閉殻 ―鳥の如く束縛の青―
「まさかウィリアムさんが『緑の騎士』様だったなんて……!」
「俺もセレーナちゃんがライアンさんの娘だとは……」
驚愕の再会から数分後、部屋の中には仲良さげに笑い合う二人の少年少女がいた。
もちろんのこと一人は緑の少年であるウィリアムであり、もう一人は銀の少女であるセレーナである。
美しい銀のロングストレートの髪を風でゆらしながら、パッツンの前髪を嬉しげにいじる彼女の姿を見てウィリアムは頬がゆるむ。
「やっぱり、ウィリアムさんは”特別な人”なんだね」
「特別……?」
思わず聞き返したウィリアムの言葉に、うんうんと頷くセレーナ。
「一目見た時から思ってたんだ、この人はこの街の人と……籠の中で生きる人とは違うって」
自由を知らず、今という時を生きるのに必死になっている人々とは違うとすぐにセレーナは理解した。
事実を知れば当然だった、『騎士』ならば街を出るから自由も知っているだろうから。
「でもウィリアムさんはどうしてわざわざ王都まで来たの? お父様へのご報告かしら?」
「いいや、違うよ――」
何故、王都へ来たのか。
それはきっと目の前の少女を苦しめることになるのだろう、と何となくウィリアムは理解している。
だとしても、言わない訳にもいかない。
「――君を、『青の騎士』にするために」
「――――」
眼の前のセレーナが持つ空色の瞳が大きく見開かれるのをウィリアムは見つめる。
絶句するような表情に、驚愕と絶望が色濃く映るのも。
「どう、して……」
ポツリ、とまるで血反吐を吐くかのような想いで言葉を零すセレーナ。
「どうして、私なの……!」
しかして一度吐いてしまった毒は、もう止まることは出来ない。
彼女の思う思わない関係なく、次々と言葉を吐き続けてしまうのだ。
「わたしはただ外に出たいだけなのに! どうしてお父様も、ウィリアムさんも皆皆わたしを『騎士』にしようとするの!?」
目尻に涙を溜めるセレーナは誰もがわかるほど、幼く力のないただの少女である。
けれど彼女は『騎士』の娘で、それ故に誰よりも『騎士』や人の上に立つ者としての苦悩を幼いながらに理解している少女でもあった。
「『騎士』なんか成りたくない! 自分の理想に縛られて、なんにも出来なくなるもの! 溺れてしまうもの!」
きっと生まれてから『騎士』として、議長として在り続けるライアンの背中を見て育った彼女は、息苦しいこの小さな世界をとても嫌っているのだろう。
だからこそ外に出たいと、自由になりたいと叫んでいる。
「教えてウィリアムさん! わたしを……わたしを、どうして『騎士』にしたがるの? わたしは一生自由のないまま、外を知らないまま生きていくしかないの?」
「わからない」
ウィリアムは残念ながら彼女の悲痛な叫びを理解できないから、そう断言することしか出来ない。
まるで親に捨てられた赤子のような表情で、言葉を失いただ緑の少年を見続ける少女を見てウィリアムは言葉を続ける。
「俺はライアンさんに頼まれただけだから、何故セレーナちゃんを『騎士』にしたがるのか……その理由はわからないんだ」
「っ……!」
無情にもそう言い放たれた少女は我慢の限界を迎えたのか、それとも身に余る激情に身体が耐えきれなかったのか、ポロポロと涙を零す。
例えどれほど眼の前の銀の少女が辛そうにしていても、ウィリアムはこうとしか言えないのだ。
(ライアンは自らの娘がこんなに苦しんでおるのに、”この理想はウィリアム君にも、あの子に伝えられない”と断言したのか……)
心を痛めるウィリアムの中でそっと呟くバラムの言うとおり、ウィリアムは『青の騎士』として選ばれる根底……その理想を知らない。
知らされていないのである。
あの子が自分で気づいてこそ、”本当の騎士”へと至れる……そう考えているんだよ。
議長としての顔で冷酷にそう告げたライアンの表情が今も頭から離れない。
答えはあるはずなのに、つかめないのだ。
「でも」
「でも……?」
それでも、そうだとしても……ウィリアムには伝えられる言葉があった。
「君が外に出たいという願いは、自由になりたいという願いは、きっと『騎士』になったとしても打ち壊されるとは限らないさ」
「どうして……!」
涙を流すセレーナにとってその言葉はあまりに無責任で、他人勝手な言葉。
思わず噛み付く彼女に、『緑の騎士』はただ笑う。
「『騎士』っていうのは成った人の理想を叶える力だから」
「――――」
”すべてを護りたい”という理想を叶える力が『緑の騎士』であるように、”最強の力が欲しい”という理想を叶える力が『赤の騎士』であるように。
きっとセレーナが心の底から”したい”という理想を叶える力が、きっと『青の騎士』にあるはずだから。
そうでないと、ライアンは自分の娘を『騎士』にしようとしないだろう。
「……分かんないです。だって、わたしのお父様はあんなに苦しそうで」
混乱するに決まっている。
だって彼女は精神が成熟しきっている大人ではないのだから、ましてや最低限の信念を持つ英雄ですらない。
目の前で大粒の涙を零す彼女は、まだ周りからの庇護を受けるべき幼い少女なのだから。
「ゆっくりでいい、考えてみると良いよ」
なるべく穏やかな声色でウィリアムはセレーナの肩に優しく手を置く。
「……はい」
「きっと考えて、考えて、考え抜いた答えなら、君のお父さんも納得するはずだ。……いや、俺がさせるよ」
泣き腫れてブサイクになってしまっている少女の顔を見て、最後にとても静かな笑みを浮かべたウィリアム。
安心したのだろうか、涙を流すのを辞めたセレーナは小さく頷いて「うん」と呟いた。
少女にとって、幼い頃から『騎士』というものは身近な存在だった。
常に人の上に立ち、常に人間を禍族や魔族から守るライアンの背中を見て育っていたのである。
常に誰かの上で指示を行い、また悩み続けるライアンは正に誰にでも誇れる人物であっただろう。
しかして苦悩し続け時に過労で倒れてしまう彼に、娘である少女は他の人々とは違う感性をまだ歳が一桁のときから持ち続けていた。
お父様、苦しそう。
どうして辛そうなのに、倒れてしまっているのに、頑張っているの?
結果として、暇を見つけては自身と遊んでくれるライアンを、出来うる限り人々のことを考えてくれる優しいライアンを、誰よりも誇りに思い愛していた少女がどうしたらソレから解放してあげられるかを考え始めることになる。
幸いというべきか彼女の周りには多くの書物があり、また悩み事を聞いてくれる侍女もいた。
歳不相応なほど大量の本に目を通し、疑問点を見つけては侍女たちに問うていく。
その果てに少女は1つの結論に至る。
――お父様は”議長という場所”に縛られているから、苦しくても辛くても頑張らなければならないんだ。
少なくとも”英雄譚”に記された英雄は、誰よりも強く誰よりも優しく……何より誰よりも自由だった。
ならば同じ英雄だと言われているライアンはどうなのか、あらゆる制約に縛られ民のために多くを尽くす自身の父と自由なのか。
違う。
わたしが望む”英雄”はそうじゃない。
わたしは――
――人間の想い、望みを叶えなければならないという”籠”に成りたくない。
そんな『青の騎士』になんか、なるものか。




