苛立ちの理由
それからの日々はあっと言う間だった。
時折メルヴィル様は私のもとを訪れてくれたけれど、私よりもクラーラと過ごす時間の方が多かったように思う。
最初は優しかったメルヴィル様だけれど、ミュンデロット家を訪れて私に会うたびに、その言葉は苛立ちに満ちたものへと変わっていった。
私も、悪かったのだと思う。
うまく笑えなかったし、楽しい話もできなかった。メルヴィル様は私と話しているよりも、クラーラと話をしている方がずっと楽しそうだった。
「何故マリスフルーレは、いつも黒い服ばかり着ているんだ? なくなった母親の喪に服すのは理解できるが、俺と会う時までその色を選ぶことはないだろう?」
ある日、メルヴィル様に直接苛立ちの理由をぶつけられた。
いつもはクラーラと共に中庭で過ごすのだけれど、この日だけはメルヴィル様は私の手を強引に掴んで、クラーラを待たずに二人きりで中庭へと出た。
掴まれた腕が痛くて、それほどメルヴィル様を苛立たせてしまったことが悲しかった。
「メルヴィル様、申し訳ありません……」
確かにその通りだ。婚約者の来訪には相応しくない。メルヴィル様にとっては、拒絶されているように感じられただろう。
メルヴィル様が来訪する日は、私は使用人たちに無理やり衣装部屋へと連れて行かれ、髪と服を整えられていた。
使用人たちが私に着せるのは、飾りの少ない黒いドレスばかりだ。
髪も、髪飾りすらつけずにきつく結われてしまい、まるで葬儀のための衣服だった。
「黒を、私が選んでいるわけではありません。私には、選ぶ権利がないのです。私のものは、何一つここには残っていませんから」
「それはどういうことだ、マリスフルーレ? 君はミュンデロット家の後継者だろう。選ぶ権利がないとは」
「私は、十歳の時からずっと、屋根裏部屋で暮らしているのです」
言うべきだろうと感じた。
隠し事をしているから、メルヴィル様との距離がひらいてしまう。
全てを上手く隠すほどに私は器用ではなくて、嘘をつけばつくほどに、喉の奥に何かがつっかえているように言葉が出なくなってしまう。
メルヴィル様は一瞬戸惑った表情を浮かべた。意味が理解できなかったのだろう。
「屋根裏部屋、とは……」
「嫌だわ、お姉様! またお姉様のお得意の作り話をしているのですね!」
そこにすかさずクラーラの声が響いた。
私が真実を口にしようとしているので、慌てたのだろう。
いつも以上に、声が高く響いていた。
「メルヴィル様、お姉様の言葉なんて信じてはいけません! お姉様は部屋に篭って本ばかり読んでいるから、夢みがちなんですよ。それに、お母様を亡くしてしまったせいか、現実と夢の境が曖昧で、こうして時々作り話をしては皆を惑わせるのです!」
「……それは、違うわ」
私は首を振った。どうか、メルヴィル様に私を信じて欲しいと祈りながら。
「違いません。この間なんて、私たちがお姉様の本を裏庭で燃やしたと言うのですよ! 本は貴重品ですから、燃やしたりなんて勿体無いことはしないのに。ね、メルヴィル様?」
「……マリスフルーレ。俺を、揶揄っているのか?」
メルヴィル様の声からは不信感が滲んでいた。
――あぁ、駄目。
ここで泣いて違うと言って真実を訴えても、クラーラによって煙に巻かれるだけだろう。
私は首をふったけれど、それ以上のことはできず、言葉も出てこなかった。
昔は、もっと強かった筈なのに。
どんな状況でも強くあろうとしていたのに、なんだか疲れてしまい、頑張ることができなくなってしまった。
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