あをひとくさノ條ヲ見ヨ〜近代国語辞典における民草、青人草〜
明治時代から現代の国語辞典について調べました。
江戸時代の新井白石が「つまびらかならず」と言っていた「青人草」「民草」。
明治~現代の辞書はどのように説明しているのでしょう?
・大槻文彦編纂『言海』と山田美妙編纂『日本大辞書』どちらかの影響を国語辞典の「民草」は受けているのではないか?
・大槻文彦は本居宣長の解釈に影響を受けているのではないか
コトバンクで「民草」を調べると大辞泉、大辞林、日本国語大辞典の解説が出てきます↓
デジタル大辞泉の解説
たみ‐くさ【民草】
人民を草にたとえた語。あおひとぐさ。
「無智盲昧の―の疑い怪しむ」〈杢太郎・南蛮寺門前〉
大辞林 第三版の解説
たみくさ【民草】
民の増えるさまを草にたとえた語。あおひとぐさ。民の草葉。たみぐさ。
出典 三省堂大辞林 第三版
精選版 日本国語大辞典の解説
たみ‐くさ【民草】
〘名〙 人民を草にたとえていった語。あおひとぐさ。民の草葉。
※四季物語(14C中頃か)六月「此の神、民くさの疫をつかさどらしめ、又いやし給ふはんの御誓ひしるければ」
出典 精選版 日本国語大辞典精選版
大辞泉と日本国語大辞典は「民草」を単に「人民を草にたとえた語」とし、大辞林は「民の増えるさまを草にたとえた語」としていて微妙に違いますね。
手元にある電子辞書(広辞苑第五版)を見てみますと
たみくさ【民草】 民のふえるさまを草にたとえていう語。民。人民。青人草 (あおひとくさ)。胆大小心録「心を殊にかなへたらんには、いやしき━たりとも、よき歌よむべし」
とあり、大辞林と同じように「民のふえるさま」という文が入っていますね。
どっちにしろ「人民を草にたとえている」ことに変わりねえだろ?何言ってんだ?
と思われるかもしれませんが、国語辞典の歴史を調べてみたら面白いことがわかったのです。
大槻文彦と山田美妙。
この二人が現代の国語辞典の「民草」「青人草」の語釈に影響をあたえているのではないか?
と私は思ったのです。
沖森卓也編『図説近代日本の辞書』おうふう(2017)p101
文部省は大槻文彦一人に日本語辞書の編纂を任せた。大槻は、ウエブスターのオクタボを規模の基準として、発音・品詞・語源・語釈・出典の記述に配慮し、それまでにない辞書を企画する。1883年に初稿完成、その後1886年3月に再訂を終えた。しかし、文部省はその出版を見送り、1888年10月に稿本を下賜した。これを自費出版したのが『言海』(1889~1891)である。
(中略)
この『言海』に刺激されて、山田美妙は『日本大辞書』(1892~1893)を思い立つ。『言海』刊行直後に編集に着手し、口述筆記によって驚異的な早さで完成させた。口語体による語釈、東京アクセントの表示、類義語の解説など、初めて試みられた点は注目されるが、『言海』に対抗しようとするあまり、その揚げ足取りのような説明が多すぎる嫌いがある。
(中略)
(日本大辞書は)評判は芳しくなかった。ただ、この版権を譲り受け編集された『帝国大辞典』(藤井乙男・草野清民共閲,1896)は、そのまま内容を踏襲する一方で、語釈を文語体に改め、紙面を一新するなどして、高い評判を得た。
《引用おわり》
明治時代、大槻文彦が編纂した『言海』。近代的国語辞書の祖といわれています。
では、『言海』の「民草」を見てみましょう↓
たみぐさ
〔名〕民草
あをひとくさノ條ヲ見ヨ。
「あをひとぐさ」の項目を見ろ、ということは「民草」は「青人草」と同じ意味だということでしょうか。
指示にしたがって「あをひとぐさ」の項目を見てみます↓
あをひとくさ
〔名〕青人草 世の人の生れ出ヅルヲ草ノ彌益ニ生ヒ茂ルニ譬ヘテイル語、民トイフニ同ジ。タミクサ。蒼生
この解釈は、本居宣長の「青人草」の解釈と似ていませんか?
大槻文彦は本居宣長の影響を受けていたのでしょうか?
ただし、本居宣長は「青人草」と「蒼生」はイコールではないと主張していましたから、その点は違いますね。
『言海』の数十年後、増補版ともいうべき『大言海』が刊行されます。
『大言海』の「民草」も見てみましょう↓
たみぐさ (名)民草 あをひとくさ (青人草)ノ條ヲ見ヨ。
またしても「あをひとぐさ」の項目に飛ばされます↓
あをひとぐさ (名)
青人草 [人ノ生レ出デ殖エユクヲ、草ノ彌益シニ生ヒ茂ルニ譬ヘテ云ヒシ語ナリ、天之益人ト云フ語モ、同意]又、人草、民草トモ云フ。人。民。國民。人民。
蒼生 神代紀、上二十「是物(粟、稗、麦、豆)者、則顕見蒼生可食而活之也」同巻廿一「蒼生、此云阿烏比等久佐」古事記、上十三「宇都志伎青人草、云云、汝國之人草、云云」倭名抄、二ト四 微賤類「人民、比止久佐」四季物語、第六「此神、民草ノ疫ヲツカサドラシメ、又、癒シタマハムノ御誓、著シケレバ」
『言海』よりも詳しく、出典が明示されています。これを見ると、本居宣長の名はないものの影響はうけているんじゃないかな?と思うのですが……
次に、『言海』に刺激されてできたという『日本大辞書』の「民草」「青人草」を見てみましょう↓
山田美妙
日本大辞書
あをひとぐさ ((第五ク))(第四上)名。青人草=(蒼生) 人ヲ形容した詞。タミクサ=人民=サウセイ。
たみぐさ ((第三ク))(第二上)名。{民草}民ヲ草二見立テタ語。=アヲヒトグサ。
基本的には大槻文彦と同じように「青人草」と「民草」はイコールであるとしていますね。しかし、山田美妙の方は単に「人を形容している」「草に見たてている」とあっさりとした記述です。
大槻文彦の方は「世の人が生まれ出るのを草がますます生い茂るように」というような表現豊かな語釈になっています。
『日本大辞書』を引き継いだという『帝国大辞典』を見てみましょう↓
あをひとぐさ 名詞 (青人草)
人の年々に生れ出づるを、草のいやましに、おひいづるにたとへていへり、たみくさ、人民、さうせい、などいふにおなじ。
たみぐさ 名詞 (民草)
つぎつぎに、蕃息するを、草に比喩せる語なり、あをひとぐさ、といふにおなじ。
あれ?
