夢に向かって~父の背中を超えていけ~呂彪弥欷助さんへのクリプロギフト
僕がまだ小さい頃、父は1日だけプロ野球の選手だったことがある。たぶん、もう誰も憶えていないかもしれない。けれど、僕は一生あの日の父の姿を忘れない…。
全国高等学校野球大会、県大会決勝戦。
僕が通う高校はまったくの無名校。どこからも注目されることはなかった。それも当然で、ここは二年前に出来たばかりの新設校で昨年まで全て一回戦敗退。公式戦ではまだ一度も勝ったことがなかった。ところが…。
あの日以来、僕の夢はプロ野球選手になることだった。空き地で父とキャッチボールをするのが好きだった。
「ねえ、お父さん。僕、プロ野球選手になりたい」
その言葉に父は苦笑しながらも、僕を地域の少年野球チームに入れてくれた。弱小チームだったけれど、僕は一生懸命練習してレギュラーになった。中学校に上がると、野球部に入って一年からレギュラーを取った。けれど、中学三年間は地区大会を勝ち上がるところまではいかなかった。でも、野球をすることが僕は楽しくて仕方なかった。もちろん、プロ野球選手になるという夢も変わらなかった。
「なあ、高校も野球を続けるのか?」
「もちろんだよ。目指せ甲子園!」
「甲子園か…。それなら、私立の名門校へ進学するのか?」
「うーん…。まだ決めていないけど」
本当は甲子園の常連校である私立の学校に行きたいと思っていた。でも、そこへ行ってレギュラーを取れる実力が自分にはまだないことも自覚していた。プロ野球選手になるのが僕の夢であることは変わらなかった。だからこそ、無名校でもレギュラーで試合に出ることが今の自分には大事なのではないかと、そうも考えていた。プロへは大学、社会人になってかでもチャンスはある。
「来年から新しい高校が出来るのは知っているか?」
「うん」
「そこでお父さんの知り合いが野球部の監督をするそうだ。その人が是非お前に来て欲しいと言っているんだが…」
「いいよ。そこに行くよ」
野球部員は全員一年。新設校なのだから当たり前だ。部員もギリギリの10人だった。最初の夏の大会で僕は当然ながらレギュラーになった。キャッチャーで4番。そしてキャプテン。監督と共に抽選会に臨んだ。一回戦の相手は甲子園出場経験もある強豪校だった。結果は初戦敗退。0-18の5回コールド負け。けれど、試合後、全員が悔し涙を流していた。
「呂彪、悔しいか?」
「はい!」
僕は涙こそ流さなかったけれど、唇をかみしめた。そんな僕たちを見て監督がこう言った。
「その気持ちがあればこのチームは強くなる」
二年の夏、くじ運に恵まれて対戦相手はこのところずっと一回戦負けをしているチームだった。部員も15人に増えた。僕が所属していた少年野球のチームから当時エースだった後輩が入部してきた。今年は一回戦くらいは勝てるのではないかとうい期待があった。けれど、結果はやはり初戦敗退。スコアは3-5。あと一歩だった。
「来年が勝負だ」
監督はそう言って、夏の大会が終わってから強豪校との練習試合を毎週のように組んだ。結果は連戦連敗。秋の大会も初戦敗退。そうして迎えた。三年目の夏。一回戦の相手は二年前0-18で5回コールド負けした相手だった。
「今度は絶対に勝つぞ」
部員の誰もがそう心に誓った。
試合が始まった。相手はウチをなめていたのか、ランナーを出しながらも、雑な攻撃でチャンスを潰した。一方、僕たちは手堅い戦法で5回に先取点を奪った。続く6回にも2点を追加した。すると、相手チームに焦りが出てきた。そうして迎えた最終回。相手も強豪校。このままでは終わらなかった。3-0から3失点。同点に追いつかれた。けれど、その裏、連続四球で2死ながら満塁とサヨナラのチャンスを迎えた。バッターは僕だった。この日の僕はここまで4打数無安打。粘ってフルカウントになった。そして6球目。相手投手の球は高目に外れた。
翌日の新聞には相手校が拙攻でチャンスを潰して自滅したという記事があった。勝ったウチのチームに対しては『三年目の新設校初勝利』その一行だけだった。
勢いに乗ったチームはあれよあれよと言う間に決勝まで駒を進めた。いや、決して勢いだけではなかった。連戦連敗の練習試合で僕たちは徹底的に相手チームのデータを集めた。それをもとに戦術を研究した。
そして、決勝の相手は昨夏の甲子園優勝校だった。
「整列!」
審判の号令で僕らはベンチを出た…。
スタンドには両親の姿があった。
「チャンスがあったら代打で行くぞ」
一軍昇格を果たした最初の試合前日に監督に言われた。僕は両親を球場に招待した。父があの日、一日だけマウンドに立ったこの球場に。試合は両チーム無得点のまま最終回へ。二死ながら満塁とサヨナラのチャンスを迎えた。
「呂彪、行くぞ」
「はい」
場内にアナウンスが流れた。
『バッター、嶺井に変わりまして呂彪。背番号18』
「思いっきり振って来い!」
監督に背中を押され僕はバッターボックスへ向かって歩きだした。