも問題なのに、ここがゲームの世界であるなんて到底認められなかった。

 ひょっとしたら、もっと詳しく調べれば他にもゲームと同じ箇所があるかもしれないが、わざわざそんなことをしたいとも思わない。


「やめやめ。ただでさえ事故にあって心配されているのに、これ以上問題を起こしたくないわ」


 ここ数日、記憶が混乱してた為、侍女のマリアから言動がおかしいと指摘されていたのだ。

 覚えていることを忘れていたり、知らないような知識を話したり、前世の記憶というのは結構厄介なものである。

 その上、ここがゲーム世界なのと話をしたら、それこそ病気を疑われそうだ。


 大体、悪役令嬢という肩書きが気に入らない。

 確かにゲームと同じで、妹のミラのことは嫌いだけど、そんな酷い虐めなんてしていたわけじゃない。

 せいぜい、ミラの持っていたぬいぐるみを奪ったり、ドレスを隠したりとちょっとした意地悪をした程度だ。

 これを虐めと呼ぶかしら?


 …………。


 ………………。


「……………………呼ぶわね」


 どう考えてもアウトだった。


 早熟した前世の記憶を持った所為で、それが紛れもなく酷い虐めであることに気づいてしまった。


 ……んん?

 私ってば、そんなに悪い子だった?


 確かに、これまでの私は母親に愛されて育ったミラと仲良くなろうなんて思わなかったわよ。

 一緒に遊ぶことを拒否したり、使用人の気づかないところで罵声を浴びせたり、髪を引っ張ったり、物を取ったりなんて日常茶飯事だ。

 挙句の果てには、「貴女を家族なんて思わないからね」と言って、ミラに『お姉様』と呼ばせることを禁止して、『グレース様』と呼ばせていた。


 ーーあ、あれ?

 めちゃめちゃ意地悪じゃん、私。


 今まで散々ミラに対して行って来た悪行の数々を思い出し、ズンと気が重くなる。

 

 でも、ほら、小さい子がやることだし……?

 それに私にだって、幼い頃母親が出て行って、父親は娘に無関心という悲しい生い立ちがあるわけで……。


 ……でも、それがミラを虐める原因だとしても、悪いことは悪いことよね。

 ましてや、ミラも母親を亡くしてしまったわけだし……。


 私は目の前に広がる庭園の花々を眺めて、考え込む。


「グレースお嬢様ー。お部屋のお掃除終わりましたよ」


 ちょうど、そこへ部屋を整え終わったマリアがやってきた。

 マリアは庭園のベンチに腰掛けている私に気づくと、足早に駆けてくる。


「お嬢様。お待たせしました。お部屋に戻られますか?」


 急いできたのか息を弾ませたマリアに私は顔を上げる。


「――マリア。あのお花を摘んできてくれる?」

「はい。お嬢様がお花なんて珍しいですね。お部屋に飾りますか?」


 ニコニコと微笑むマリアに、私は首を横に振って言った。


「いいえ。ミラの処へ、お見舞いに行くの」

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