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民草とは青人草とは   作者: 完結しました
19/21

朝日新聞に見る「民草」~昭和二十年十二月三十一日午後四時四十五分、歴史は動いた~

今回は朝日新聞がテーマです。

いろいろなお考えがあるとは思いますが、感想欄にて朝日新聞へのヘイトは書き込まないようにお願いします。このエッセイは特定の思想を攻撃するためのものではなく、左右の対立を煽るのは不本意なのです。どうか、ご理解くださいますようお願い申し上げます。

調査範囲 大正十三年九月~昭和二十五年 朝日新聞


昭和元年~昭和二十年は朝日新聞戦前データベースの見出し検索を使いました。それ以外は縮刷版をひたすら捲りました。

主に、見出しの文字(太文字部分)をチェック。本文まで全て目を通すのは私一人では時間的に無理なので(T_T)

ただし、皇室関係の記事は本文もチェックしました。



◇◇◇


  戦前戦時中の朝日新聞の皇室関係の記事に「民草」という言葉が使われているということを以前報告しました。

 今回はどのように使われていたのか、また、「民草」以外の言葉は使われていなかったのか、見ていきたいと思います。

 

 では、さっそく。



 大正十五年一月十日

「大御心の畏さ 民草の投書御覧 宮内省診療所に集つた數十の下層民の眞情を 皇后宮がありのままを」


宮内省が歳末、貧しい人たちのために診療所を設け、そこに投書箱を置いたのですね。その投書を貞明皇后が読むという内容を伝える記事です。


>民草の投書御覧

>下層民の眞情を


ん? 下層民のことを「民草」というの?

「民草」にはやはり侮蔑の意味が……?  なんて早合点はしないでくださいね。記事を見ると、そういった貧しい人々に同情的な感じですし、どちらかというと皇后の「大御心」を称えることに重きをおいている気がします。「君子の徳は風 小人の徳は草」という儒教的なイメージを付与したかったんじゃないかな?


……まあ、時代が時代ですし、現代人から見ると、ちょっとひっかかる文章かもしれません。


では次も大正十五年の記事を御紹介します。この時、大正天皇は病床にありました。


大正十五年十二月十三日

「朝野の伺候者 引も切らず 連日御参殿の二位局

一般奉伺者は総て新御用邸通用門に回ることになったので聖上の御在します舊御用邸は静閑の空気満ち時々宮内大臣の自動車が極めて徐行して出入するためた玉川砂利がわだちにさびしくきしみ風もない葉山の空には冬の太陽が暖かな光を恵んで居るが九重の雲深き邊りの御悩を拝して 民草の胸は痛むのである」


この記事の「民草」はいわゆる「下層民」のことではないですね。「一般の国民」「市民」といった意味でしょう。


 

「民草」は天皇に関係ある言葉なの? と、思われるかもしれません。ネット検索で「民草」と打つと、「民草 天皇」と出てきますしね。

 

 でも、「民草」は天皇制に関する専門用語というわけではないですよ。

 

 皇室関係の記事で必ずしも「民草」という語を用いているわけではありません。

 「市民」「國民」という語もよく使われています。↓


大正十五年十二月十七日

「曉かけて宮城前に祈を捧ぐる市民 終夜二重橋全部に點燈して 國民の祈りに便す」


一般国民も大正天皇の病状を心配している当時の状況が伝わってきますね。

では、次は、明るい話題の記事を。


昭和八年十二月二十四日

一面

「全国民へ一時に「活」をいれたやう 跳躍する奉祝気分」


二面

「民草の奉祝に聖上いと御満悦 東宮様には御安眠」


「帝都は萬歳の交響  沸騰する市民の歓喜 二重橋へ! 圓タク大行進」



日付を見てピンときましたか?


今の上皇様のご誕生を伝える記事です。

クリスマスの時季でもあったので、お祝いムード一色だったことが当時の朝日新聞を見るとわかります。(この時代にクリスマスのお祝いをしていたのが意外でした)


この皇太子(今の上皇様)誕生の記事では「国民」「民草」「市民」という語が用いられていますね。



では、少し、時代を経て、終戦の日の記事です。


なんというか、記者の嗚咽が聞こえてくるような、すさまじい筆致です。


昭和二十年八月十五日

一面

「國の焦土化忍びず 御前會議に畏き御言葉 

……叡慮の程、拝察するに恐れ多く、列席の人達は御前をも憚らず慟哭した、一億民草の上に垂れさせ給ふ大御心の忝けなさ、一億國民もただ地にひれ伏すのみである、しかも陛下には眞白な御手袋もて龍顔のあたりにふれさせ給うたと洩れ承る――かくて御前會議は正午閉ぢられ列席者は深く頭を垂れて退下した。」


