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セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―  作者: 清弥
2章 ―救済探す治癒の藍―
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生物を殺すということ

 ウィリアムはエレベンテ率いる正規衛兵たちに連れられ、衛兵見習いと共に街の近くにある森に来ていた。

 不安や緊張でそわそわしている他の見習いたちの中で、ウィリアムはこの森の異様な雰囲気を感じ取る。


(気持ち悪いな、この森)

(これが禍族の“力”の残りカスというものだろうな)


 明らかに森に入る前と入った後では空気が違う。

 本来森の中に居るはずの鳥や昆虫さえ息を潜めて、ただ“ナニカ”から逃げているように見えた。

 生物の宝庫たる森の中では在り得ない静けさにウィリアムは悪寒を消し切れない。


「ウィリアム、キミは勘付いているようだな」

「……はい」


 見習いの中で明らかに警戒度を高めているウィリアムに気が付いたのか、エレベンテは問う。

 ウィリアムも、その問いに答えながらもエレベンテがこの異様な雰囲気に気が付いているのだと軽く驚いた。


「わかるんですね、エレベンテさんも」

「馬鹿言うな。俺含め付き添いの衛兵は全員気付いてるぞ。何年この街を守ってきたと思ってるんだ」


 両肩を竦めながら口角を上げるエレベンテに、すみませんとウィリアムは頭を下げる。

 無自覚とはいえ他人を見下したことには変わりないのだから。

 頭を下げるウィリアムにエレベンテ含め正規衛兵たちは苦笑した。


「気にするな、自身の過ちを気付ければ十分だ」

「ありがとうございます」


 エレベンテはウィリアムの感謝の笑みを受け取るとコクリと頷き……形相を真剣なものへと一転。

 瞬間、ウィリアムも悪寒が現実に成ったのだと確信し大楯を構える。


「見習い共!武器を構えろ、余物が来るぞッ!」

「舞え、“風之守護(ウィリクス)”」


 未だ敵が近くにいることを理解できない衛兵見習いたちへエレベンテが号令を出すと同時に、ウィリアムは未完成状態の『騎士の力』を発現させた。

 ウィリアムは普通の人々とは違ってズルをしている気分になるが、それでも背に腹を変えられないと集中する。

 例え『騎士の力』と言っても今は唯の身体能力を強化するだけの力であり、その加護もエレベンテほどにしかならない。


(油断出来ないな……!)

(気を引き締めろ、ウィリアムよ。今の状態では風は扱えぬ)


 忠告するバラムへ内心でウィリアムは頷くと、一瞬右手を片手剣へ動かし……一瞬だけ戸惑う。


(決めただろ、全てを護るんだって)


 だがすぐに戸惑いを消し去り、一瞬だけ止まった右手で片手剣を引き抜いた。


 『余物』と呼ばれる物たちは“生命ではない”。

 禍族の力に取り込まれた瞬間に、生命としてその一生を生物は終えているのである。

 だが取り込まれた生命が休める事とは同じではないのだ。


 死体に鞭を打つ。

 正に余物という物はそれを体現している。

 すでに生命として終えている物体に、無理をさせて動かしているのだから。


 ――だから余物を倒すことが、生命を護ることに繋がる。


「来るぞ!」

「Gaw――――!」


 森の中から出てきたのは、黒い靄のような曖昧なモノに憑りつかれた狼。

 影のようで影でなく、闇のようで闇でなく、実在していないようで実在している。

 矛盾を極めたような不可解な存在が、余物だ。


 余物に成った狼は気が狂ったように途切れ途切れで吠えると、生物では在り得ない速度で一番近くにいた正規衛兵を襲う。

 正体不明の霧で覆われた爪が屈強な男の体に振るわれた。


「っと。ほら見習い共、対処してみろ!」


 だが何年も培われた経験によって、いとも容易く正規衛兵は狼の攻撃を盾で受け流して見せる。

 どうやら目の前の人間を襲うことしか考えられないのか、次に一番近くにいた衛兵見習いの一人であるウェイに突撃した。

 自身へ向かってくる狼に対して完全にテンパっているウェイはどうすることも出来ず、ただ腰を抜かして叫ぶ。


「うあああああっ!……あ?」


 数秒後か、それより早くか来る痛みに振えながら叫ぶ彼は、いつまで経っても痛みが来ないことに驚き目をそろりと開けた。

 そして自身の目の前に居る存在を見て、大きく目を見開く。


「ウィ、リアム?」

「大丈夫ですか、ウェイ!」


 ウィリアムはウェイと狼の間に立ち、振るわれていた爪を防いでいたのだ。

 咄嗟に動きいつもの通りに防いだウィリアムだが、内心舌打ちをしながら腕力にものを言わせて狼を吹き飛ばす。

 チラリと防いだ鉄の大楯を見れば、ヒビが入り込んでいた。


(鉄程度じゃ一撃だけでこれなのか……!)

(改善せねばならないな)


 改めて『騎士の力』によって顕現した大楯が凄まじいのだと再確認すると、ウィリアムは大楯を改めて構える。

 けれど今のこの大楯の状態ならば、せめて後一回しか受けきることは出来ないだろう。


(一体どうしたら消耗無く敵の攻撃を受けきれる?)


