(新装)森でウサギに会いました。②
・・・この空気、少し懐かしいな。
周囲にある静寂の空気に僅かな寂寥感を覚えると共に、幼き頃に駆け巡った山野を懐古する。
「田舎」と呼ぶに相応しい自然豊かな土地に生まれた俺にとって、冒険という名の遊びはその大自然の中に生きる多くの生き物たちとの出会いの機会でもあった。
茂みを揺らす物音に熊かと怯えたり、夕暮れ時に出会う鹿やハクビシン、他にも狸に狐、栗鼠等の野生動物達とその冒険の中で出会った。
俺が暮らしていた場所の近所には、愛玩動物としての身近な動物も多くいて、猫に犬、兎や鶏などちょっと散歩すればどこそこでその姿を見る事が出来た。
年を重ね子供から大人になった後も、ふとした時に出会うそれらの存在に子供のようにはしゃぎ心を躍らせた嘗ての自分がいた。
・・・ああ、本当に懐かしい。
『過去を懐かしむのは老いた証拠だ』と誰かが言っていたが、懐かしむ事が出来る過去があるのはそれだけで幸せなことだと思う。
大切なモノがありそれが想い出として心に残されているからこそ、人間は過去を懐かしむ事が出来るのだから。
過ぎ去っていく歳月により記憶が想い出に変わる中で、世界は世界として存在し続けながら、俺の中で世界が変わっただけでしかなかった。
俺が世界に抱いた絶望や憤りは、俺の感傷がもたらしたモノに過ぎなく、そして、俺はそれを自分を許す為の言い訳にしただけなのかもしてない。
だから、俺は、『ココ』に居て、『ココ』で活きる事を選んだ。
『過去に縋って生きるより、今を見詰めて真っ直ぐに活きろ。「酒と人生は大いに楽しむべし」だ』
亡き祖父ならそう叱咤激励するだろう。
そして、俺は祖父のそういう快活なところが大好きであり憧れでもあった。
・・・さて、そろそろ立ち上がるか。
心に今一度奮い立つ為の想いの灯を灯した俺は、次の瞬間、自分に近づく気配を察知する。
「誰だ!」
一瞬で意識を夢想から覚醒させた俺は、誰何の言葉と共に素早く立ち上がると同田貫を手に気配の主である者へと身構えた。
「討伐隊の者です」
俺の問いに答えたのは「少女」と「女性」の間にある乙女。
華奢とか可憐という言葉が似合う美しい容姿を持ち、身に纏う雰囲気も和やかという美少女である。
しかし、その姿はそれに逆らう『異装』に満ちていた。
彼女が腕に軽々ともっているのは、金属製でできた栗毬や海栗に似た形の塊が付いた打撃武器、所謂、『モーニングスター』という物であるが、そのサイズは通常のモノの1.5倍の大きさをしていた。
長さにして1.2m、重さが4k弱はあるだろう。
単純に持つだけならそれ程の苦にはならないだろうが、それを武器として扱えるかは又別の話である。
更に彼女は白を基調とした戦闘衣に胸部を護る鎧を身につけ、重厚ともいえるそれに劣らぬ籠手で腕を護り、見るからに丈夫そうな脛当てを付けていた。
「(これで兜でもかぶっていたら、女武者といういでたちだな)」
俺は、彼女が頭に頂く、長く垂れた二本の房飾りを後ろに流した、帽子というか冠というかの形をした被り物を見詰めつつそう内心で苦笑した。
「戦女神に仕える神官として今回の討伐に加わったリフィナと申します」
俺の視線から何かを察した彼女は凛とした声でそう告げた。
名前 リフィナ
年齢 19才 (真人族)
性別 女性
属性 善 (徳性値 128 称号持ち)
性格 至誠
職業 神官戦士 (鈍器)
Lv 15 (89%)
HP 128(178)
MP 7 (35)
ステータス値
・筋力 42(39)(スキル+3)
・知力 11
・精神力 17(12) (スキル+5)
・体力 25(22)(スキル+3)
・素早さ 22(19)(スキル+3)
・器用さ 20(17)(スキル+3)
・運 13(10)(スキル+3)
