奇跡を扱う種族
「ヘンリー・メイハン、それがボクの名だ。是非是非、覚えて行ってね?」
瞬間、ウィリアムの目の前に魔族……ヘンリーが姿を現す。
その手に持つは小型のナイフ。
「ッ……!」
ウィリアムは『騎士の力』で超強化された反射神経を使って、自身が今危険だと気付くと同時に横に大きく飛び退き避ける。
甲高い空気を裂く音を聞きながら、地面を滑り勢いを殺した。
「ウィリアムッ!」
急襲に驚くものの、意識をすぐさま元に戻したアニータは魔族に銃口を向けて引き金を引く。
普通なら反応さえ出来ないほどの凄まじい速度で放たれた銃弾だが、魔族はそれに反応して見せると大きく後ろへ跳躍して避ける。
(コイツ、強い!)
(一旦ここは引くべきだ、ウィリアムよ)
提案するバラムの言葉に従いたいウィリアムだがそうもいかない。
まだ禍族の襲撃からそこまで時間が経っていないので、住民の避難が終わり切っていないはずなのだ。
この街に住まう人々に被害を出したくないウィリアムにとって、今逃げるのは無理なのである。
「アニータ、俺が魔族を引き付ける。だから……頼んだ」
真っ直ぐな瞳でアニータに頼み込むウィリアム。
『騎士の力』は完全に回復しきっておらず、能力はおろか得物でさえ使えない現状を知っているアニータは一瞬目を見開いた。
一体どれほど危険な事か、すぐさま思い至ったのだろう。
「えぇ、任せて」
だがすぐにアニータは頷く。
危ないことなんてウィリアム自身が誰よりも分かっていることだ。
それでもなお危険を承知で行くと言うのなら、アニータにそれを止める権利はないのだから。
「ふむ……『緑の騎士』、確かウィリアム君だっけ?キミは“呪病”にかかってるらしいじゃないか、それでボクの相手が出来るのかい?」
「別に敵であるお前に心配される筋合いはないな」
冷静なウィリアムの返しにヘンリーは「そりゃそうだね」とヘラヘラ笑い、両手にナイフを出現させた。
指と指の間に挟み込むようにして持たれたナイフの合計本数は八本。
何とも器用なマネをするものだと、ウィリアムは半分呆れる。
「ほらほらほらほらほら!行くよぉ!」
「ぐっ……!」
狂ったように笑いながら突撃してナイフを思う存分振るうヘンリーに、ウィリアムは避けることに集中して動く。
だが見るだけで普通のナイフとはかけ離れた切れ味を持っているであろう刃に、触れることはもちろん掠ることすら許されない。
自分の身を一瞬でも守れる何かがあれば状況も変わるのだろうが、残念ながらウィリアムの手には何も持っていないのだ。
(攻撃が単調だから避けられるけど、これじゃあ躱すのが精いっぱいだ!)
(気をつけろウィリアム、相手は魔族だ……“アレ”を使ってくるぞ)
バラムの忠告を聞きウィリアムは一瞬にして表情を硬くする。
何故、魔族と相対してなおそのことを忘れていたのか。
ほんの僅かな間でも注意を外していたことが仇となった。
それぞれ違う方向から振るわれるナイフをギリギリのところで避けるウィリアムだが、結果的に大きく体制を崩してしまう。
気味の悪い曲線を描くヘンリーの口が、大きく歪む。
「“フィラド”!」
「おぁッ……」
瞬間、ウィリアムが感じたのは熱。
炎が質量を持ったかのように、腹に抉るような圧がかかり焼けるような痛みと同時に襲われる。
ふと体が起き上がるのを感じた。
“ナニカ”が爆発すると同時に大きく吹き飛ばされ、ウィリアムは地面を削りながら倒れ込んでしまう。
(熱、い……痛、い)
(すまぬ、忠告が遅れたッ!)
