彼女力
二階堂あきら、冥王星高校2年2組。どちらかといえば大人しく、地味な感じの女子生徒であったが、1年の終わり、にクラス内ヒエラルキーのトップに立つ。武器は恋人力。おとなしそうに見えて、ちょっぴりエッチ。なんとかしてあげたくなる微妙な世間知らずをアピール。クラス内の人気の的となった。
しかし彼女の本当の実力は2年生になるとクラス内にとどまらず、野球部で発揮することになった。クラスでトップに立った彼女の次のターゲットは学内の階層の頂点、女子マネージャーであることはもともとの計画であったのだ。
あきらは自分の特徴を生かし虎視眈々とその準備を始めた。それはすずみとは全く別の方法であった。
名取すずみが長い男子生徒の列の中に一瞬のほころびを感じたのは、始業式後の全体集会の帰りであった。野球部員の一人の男子が地味目な女子にひょいと掬われてついて行ったのである。百数十人はあろうかという取り巻きの生徒の中にいる有象無象の男ではなく、その中でも二十五人しかいない他でもない野球部員が見たこともない女に掬われていくのをすずみが見逃す筈がなかったが、たまたまノートを借りたであるとかそういうことだとその時は思った。
翌日の中休み、またその地味な女は野球部員を一人誘っていった。昨日とは違う部員で、純情そうな二年生である。その男はまたひょいとその女に掬われると、すずみのつくる列から外れて行った。
「まずい、何か起きているかもしれない」
そうすずみが気付く頃、次の昼休み。なんとその女は次に三人もの部員に声をかけて、取り巻きの列から外して行った。
すずみの取り巻きの男、3年のエースの加賀がこえをかけた。
「姉さん、どうしました?さっきから後ろばかり気にしてるようですが」
「あの女、わたしの部員共をどうにかしているみたいね」
「あの女とは?」
「あそこにいる、スカートの丈が長く、眼鏡。ショートボブにした地味な女よ」
「ああ、あの娘ですかい、あれは2年2組の二階堂あきら。組の委員長らしいですぜ」
「委員長?」
「そうです、なんでも2年2組の男全員と彼女契約をしているという噂です」
「彼女契約?、一体どういうこと?」
「ふふふ、それはこういうことよ、名取さん」
すずみの前に突然あきらが姿を現した。三人の野球部員に次々とベタベタとくっつき、きっかり各人5秒ずつ目配せ送っている。
「わたしの部員に何をしているの、あなた」
「ふふふふ、’わたしの’ってそんなこと言えるなんて意外だわ。あなたは野球部全体を支配しようとしているだけで部員に心なんて配ってないものだと思っていたわ」
「なにを言うの」
「すずみさん、あなたのやりかたは無駄が多い。イニシアチブを取るべきは有象無象の輩に対してではなく、野球部に対してだけでいいはず」
「野球部という伝統的な組織を支配するには大きな力が必要よ。だからわたしは全校に力をアピールする必要があるのよ」
「はたしてそうかしら?わたしは今日で3人、明日にはまた3人以上の部員と契約する予定があるわ」
「契約?」
「そう’彼女契約’。野球に打ち込む彼等達の恋人になるというサービスよ。もちろん交代制だけれども。わたしの計算では、たとえ野球部員の半数と契約を結んだとしても、高校生活が彼等とのデートで全て埋まることはないわ。つまり、25人のうち半数の十数人と付き合う準備がこちらにはあるということよ」
「半数ってまさかあなた、野球部を内部から支配しようというの?」
「名取すずみさん。わたしが興味があるのは’野球部のマネージャー’という位置だけ。あなたのような全校の有名人になる気はさらさらないの、わたしは部員一人一人と親密な関係となって、甲子園で全国の前でイチャイチャするのよ」
「そ、そんなことはさせないわ、二階堂あきら」
「あら、どうかしら。あなたに私のような’彼女力’があるかしら、聞いたところによるとまともに男性とお付き合いしたことなどないらしいじゃないの。あなたがまごまごしている間に、私は日、1日と部員の彼女になっていくというのに」
すずみは愕然とした。この女は野球部員の過半数の彼女となり、同伴登校や、手作り弁当、下校デートなどで野球部内部から侵入、支配するつもりなのである。野球部員の中にはすずみの熱狂的な信者も多いが、それはいわゆる「リア充」タイプの男である。野球部の大半はいまやおとなしい男である。支配構造がはっきりしてしまったため、かつてのような肉食系のスポーツマンは減ってしまってきているのだ。
「あ、あたしだって、かの、野球部員のかのじょにだってなれるのだから、問題ないわ」
「へぇ、どうやって?誰となるの?」
「しゅ、しゅ」
「主将なら、昨日、私の彼氏になったわよ。おとなしいものね、彼。従順でやりやすかったわ」
「な、なんですって…」
すずみはおもわずへなへなとなりその場に座りこみそうになった。
あきらは勝ち誇ったようにすずみを見下げると、手帳を取り出し言い放った。
「あ、これから副主将と会う約束なの、彼はあなたの熱狂的なファンなんですってね。でもあなたが冷たくするので悩んでいるのだそうよ。あっはっはっはっは、かわいそうに。男の子は傷つきやすいのよ、すずみさん、優しくしてあげなくっちゃ」
あきらは部員5人を引き連れ、去って行った。
「姉さん…」
「な、なんとか、なんとかしなければいけないようね…」
すずみはそう言うと、自分には足りない彼女力をつける決心をしたのであった。