20. 敵を迎え撃つためのリサーチと対策①
翌日、私は更なる情報を求めて、使用人たちが利用するキッチンへと向かった。
ちょうどいいことに夕食の下準備をする料理人や手伝いをする侍女や従僕が集まっており、皆興味津々というように色々なことを話してくれた。
「ものすごい美女って話ですよ。その美貌で旦那様を虜にしたとか」
「相当金遣いが荒い方と聞きました」
「金遣いだけでなく気性も荒いとか」
「私が聞いたのは――」
ポンポンと噂話が出てくるが、どれも悪評ばかりと言うのが恐ろしい。
しかし。
――パトリシアの情報は入ってくるけれど、子供の情報はないのよね。
攻略対象キャラだから、どんな子供なのか知りたいのだけど。
と、そこへマーカスが通りかかり、使用人の一人が彼を呼び止めた。
「おい、マーカス! お前、旦那様について行って、新しい奥様の顔見ているんだろう? どんな人だった?」
おお、そうだ。
マーカスは護衛としてお父様と一緒に出掛けていた人物である。
思わぬところに情報源がいたことに私は期待の目でマーカスを見る。
ボン、キュ、ボン。
マーカスは無言のまま、身体のラインを示すジェスチャーをした。
「おおっ!」
男性陣から期待の声が沸き、女性陣からは呆れたため息が聞こえた。
いや、グラマラスな見た目ということはわかったが、私が知りたいのはそこではない。
「あのね、マーカス。――他には?」
マーカスは無言のまま首を横に振ると、そのままキッチンを通り過ぎって行った。
「はぁ、マーカスは腕は立つけど、スパイには向かないわね。……他に何か情報はない? 連れ子についてとか、なんでもいいから」
気を取り直して顔を上げた、その時ーー
「お嬢様、こんなところで何をなさっているのですか?」
背筋がヒヤリとする声に振り向けば、メイド長のイルダが戸口に立っていた。
「……えっと、これは、その……」
助けを求めて、周りを見渡せば、さっきまで集まっていた使用人たちは蜘蛛の子を散らすようにサッと私から離れて持ち場の仕事に戻っていた。
――くぅ、裏切り者。
「グレースお嬢様。新しい奥様について気になるのはわかりますが、わざわざこんな所にまで来て探りを入れるなんて、令嬢としてあるまじき行為ですよ。――皆さんもつまらないお喋りをしていないで、手を動かしなさい。まったく、お嬢様相手に何を吹き込んでいるんだか」
「ご、ごめんなさい。でもね、イルダ……」
「はぁ。――仕方ありませんね。上でお話しましょうか」
イルダはため息混じりに言うと、私の背中を押して部屋から出るよう促した。
――――
イルダは勉強部屋へと場所を移すと、まず前置きを述べる。
「使用人たちから聞いたことは余計な憶測や噂が混ざっています。あまり鵜呑みになさらないように」
「……はい」
鋭い目つきで睨まれ、私は肩を縮こませて頷いた。
「それで、何をお聞きになりたいのですか?」
「聞きたいことは山のようにあるけれど、そうね。まず、娼館で働いているって言っていたけれど本当かしら?」
「……あの子たちはまた余計なことを」
「隠していてもいずれ耳に入ることよ。本当のことを教えてちょうだい」
私はイルダの目をじっと見て真剣であることをアピールする。
その熱意が伝わったのか、イルダも諦めて、肩を竦めながら答えた。
「わかりました。……事実でございます」
「そう事実なのね」
「しかし、意味合いが少し違います」
「と、言うと?」
「昔は娼館で雇われの身で働いていましたが、資産家と結婚して一度職場を離れております。そして離縁後に再び戻って来たそうですが、今度はお客を取る立場ではなく、経営する側として働いていたそうです」
「まぁ、そうなのね」
これまた意外と逞ましい女性のようだ。
「その資産家との間に子供がいると聞いたけど?」
「ええ、ミラ様と同い年の男の子という話です」
「……お父様の子供ではないでしょうね」
「違うようです。セドリックが調べたそうですから、そこは間違いないかと」
なるほど。セドリックが調べたのなら、大丈夫だろう。
ゲームの世界でも、彼は継母の連れ子で私たちとは血が繋がっていないという設定だったし、信じて良い話だ。
そこでふと、ゲームの内容を思い出し、継母がなにかと目の敵につけてミラを虐めていたことを思い出す。
「ねぇ、イルダ。そのパトリシアという方はリリーとミラのことを知っているのかしら?」
「断言できませんが、恐らくは」
「そう」
確か、ゲームではミラだけを虐め、グレースには手を出さなかったと記憶している。
お父様がリリーとパトリシアに対して二股をかけていたらしいから、もしかしたら二人の間には確執があるのかもしれない。だとすると、パトリシアがリリーの子供であるミラを毛嫌いするのも理解できる。
私はゲームの内容に、ヒロインが母との思い出の品を継母捨てられたというエピソードがあったことを思い出す。
「もしかするとパトリシアはリリーのことをよく思ってないかもね」
「その可能性はございます」
「……イルダ。まだリリーの部屋に彼女の遺品が残っていたわよね」
「はい」
「今のうちにミラと相談して移動させましょう。新しく来るお継母様もその方が良いでしょうし」
「そうですね。かしこまりました。リリー様が使っていた物も出来るだけ新しい物に取り替えておきます」
「お願いね」
こうしておけば、とりあえずはリリーの思い出品を捨てられることはないだろう。ミラには極力嫌な思いはさせたくないからね。
「ところで、イルダ」
「はい。なんでしょう、お嬢様」
「パトリシアにつく侍女は決まったの?」
「それがまだ……。しばらくは私が今の仕事と兼任してやる予定です」
「そう」
噂で聞く通りなら性格のキツそうなパトリシアと厳格なイルダとは反りが合わなさそうだ。
「しかし、最終的には奥様の性格を見て、侍女を決める予定です。今いるメイドではなく、新たに外から雇うことも考えています」
「それがいいかもね。この屋敷に馴染んだ者より、新しい人間の方が摩擦がなさそうよね。わかりました。その時になったら教えてちょうだい。お屋敷の運営費も見直さなくてはいけないもの」
「……」
「……? 何かしら? 人の顔をそんなに見て」
「いえ。セドリックからお嬢様がお屋敷の采配について勉強しているとはお聞きしておりましたが。……あの我儘放題で自分勝手で癇癪持ちで高慢ちきなお嬢様がこうも立派になられて、イルダは感激しております」
口を両手で押さえて声を詰まらせる様子は、些か大袈裟ではないだろうか。
っていうか、今結構ボロクソに言ったよね?




