道具
「よう。ボロボロじゃねぇか、おめぇ」
「ワイアット、さ……ん」
なぜここに居るのか、そんな疑問は持たなかった。
確信があったから。
(間に合ったのか、アニータ)
藍の騎士である彼女が持つ得物は”両銃”であり、貫通力はどの武器をも凌ぐ。
しかし今目の前で唐突に現れた痛みに悶え続ける禍族は、いわゆるスライム状でありありとあらゆる点の攻撃を防いでくる。
攻撃力に特化したアニータの攻撃が通じないのであればウィリアムの攻撃など高が知れていた。
だからこそアニータに頼んだのである。
――助けられるのはお前しかいないのだ、と。
「っにしても、気持ち悪ぃ形してんな」
「はい、アニータの武器も歯が立ちませんでした」
ワイアットは大きくため息をつくと、「めんどくせぇな」と頭をボリボリ掻く。
その言葉や行動とは裏腹に、浮かべる表情は獰猛な笑みだった。
「ま、いい機会だ」
湿気によって水気のある地面に手を当て、目を閉じるワイアット。
「見せてやるよ――」
瞬間、ワイアットの纏う雰囲気が一変する。
強く荒々しいものだったそれは、鋭く鋭利でありながら力強さを感じるものに。
あまりの変わりようにウィリアムは思わず息を飲んだ。
「――”本当の騎士”の……”俺”の力って奴を」
”本当の騎士”とは一体なんなのか。
ウィリアムの脳裏に現れた疑問を吹き飛ばすように、『黄の騎士』の周りに土や砂などが現れ始める。
「砕き成せ、”原土之創造”」
老いた騎士が手に持つは大槌。
鍛治用のハンマーにも見え、また戦闘用のハンマーにも見える異様に大きい槌だった。
たった一目見ただけでウィリアムはその得物が、自身の持つ“風之守護”を遥かに凌いだ性能を持つのだと理解する。
(どうして、そう理解したんだ……?)
ワイアットとウィリアムは同じ『騎士』であるはずなのに、何故こうも差があるのか。
確かに同じ『騎士』でもワイアットは『黄の騎士』でウィリアムは『緑の騎士』だ。
けれど同じ存在である以上、持つ得物に大した力の差はでないはず。
「そら……よ!」
クェルマディを持つワイアットが両手を振りかぶり、ただただ淡々と振り下ろす。
それだけで地面を裂き、砕き、硬く崩れることのなかった物は砂と化した。
ようやく元の形に再生したスライムへとその破壊の衝動は突き進み、歪な存在に襲い掛かる。
「~~~~!」
直撃を受けたスライムは大きく吹き飛ばされ、プルプルと震えながら再生を再び行う。
きっと同じような現象……地形自体や事実を捻じ曲げるようなことをウィリアムは出来ない。
では何故ここまで違うのか。
(ウィリアム、お前にはわからないだろうな)
一方的にスライムを蹂躙しながらワイアットはウィリアムに視線を送る。
本来禍族というのは『騎士』が苦労しながらも倒せる存在であり、少なくとも蹂躙できる相手ではないはずなのに。
「おい、ウィリアム」
ワイアットにはウィリアムが思っていることがありありと想像できた。
だからこそ、見てほしいと思う。
「これが――」
力尽きかけ、弱弱しく襲い掛かるスライムにワイアットは汗水一つかかず大槌を振り上げると、何のためらいも無く巨大な半固形物体を文字通り粉砕した。
「――俺と、お前の差だ」
同じ『騎士』という存在なはずなのに、確かに自身とワイアットとの間には大きな差があるのだと確信したウィリアム。
(じゃあ、その差は何だ?)
