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別れ

 それから俺達はとても良い雰囲気で付き合いを続けていた。俺は清美の透き通ったうなじを見るたびに、押さえきれない欲求を感じた。


――清美を抱きたい――


その度に何とか押さえようとするのだが、俺の動物的本能は消え去ることはなかった。ある休日、清美は俺の家に遊びに来た。これは天祐だ。俺は何とかしてこのチャンスをモノにすべく、あれこれ考えていた。どうやったら清美をベッドへ誘えるのか? 俺の頭はその事で一杯だった。


「何か飲む? コーヒーで良いかな?」

俺は焦る心を落ち着かせながら清美に聞いた。明るい日差しが窓越しに清美の頬を照らして、彼女の白い肌はいつも以上に際立って輝いていて、俺は思わず見とれた。

「ええ、良いわ――私の顔に何か付いてる?」

俺の視線に気付いた清美はにっこり笑ってそう訊いた。

「い、いや、何でもないよ」

俺は努めて冷静さを装うと、キッチンのコーヒーメーカーにグァテマラ産の豆を入れた。スイッチを入れると豆を引く音が響いて、コーヒーの香ばしい香りが充満する。背後でソファーに座った清美の、静かな吐息の音がまるで俺の耳のすぐ近くでしている様な気がして、俺はくすぐったいような、恥ずかしいような気持ちで落ち着かなかった。落としたコーヒーをカップに注ぐと、俺は出来る限りの冷静さを装って、テーブルに置いた。


「どうぞ」

「ありがとう」

清美はそう言ってニッコリ微笑むと、静かにカップに口を付けた。俺は彼女の隣に腰を下ろすと、横目で彼女の様子を伺った。清美の柔らかな桜色の唇が陶器の白いカップに接触する度、俺はこの唇が俺の体に触れたら一体どんな気持ちがするだろう? と想像して、顔が熱くなるのを感じた。


――どうすれば良いのか?


俺は清美がコーヒーを飲み終わるのを見計らうと、思い切って彼女の方へ向き直った。

「あ、あのさ……」

多分俺の声は上ずっていて聞き取りにくかったと思う。清美は少し警戒するような顔をして、

「な、何?」

とだけ答えた。俺は言葉に詰まり、そして次の瞬間清美をソファーに押し倒した。

「ち、ちょっと、海君!」

狼狽する彼女の唇を強引に奪う。次の瞬間、

「やめてよ!」

清美は有らん限りの力で俺を押し退けた。気まずい空気が部屋に充満していく。


「清美、俺――お前の事が――す……」

「待って」

清美はソファーに起き上がり、乱れた髪を手で直すと、フウッと溜め息を一つ付いた。

「私も、海くんの事は好きよ……いえ、好きだったわ。だけど、こういう関係になりたかった訳じゃないの。良いお友達でいたかったのに……残念だわ。私の事、そういう嫌らしい目で見ていたなんて」

「き、清美!」

「悪いけどもう帰るわ。それから……もう本の貸し借りも止めましょ。私との事は無かった事にして。コーヒー御馳走さまでした。じゃあね」

そう言い放つと清美は俺の方を見向きもせずに玄関へ直行し、部屋を出ていった。俺はそれ以上強引に清美を引き止める事も出来ずに、ただ呆然と彼女を見送った。


「クソッ!」

俺はソファーの肘掛けを思い切り拳で叩いた。取り返しの付かない事をしてしまったという後悔と懺悔の気持ちが胸に重苦しく広がってゆく。タイミングが早すぎたか? いや、そもそも彼女は初めから俺の事を恋の対象とは見ていなかったのだ。きっと、この先どれだけ付き合っても、俺達が結ばれる日は来なかったのに違いない――その事実は俺を打ちのめした。何故だ? 何故俺じゃ駄目なんだ? やはりルックスだろうか? 俺は洗面所へ行き、鏡を覗きこんだ。少しばかり青ざめた面長の輪郭に比較的整った目鼻立ち――男らしい精悍さとか、モデルみたいな華やかさは無いが、我ながら割とイケてる方だと思う。少なくとも醜男ではない筈だ。なら、一体何が清美のお気に召さなかったのか? 体か? 俺は自分の体を見下ろした。背はクラスでも高い方だ。ジョギングが趣味だから、デブというわけでもなく、まあ引き締まっている。それなら何で――どうしてだ?


 俺の疑問はグルグルと熱くなった頭を巡り、そして例のホロスコープの事を思い出した。

「やはりそうなのか?」

俺はホロスコープ通りに生きるしか無いのだろうか? 俺は鏡に映った自分の眼を見詰めた。じんわり涙が滲んだ。清美……好きだったのに。初恋だったのに。これ以上友達になる事さえ拒絶されてしまった……


 俺は絶望感にうちひしがれたまま、ソファーへ寝転んだ。清美が飲んだ白いカップがテーブルに残されている。もう二度と、あんな風に清美がこの部屋で俺とコーヒーを飲む事は無いのだ――そう思うといたたまれなくて、俺は思い切り泣いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 展開が速くて面白いです。今後も期待しています
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