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セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―  作者: 清弥
5章 ―鳥の如く自由の青―
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無知の出逢い

 彼女にとって、城にて過ごす日々は退屈以外の何物でもなかった。

 同じような日々が続き拘束されながらも我慢をし続けていたのはその報酬として、常に父である『青の騎士』に守られる安全と優遇された衣住食があったからだ。

 しかし父が倒れたことで彼女は『青の騎士』を継承しなければならないという更なる拘束が表れる。


 すでに我慢の限界に来ていた彼女にとってその宣告は、我慢していたナニカを放出させる最後の一押しとなってしまった。

 何が言いたいのかというと……つまるところ脱走である。


 幼い頃から抜け出したいとルートを探しながらも、いざとなると恐怖にすくんでしまっていた彼女だが今回は違う。

 考えに考え抜いた脱走ルートを時間通り、想定どおりに動くといとも簡単に脱走してしまった。


「ふふん、わたしにかかればこんなものよっ!」


 あまりに予想通りに進んでしまったので呆気なく思いながらも、つまりは自分が凄いからだと納得しきった彼女……セレーナはえっへんと胸を張る。


「っと、早くここから移動しなきゃ。いつ気が付かれるかもわからないし」


 感慨にふけるのを慌ててやめて走り出すセレーナ。

 彼女が向かう先には、城下町が広がっていた。

 初めて等身大で見る街をキラキラとした瞳でセレーナは街を走り回る。


 美味しそうな果実があり、物騒な剣や盾があり、服が箱の中に突っ込んであった。

 見るもの全てが新鮮であり驚きの連続で彼女の興味は尽きることはない。


 そして最終的に彼女の興味はたった一つ残るのみとなった。

 否、その一つが強烈過ぎて他の興味など失せてしまったのだ。


 いつか勉強していたときに読んだ本には書いてあったのをセレーナは覚えている。

 ”その国の素晴らしさは街に生きる民で知れる”と。


(じゃあ、この街は……この国は――)


 ――素晴らしくない、ということなのだろうか。


 確かにこの街には人々の営みがあった。

 生きることで必死な民が全力で日常を過ごしていた。

 だがその表情に真剣さはあっても余裕の色は一辺たりとも存在していなかったのである。


(それともこれが”普通”なの?)


 違うと思いたい、こんなに楽しくなさそうな日常が普通だなんて。

 黙々と働き続ける人々を見て思わずセレーナは一歩後ろに下がって……まるで逃げるかのように真逆の方向へ走り出した。


(嘘、嘘嘘嘘ウソッ!)


 信じられなかった。

 彼女が外に求めていたものを根底から崩された気がして、視界があやふやになる。

 走って、走って、走って、どこへ向かっているのかすら曖昧な彼女は、気がつけば柵に邪魔をされて立ち尽くしていたことに気がつく。


「――――」


 思わず、息を呑む。

 事実から顔を背けて逃げ続けていた彼女がたどり着いたのは、あまりにも美しい外の世界だった。

 青々とした一面に広がる広大な草原に、奥の方に薄いけれども堂々とそびえ立つ山々。


 何より眼前に広がる雲ひとつない青空があまりにも美しかった。


「綺麗だね、ここ」

「……ッ!?」


 心臓が止まるかと思いつつセレーナは声がした後ろの方へ飛び退く。

 飛び退いた結果、柵が背中に思いっきりあたり体制を崩して脚が空に浮いた。

 セレーナの大分軽いものの全体重が柵へとかかり、ピキッと嫌な音がして柵が完全に崩壊する。


「えっ?」

「危ないッ!」


 崖の上にあるであろうこの場所から落ちればひとたまりもない、とやけに冷静な考えを巡らせた彼女を引き止めたのは、他でもない先程声をかけた男性だった。

 優しく、けれど力強く体をまるごと支えられて彼女は地面へと戻される。


「ごめん、大丈夫だった?」

「え、あ、はい」


 上手く思考回路が回らないセレーナはそれでも顔を上げて、ようやく男性の姿をしっかり見据えた。


(キレイな人)