『帝国大辞典』は大槻文彦の『言海』の解釈と同じような感じです。『言海』の影響を受けたのか?はたまた本居宣長の影響を受けたのか?
もし、大槻文彦が本居宣長の「青人草」の解釈に影響を受けていたのだとしたら、現在にいたるまでの国語辞典にある「民草」は本居宣長の影響を受けていると言えるのではないでしょうか?
(あくまで素人の仮説です)
では、『言海』以前の辞書はどうだったのか、見てみましょう↓
物集高見
『ことばのはやし 日本大辞典』
明治21年7月
あをひとぐさ ナ。蒼生。おほみたからにおなじ。古事記
たみ ナ。民。たはたをたがへすを、なりはひとするひと、また、あをひとぐさにおなじ。
近藤真琴
『ことばのその 一の巻』
明治17~18年
あをひとぐさ ナ 蒼生。よのひとびと
たみ ナ たづ たをつくることをなりはひとするひと、いやしきひと 〇たみのと、たみのかまど、たみのやつこ など
『ことばのはやし』と『ことばのその』には「たみくさ」は載っていませんでした(^_^;)
その代わりに「たみ」を引用しましたが、「田をつくることを生業にする人」「田畑を耕す人」という解釈は私は「ちょっと違うんじゃないかな?」と思います。「民」は農業従事者だけではないですよね。
そして、両方とも『言海』と違って「あおひとくさ」の解釈がとてもあっさりしています。
では、次に明治21年刊行の和英辞典を見てみましょう。
(驚いたことに明治時代なのに日本語が左から右の横書きです。……まあ、当然か、和英辞典だもの)
高橋五郎
いろは辞典:漢英対照
明治21年5月
たみくさ(名) 民草,蒼生 (人民をいふ) The people.
あをひとぐさ(名) 青人草,蒼生,下民,人民,萬姓,百姓(人民一般を称す) The people,the mass of people.
「民草」「青人草」はThe people ですって!
では、次は最近の辞書を見てみましょう↓
学研国語大辞典
あおひとぐさ【青人草】あを― [文]人民。国民。{人が生まれてふえてゆくことを青草のしげるようすにたとえた語}
たみくさ【民草】〔文〕人民。民たみ。あひとぐさ。民草たみぐさ。(参)人民を繁茂する青草にたとえたことば。「幕府倒れて王政古に復り時津風(=時代ノ流レ)に靡かぬ━もない明治の御世に成ッてからは、〈二葉亭・浮雲〉」
国語大辞典言泉
あおひとぐさ【青人草】人民。庶民。
たみくさ【民草】人民を草にたとえていった語。あおひとぐさ。民の草葉。
学研国語大辞典は宣長イズムが生きている感じがします。国語大辞典言泉の方はあっさりしていて本居宣長イズムを感じませんね。
ここまで見てきて、私が思うことは
国語辞典にある「青人草」「民草」の項は大槻文彦(と本居宣長)と山田美妙の二つの系譜に分かれるのではないか?
ということです。
大槻文彦系は「人が増えるさまを生い茂る草にたとえる」
山田美妙系は単に「人を草にたとえる」
というような語釈です。(あくまで素人の推論です(>_<)
では最後にユニークな辞書として有名な『新明解国語辞典』を見てみましょう↓
新明解国語辞典 第四版
あおひとぐさ 【青人草】〔国民〕の意の雅語的表現。〔人がふえるのを草の生長にたとえた語〕
たみぐさ 【民草】「人民」の意の雅語的表現。「たみくさ。」
が、雅語的表現?!
さすが、明解さん、他の辞書とは違う解釈が出てきましたね。
「雅語」を新明解国語辞典第四版でひいてみます↓
がご 【雅語】口頭語で使うとそぐわないが、詩歌・古文の表現に用いられた、洗練された和語。
なるほど、普段の会話では使わないが、文章では使う「洗練された和語」ですね。「民草」は洗練された和語なのです。侮蔑的蔑称なんかではありませんよ―!
ところが、明解さんの「第七版」を見てみると、「雅語」の説明が変わっているんです↓
新明解国語辞典 第七版
がご 【雅語】古代・中世の詩歌や物語・日記の中に用いられた和語。 (また)和語化した字音語をも含む。現代でも和歌・俳句などの世界では用いられる。
「洗練された和語」はどこに行っちゃったの?明解さん……
まあ、とにかく「民草」「青人草」は「人民」「国民」の昔風の言い方だと思えばいいってことですよね。
出版されている全ての辞書を見たわけではありませんので、あしからず(^_^;)
国会図書館に住んでいたら全部見るのは可能でしょうけれど。
願いが叶うなら国会図書館で暮らしてみたい。