「國體護持に邁進 親政厳たり随順し奉る

「……國體護持はわれら民草の胸中にある、沸々と湧いて止まず、……」


二面

「玉砂利握りしめつつ 宮城を拝しただ涙 嗚・胸底抉る八年の戦ひ

……ここに三年八箇月、あした夕、民草の上に厚き大御心を垂れさせられ、

(中略)

……ああ聖上を暗き世の御光と仰ぎ、進むことこそ我ら一億の唯一の道ぞ、涙のなか、その喜びに触れて私は「やりませう」と大きな聲で叫んだ」



……朝日新聞の記者の語彙力がすごすぎる……。


この終戦の日の記事では「民草」という語を用いて、情緒的に、そしてとてつもなく文学的な香りのする文章を載せています。

「國民」という語も用いられていますが、「民草」という語のあとに「……の上に」と続く文章が二つあるのが気になります。やはり、「君子の徳は風」といった儒教的なイメージにかさねているのかもしれません。

天皇の仁徳は「やさしい風」であり「やさしい慈雨」、上から風を吹かして草をそよがせ、恵みの雨を降らせるように国民を愛して下さるのだ、というイメージですかね。

(……こういう儒教的な感じ、もしくは「君主制」の香りがするものは、サヨク系の人は嫌いかもしれませんね)



近現代史研究者の辻田真佐憲氏のweb上で見られるコラム(現代ビジネスのサイトより)によると、


「朝日の社史によれば、この記者は、帰社後も感激のあまり筆が取りにくい状態であったらしい。」とのこと。


(辻田さんのコラムはとても面白い。興味のある方はぜひご一読を! )



 さて。

 八月十五日、日本は戦争に負けて、新しい時代を迎えました。


 というイメージがありますが、朝日新聞を見ると、そうでもない印象なのです。


 終戦の次の日の記事です。↓


昭和二十年八月十六日 一面

大東亜戦争、帝国の栄光終るの日、一億の民草歓呼のなかに拝承せんものとのみ思ひ定めてゐた玉の御聲を、昭和二十年八月十五日正午、我々は民族悲涙のなかに聴き奉った、現人神の御聲は民族の歴史の日にこそ聴かるべきもの、その日は来た、しかもその日は栄光の日にあらず、悲しき歴史の日であった

(中略)

玉音を耳にして、一億國民泣かざるものがあつたであらうか

(中略)

民草ひとしく断腸の思ひにすすり泣いたのである。


二面

二重橋前に赤子の群 立上る日本民族 苦難突破の民草の聲

……けふもあすもこの國民の群は続くであらう、民族の聲である、大御心を奉戴し苦難の生活に突進せんとする民草の聲である、日本民族は敗れはしなかった。


 

 あいかわらず、とてつもない語彙力、迫力ある筆力。そして、なんというか、天皇中心主義というか、皇国史観というか……戦争に負けたからと言って価値観がコロッと変わったわけではなかったのでしょう。


 終戦から数か月経った記事を見てみましょう。「民草」という語が出てきます↓


昭和二十年十一月十三日 一面

「天皇陛下伊勢に行幸 畏し戦災の民草に大御心」


これが、(私が調べた範囲では)朝日新聞における「民草」という語を用いた最後の記事です。

>畏し戦災の民草に大御心

東京から伊勢までに向かう宮廷列車の車窓から見える戦災の痛ましいあと、空襲によって焼失したため急ごしらえの粗末な山田駅の駅舎を昭和天皇は見たという内容です。

 終戦から数か月経ったこの記事も天皇中心主義が残っています。「大御心」「民草」という言葉が印象的ですね。


 ところが、翌年の昭和二十一年から、「民草」が朝日新聞から消えたのです。

 

 何があったのでしょう?


 昭和二十一年一月一日の記事を見てみましょう。↓




昭和二十一年一月一日 一面

「天皇、現御神にあらず 君民信頼と敬愛に結ぶ

天皇陛下におかせられては新春を迎へるに當り、特に異例の詔書を渙發せられ時難を克服して國民の進むべき方途を昭示あらせられた旨十二月三十一日午後四時四十五分内閣より発表された

(中略)

天皇陛下には今度の詔書に於て天皇が神話と伝説によつて生れたものでなく、國民と利害を同じくし、相互の信頼と敬愛によつて結ばれたものであると自ら仰せられ、神秘的存在であることを否定されると共に、日本國民が他民族に優越し世界を支配するとの従来の誤れる観念を是正遊ばされた」


 正月早々、すごいニュースです。昭和天皇自身が「自分は神ではない」という宣言をしたのです。

 

 昭和二十一年以降、皇室関係の記事から「民草」という語は消えました。


 ただし、消えたのは「民草」だけではない、ということに注意が必要です。


 「聖上」「大御心」


 といった、古めかしい言葉は「民草」と共に消えました。

 


 私が思うに、「民草」はこの当時すでに、「雅語」だったのではないかということです。つまり、「古い言葉であり、普段の会話にはあまり使用せず、文章に用いる言葉」であったのではないかと。

 天皇の人間宣言をもって、そういった「古い」、悪い言い方をすれば「大げさな」表現は朝日新聞から消えたのではないのでしょうか?