スキル
・天性の武勇 Lv3 (レア)
・敬虔なる信仰 Lv5 (ノーマル)
称号
《神の正義を執行せし者》
鑑定がもたらした結果が示す、職業の『神官戦士(鈍器)』と能力値が彼女の異装の理由を教えてくれた。
純粋な筋力が他の能力の数倍を誇る彼女の性質をみて脳裏に浮かんだ『脳筋』という言葉を飲み込み、俺は気になった「それ」を追加で鑑定する。
『《天賦の武勇》、対象となる各ステータス(筋力・体力・素早さ・器用さ・運)に、スキルレベルに応じたボーナスポイントを追加補正。又、スキルレベルに応じて、スキル所持者が最も得意とする武器の攻撃力・命中率を補正。スキルの完全習熟により、所持者に更なるスキルを獲得させる可能性が在る。但し、成長時における能力値の成長に「制約」が発動し、筋力・体力・素早さ・器用さ・運の能力が大幅に上昇する代わりに、それ以外の能力が上がりにくくなる』
「貴方はどちらの討伐隊の方ですか?」
不躾ともいえる形で見詰めている俺の態度に気を悪くする事も無く、リフィナは温和な笑みを浮かべて俺にそう尋ねた。
「リフィナ、下がりなさい!」
警告の声を発して突然現れたのは一人の美女。
しかし、その明らかに堅気ではない雰囲気の敵意、所謂、『殺気』を身に纏う姿から彼女こそ『討伐隊』というモノが指し示す存在だと正体を察する。
名前 サリーシェ
年齢 25才 (真人族)
性別 女性
属性 善 (徳性値 48)
性格 勇敢
職業 戦士 (剣・槍)
所属 冒険者 (ランク C)
Lv 28 (53%)
HP 217(257)
MP 15 (67)
ステータス値
・筋力 A
・知力 D
・精神力 C
・体力 B
・素早さ C
・器用さ C
・運 D
スキル (判定不能)
称号 (未判定)
「(なるほど『冒険者』か。しかし何故、リフィナと鑑定結果の精度が異なる?)」
考えられる可能性としては、「レベル及び能力値の差」、「装備品・スキルによる抵抗阻害効果」、「《鑑定眼》がそういう仕様」のどれかといった所だろうか。
「安心しろ敵ではない」
俺はそう告げると行動で示すべく同田貫を鞘に戻す。
「そして、俺はそちらの冒険者が警戒する通り、討伐隊とやらに属する者でもない」
俺が武器を収めたことにより多少警戒を解いたサリーシェではあるが、まだ警戒心が残る眼差しで「では一体何者だ?」と尋ねて来た。
「情けない話だが、道に迷っていた時に森の中にある松明の光を見つけ、助けを求めようとして逆に助けを求められ、それに応じて戦った。唯それだけだ」
俺は仕方が無いので恥を捨てて、ここに至る経緯を語った。
「リフィナといったな。神官である君に弔って欲しい者が居る。俺を信じ付いてきてくれないか? 勿論、後ろの彼女も一緒に来てくれるとありがたい」
弔いに人手が多いのに越した事はないので、相手に不要な警戒心を抱かせない為にも、俺は二人にそう頼むと、先刻の戦士風の男が眠る場所へと歩き出した。
周囲に生えた木々が守ってくれたのか、男はその屍を敵である異形達に辱められる事無く、最初に出会った場所で安らかに眠っていた。
「……ト、トルストっ! お前だったのかっ!」
俺に案内されるままに付いてきたリフィナとサリーシェだったが、男の姿を見ると同時にサリーシェが一瞬動揺し、真っ先に彼の屍へと駆け寄った。
「知り合いなのか?」
俺は尋ねるまでも無い事だとは分かっていたが、それでも尋ねるべきだと思ってサリーシェに問う。
「トルストさんとサリーシェさんは、冒険者として長い間パーティーを組んできた仲間なのです」
悲しみが深すぎて答えられないサリーシェに代わって俺に答えるリフィナ。
俺はサリーシェが見せる態度に、二人がそれ以上の関係であると理解した。