身体を襲う痛みにウィリアムは起き上がることすら出来ずに呻く。
だが、すぐさま身体が暖かな藍の光に包まれると痛みが急速に引いていくのを感じた。
「ウィリアム、もう大丈夫よ」
「あ、あぁ……ありがとうアニータ」
短い間だったが腹に襲った痛みと熱に、体中に汗が浮き上がるのをウィリアムは感じながら疲労感に息を漏らすほかない。
汗を手の甲で拭いながら自身の腹を見れば、そこには大きな焼け跡が残っていた。
アニータが居なければ本当に死んでいたかもしれないと、ウィリアムはヘンリーを睨み付ける。
(忘れてた、魔族が魔族と呼ばれる所以を)
「そんなに睨まないでよ、忘れてたキミが悪いだろう?」
気味悪い笑みを浮かべながら喋るヘンリー。
けれどその言葉が何一つ間違っていない故に、ウィリアムは睨むのを止めない。
「“魔法”だろ、知ってるさ」
「あは、正解!」
“魔法”。
普通なら出来ないことを、世界のルールさえ無視して行う奇跡の御業のことだ。
人間には扱えない“魔法”だがある種族のみ扱うことが出来る。
それが“魔族”。
魔法という奇跡を扱う種族故に、そう呼ばれた存在こそが“魔族”なのだ。
この魔法があるからこそ、魔族は『騎士』に対抗できる力を持つ。
「ボクの扱う魔法は“火球”。文字通り火の玉を顕現、操る技だよ」
「……良いのか、自身の魔法を晒して」
ヘンリーは「どうせさっきのでばれるでしょ?」とケラケラ笑った。
確かに先ほどの攻撃の焼け跡や殴られるような感覚を思い出せば、すぐさま火関係なのだと思い至るだろう。
だとしても自身から言いふらすのはどうかと思うが。
魔族は魔法という奇跡を扱うが、何でも出来るという訳ではない。
一人一人が最低一つのみの魔法しか扱うことは出来ず、それ以上となるとかなりの強さを持つ魔族しかいないのだ。
(恐らく武力偵察なんて行かされるくらいだから、ヘンリーの魔法は一種類のみ)
複数魔法を扱える魔族が偵察なんて来るはずもないだろう。
故にそう結論したウィリアムは立ち上がり、ヘンリーの目の前に立ち塞がると拳を構える。
「来いよ、魔族。まだ俺は戦えるぞ」
「あは、良いね良いね……キミは面白い。ボク好みだ」
サラリと背筋が凍るような言葉を吐いたヘンリーは、身体を滑らかすぎる動きでくねらせると一瞬でウィリアムの元まで接近した。
振るわれるのは、いつの間にか手に持っていた八本のナイフ。
出来るだけギリギリの所でウィリアムは避け続け、魔法に対しても警戒し続ける。
先ほどよりも圧倒的に不利な状況に置かれたウィリアム。
何故かと言われれば、一重に魔法の存在があるからだ。
魔法というのはどこから顕現し、どのように動くかは魔法を扱う本人しか分からない。
だからこそ常に魔法に対して警戒しなければならないのである。
故にウィリアムは迫る八本のナイフを避け続けながらも、魔法に対処しなければならないという不利に追い込まれていた。
「そら、もう一発!“フィルド”!」
「ッぅ……!」
ヘンリーがウィリアムに対して右腕を振り下ろし切ったと同時に、腹の部分から火球が出現。
至近距離で放たれた火の球を見て、ウィリアムは声にならないうめき声を出すと無理矢理身体を捻じ曲げてギリギリを避けた。
目の前に火の球が通過するのを瞳が乾くのを感じながら見届けたウィリアムは、地面に一度バウンドしながら後ろに下がる。
「右腕の前腕から出現、軌道は真っ直ぐってところか……」
「おっと、見破られてしまったね」
息を荒げながらもウィリアムは火球の特性を解析したことに、ヘンリーはお気楽に手を叩いて大げさに残念がった。
あまりの余裕さに、気味悪いを通り越して嫌な予感しかしないウィリアム。
何とか立ち上がるとアニータの方へ視線を向ける。
「駄目ね、アイツ私に銃を撃たせる気ないわ。貴方と戦っているとき、アイツ一度も私に隙を見せなかったもの」
銃というのは遠距離武器である。
だからこそウィリアムが前に出ることで後ろから倒してくれれば最高だったのだが、どうやらそこまで上手くいかないらしい。
結局は直線的ではあるが物体を飛ばしているので、その射線上に仲間が居れば撃てないという欠点があるのだ。
けれど今の状況でこれ以上の策は見つからないだろうし、あったとしてもそこまで考え付かないだろう。
今は冷静になれる場面ではないのだから。
内心舌打ちをしながら、どうにか出来ないかと考えるウィリアムたちに響く声があった。
「悲しいなぁ、ボクのこと忘れちゃうなんて」
「……!アニータッ!」
ウィリアムを突き動かしたのは直感。
一瞬でも意識を離してしまい自由の身となったヘンリーが狙う者、それはウィリアムかアニータのみである。
そして、この場で唯一ヘンリーを倒す可能性があるのはアニータなのだ。
故にウィリアムは全力でアニータの元へ走る。
たった短い距離だが、ウィリアムにとってその距離は異様に長く感じられた。
(俺は、俺は……!)
“全てを護る”ことこそがウィリアムの望み。
違えてどうするのか、叶えたい望みだからこそ叶える為に全力を尽くすのではないのか。
ヘンリーのことなど今は気にしない。
どうせ足止めをしようとしたところで、あの気持ち悪い動きで避けられ同じ結果が待っている。
なら今ウィリアムが出来る最善は何か――
「ぐ……うぅううあっらあああああッ!」
「これは驚いた」
――その身を犠牲に、他人を護ることだろう!
必死に手を伸ばした右手を……正確には“右手の手首”を犠牲に、振るわれたナイフを受け止める。
凄まじい痛みがウィリアムへ襲うが今は関係ない。
脚を踏み込んで腰を回し、ウィリアムは全力の一発をヘンリーの顔面に叩き込んだ。
ボトリ。
そんな音がして、ウィリアムの右手は地面に堕ちた。




