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辺境伯家への出立

 


 美しい侍女も、立派な身なりをした若い男性も、一目でこの国の方ではないと分かる容姿をしていた。

 黒い髪に、黒い瞳。それは歴史書に書かれていた東国の方の容姿である。

 ローゼクロス王国の民は、金色の髪を持つ者が殆どだ。


 メルヴィル様のように赤毛に近い方もいるけれど、黒い髪の者はいない。

 東国の人を見るのは初めてだけれど、髪も目も黒くて肌は白く、とても神秘的で美しい。

 金色の髪を見慣れてしまった私にとって、その色合いは落ち着いて見えたし、深い色合いは私のこの国では珍しい青い髪色に少し似ていて親近感を覚えた。


「マリスフルーレ様! お待ちしておりました!」


 どちらかといえば妖艶な容姿の侍女が、嬉しそうに笑顔を浮かべて言った。

 ぼろ布を纏って髪も乱れて、きっと顔にも傷のある私の姿を見て微笑むことができるなんて――と、驚いた。


 おそろしいと噂の辺境伯様の使者なのだから、もっと無口で冷たい表情を浮かべた、怖い方々なのかと思っていたからだ。 


 侍女の隣の男性も、口元に涼し気な笑みを浮かべると、優雅な仕草でふらつく私を抱き上げてくれる。


「失礼。マリスフルーレ様、足元がふらついておいででした。このまま馬車に運ばせていただきます」


 丁寧な口調で、生真面目な表情で男性は言う。

 その仕草には嫌味もいやらしさも全くなくて、触れられても、嫌だとも怖いとも思わなかった。


「さぁ、行きましょうマリスフルーレ様。我が主が城で待っています」


 男性は「我が主」と言った。

 つまりこの男性は、身なりは立派だけれど、ルカ・ゼスティア様ではないのだろう。

 騎士の方だろうか。

 服の上からでも腕が太く、鍛えられていることがよくわかる。


「それでは、ミュンデロット公爵。マリスフルーレ様はいただいていきますね! 支度金はもうお渡ししました。マリスフルーレ様は我が主のものになりました。よろしいですね?」


 侍女がはきはきとした声音で言う。

 お父様は苦虫を噛み潰したような表情で「好きにしろ。もうそれは我が娘でもなんでもない」と言った。


「ゼスティア家の使者だというから仕方なく話をした。だがお前たちは東国の者だな。二度とその口を開くな。消えろ!」


 お父様はそう怒鳴ると、私たちから顔を背けて屋敷の中へと戻っていく。


「……失礼なことを。申し訳ありません」


 私は一瞬唖然としたあと、二人の使者に謝った。

 出自がどうであれ、二人はゼスティア家の使者だ。なんて失礼な態度をとるのだろう。

 あの人が――血の繋がった父だなんて。


「気にしなくていいのですよ、マリスフルーレ様」


「マリスフルーレ様が謝る必要はありません」


 二人は特に怒った様子もなく、優しい声でそう言った。

 それから、ミュンデロット家に背を向けて、公爵家の門に向かって歩いていく。

 私は男性の腕の中で揺られながら、屋敷が遠のいていくのを夢のような気持ちで見ていた。

 お母様や、メラウの思い出がたくさんある、私が守らなくてはいけないミュンデロット家の屋敷。

 長く過ごした、私の――牢獄。

 けれど離れてしまうと、それはただの――恐ろしい人たちの住む、ただの建物のように思える。


(あの家を、出ることができるなんて……)


 一歩外に出るのはあまりにも簡単だった。どうして私は今までそれをしなかったのだろう。

 理由はわからないけれど、私をあの家から出してくださったゼスティア辺境伯に、深い感謝をささげた。


 公爵家の門の前には、黒塗りの立派な馬車が停まっていた。

 王家の馬車には乗ったことがあるけれど、それと同じぐらいかそれ以上に立派だ。

 馬車は頑丈そうな鉄でできているように見えた。窓は小さい。無骨な姿だ。


「花嫁を迎えに来たというのに、こんなむさくるしい馬車で申し訳ありません」


 男性が言って、私を馬車へと乗せてくれる。

 侍女が私のドレスの裾を整えて、馬車の中に一緒に座った。

 男性は御者台に座るようだ。私を中に座らせるとすぐに、外に出ていった。ややあって、馬車はゆっくりと動き出した。



お読みくださりありがとうございました!

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