「済まなかった。そして、ありがとう」
俺を疑った事なのか取り乱した事なのかは分からないが、そう告げるサリーシェの眼差しからは俺に対する警戒心が消え、代わりに確かな信用の色が宿っていた。
「礼には及ばない。俺は自らの死より仲間の死を恐れた誇り高き戦士の最後の願いに報いただけだ。それに彼の名前は俺の国では「信頼」という意味を持つ。俺にも彼と似た名前を持つ大切な存在がいた。偶然とはいえこれも何かの巡り合わせ、俺にも彼の冥福を祈らせてくれ」
若しトルストがあの時に口にした言葉が「死にたくない、助けてくれ」だったら、俺も「自分も死にたくない」という理由で別の選択肢を自分に許したかもしれない。
他者が俺の選んだ選択肢を聞けば命を無駄にする「愚か者」と嗤うかもしれない。
それでも俺はそんな風に賢しく生きる為に己を曲げるよりも、愚かでも真っ直ぐに自らの命を散らせる生き方を望まずにはいられないだろう。
『常に自らの誇りに恥じぬ心を以って為すべき事を為せ』
そう俺を教え諭した人生の師である祖父や俺の事をいつも気にかけ思い遣ってくれていたライシンさん達との思い出を甦らせ、俺は今回の事で彼らの恩や信頼に少しだけ応えられたような気がした。
「ああ、そういえば名乗るのが遅れたな。俺はサカキ・エンだ」
亡きトルストを彼の故郷に葬って遣りたいというサリーシェの希望に従い、彼の亡骸を布で包み冥福の祈りを捧げた俺は、リフィア達にまだ名乗っていない事に気が付き自らの名を告げた。
「ほう、姓を持つとはどこかの国の貴族の出か?」
サリーシェが返した問いの意味を一瞬図り兼ねた俺だが、直ぐに理解するとそれを否定する。
「否、俺が生まれ育った国では姓を名乗るのは貴族の特権という訳ではなく、みんな普通に姓を持っているな」
正確にいえば維新による四民平等によって全ての国民に姓を名乗るようになった筈だから、それが普通になってからまだ百数十年位しか経っていない事になるのか。
「因みに、『エン』の方が名で、『サカキ』が姓だが姓のサカキで呼んでくれれば良い」
『エン』と呼び捨てにされると呼ばれたのが聞き取りづらくて気が付きにくいので、基本的に他者から呼ばれる時は姓を呼ばれる事を好んでいる。
「国といえば、サカキさんはどちらの国の出身なんですか?」
・・・あれ、地雷を踏んだっぽい? 流石に「異世界(?)出身です」とは応えられないよな。
「多分、知らないと思うが、ここから遠く離れた場所にあるヒノモト国のシナノ領って所なんだけど」
嘘というモノは真実に近い程にベターなのである。
そして、嘘をつくなら自然な顔で言うのが一番であった。
『サカキって、ほんと真顔で嘘つくから困るよな』
・・・『嘘』じゃありません。あくまで『冗談』です。
幾度となく繰り返し、亡き心友と交わした遣り取りをふと思い出して思わずしんみりする。
「ヒノモトにシナノですか、ちょっと知りませんね……」
「私も初めて聞いた。まさか、君は『魔障の森』か『魔海』を超えた先から来たのか?」
・・・『マショウの森』に『マカイ』?
何でしょうか、すごくアレ(厨二)な匂いがしますね。
「まぁ、そんな感じの遥か遠い国から流れ着いたばかりで、この国では知らないことだらけだな」
・・・だから『迷子』になっても可笑しくないよね?
そう自分に言い聞かせると、俺はサリーシェ達の疑問を誤魔化す意味も込めて爽やかな笑顔を浮かべた。
「さてと、彼との約束も果たした事だし俺はそろそろ行くよ」
「「えっ!」」
浮かべた笑顔のまま別れを告げ颯爽と去ろうとする俺を、見事にハモったリフィナ達の驚きの声が留める。
「倒した敵をそのままにして置いて行くのですか!?」
・・・うぬぅ? そっちも穴掘って埋めるなりして供養しないとダメなんでしょうか?
