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セブンスナイト ―少年は最強の騎士へと成り上がる―  作者: 清弥
2章 ―救済探す治癒の藍―
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本当の全力

「ぁあぁぁああぁぁ、お婿にいけない……。女性からも男性からも裸見られるとか、本当にお婿にいけない……」

「まぁまぁ、アニータが居なかったからまだ良かっただろう?」


 それとこれとは話が別だろとウィリアムは金魚の如く顔を赤くしながら思う。

 赤面するウィリアムだが、彼を見つめるエレベンテの表情は真顔で悩んでいるようだった。

 急に黙り込んだエレベンテにウィリアムは首を傾げる。


「少年、失礼だがキミ……貴族の隠し子とか何かか?」

「え?」


 エレベンテの言いたい意図が掴めず、疑問符を空中に浮かべるウィリアム。


「キミには筋肉というものが全く見当たらなかった。普通の平民なら畑仕事や友達と遊ぶことで、自然に筋肉は付く。だがキミにはその“付いて然るべき筋肉”というのが殆ど無い」

「……だから、貴族の隠し子ですか」

「あぁ」


 一つの街で衛兵長を任されるエレベンテはある一定の情報を持っている。

 ヘマをしない為、貴族とその子どもや孫の名前は熟知していた。

 だからこそ思ったのだ、ウィリアムは貴族の隠し子で運動する機会が無かったのではないか……と。


「すみませんが俺は貴族の隠し子ではないです。止めてくれませんか?」

「――ッ! あぁ、すまない」


 瞬間、エレベンテに感じたのは威圧。

 戦闘経験も豊富であり、禍族に対して十数分時間稼ぎを行えるほどの腕前だ。

 けれどその彼が、若い少年の威圧に圧倒され足を一歩下がらす。


 慌てて謝罪したエレベンテは、ウィリアムがすぐに微笑んだのを確認して内心で大きく安堵する。

 それほどまでに、ウィリアムが発した威圧は凄まじい物だったのだ。


「すみません、貴族にはあまりいい経験が無いものですから」

「……そう、か。不配慮だったな、重ねて謝罪しよう」


 禍族と魔族、人間にとって共通の敵が生まれたことにより人間通しのいがみ合いは消えた。

 その結果、人間同士の戦争によるストレス解消の為に治安が悪くなることも無くなり、貴族も悪い面では目立つことは少なくなったのである。


 だが、例外は存在するもの。

 隠れて一方的に平民などを傷付ける貴族も居なくはないのだろう。

 幼い頃、運悪く性質の悪い貴族に痛い目を見せられたのだろうかとエレベンテは悟る。


「この話はこれまでにしましょう、お互いに良いものではありませんし……。というより、アニータさんは何処に?」

「あぁ、アニータ嬢なら帰ったっすよ」


 エレベンテに裸を見せている間に何処に行ったのだろう、と視線を巡らせるウィリアム。

 その疑問に答えたのは、訓練場で訓練していた若い男性だった。

 帰った?と目をパチクリとさせるウィリアムに、エレベンテはツルツルの頭を撫でる。


「済まないな少年、アニータはいつもあんな感じなんだ。用がなければすぐに帰ってしまうんだよ」

「まぁ一応“ウィリアム君、頑張ってね”と伝言があったっすけど」


 おぉ……と感嘆の声を上げるエレベンテに若い男性は「そうっすよね!」と声を荒げた。

 全く理解できないウィリアムは眉を潜めると、エレベンテに同調した若い男性に問う。


「どういうことですか?」

「あ、キミが例のウィリアム君っすね。アニータ嬢は人嫌いなんすよ」

「人嫌い……?」


 若い男性の言葉にウィリアムはアニータとの今までを思い出すが、どうにもその言葉が当て嵌まらないような気がする。

 どちらかというと、普通の女性のようにウィリアムには思えた。

 だがその時思い出すのは“治療院を一人経営”という事実。


「もしかして、治療院を一人で経営しているのも?」

「俺はアニータからそうだと聞いているね」


 ウィリアムはアニータという存在の違和感に顔をしかめた。

 彼には、どうしても彼女が表面だけでそう決めつけているようにしか見えなかったから。


(表面では人が嫌いなんて言ってるけど、それじゃあ……)