 新時代は「昭和二十年十二月三十一日午後四時四十五分」をもって迎えられたのです。



 昭和天皇が現人神ではなくなってからわずか半年後の記事です↓


昭和二十一年六月十七日 二面

「円滑になった御応答 行幸メモから拾ふ「人間天皇」

……どうかと考へさせられたのは、農村などまだ合掌して「勿体ない」と拝んで居る風景、これは老婆に多いが、四十くらいの婦人にもある。」


 昭和天皇は全国各地を巡幸し、国民と親しく交流をもちました。

 その記事の最後に

「どうかと考へさせられたのは、農村などまだ合掌して「勿体ない」と拝んで居る風景……」

 

終戦の日にあれだけ情熱的に天皇中心の文章を載せていたのに、初めての終戦記念日を迎えるよりも前に、こういうこと書いちゃうのか……。

 うーん、でも……。朝日新聞の変わり身の早さを指摘するのではなく、これは、当時の都会の人と田舎の人の温度差を読み取るべきかもしれませんね。





 ここまで見てきたように、朝日新聞において、戦前戦時中の皇室関係の記事に「民草」という語は使われ、昭和天皇の人間宣言以降は使われなくなりました。

 

 前回、昭和天皇自身は「民草」とは言っていないのに、言っていたと勘違いされているということを書きましたね。

 

 その勘違いの一因は朝日新聞が戦前戦時中に「民草」を使っていたことにもあるのではないかと思います。


 天皇制が嫌いな人にとっては「民草」は戦前戦時中を思い起こさせる言葉なのかもしれないのではないかと……。



 昭和二十一年以降、朝日新聞において「民草」は死語となりました。


 しかし、歴史小説・時代小説、和歌など、文学の世界では「民草」は生きた言葉だったのです。

「民草」という言葉が出てくる小説は探せばいくらでもあります。(このエッセイの第3話をお読みになってください。)


 小説にはよく出てくる言葉ですが、普段の会話、報道などではあまり見かけませんよね。ですから、人によって「民草」という言葉に対するイメージがそれぞれ違うものになったのかもしれません。


 


◇◇◇


ここから先はおまけです。朝日新聞社から「民草」がタイトルにある本が出版されていました。

韓国のジャーナリスト、金重培氏の著作です。その日本語訳が朝日から出ています。

出版当時、朝日新聞に出ていた広告です。↓



1986年(昭和61年)1月29日


広告

民草よ、夜明けは近い 『東亜日報』連載時評 ‘84・3・3~’84・2

金重培 五島恭作訳 定価1,600円

韓国「東亜日報」の論説委員が、折々のニュース、トピックスを素材に政治や世相を抉り、新しい〝夜明け〟を求めて苦悩する韓国社会の深層を照射。著名コラムニストの、ジャーナリストとしての良心を賭けた勇気ある発言。 朝日新聞社



この著作の原題(韓国語)も「民草」が使われているみたいですね。

グーグルの翻訳機に頼って、金重培氏のウィキペディアを見たら、市民派のジャーナリストらしいです。


韓国語の「民草」(ミンチョ)にも侮蔑の意味はないのでしょう。


そして、朝日新聞が原題(韓国語)の「民草」をそのまま日本語訳のタイトルにも使って出版したということは、


朝日新聞も「民草」という言葉に侮蔑の意味はないという認識であると考えていいと思います。






「大御心」「聖上」とか「民草」という「古めかしい」「時代がかった」言葉が右寄りのいわゆる「保守系」の人達って好きなんですよね。保守系の人達の文章を読むとよく出てくる気がします。

ですから、左寄りの人達からしてみたら、「民草」は「なんとなく、鼻につく」「なんとなく、しゃくにさわる」言葉なのかもしれません。


また、「民草は、へりくだった言葉」という言説を某SNSやある方のブログで見かけましたが、そういった解釈の一因も保守系の人達の文章にあるのかもしれません。

保守系の人達は「天皇」に対しては最大限に「へりくだった」文章を書きますから、そういう文脈で「民草」が用いられていると、「民草」という言葉そのものが「へりくだった」意味があるのだと感じてしまうのでしょう。

「民草」を辞書でひいても「へりくだった言葉」という文字は見当たらないのに。



※戦前戦時中~現代の日本語の移り変わりについては、遠藤織枝さんの著作に詳しいです。興味のある方はぜひ。


※他の新聞も調べたかったのですが、私には無理です(時間的、経済的な意味で)。結果的に朝日新聞一社を狙い撃ちにするような形になって申し訳なく思っております。




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