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セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―  作者: 清弥
5章 ―鳥の如く自由の青―
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自由の果て

「急ごう、エンテ。嫌な予感がする」

「ちょっおい! ウィリアム!」


 ライアンの部屋を離れた二人は、すぐさま『騎士の力』を行使して身体能力を底上げする。

 『騎士の力』も無限ではなく力を使いすぎればガス欠になり、ただの一般人へと化してしまう。

 だというのに何故そんなに慌てる必要があるのかと、エンテはウィリアムへと疑問を持って思わず方目を細めた。


「……俺がバロンさんの店で働いていたとき、時間の合間で本を読んでいたのは知ってるよな」

「あぁ。お前あのときは本の虫だったからな……。それがどうしたんだ?」

「この大陸の歴史とかも読んでたんだけど」


 王都ではこの一年の間に二体もの禍族が出ているらしい。


 衝撃の事実に目を丸くするエンテに、ウィリアムは額から汗を垂れ流しながら言葉を続ける。


「ここは最も人口が集中する場所だ。人の営みは良い感情も悪い感情も生まれやすい……だから、禍族も出現しやすい」


 禍族というのは人間の負の感情に引き寄せられて出現すると言われており、故に”戦争の残骸”のような戦争の生贄となったような場所では多く出現した。

 ソレと同じように、人々は関わるだけで多くの感情を宿してしまうからこそ禍族が出現しやすいのだ。

 いきなり禍族が現れて人間を荒しまくる……というのを避けるために代々『青の騎士』は議長が務めてきたという歴史につながる。


「禍族は当然、禍々しい力の残留を置いて死んでいく。対処できたとしても、その残留だけはどうしようもない」

「……! そうか、森はたくさんの生き物が!」

「あぁ、多分その周辺の森には多少なりとも”余物”が必ずいるはずだ」


 力の残留に囚われた生物は、身に余る負の感情に囚われ絶命に至り”余物”という亡霊となって生き返ってしまう。

 当然、ベースがただの野生動物なのでただの人間でも逃げたり隠れたりも出来るだろうが……それはあくまで”大人の人間”のみの話だ。


「セレーナちゃんがもし森へと出て、”余物”に出くわしたらそれこそ終わりだ。その前になんとしてでもたどり着かないと……!」

「そういうことなら急ごうぜ。わりぃな、オレの頭が悪いばっかりに」

「いや、大丈夫だ。目標を共有できていないのは流石に駄目だろうしな」


 そうこう言っている内に城下町をも超えて街の正門へとたどり着いていたらしい。

 二人は頷くと城下町の外に広がる草原を、その奥に見える森を見渡した。


「それじゃあ」

「行くぞッ!」


 人間離れした加速を瞬時に行い、ウィリアムとエンテはセレーナが居るであろう森へと駆ける。

 どうか無事で、そんなことを願いながら。





 やった、やったんだ。

 トイレに行くって言って護衛の目を憚って、幼い頃から必死にしてきた準備がようやく功を奏したのである。


 自由を夢見ていたころ、トイレの中に小さな穴を見つけたのがきっかけ。

 この穴を広くすればいずれ通り抜けられるのでないかと思い始め、行動力の権化である彼女は様々な理由で工具を持ち込み失くしたと言ってトイレの中に隠した。

 徐々に広くなった穴はバレないように布などで包み隠して、小さな少女を一人通り抜けられる穴を作ったのが三年前の話。


 後は外に出てしまえば簡単だ、議長の娘として避難通路の入り口を事前に教えられていた彼女はこっそりと通路へと入り込み外への脱出を叶えたのだ。

 結局の所、避難通路と言ってもすでに人間同士の争いなど存在しないこのご時世ではそんなモノを秘密裏で守護する人なぞ居らず、いとも容易く通路に入ることができたのが彼女にとっての幸運だったのだろう。


 それから歩き続けて一時間か、二時間か。

 持ち出した袋の中に詰めてあったロウソクの火を頼りに前へと進み続けた彼女がようやく目にしたのは、蜘蛛の古巣などで薄汚れていた天井扉だった。


「これを開けば……!」


 非力な両腕に必死に力を込めて、セレーナはギシギシと傷んでいる扉を開こうともがく。

 頑張っているお陰か、少しずつではあるものの扉が軋みを上げて開かれんとしていた。


「ぬ、ぐぐぐぐ……! せーのぉおっ!」


 可愛らしい叫びを上げてセレーナはとうとう天井扉を開ける。

 つい一、二時間ぶりの太陽がやけに目に染みるのは何故なのだろうとある種の達成感に笑みを浮かべながら空を見上げるセレーナ。


(ここが、外なんだ)


