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序章:ミュンデロット家のマリスフルーレ

 



 椅子に座って髪をとかしてもらっている私が、姿見に映っている。

 私はまだ背が低いから、鏡台の椅子に座ると足が少し浮いた。

 浮いた足をぶらぶらさせていると、侍女のメラウに叱られるから、背筋をぴんと伸ばして膝に手をついて澄ましている。

 それが公爵令嬢としての正しい姿勢だと、メラウはいつも教えてくれる。


「マリスフルーレ様の髪は、ラスティナ様によく似ています。とても美しい、神秘的な湖のような青い髪」


 メロウは、私の髪をとかしながらよくそう言った。

 今も歌うようにそう言いながら、大切に大切に、髪に櫛を入れてくれている。


「マリスフルーレ様も、きっと美しい淑女になることでしょう。ミュンデロットの青い薔薇と呼ばれた、ラスティナ様のように」


「青い薔薇?」


「ええ。デビュタントの頃のラスティナ様はそれはそれはお可愛らしく、美しくて、ミュンデロットの青い薔薇と呼ばれたものです。ゲオルグ様も、それはそれは可愛がっていらっしゃったのですよ」


「おじい様のことは、よく覚えていないわ」


「ゲオルグ様はマリスフルーレ様が二歳の時に亡くなっておりますからね。記憶にはないでしょうが、マリスフルーレ様のことも大変可愛がっていて、目に入れても痛くないとおっしゃって……」


 そこでメラウは言葉を詰まらせた。

 メラウはお母様がまだ少女の時から務めてくれている侍女だ。

 おじい様にもとてもよくしてもらったのだと、思い出話を時折話してくれる。

 おじい様が亡くなった話になると、今でも悲しい気持ちになってしまうみたいだ。

 もちろん、私も悲しいけれど――おじい様のことはやっぱり思い出せない。


 とても強い、王家の信頼も厚い軍人だったのだという。

 そんなに強い人でも、ご病気には勝つことができない。


「マリスフルーレ様、お寂しいでしょうが、マリスフルーレ様にはラスティナ様がいらっしゃいます。このメラウも、マリスフルーレ様のお傍を離れたりしません」


「ありがとう、メラウ」


「ええ。ラスティナ様のお加減が、よくなるといいのですが」


「きっとよくなる。お医者様にも見て頂いているし……お食事だって、時々食べることができているもの」


「ええ、ええ、そうですね。マリスフルーレ様。きっと、元気になってくださいます」


 メラウは、私の髪をとかし終えると、綺麗に結ってくれる。

 鏡の中にうつっている、青い髪と水色の瞳の私は、元気だったころのお母様に似ているのだろうか。

 だとしたら、嬉しいと思う。


「お父様は……お帰りになってくださるかしら……」


 お母様が寝付いてしまった理由は、もしかしたらお父様に会えないからかもしれない。

 そう思って、思わずぽつりと口にした。


「ローレン様のことは、あまり口になさらないようにしてください、マリスフルーレ様」


「ごめんなさい」


 メラウに叱られるのは分かっているのに。

 でも、どうしても口にせずにはいられなかった。

 お父様がいなくなってしまって、お母様は寂しくて、ご病気になってしまったのかもしれない。

 だとしたら、お父様さえ戻ってきてくれたら、お母様は元気になるかもしれない。


「でも、メラウ。どうしてお父様は、いらっしゃらないの?」


 おじい様の記憶が私にはないように、お父様の記憶もない。

 私が物心ついたときには、ミュンデロット家には私と、病に臥せっているお母様の二人きりだった。

 それから、使用人の方々。

 皆、お父様のことは口にしなかったし、私が尋ねても教えてくれなかった。

 メラウも、「ローレン様のことは、口になさらないでください」と、私に厳しく言っていた。

 だから――何か、外でお仕事をなさっているとか。

 何かの事情で、家に戻れないのだと思っていた。

 メラウはしばらく沈黙した後、耐えきれなくなったように口を開いた。


「ローレン様は、この家の財産を目当てに、ラスティナ様に近づいたのです」


 私は驚いて、思わず息を飲んだ。


お読みくださりありがとうございました!

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