7-1 授与式
今日は学芸司書証の授与式だ。
「うわわっ、緊張する」
沙蓮はこわばった頬を両手で叩いて、気合を入れた。
図書庁の二階の控室。
同じ日に新長官の就任式もあったということで、庁内はおごそかな雰囲気が満ちている。
見習いの時は、図書庁に来ることも長官に会うこともなかったから。洛花のお父さんが長官ではなくなったのが、少し残念だ。
沙蓮は、光沢のある白の衣と裳を身にまとっている。白地に白糸で繊細な刺繍が施してあり、桂国の意匠らしい。
賭けに負けたからと、洛花がくれたものだ。
図書庁は砂京図書館が三つは入りそうなくらいに大きくて、壁には馬の浮き彫りが施されている。
「ほーら、沙蓮に似合ってるわ。そう思わない? 深迦」
洛花は、今日は妙に堅苦しい礼装だ。
「華やいだ白だからな。似合って当たり前だ。ああ、これを」
ぶっきらぼうに言った深迦が、机の上に置いていた水晶の花を手に取った。
「沙蓮、少し下を向きなさい」
促されるままにうつむくと、深迦が髪飾りをつけてくれた。
しゃらん。
右側につけられた水晶の花びらが触れあう、かそけき音。
礼を言った沙蓮を、深迦はまぶしそうに見つめている。
「……きれいだ」
つい思わず口からこぼれたのだろう。
自分の言葉に、深迦ははっとした表情を浮かべた。
「いや、今のは……」
「あーら。沙蓮はきれいじゃないって言いたいの?」
「そんなわけないだろ! きれいに決まっている」
洛花の挑発にのせられたことに気づいた深迦は、頭を抱えてしまった。
ああ、かつての力関係が見えるようだ。
深迦は、こほんと咳払いをして気を取り直した。
「沙蓮、儀式の手順は覚えているか?」
「え、えーと」
夜更かしして頭に叩き込んだはずなのに。
なぜか思いだせない。
「どうしよう。長官の前で恥をかいたら」
「別に平気だろ。その長官だって、今日から就任の新人だ」
「でも、偉い人なのに」
緊張して頭が真っ白になる。
「まったく、しょうがないな。扉を叩くのは二度。長官の前で左膝を床につく。右手は胸に、左手は大地を表す床に」
沙蓮がうなずくと、水晶の花が再び音を立てた。
そう。念願の学芸司書になれるのだ。恐れることはない。
「長官室へは、俺が先導する」
「あらあら、深迦ったら」
洛花が、にやにやと笑いを浮かべた。
「何か言いたいことでも?」
「別に迷うような場所じゃないわよ」
「沙蓮は方向音痴なんだ」
「それは初耳ね」
「野外なら迷わないが、屋内は怪しい」
深迦が、ぎろりと洛花をにらみつける。
「ま、いいでしょ。そろそろ時間ね。あたしは先に行くわ。後でまた会いましょ」
ひらひらと手をふって、洛花は部屋を出ていった。仕事があるのか、とても急いでいる。
長官室は右の廊下を進み、途中の階段を下がったところにある。
あるのだが、造りが複雑で階段が見つからない。
「決して難しくはないぞ。それでよく乾荒原や藍国で迷わなかったことだ」
「星が出ていれば、分かるわ」
「やっぱりな」
深迦は、眉根を寄せている。
「昼間の屋内に星はない。アシアのせいだな。あいつは昼は太陽を、夜は星を手掛かりに移動するのが常だからな」
廊下を進むと、部屋から顔を出す役人がいた。
「ほーお、あれが新しい学芸司書か」
「あんなひょろひょろしたので、大丈夫なのか?」
「新しい長官が、直々にお認めになったらしいぞ。さて、どんな書物を持参したのやら」
大丈夫かどうかは、これからの働きで納得させるしかないのだと、沙蓮は肝に銘じた。
長官室の前まで来ると、深迦が肩に手を添えてくれた。
「ここに入れば沙蓮も俺と同じ、学芸司書だ」
「うん。夢見た場所よね。今日のために頑張ったんだもの」
沙蓮が見上げると、深迦はまぶしそうに目を細めた。
「行ってくるね」
「ああ」
長官室の扉を、沙蓮は二度叩いた。
「お入りなさい」
重い扉を開くと、光が廊下まで伸びてきた。
「お待ちしていました、天青沙蓮」
聞き覚えのある声。顔を上げると、逆光で影になったその人が手招きした。
「図書庁長官の越洛花です。ようこそ、新しい学芸司書さん」
さっきまで覚えていた作法は、すべて吹っ飛んだ。