 一生涯の中で一度でも外に出られると思いもしなかったセレーナは、自身が籠から逃げ出したことに心が満たされるような気持ちになった。


「ふ。ふふふ」


 ここならばもう誰も、自身を縛りつけようとしない。

 何をしても誰にも怒られないし、誰からも『騎士』に成って欲しいなんて言われないし、苦しそうな父様を見なくても――


「――見なくても……いい」


 そうだ、私は自由なんだ。

 どんな風に生きるのか、全てを自分で決められる存在になったんだ。

 なのに、なのにどうして


「……寂しい」


 嬉しいはずの事実が、やけにセレーナには虚しく感じた。


「とりあえず、見て回ろう。ここに居ても何も始まらないもの」


 期待感と、不安がぶつかり合う中で彼女は一人で森の中を歩き始める。


「Grrrrr」


 ”余物と化した狼の住まう森”の中を。

 

 禍族が呪うは人間という存在そのもの。

 その呪いが動物たちに移れば、その彼らも人間という存在を呪うようになるのだ。

 となれば、一人幼き少女が自分たちのテリトリーにいる。


 殺すしかないだろう。


「Gaaaa――!」


 殺せ、殺せ。

 人間など、この地を血で塗りたくり自らの悦のことしか考えていない生物以下の糞どもなど殺してしまえ。

 男、女、幼子、老人、全て関係ない。


 未だ残る狼の本能から群れをなしていた余物たちは、生気を失い完全に白目をむいている眼孔を大きく広げて血反吐を吐きながらうめき声を上げる。

 彼らなりの号令だ。


 憎き敵を、殺せ。


 不安に飲まれそうに縮こまりながら森の中を無警戒に歩く少女へと、いざ余物が飛び込もうとして――


「――はぁ、めんどくさ」


 一瞬。


 瞬きするほどの時間で、少女の周りに居た余物の全てが”飲み込まれた”。


「へ?」


 唐突な襲撃も、それを退けてくれる存在も、全てを把握してなかった少女は呑気にアホ面を晒して言葉を漏らす。

 かなり遅れた反応で声の方へと振り向くと……そこには木の枝の上で退屈そうにアクビを漏らす甘い栗色の髪を持つ男性の姿があった。


 ただ、その両足はまるでネコ科のように力強くしなやかなモノだったが。


「魔、族……?」

「ほらぁ、見つかったぁ」


 とは言われても全く隠れる気のない男性は、大きく伸びをしてただ気だるげにセレーナを見つめる。


「あのねぇ、『青の騎士』の娘さん。アンタさんに死なれたら主様が困るのよ、で、ワイが怒られるわけ。だからさぁ、大人しくしててほしかったなぁ」

「ど、どうして……わたしを魔族が…………?」

「だってアンタさん――」


 体制や表情は眠たげに枝の上で横たわっているが、唯一セレーナを見る翠玉色の双眸だけは鋭く輝いていた。


「――”本当の騎士”に成る素質あるし」

「本当の、騎、士……?」

「そーだよ、今の『青の騎士』は”本当の騎士”に成るだけの器じゃなかった。アレはただの人間。ワイらが求めるのは」


 褐色の肌を持つ頬が、好戦的に歪んで笑う。


「”本当の騎士”足り得る狂ったヤツ」

「な、何よそれ」


 まるで彼の言う”本当の騎士”と呼ばれる人は完全に人として間違っていると言っている風に聞こえて、それが何となくウィリアムたちと関係あるのがわかって。


「ウィリアムさんは狂ってなんかないッ!」

「狂ってるよぉ、アイツ」


 クツクツと笑う魔族にセレーナは背筋が凍ったように冷たくなり、思わず数歩後ろに下がる。

 体中の細胞全てが目の前の存在を認めたくないと絶叫していた。


「そっかぁ、アンタさんは知らんのかぁ。『七色の騎士(セブンスナイト)』になり得るウィリアムの過去を」

「ウィリアムさんの、過去」

「そうそう。あれは狂うよぉ? だって――」


 先程まで全身の力を抜いて脱力しきっていたのがウソのように、表情を活き活きとさせた魔族はウィリアムの過去を語ろうとして……自身の眼の前に巨大な土壁を作り出した。

 次の瞬間、火炎が煌めいて土壁を焼き尽くす。


「――戯言はそこまでだ、魔族」

「おっと、噂をすれば影って奴やなぁ。めんどくさ」


 ボロボロの土塊となった土壁の向こう側から見える魔族は、もうすでに最初の気だるげな雰囲気に戻っていた。

 いきなりの展開に付いてこれず、ボーッとする他ないセレーナの前に立つ影。


「探したよ、セレーナちゃん」

「ウィリアム、さん」


 全身に風を放出させるウィリアムを前に、セレーナは瞳を輝かせるが……すぐにこちらを見る彼の瞳がとても歓迎するような色ではなく思わず目を伏せた。


「外に居たのはちょっとだけだっただろうけど、もう分かるだろう? 君が求めた自由の果てがどのようなものなのか」

「――――!」


 最初はただただ嬉しくて、束縛から抜け出せたとすごく喜んでいたはずだったのに。

