⒈ 目覚め
目が覚めて、まず最初に感じたのは視界に映る景色の違和感だった。
――何処だろう、ここ。
天幕に覆われた薄暗いベッドの中に私はいた。
なんだかとっても深く眠っていた気がする。
その所為でまだ頭の中がぼんやりとしていた。
今は何時だろう。
大きなベッドの上で、私は身を捩る。
「――っ!」
途端、右足から激痛が走った。
驚いて寝具を捲れば、なんと右足首に包帯がぐるぐると巻かれていた。
――何? これ。
私、いつ怪我をしたの?
その怪我にも驚いたが、足から続く自分の体を見て、更に驚いた。
白く華奢な細い脚。
薄いネグリジェを着た体躯は痩せ細っていて、凹凸のない身体。
スラリとした、か細い腕と小さな手。
――私の身体ってこんなに色白で小さかったっけ?
自分の身体の筈なのに、妙な違和感を感じ、仰向け姿勢のまま掌を天井へと伸ばし、ひらひらと動かして観察する。
本当に小さな手。
短くてぷっくりとした可愛らしい手だ。
そう、まるで子供のような……
――子供?
あれ?
私って、いくつだったっけ?
もっと大人で、肌だってこんな白くなくて――
え? それって誰のこと?
私じゃないよね。
だって私は――
私は――?
あれ? そもそも私って……、誰だっけ。
ぞわりと背筋を駆け抜ける違和感に、急に心臓がバクバクと鳴り出す。
得体の知れない恐怖に追われて、痛む足を引きづりながら、ベッドから転げ落ちるようにして天幕の中から抜け出した。
「痛っ!」
痺れるような激痛が足元から走るが、それどころではない。
床に敷かれた紅色のカーペットに手足をついて、ぐるりと部屋を見渡す。
ベッドの中は天蓋によって暗く時刻が分からなかったが、窓辺から外の光が燦々と部屋の中を照らしていた。
机やサイドチェストなどクラシカルな木製家具、アンティークな二人掛けのソファやローテーブルなどが置かれた豪奢な装飾の部屋が広がっていた。
――ここは、私の部屋……よね?
この天蓋付きの大きなベッドも、アンティークな装飾の応接セットも、壁に沿って置かれた机と椅子も、全て見覚えはあった。
けれど、知っているはずなのに、どこか知らない部屋を見ているようで、気持ちが悪い。
――何がそんなにおかしく感じるのだろう?
私はクローゼットの前に大きな姿見があるのを発見し、痛む足を堪えながら這いずって床を移動する。
――さっきから感じるこの妙な違和感は何だろう。
鏡の前に辿り着き、ようやく自分の全身像が見ることができた。
「――これが、私?」
そこには色白で華奢な小さな女の子の姿があった。
ゆるいカールのかかった、金色と茶色の中間に当たるダークブロンドの髪。
顎が小さく小顔で、高い鼻に、赤く大きい口。
眉はくっきりと濃くまっすぐで、ダークブラウンの吊り目気味のぱっちりとした目が勝気な印象を与えた。
顔は整っているが、ピンク色のネグリジェから伸びる細い手脚といい、まだ成長真っ只中の幼い体躯といい、どこからどう見ても小さな子供だ。
年齢で言えば、10歳前後だろうか。
私はペタペタと自分の顔を触り、鏡の中の子供が自分であることを確認する。
――私ってこんな姿だったっけ?
もっと大きかった気がするんだけど。
髪だって、黒髪で短くて、こんな柔らかいカールヘアではなかった。
そう、顔もこんな美少女ではなくて、もっと平凡な……
あ、あれ?
おかしいわ。
なんでそんな大人の記憶を持っているの?
私は子供のはず……
そう、この身体が私よ!
私はーー
私はーー?
――分からない。
頭の中がぐちゃぐちゃして、気持ち悪くなってきた。
「……ヤバい」
気分の悪さを自覚した途端、目眩がして私は床に倒れる。
しかし、運の良いことに私が倒れたとほぼ同時に部屋のドアが開いた。
視界の隅で、メイド服に身を包んだ女性が部屋に入ってくるのが見える。
「グレースお嬢様? 目が覚められましたか? ――っ! お嬢様っ!? 大変っ!誰かーっ!」
視界が霞むにつれ、女性の金切り声はどんどん遠ざかっていった。