 曖昧ながらも彼女は目の前の男性を見てそう思う。

 外見の話ではない、もっと内面的なものだ。

 街で見た生きるのに必死過ぎる人々に比べて、ずっとずっと色づいて見えたのである。


 長らく、いわゆる王女のような立場として生きてきたセレーナには当然のように人を見る目があった。

 そんな彼女が惹かれたのだ、間違っているはずがない。


「君の秘密基地か何かかい?」

「むっ、違うわ! そんな子供みたいなことしない!」


 心外な言葉に思わず強く言い返すセレーナ。

 言い過ぎたと言った後に気付いて、恐る恐る彼の顔を見るもその色づいた表情は一切変化することがない。


「そっか、ごめんね。……じゃあ、これは君の大切な場所なのかな?」

「どうして、そう思うの?」

「そりゃあ――」


 セレーナの顔を真正面から見て、彼は穏やかに笑った。


「――君の顔が色付いていたから」

「色、付いていた?」

「君の顔が言っていたように見えたから。……外に出たいって」

「――――!」


 瞬間、胸を貫くような衝撃に襲われるのをセレーナは感じる。

 なんの躊躇もなく自身の心を当ててきたのだ、驚かないはずもないだろう。

 自身の根底を悟ってくれた相手だからだろうか、彼女はほぼ無意識に男性へと聞く。


「どうして、この街の人はあんなに余裕がないんだろう。誰も笑ってなかった」

「……それはきっと、外を、自由を知らないからだと思う。君みたいに自由を知っていたら、それを夢見てもっと心に余裕ができるはずだから」


 幼い頃から勉強に勉強を重ねてきた彼女は、”外”という存在をすでに本などで知っていた。

 だからこそ街にその目指した外があったと思ったのに実際はそうではなく、この街も縛られていたのだ。


「なら外に出ればいいのに」

「そういう訳にもいかないよ。外は危険だ」


 危険。

 彼が言うその言葉の意味をセレーナは何よりも理解していた。

 この王都にさえいれば『青の騎士』が守ってくれるのだと思っているから、皆我慢をして生きている。


「おかしいよ」

「うん、きっとおかしいんだろうね」


 子供らしい言葉しか吐けなかったセレーナに、彼は静かに肯定した。


「……でも」


 諦めるしかないのかな、と思いかけた彼女へと囁きかけるように彼は小さく言葉を続ける。

 そしてその言葉を発した彼の瞳を見て、思わず体が震えた。


「でも、その縛られた世界をぶっ壊す為に俺はいる」


 眼の前の男性にもう穏やかな雰囲気はない。

 だがセレーナは彼を怖い、とは一切も感じなかった。

 まるで大きな盾に護られているような、そんな不思議な安心感さえある。


「あなたは、誰?」

「俺かい?俺は……」


 思わず。

 そう、思わず聞いてしまったセレーナの問いに目の前の男性……緑の少年は不敵な笑みで笑った。

 彼の正体を聞ける、そう思った瞬間に――


「おーいウィリアム! 何やってんだこんなところで!」

「あ、悪い。今行くよ」


 ――茶色の少年が姿を表して折角の機会を台無しにしてしまう。

 顔をしかめている少年へウィリアムと呼ばれた緑の少年は頭を下げながら、歩いていき……不意にセレーナへと振り返ると穏やかな笑みを浮かべた。


「俺の名前はウィリアム。君は?」

「……セレーナ。セレーナです!」


 そっか、と最後に笑ってウィリアムはその場から去っていく。


(ウィリアム、さん)


 彼女はこの出逢いを一生忘れないだろう、と強く思った。

 もう二度と会えないのだとしても、この数分間は彼女に強烈な想いを残していったのである。


 この約一時間後、同じ崖の上にて発見され保護されるセレーナ。

 兵士たちがセレーナの周りを囲むまでの間、ずっと彼女は崖の上から眼下に広がる大地と青空を穏やかな瞳で見続けていた。

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