サリーシェさん曰く、「倒した魔物はちゃんと解体しないとアンデット化して更なる危険な存在になるし、倒した者にとっても利益となる物を無駄にしたら勿体ない」らしい。
『解体』の意味は分かるが具体的にどうしたら良いのかが解らない俺の様子に、二人は「異国流れ」だから仕方ないといった風な笑みを浮かべる。
という訳で、『熟練冒険者サリーシェおねーさんの正しい解体講座』を受講する事と相成りました。
解体の対象となるのは、俺が一番最初に倒した鬼蜘蛛である。
「まあ、『解体』といってもそう難しい事は無い。まず、倒した敵の身体から生命の源である『魔晶石』、通称『魔石』を採取し、その後で素材が残ればそれを回収するだけだがな」
そう告げるとサリーシェは、厚みのある刃を持つ短剣で鬼蜘蛛の腹を突き刺し、そして引き裂くように刃を走らせた。
「この時の注意点は出来る限り魔石を傷つけないように心掛つつ、素材となる部位に与える損傷が最小限で済むように取り出す事だな」
サリーシェはそう続けながら穿たれた穴に躊躇う事無く片手を突っ込み、探るように腕を動かした。
「あと、敵の腹の中を探る時は必ず丈夫な革手袋なりを身に着ける事だ。魔物の体液には毒の成分が多く含まれているから、そこに素手を突っ込むなんて自殺行為も同然だからな」
口と手を別々に動かしながら説明するサリーシェの話を俺は真剣に聞きながら、普通に魔物の腹を探る彼女の逞しさに感心していた。
「あった!」
喜色を浮かべてサリーシェは鬼蜘蛛の腹から腕を引き抜く。
そして、その掌に握っていた物を俺に見せる。
そこに在るのは、琥珀に似た鈍い光を宿した暗褐色の石であった。
『魔石』と呼ばれるその石を見詰める俺の視線にリフィナとサリーシェの視線が重なる。
「それなりに良いモノを想像していたがそれ以上だな」
「そうですね。『異形種』というのも在るのでしょうが、それよりもサカキさんの技の素晴らしさが影響してるのでしょうか?」
二人が示す反応の意味が解らず困惑する俺。
「先刻も言ったように魔石というのは、魔物にとって命の源となるモノで私達の心臓に当たる。それに加え魔物にとって魔石とは、生命力を回復する力を蓄える機能を持つ部位。その回復力には差異があるが、強い魔物ほど高い回復力を誇り、それ故に純度が高く大きな魔石を持っている。だから戦闘等で傷付くと、失われた生命力を癒やす為に、魔石の純度が失われ劣化するという訳だ」
「ですから、一撃必殺の技や即死の魔法等で倒された敵から採れる魔石は、最高級品として取り扱われるのです」
サリーシェの説明を補う形で告げられたリフィナの言葉に俺は納得する。
「なるほど、そういう事か。ところで『異形種』というのはなんだ?」
『異形種』、言葉通りに考えれば鬼蜘蛛だの蛇百足だのは異形以外の何物でもないが、麒麟や鳳凰が普通に徘徊してる世界でそれを異形と呼ぶのも奇妙だと思い、『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』という事で疑問に思ったそれを尋ねてみる。
「別の言い方をするなら『変異種』とでもいうべきだが、魔物の中には幼生体を経て成体化するモノも存在するので、それと分ける為に通常とは異なる形に変異したモノを『異形種』、成長と共に姿形を変えるモノを『変異種』と呼んでいる」
「通常の成長によって姿を変える『変異種』も、その変異を経た時点で魔石や素材を高純度させたりしますが、特異ともいえる成長変化を経て『異形種』となったモノは、戦闘能力も格段に上がり、その魔石や素材もより良質になると考えられています」
二人の説明から取り敢えず、「オタマジャクシがカエルになる」のと「飼い犬が邪教のお世話になってグレートな番犬さんになる」のの違いだと認識しておく。
「あと『素材』っていうのは?」
俺は二人の説明に度々出てきたそれに興味というか疑問というかを抱いて、ついでに尋ねてみる。
「魔物から採れるその身体の部位のことだ。大抵の魔物は魔石を取られると、直ぐに現体を保持できなくなる。その後に必ずではないが残る特別な身体の部位があり、それを私たちは魔物素材と呼んでいる」
「私達の生活の役に立つモノを作る材料という意味で『素材』ですね」
「ああ、ドロップアイテムの事か」
何とはなくそれではないかと予想していた俺は、二人の説明でそう確信した。
そして俺の予想通りにそれは現実化する。
「『丈夫な蜘蛛糸』に『奇妙な角』か」
塵というにはやや重く、砂というにはやや軽いそんな感じで鬼蜘蛛の身体が散るように消えて行った後には、繭玉のように一塊りになった蜘蛛糸と生えていた形そのままの角が残されていた。
・・・正にゲーム並みの便利な仕様だな。
その現象を目の当たりにして、俺は『流石はファンタジー世界』と思って苦笑を浮かべた。
それでも戦いの中に確かな痛みが在り、奪い奪われる平等性、そして、少なくとも敵の核である『魔石』を取るまで、殺生の姿を見続ける必要がある事に奇妙な安堵を覚える。
『自分が傷つけられる痛みを知らない人間は、他者を傷つける痛みにも鈍くなるのだろうね』
昔、他者を傷つけた事実を知らずにいられる銃器を厭い、遠距離の武器としてなら弓矢まででその発展が止まれば良かったと言った俺に対し、時に生きる為、大切な何かを護る為、様々な理由で敵を倒す為に銃を取り戦う事を選んだライシンさんが語った言葉と、その時に浮かべた困ったような笑顔が甦る。