覚悟の差か。
思想の差か。
経験の差か。
いや違う、もっと……もっと別の要因なはずだ。
「なぁ、ウィリアム。お前は『騎士』っていう存在をどう解釈してる?」
「え?」
唐突に問われたウィリアムは、その質問に対する答えを探そうと必死に頭を回転させ……結局自身について語るしかないのだと気付く。
「俺にとって『騎士』は、全ての人を護り救う者のことです」
「自分自身を犠牲にしたとしても、か?」
ワイアットの言葉に間髪なく頷くウィリアム。
当たり前だ、自分を犠牲にしなければ全ての人を護れないのだから。
真っ直ぐな瞳で自身を見つめる緑の少年に、ワイアットは大きくため息をついた。
「『騎士』っつうのは自己犠牲の上に成り立っている、か。確かにそうなのかも知れねぇ。だが、それを貫ける人なんて殆どいない」
「……は?」
常に『騎士』として在ろうとし続けるウィリアムの脳内に流れるのは人々を庇い経ち続ける英雄の姿。
あのように成りたいと、“成らなければならない”とそう思ったのだ。
しかしその目指す偶像は違うのだと老年の騎士は言う。
「アニータがその良い例だ。生命を助けたいと願いながらも、アイツの能力は生命を傷付けるものだっただろ?」
「でも、それでもアニータはちゃんと自分の罪と向き合いました!」
救済したいと心から望んだ結果、アニータの能力は完全に生命を癒すものへと変化した。
その事実に変わりはなく、それ故に彼女は自身の想いを貫けたと言えるだろう。
「だがアニータの持つ得物は未だに両銃だ」
「――――」
望みを貫けたとしてもアニータの持つ得物は両銃。
それは一体何故なのか。
「良いか、ヒヨっ子」
当たり前だ、全ての生命を救済したいと望むのは結構だ。
だがそれはあくまで“可能ならば”の話。
彼女自身、意気込みとしてそう語っているだけでそれを必ず成し遂げたいと想っている訳ではないから。
「『騎士』っつうのはな、矛盾の上で成り立つ存在なんだよ」
「む、じゅん……?」
全ての生命を救済したいと望みながら、それは叶うことは無い。
人と言うのは常にある生命を救うために、ある生命を積み取り続けているのだ。
生命を傷付けずして生命を助けることは叶わない。
「人を救いたい、家族を守りたい、誰かの為になりたい……そんな理想を掲げる裏で、現実と必死に向き合っているのが『騎士』ってもんなんだ」
ならば、もしそうならば――
「――お前はどうなんだ?」
全ての人を護りたいと望み、想い、行動する。
誰もが自分を大事にする中で唯一自身を殴り捨てて、他人の為に尽力するウィリアムは一体何なのか。
本当に『騎士』足り得ているのか。
「はっきり言うぞ、お前は『騎士』じゃねぇ。掲げた理想を足かせにして進む奴なんて、そんなのただの道具だ」
理想というのはその人が人生をかけてまで突き通したい夢だ。
別の言葉でいうのならば、目標やゴール。
しかしウィリアムにとって進むための燃料と成っているはずの理想が足かせとなって縛りつく。
何故なら緑の少年が掲げるのは理想ではなく、現実にしたいという理論そのものなのだから。
「お前の掲げる理想……“全ての人を護りたい”ってことが、現実的に考えて無理なことぐらいおめぇが一番判ってんだろ」
分かっている。
解っているさ。
判っているとも。
けれど。
「俺は、これが正しいって信じてる」
「――――」
自身の掲げる理想が間違っていたとしても。
自身の目指す現実が間違っていたとしても。
まず俺の存在自体が間違っていたとしても。
ウィリアムは、それは“正しい”と言い張り続けるのだ。
「ワイアットさんにとってそれが『騎士』たるのだとしても、俺にとっての『騎士』は全てを護る英雄です」
「だが、それは……」
そこまで言いかけて、ワイアットは大きく息を吐く。
長く、長く、不安や想い、後悔を吐きだすように。
「わぁった、おめぇがそこまで言うならもう何も言わねぇ」
“原土之創造”を消滅させると、年の割にボサボサな頭をぼりぼりと掻きながら歩き出したワイアット。
強く、逞しいけれどもどこか寂しいその後ろ姿をウィリアムはただ付いていく。
気まずい雰囲気が二人に流れていた。




