待ち惚け
私の名前は青。ロンドンの外れにある、ガマズミの花に囲まれた大きな館に、一人住んで居る。部屋は草原みたいに広いけれど、面白い物なんて無いし、テレビも今は壊れて電源が入らなくなってしまっている。書斎の本棚には図書館でも開けそうなほどに書籍がびっしりと詰められているが、どれも難しそうな実用書や啓発本だらけで、私のような少女が夢中になって読めるような小説や漫画は置いていない。と言っても、そもそも私は文学には興味が無いのだが。
「あーあ、退屈。せめてお外に出れれば佳いのに。」
私はわざと声を張り上げて言った。誰も居ないのはわかっているけれど、そうすれば誰かがやってきて答えてくれるような気がして。しかしそれに応えたのは、窓から漏れる微風の足音と、カラスの欠伸だけであった。人肌寂しくなるという言葉があるが、私は人の音が無い方がよっぽど寂しいと思う。声、呼吸、足音、咀嚼音、くしゃみ。人を安心させるのは、誰かのそういった生活音なのだ、と私は思う。現に、私はその安心に飢えている。
「ピアノ弾きたい…。」
自らの独り言に命令されたように、私はピアノの前に座り、鍵盤に手を乗せた。無音に寂しさを感じた時、私はこうしてピアノを弾く。ピアノはあまり好きではないが、寂しさをかき消すためにはちょうど良い。そして、もう一つ。私はピアノを弾いていると、たまに懐かしい気分になる。切ないようでもあり、心の中の大切な空洞が塞がるような気もして、おかしな気分になるのである。まるで、隣に心を赦した友が居るかのように。
「そういえば、手紙、まだかな…。」
でたらめなメロディを奏でながら、私は手紙について思い出す。毎月届く、誰かからの手紙。それを読むことは、私にとって唯一の楽しみである。しかし、今月は中々待っても来ないのだ。もう何日待ったか分からない。忘れられてしまったのだろうか。早く届いてくれないと、私はいつまでもこうしてピアノを弾いている羽目になる。