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戦士の休息Ⅰ⑦

 俺としても言葉で説明するよりも実際にやってみる方が重要な事は理解しているが、それ以前の予備知識が無くては実践のしようもないかと、先ずは非常時に有効な対処法の論議から始める。

 幸いにもここには、色々な意味で人生経験が豊富であろうネコ娘先生がいるので心強かった。

「街を歩いていたら、突然怪しい人間が自分を捕まえようと襲い掛かってきました。このような際にはどうしますか?」

 アーテ嬢のように人里から出る事が少ない生活をしている者にとっては、魔物に襲われる危険や刃物を持った暴漢に襲い掛かられる刃傷沙汰よりも、こういった誘拐を目的とした拉致の方が現実味のある話であろう。

 議題の選択が良かったのか、ネコ娘達二人が凄く真剣な眼差しを俺へと向けて来た。

「そう言えば、そんな事もあったわね……」

「アーテも、さっきそんな話を聞いたばかりです」

 やはり異世界では誘拐や拉致といった犯罪行為が、日常茶飯事のように起きているようである。

 両者の真剣な視線の奥底に言い知れぬ微妙なモノを感じるが、それを気にする状況ではないかと考え聞き流しておく。

「では、ネコ…、スィージーさんなら、そのような出来事に自分が巻き込まれた際にはどうしますか?」

「キ(ピー)タマを蹴って、その隙に逃げるわね」

・・・キ、キン(ピー)マって貴女、そのように露骨すぎる表現はもう少し控えて頂けると嬉しいのですが……。

 アーテ嬢の情操教育的にも決して好ましくは無いので、せめて『タマ』とか短く切ってぼかして貰いたかった。

 勿論、古式ゆかしく『ふぐり』と表現する慎みがあれば更に良しであるが、何はさて置き全く以って『残念』である。

 しかしながら、ちゃんと規制(ピー)音まで組み込まれている《異世界言語習得》は、『良い仕事してますね』を通り越して、最早、神仕様という他なかった。

 後、ネコ娘の発言は俺との出会い(ダンス)の際に、彼女が初手として繰り出した攻撃の事を言っているのであろう。

「中々、効果的な対処法ですね。しかし、危害を加えようとする相手が必ずしも男性とは限りません。それでは次に今の性別の違いも含めた人間種族を対象とした有効な対処法について考えてみましょう」

 男性体であれば先刻挙げられた金的攻撃に加え、女性体より迫り出している喉仏を狙うのが極めて有効である。

 喉元への攻撃は男性体に限らず女性体に対しても有効な手段であり、他にも関節や脛への攻撃などが思い付くが、それらの方法を実際に行うにはそれなりの技術や経験が必要になるモノであった。

「対処の手段は色々とありますが、比較的簡単でなお且つ有効的な方法と言えば、やはり眼潰しですね。足下あしもとに転がっている砂や小石、小枝など手頃な物を拾って相手の顔を目掛けて投げつけてやります。そして相手が怯んだらその隙に逃げ出し、大声で誰かに助けを求めましょう」

 相手を完全に無力化する手段としては十分とまでは言えないが、特別な道具を必要としないので手軽にできて、反射行動に逆らえない人間の性質を利用する極めて有効な手段である。

 最後の助けを求めるという部分に関しては、暴漢の仲間を招き寄せる危険性もあるので状況的を考える必要があるが、後ろ暗い事をしている人間は、基本的に相手に騒がれる事を嫌うので、誘拐目的の拉致行為に対する有効な手段と言えた。

 しかし、解説のノリが前世に於ける児童に対する防犯教室に酷似しているのは、対象がアーテ嬢だからか、俺の微コミュ障による影響であるのかは全く以って謎である。

 そんなこんなで予備知識の議論及び解説を終了し、続いて実践に移行する。

 どこにでも落ちているであろう小枝や小石を使った威嚇術、身体を拘束された時に有効となる関節技等の技術を自身で簡単に実演し、アーテ嬢に細かい説明を絡めて実技指導を行った。

 暴漢の役をネコ娘に頼み、当然の手加減ありで実践して貰うが、それだけでは付け焼き刃で終わる可能性もあるので、最後に俺自身が暴漢の役を担い、手加減なしの本気の指導を申し出る。

 すると拘束をされた状況での対処法を頻繁に求められたので、それに応じて真剣な指導に励むと、何故かアーテ嬢には喜ばれ、反対にネコ娘からは蔑みにも似た冷淡ともいえる視線を向けられた。

・・・先刻と反対で、アーテを構い過ぎたので、ネコは拗ねたのでしょうか……?

