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セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―  作者: 清弥
1章 ―力求める破壊の赤―
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出発前

「それでは、お世話になりました。バロンさん」

「若いもんが細かいこと気にするものじゃない。安心して行って来い、ウィリアム」


 ふくよかな身体を持つ商人であるバロンは、ウィリアムの申し訳なさそうな表情に苦笑する。

 同い年の青年ならもっと我が儘で自由奔放なのに、どうしてこの緑の青年は責任を負おうとするのだろうかと。


「――はい。ではバロンさん、お元気で」

「あぁ、いつでも顔出しな。私は待ってるぞ」


 お辞儀したウィリアムは店から出ようと体を向け、扉を開けると再度こちらに顔を向け小さく頭を下げる。

 本当に律儀な青年だと、最後までバロンをその背中を見て思っていた。


 ウィリアムが目覚めてから1週間ほど。

 数々の迷惑をかけた治療院からOKサインを貰ったウィリアムは、さっそくエンテと共にブランドンに王都へ連れてもらう予定だ。

 その前に今まで良くしてくれた人々に挨拶に回りたいとウィリアムが言い出した結果、現状に至る。


「お、挨拶しっかりしてきたか? 緑の坊主」

「はい、しっかりと」


 外で待っていたブランドンが店から出てきたウィリアムに笑いかけた。


「しっかり済ませとけよ。もうこの町に戻れる機会はそうないかもしれないからな」

「ありがとうございます」


 『緑の騎士』となってしまったからには、それ相応の責務が付いて回るのが現在の状況。

 当然だ、今もなお禍族や魔族からの被害が無くなった訳ではないのだから。


 今の状況を重々承知しているウィリアムは、ブランドンの忠告に小さく頷く。

 真面目に聞くウィリアムにブランドンは二度三度首を振ると、「それでいい」とどこか曇った笑みで言った。

 謎めいた表情に首を傾げるウィリアムの鼓膜に、何かが届く。


「……もう、会えないかもしれないからな」

「――――」


 あまりに重く、あまりに意味が込められた呟きに聞いた本人は押し黙る。

 暗い表情をして口を閉ざした緑の青年を見て、ブランドンは今の呟きが聞かれていたのだと知り短く鼻から息を吐きだした。


「良いか、お前さんはもう今では『騎士』だ。禍族や魔族に唯一対抗できる存在である『騎士』になった以上、お前さんにも民を護る“責務”がある」


 酷く真面目な顔でブランドンは、まだ未熟な『騎士』に現実を叩きつける。

 今までのままで居ることは出来ないのだと。

 お前が『騎士』となった瞬間に、“普通”と言う言葉は消え去ったのだと。


 誰もが憧れる『騎士』になったからこそ、全ての命がその背中に圧し掛かるのだ。

 きっとその重圧は生半可な青年が受けていいものじゃない。


 けれど――


「分かっています」


 ――この青年には、その常識は通じない。


 儚げなのにどこか高く在り続けるその青年の瞳に、ブランドンは飲み込まれそうになる。

 そして気づく。

 彼の瞳に映る“意志”は普通ではないことに。


「……今更な忠告だったな、すまない」

「いえ、ブランドンさんの言葉を聞いて身を引き締めました」


 ブランドンは思う。

 どうしてこの青年は、ここまであっさり自身に与えられた“責務”に対し従順であるのだろうかと。


(まぁ、知ったばっかの俺にはわからねぇことか)


 身を翻し、ウィリアムにブランドンは「行くぞ」とだけ告げる。

 自身の後ろを歩く、不思議な緑の青年のことを頭の片隅で考え続けながら。





「――あぁ、それとこれ。冥土の土産だ、もってけ親父」


 風が舞う中で一人、エンテは墓の前に酒を置く。

 見た目からしてかなりの安物の酒なのだが、これが大好物だったことエンテは良く覚えていた。

 自身の父親のことだ、忘れるわけがない。


 エンテの父親は先日の禍族との戦いで死亡した。

 負けなしの傭兵だと信じ切っていたエンテにとって、なぜ父親が死に自身が生き残ったのか……それが未だ分からずにいる。


(きっと、親父が生き残ってた方が皆助かっただろうな)


