31. ブドウ畑への視察
ローリーがそれとなくパトリシアに視察の件を伝えたところ、ブドウ畑でワインの試飲も行われると聞いて、パトリシアも視察について行きたいと言い出し、結局、家族全員で行くこととなった。
数台の馬車に分かれて乗り込み、領地の山道を進んだ先にそのブドウ畑はあった。
「わー、お姉さま見て!あれがブドウ畑?」
馬車の窓から顔を出すミラが興奮した様子で外の景色に感動の声を上げる。
外を覗くと、一列に並んだブドウの木が広い敷地に連なり、壮大なブドウ畑が丘いっぱいに広がっていた。
伯爵家が治めるレトナーク領地は比較的温暖な地域で、ブドウの栽培に適した土壌と気候を兼ね備えており、ブドウの栽培やワインの加工出荷に力を入れていた。
セドリックから見せてもらった領地の運営資料では、このワイン産業がレトナークの主な収入源の一つであった。
レトナーク産のワインは国内でも有名で、昔から多くの貴族達に親しまれている。
幸いなことに、領地運営にあまり強くないお父様だが、ワイン好きなことが高じて、このワイン産業だけはしっかりと運営しているらしい。
しかし、近年は他領でもワイン作りが盛んとなっており、レトナーク産のワインの出荷率が落ち込み気味となっていた。
実に由々しき問題である。
このままレトナークの特産物であるワインの出荷数が減れば、領地の収入も途絶えてしまう。
セドリックからは、この状況の打破すべき解決法を求められていた。
出荷数を増やす為に生産量を増やしても、新しく進出した他領産のワインに押されて売れなければ意味がない。
パッと思いつくのは、新しい商品を考えるか、それとも他の産業に手をつけるかくらいだが、どちらにせよなかなか難しい話である。
「お姉様、着いたみたいですわ」
私が唸っていると、馬車の速度が落ち、ブドウ畑の中の一際大きな建物がある敷地の方へ入っていく。
既にブドウの収穫が行われているようで、桶いっぱいにブドウが入った桶を数人がかりで運んでいく農民の姿があった。
建物の前で馬車が止まり、外に出ると、この農村の代表である村長が人の良さそうな笑顔で出迎えてくれた。
「はるばるお越し下さいまして、ありがとうございます。領主様」
「今年も出来の良いブドウが採れていると聞いてね。今日は家族を連れてきた」
そう言ってお父様はお継母様と私たちを紹介した。
「これはこれは。ご家族でお越しくださって嬉しい限りです。どうぞ今日は楽しんでいってください」
鍔付きの大きな帽子を被っていたパトリシアは、空を見上げて不快そうに手に持っていた扇子を煽ぐ。
「それにしても、ここは暑いわね」
「今日は天気が良いですからな。お陰で絶好の収穫日和ですよ。収穫の様子を見て行かれますか?」
「……収穫ね。私はいいわ。それより中で休ませてちょうだい。馬車の移動で疲れているの」
「畏まりました」
パトリシアの我儘にも嫌な顔一つせず、村長は案内係を呼び、パトリシアはさっさと建物の中へと入って行く。
「お父様。私、収穫しているところが見たいわ」
私が言うと、村長が嬉しそうに手を合わせた。
「おお、それは是非。よろしければ収穫してみますか?」
「あら、よろしいの?」
「ええ、もちろんでございます」
「私もいいですか?」
「僕も!」
実際にブドウの収穫をできると聞いて、ミラとルイがはしゃいだ声を上げた。
「では、子供達を頼んだよ。私は妻のところに行くよ」
「かしこまりました。中の者にワインを用意させておりますので、ごゆっくりご賞味ください。私もすぐに戻りますので」
「ああ」
そう言って、お父様は建物の中へと入って行ってしまった。
折角の視察なのに、収穫の様子を見ないのかしらと思ったが、お父様は毎年来ているから見飽きた光景なのかもしれない。
「お姉様、見て。あそこ、大きな樽があるわ」
「うわぁ、何これ。僕より大きい!」
テンションの低い大人たちと比べて、はしゃぐ妹弟達は可愛いものだ。
「フフ。あなた達ならすっぽり入れちゃうわね。あの中に絞ったブドウを入れて、ワインを作るのよ」
「おや、さすがはお嬢様ですね。よくご存知で」
私の説明に村長は驚いた顔をする。
「事前に勉強してきましたから。でも、実際にこの目で見るとまた違いますわね」
「そうでしょう。ここは私の先代、先々代から続くワイン工房ですから」
「長い歴史があるのね」
「はい。さ、では案内の者が来ましたので、畑の方へお連れ致しますね」