 気づけば周りに誰も居ないことが苦しくて、寂しくて、哀しいことだと知った。

 それに合わせて余物の突然の襲撃や、魔族の出現。


 もう言わなくても分かる、この世界は……セレーナが憧れた”理想(ソト)”はどうしようもなく危険で辛いものなのだと。


「魔族、禍族、余物、普通の動植物。この世界は少し外に出るだけでこの嵐に呑まれることになる。こんな危険な外で子供一人が生きていくのは……すっごく大変なんだよ」

「ウィリアム……」


 あの日、あの雨が降りしきる夜、エンテがウィリアムを見つけたあのとき……緑の少年は痩せこけたボロボロの身体で横たわっていた。

 想像なんてしなくても、ウィリアムが一人で生きてきたのは疑いようのない事実だからこその言葉だろう。


「わたし、わたしは……」

「セレーナ、説教とかお叱りとかそんなのは全部後だ。後ろに下がっててくれ」

「…………っ!」


 何かを言おうとしたセレーナだったが、いろんな言葉が頭の中でグルグルと回って上手く纏まらない。

 結局、何も言えず顔を様々な感情が入れ混じった表情に歪ませながら後ろに下がるしかなかった。

 それを見届けたウィリアムは、今もなお魔族へ警戒していたエンテの横に並び立ち大楯を魔族へと構えた。


「それで、どうして魔族がここにいる? ……周りの状況からして、襲撃してきた余物からセレーナちゃんを助けてくれたってことで問題ないだろうが」

「あの子は大事な”本当の騎士”に至れる可能性のある子だからぁ。守るのは当然さぁ」

「……そうか」


 ウィリアムが、エンテが、それぞれの得物を構えると鬱陶しそうに魔族は顔を歪める。


「何? もしかして戦う気ですかぁ」

「当たり前だろ、お前らには聞きてぇことがいっぱいあるんだぜ」


 好戦的な笑みを浮かべたエンテがそう言えば、魔族は大きくため息をついて木の枝から地面へと着地する。


「仕方ないなぁ、ミアー」

「はいはーい!」


 不意に甲高い声が響けば、空から落ちてくる人影があった。

 音もなく地面に着地した魔族……桃色の髪と瞳を持つ幼女がにこやかな笑みを浮かべてVサインを決めてみせる。


「『紫の騎士』ミアだよー! よろしくね、ニンゲンの『騎士』さんたち!」

「この子が、『騎士』……!」


 まだ歳も10に行くか行かないかぐらいの幼い子が自らと同じ『騎士』という事実に戦慄を覚えるウィリアムとエンテ。

 だが目の前のミアと名乗った幼女は驚いている二人を放っておいて、もうひとりの魔族の袖をブンブンと上下に振っていた。


「ほーらー、ジョージもじこしょーかい!」

「わーった、わーったって。……『黃の騎士』のジョージだ。はーミアと居るのだるっ」

「えーそんなこといわないでよー!」

「うるせぇ」


 呆然とするウィリアムたちを置いておいて二人で勝手に漫才を始めてしまう。

 が、ようやく脳の処理能力が追いついてきたのかウィリアムは一つ息を吐くと大楯をもう一度構え直した。


「そこの女の子も戦うのか?」

「ん? あぁ、この子これでも主様を除いて――」


 ミアが気軽にVサインをウィリアムたちに決める。

 幼女らしい元気っぷりに気を抜けば脱力しそうだが、そう思うのもこの瞬間までだった。


「――ワイらの最強戦力なんでね」

「いくよ―! ”天雷よ、呑み穿てエレクトリック・ペネットレーション”!」

「!? ”風よ、纏い護れ(プロテクト)”ッ!」


 瞬間、閃光、爆発。

 次に迫る爆風に吹き飛ばされないようにするのでウィリアムは精一杯だった。

 気を抜かず大楯を構えて腰を据えていたというのに、である。


「ぐっ……! エンテ、セレーナちゃん、大丈夫か!?」

「お、おう。なんとか」

「び、びっくりした……」


 やばいと思った瞬間に張った”風よ、纏い護れ(プロテクト)”が仕事してくれたようだと安堵の息をつくウィリアムは、ニコニコとVサインを決めるミアに視線を向けた。


(一瞬すぎてわからなかったけど、あれは雷……か?)

(うむ。紫が宿すのは雷のはずだ。にしてもこの威力は……!)


 バラムの言葉に釣られるように周りを見回せば、ウィリアムたちの立つ場所以外を除いてミアのVサインから放射状に巨大な傷跡が残っている。


(これはヤバイ、か)

(撤退も視野にいれなければな)


 一瞬で、この火力。

 更に言えば彼女自身が未だ余力綽々なのが、この威力を何発も放てることを物語っていた。


「エンテ、気を抜くなよ……行くぞッ!」

「おう!」


 人間側の『緑の騎士』と『赤の騎士』。

 魔族側の『黃の騎士』と『紫の騎士』。

 二人同士の『騎士』が今、ぶつかりあう。

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