 常にエンテは父親と比べられ、常にエンテは期待されていた。

 負けなしの傭兵、アルタの一人息子。

 戦いに身を置き禍族とも何度も戦って生き延びてきた親父の血を受け継ぐ者として、エンテはアルタを越えることさえ願われていたのである。


 きっと誰もが“期待”の瞳で見つめる人生を歩んできたエンテにしか、知らない辛さがあったはずだ。

 未だエンテはアルタの足元にすら及ばないだろう。


 ――あぁ、でも。


「俺、親父を越えるよ」


 小さな子供……特に男の子なら誰でも憧れる称号。

 『騎士』。


「親父より腕っぷしはたりねぇけど、“意志”では負けないつもりだ」


 酒ばっかり飲んでいた男なんかに負けてたまるか。

 腕っぷしばかりの巨大男なんかに負けてたまるか。

 “心”だけは、そんな舐めきった生活を送っていた父親には負けたくなかった。


「俺は『騎士』になる。アンタが出来なかったこと、成し遂げてみせるぜ」


 虚空へと腕を突き、墓に拳を向けるエンテ。

 その瞳には今まで宿ることのなかった、確かな“意志”が静かに燃えていた。





「んじゃま、行くとしますか」


 数時間後、町をぐるりと囲む壁に北と南にだけある二つ門の一つ、北門へとウィリアムたちは集合していた。

 大きく伸びをするブランドンの傍らには、目を疑うような機能性重視の馬車がさも当然化のように配置されている。

 流石は『騎士』様、ということだろうか。


「この見るからに高そうな馬車で行くんすか?」

「あぁ、『騎士』は七人しかいないからな。各地に点在しているものの、離れた場所に行かなければならない時はコイツを使うのさ」


 当然の話だろう。

 『セブンスナイツ』は名の通り七人しかいない。

 だが、急に出現してくる禍族相手では国全てを瞬時に護れるわけではないのである。


 禍族の対処を少しでも早くする為に、『騎士』には国力を費やして作られた馬車と早馬が数匹贈られるのだ。

 その速さは普通の馬車と比べ、約1.7倍の速度を出せる計算らしい。

 もちろん早馬を使い潰す……という条件ではあるが。


「ま、ここから王都はそこまで遠くない。何せ王都と大陸中央に在る各町への、通り道だからな」


 『連盟国家・エンデレナード』は巨大な大陸から成っている。

 大陸北側中央に存在する王都を中心とし、東、西、大陸中央に町が広がっているのだ。

 この町は言うならば、大陸中央と王都を繋ぐ休憩所だろう。


「大陸中央……ですか」

「あぁ、“最前線”だな」


 ウィリアムが大陸中央という言葉に反応し反復すると、ブランドンは目を細め事実を口にする。


 現在、エンデレナードが支配する領土は大陸の中央少し下からより北側。

 つまるところ大陸の約2/3を領土としている。

 だというのなら、残りの1/3はどこが支配しているのか――


「――“魔族”との、決戦の地とも言われてる場所だな」

「あぁ」


 大陸の中央少し下から南側、大体大陸の1/3を支配しているのは『魔族』だ。


 『魔族』とは、禍族とまた別の種族でありこの大陸に多く在った国が『連盟国家・エンデレナード』となった元凶でもある。

 宿す力は禍族と殆ど変らないが、人間と同じくらいの知性を持つ分には魔族の方がよほど厄介だ。


 現に圧倒的に数が少ない魔族たちは、急に大陸最南端から現れてたったの1年で大陸にある一つの国を支配。

 その後一つ、また一つと支配していったが、『騎士』による抵抗で何とか1/3で留めている状況だった。


「今も『セブンスナイツ』、“最強の騎士”が魔族の侵攻を食い止めているはずだ」

「え、ずっと戦い続けてるってことっすか?」


 侵攻を食い止める、イコール戦い続けているという思考の単純さにブランドンは苦笑する。

 エンテが考え知らずというのは、元々ウィリアムは知っていた為「そんな訳ないだろ」と砕いて説明を始めた。


「その『騎士』は最前線を任せられた直後に、魔族も恐れるほどの力を示したんだと思うぞ。そうしたらアイツやべぇ……ってなって姿を現すだけでも、十分魔族に対する抑制力になるだろ?」

「あぁ、なるほど。所謂俺の親父と同じ感じか」


 確かにあの人も姿を現すだけで、大抵の悪さした奴は逃げ出すから間違っちゃいないとウィリアムは顔を歪める。

 つまりは恐怖心を植え付け、二度と馬鹿な真似を出来ないように見張っているのが現状だろう。


「『騎士』様―! 準備整いましたぜ!」


 準備が完了したと伝える声に、ウィリアムとエンテは現実へ戻ってくる。

 どうやら荷物の積み込みや馬の支度が完了したようだ。


「じゃあ行くぞ、小僧ども」


 ブランドンは首で馬車を示すと、自身は従者席に座り直接馬の調子を確かめはじめる。

 馬車を持っている『騎士』とは思えない行動に、一瞬二人は言葉を失うがすぐに顔を見合わせ両肩を竦めた。


「ま、ブランドンさんだしな」

「正直やると思ってたぜ」


 ウソだな、とウィリアムは口角を上げると一足先に馬車に乗りこむ。


「は? 本当に決まってんだろうが!」

「そこまで考えられないだろお前」

「あァ!?」

「うるせぇな静かにしろ小僧ども、おら行くぞッ!」


 喧嘩する兄弟と、それをしかりつける父親。

 少なくとも事情を知らない人からはそう見えただろう。


 少々……というよりかなり騒がしい出発だが、それも悪くない。

 ウィリアムはエンテに頭を殴られながらそう思った。

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