 それではウィリアムやエンテと接しているときの、微かな笑顔は何だったのか。


「じゃあ話はこれぐらいにして、そろそろ訓練を始めようか」

「え、あっはい」


 目を細めて思考の海へ沈み込もうとしたウィリアムの鼓膜に、エレベンテの声が響く。

 お蔭で現実に思考を戻したウィリアムは、一つため息をつくとこの問題はとりあえず置いておくことに決めた。


「ウィリアム、キミはあまりに体が出来てなさすぎる。よってそこのウェイと共に衛兵見習いの訓練を受けてもらうよ、良いね?」

「分かりました」


 ウェイと呼ばれた口調が独特な若い男性の方へウィリアムは視線を向ける。

 茶髪に茶目という、人間では最も多い色素の色をした彼はウィリアムへと手を伸ばす。


「よろしくっす、ウィリアム君」

「君付けは止めてください、ウェイさん」


 こっちも呼び捨てで良いっすよと、ウィリアムの手を握ってウェイは笑った。

 そして、ウィリアムの鍛錬が始まる――。





「おら、まだまだ速度出るだろッ! 早く走れ!!」


 初めて鍛錬するウィリアムに課せられた最初の訓練内容、それは持久走だ。

 エレベンテが「良い」と言うまで一度出した速度を緩める事は許されず、逆に延々とスピードを出せと罵られる。

 時間を周回数も設定されていない、正真正銘ゴールのない持久走。


(え、えらい……!)

(ふむ、ゴールを設定しないことで気を緩めさせないのか。良い訓練だ)


 ただ見るだけで済むバラムに内心愚痴りながらも、ウィリアムは走る。


「おいウィリアム! てめぇそれで本気のつもりか!? 『騎士』様にしては一番遅いじゃねぇかッ!」

「はぁっ……! はぁっ……!」


 訓練モードのエレベンテは容赦がない。

 柔らかい雰囲気はどこかへ行き、そのガタイの良い怖い雰囲気が漏れ漏れである。

 しかし、彼が言っていることは何も間違ってはいなかった。


(日々運動してなかったのが、ここまで響くなんて!)


 事実ウィリアムは衛兵見習いの若い男性たちより、見間違えるほど遅い。

 それは根性や気持ちで何とかなるものではなく、ただウィリアムの体が周りに比べて圧倒的に貧弱なのだ。

 実際生身で走りながら、本当に『騎士の力』様様だと思わざるを得ないだろう。


「まだまだ、全員スピード上げろ! お前ら根性たりねぇぞ!!」

(ふざけるなよ……!)


 ウィリアムの体はとっくに警報を鳴らしている。

 休むべきだと、酸素を肺に欲しいと、止まるべきだと叫んでいるのだ。

 けれどエレベンテはこれでも根性が足りないのだと言う。


(これ以上、どうやって――)


 思考さえも段々白くなっていく。

 もう考える事さえ今のウィリアムの脳には出来ない。

 脚の筋肉が悲鳴を上げまくり、パンパンに膨れ上がる。


 だが虚ろな脳に響くのは止まるなという轟き。

 心臓が弾けそうなほど早くなり、もう走っているのか止まっているのかさえウィリアムとって重要ではなかった。

 声の通りに走り続けることだけが一番大切だったのである。


 この状態で走り続けて10秒か、1分か、1時間か……はたまたもっと長いか。

 不意にウィリアムは体のあらゆる苦痛が無くなるのを感じた。


(あ……れ、体が……か、るい)


 思考が未だ虚ろなままだが、少なくとも疑問に思える程度には考える力が残っていたらしい。

 全体的に白みを帯びた視界で確認すれば、未だウィリアムの足は動き続けている。

 心臓の痛みも、足の痛みも、喉の渇きも、振り上げる肩の痛みも、もう感じなくなっていたのだ。


 ただ茫然と走り続けるウィリアム。

 そしてようやく、終わりを告げる声が鼓膜に響く。


「――終了ッ!」

「ぁ……?」


 走ることしか考えれなかったウィリアムは、その声を聞いた瞬間に足を止める。

 瞬間、凄まじいまでの体の痛みや苦しみ、怠さが襲い掛かった。

 死んだかのように支える力を失くし地面に倒れるウィリアム。


「ひゅー……ひゅー……」

「歩ける奴は歩けよ! 倒れた奴は起き上がらなくても良いからな!」


 ウィリアムは感じた。

 今先ほどの“真っ白の状態”こそが、自身の本当の限界なんだと。

 そこに至るまでは、まだまだ体は動けるのだと。


(なる、ほど……これが、全力)


 指一本さえ動かせない。

 動かしてしまえば、まるで砂のように崩れ去るような気分さえある。

 だが、それでも――


(すごく……良い。気持ち良いなぁ)


 ――走り切った充実感や達成感に、心地よく笑うのだった。

 エンテが「運動は良いぞ!」と誘ってくれる意味を、ようやく理解しながら。

本当のギリギリまで体力を絞り切ったらこうなったはず……という自身の経験で書いてみました。

多少なりとも共感して頂ければ幸いです。

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