 一人っ子であり未婚のまま前世を終えた俺には良くは理解できないが、親が子供である兄弟姉妹に注ぐ愛情の分配とは斯くの如く難しいモノなのだろう。

 元々、ネコ娘の戦闘修練を手助けする約束をしている身なので、アーテ嬢に対する護身術の指導はこの辺で終わりにする。

 その事を告げると、アーテ嬢自身もこれから特に忙しい時間を迎える宿の手伝いがあるからと、機嫌良く自分の仕事に戻って行った。


 という事で、ネコ娘に対する戦闘教練の再開である。

 俺は木刀を持ったネコ娘と向き合う形で対峙すると、同田貫を抜き放ち棟返しに握って構えた。

「では、遠慮なく撃ってきなさい」

 無論、打ち込まれた攻撃を受け流す事はするが、それ以外のこちらからの直接的な反撃は一切無しである。

「ええ、最初から手加減なんてする気はないわよ」

・・・理由は分かりませんが、ネコ娘さんが尋常では無いくらいにやる気満々です。

 最早、『やる気』というより『殺る気』に満ちているという具合であった。

 どこか目が据わっている感がある姿が気になるが、相手が本気である以上、こちらも本気を出すのが武門の習いである。

 俺はネコ娘の真剣な態度に報いる為、全力を以ってこの勝負に臨むべく気合いを入れ直した。

「はっ!」

 短い気合いの言葉と息を吐いて突進してくるスィージーが繰り出す豪快な振り下しの初手を、大きく一歩後方へと退く事で回避。

 更に空を切る相手の木刀を振り上げに払った刀の腹で弾く。

 彼女の柄の握りが十分だったので軽く体勢を崩す程度に止まったが、もう少し上手くやれば武器を空へと弾き飛ばし、落ちて来た所を格好良く受け止めて勝利のドヤ顔をするアレができたのに残念である。

 仕方が無いので、隙が生じた相手の首筋に棟を触れさせる方の常道(お約束)をしておいた。

「積極的に敵を攻めるのは良いとして、力任せに強引な攻撃を繰り出すと、それを防がれた際に大きな隙を生んで、反撃の機会を相手に与えるからその点は注意が必要かな」

 実際、戦場で敵を恐れず勇敢に挑む事は重要である。

 しかし、『勇猛』と『匹夫の勇』は別モノであり、戦いの場に於いて過剰に勝負を急ぐ事は禁物であった。

「自分より間合い的に有利な武器を用いる相手には、逆に自分の方が取り回しで有利な点を活かし、手数で攻めたり、懐に入る、或いは腕や手首といった箇所を狙ってみるのも良いと思うけれど」

 先ずは相手が防具を備えていない身体の部位を狙って攻撃を加え、それによって弱体化を図り、止めを刺すのは武芸に於いて常道である。

 小手先の技は良くないが、小手先を狙う技は中々にして有効な手段と言える。

 俺自身にも言える事だが、彼女の場合、素早い身のこなしを可能にする身体能力を活かし、相手を撹乱する攻撃を心掛ける事は基本中の基本であった。

「うん、分かったわ。でも、サカキが相手じゃ、簡単に防がれるんじゃない?」

「なるほど、然り。と言いたい所だが、防がれる事も含めて最終的に有効な一撃を相手に叩き込めれる攻撃手段を身に着けるのが本来の目的だね」

 剣術に及ばず武芸とは、技と技、精神と精神の凌ぎ合いである。

 自身の隙を失くし、相手の隙を突く。

 時にしのぎを削って激しくぶつかり合い、時に勝負に打って出る瞬間を計る為に互いに睨み合い、体力と気力を摩耗させながら戦い殺し合う。

 それ故の『死合い』であった、

 相手を打ち倒す為の正の技と、己を有利にさせる為の奇の技を組み合わせ、それによって戦場に勝利を決するしたたかさを身に着ける事。

 武芸である『兵法ひょうほう』が軍学である『兵法へいほう』より生まれたのであるのならば、目の前の戦に勝つ為にはありとあらゆる術を尽くす事がその真髄であった。

 言うは易く成すは難しという事で、攻守を変えて今度は俺が攻め手を担う。

 ネコ娘に脇差を持たせ、自分はそれまで彼女が使っていた木刀を得物とする。

 手本を見せる為であるので、真剣にはやるが完全な本気を出さない程度の力加減で簡単な技を繰り出し、それをネコ娘に受けさせた。

 言うなれば『剣舞』を行う態である。

 相手の目がこちらの技に慣れ一つ一つの動作を確実に受けられるようになるのを確認しながら、徐々に攻撃に込める本気の度合を増していく。

 最終的には勝負を決する一手を繰り出す積りだが、興が乗って来たので少し楽しませて貰う事にした。

 スィージーが隙を見せる度に、態と彼女の得物である脇差の腹を打って体勢を崩し、その背後に回り込む事を繰り返す。

 当然、彼女もこちらの手加減を悟って、それまで以上の本気を出してくるので、今度は力んで固くなった相手の打ち払いを透かすようにして空を切らせる。

 この様子を傍から見れば、猫を相手にじゃらして遊んでいる姿そのモノであった。

 スィージーにとっては良い修練となり、俺にとっては心が和む遊戯である。

 それを十分に堪能し満足した所で、本気の一手を繰り出して勝負を決し、それからは真面目に攻守を入れ替えての指南を続けた。

 最初こそは色々と難儀していたようだが、スィージーは持って生まれた才能の成せる業か程なくして刀剣の扱いに慣れ始め、正直その戦闘に長じた感性には驚かされる。

 多少の手加減はしたモノの確かな本気を出した結果として、彼女に一本取られた所で今回の指南を終わらせた。

 その驚くべき成長具合に興味をそそられたので、《鑑定眼》で確かめてみると技能の箇所に『真武榊流刀剣術 Lv1(ユニーク)』に加え、『真武猫神流格闘術 Lv1(ユニーク)』という珍妙なモノが増えている事に気がつく。

 どちらも技能の分類が『ユニーク』であるのは、前者なら刀剣というこの世界では稀な武器を用いるモノである事、後者ならその名称に含まれる『猫神』の部分で充分に理解は出来るが、納得をして良いかは微妙な所である。

 何にせよ確かな指南の成果が出た事に満足し、それで良しとしておいた。


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