 途切れ途切れの唸り声を上げる狼を睨み付けながら、必死にウィリアムは考え考え考えて、ようやくたどり着く。

 次の瞬間、狼は我慢できないと言わんばかりにウィリアムへ大きく飛び付いた。

 それに対しウィリアムは――


「ぐ、うぅぅうう!」


 ――敵の攻撃を大楯に滑らせることで、攻撃を受けきる。

 金属の甲高い音を鳴らしながら攻撃を受けきったウィリアムは、そのまま片手剣を振り上げた。

 狙うは隙だらけの狼の横っ腹。


(……ごめん)


 余物と成る前に対処できなかった自身の力の無さに、内心で悔みながら謝罪すると片手剣を振り下ろす。

 初めて生物を殺す感触を右手が覚えていく。

 肉が、骨が、内臓が、全てがずり落ちていくのがウィリアムの視界に入る。


 だからこそ、ウィリアムは必死に目を開けて後悔の念と共に一生覚えようとした。


「ッ!」


 鋭く息を吐きだすと共にウィリアムは片手剣ごと狼の身体を地面に叩きつける。

 そこまで切れ味が無い片手剣は、狼の体を半分ほど切り裂いて止まっていた。

 だがその出血量や幾つかの重要な骨が砕けたことから、完全に死んだと思っていいだろう。


「ぅぷっ……!」


 禍族は見た目も、思考も、感触さえも生物ではない。

 けれど余物という存在は残酷にも、見た目と感触だけは本来の生物と同じもの。

 故にウィリアムは自身が生物を擬似的であっても殺したという事実に、吐き気を催した。


 全身が狂っているような感覚に襲われ、自身の右手が血で染まり切っているような幻覚さえ起こす。

 生命を殺すと言うのは、こういう感触がするのだと理解してしまったのだ。


「だ、大丈夫っすかウィリアム!?」

「放っておけ、ウェイ」


 片手剣と大楯を取りこぼし蹲って嗚咽を漏らすウィリアムに、救われたウェイは正気を取り戻し助けに入ろうとする。

 しかしエレベンテはそれを止めた。

 意味が分からないと言いたげな視線でエレベンテを見つめるウェイに、彼はウィリアムを静かに見つめながら言葉を漏らす。


「今、ウィリアムは試されてる」

「試されて、る?」


 コクリと頷くエレベンテ。

 一体を何に、何を試されているのか理解できないウェイは首を傾げる。


「試されてるんだ。戦う資格があるのか、ないのか」

「――――」


 初めてウィリアムは生物を殺した。

 例えそれが擬似的なものだとしても、結果的には殺したのとあまり変わらない。


 どの年齢でも、どの性別でも、どの性格でも初めて生物を直接殺したときは吐き気を催すものである。

 故に試されるのだ、この先も生物を殺せるか、殺せないか。

 異常な吐き気を乗り越えた時、初めてウィリアムは戦う資格を得るのだ。


(……殺した)


 何故、殺したのか。

 護るべき存在を、何故自身は殺したのか。


(……護った)


 何故、護れたのか。

 殺すべき存在を、何故自身は護れたのか。


(俺は、殺したのか?護ったのか?)


 生物を殺したのか。

 生物を護ったのか。

 それでさえウィリアムは分からなくなっていた。


(何故お主は『騎士』と成った?)


 その答えをウィリアムは持っていた。


(何故お主は全てを護りたいのか?)


 その答えをウィリアムは知っていた。


(何故お主はそこまで苦悩する?)

(俺は……)


 違う。

 殺したのではない、護ったのだ。

 その対価がこの吐き気なら、“安い”。


(俺は――)


 全てを護ると誓った。

 ならば、それを叶えるために殺したとしても“仕様がない”。

 ならば、それを続けるために殺したとしても“仕方がない”。


 全て護るのならば、その対価を全て自身が負えば良いだけの話なのだから。


(――護る為に、倒す)


 余物という存在が生物を脅かすのなら、倒そう。

 倒した結果生物が救われるというなら、倒そう。

 その代償が自身の“苦しみだけ”ならば安いものだから。


「……エレベンテさん」

「あぁ」


 立ち上がる。

 その姿は、先ほどよりも凄まじく前を向いていた。


(別の意味で振り切った、か)


 エレベンテはウィリアムの姿を見て、すぐさまそう判断する。

 吐き気をこらえながら立ち上がるのなら、それは“生物を殺すことを肯定していない”ことと同義。

 あくまで“吐き気”を背負った上で生物を殺すと決意したのだ。


(やはりウィリアム、キミは……嫌、これ以上は無粋か)


 他人の生き方に口出しをしない主義のエレベンテは、思いかけた言葉を打ち消す。

 彼の生き方だって、一つの在り方なのだから。


 ウィリアムは両手を震わせながら、無表情で言葉を発する。


「行きましょう」

「……あぁ」


 ただ、どうしてもエレベンテはウィリアムの行き着く先が不安で仕様が無かった。

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