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戦士の休息Ⅰ②

 無事に一日の冒険を終えた安堵と達成感に浸った俺は、依頼の報告をする為、ネコ娘と共に冒険者ギルドへと向かう。

 倒して魔石を獲得した相手の大半が劣化版ゴブリンなので、依頼の達成を認められるかは微妙であるが、それを認められるか認められないかでは大きく稼ぎが変わる以上、『腐っても鯛』もとい『劣化してもゴブリン』と主張を通す気構えを固める。

 実際の所、自分は以前に運良く獲得したレア・アイテムの恩恵で充分に貯蓄分があるので、そこにこだわる必要はないのだが、俺に引っ張られて冒険に同行し散々な目に遭ったネコ娘の事を考えれば、割に合った報酬を得る努力をしない訳にはいかなかった。

 そんな意気込みを抱えてギルドの建物に入ると、中は以前に来た時と比べて格段に賑わっていた。

 飲食する為に設けられた施設は、所謂、『仕事を終えた後の一杯』みたいな感じで既に出来上がっている人間が溢れ、受付場所であるカウンターにも、早く自分達もそれにありつこうとソワソワとした様子で順番待ちをする者達が並んでいる。

 残念な事に四つある受付カウンターは飽和状態に近い混雑をしており、前回の様に偶然空いている所も無く全てに列が出来ていた。

 フィンズさんがいれば一応の顔見知りという事で対応して貰おうと思ったが、どうやら今は不在の様である。

 仕方が無いので、比較的並んでいる人間が少ない所を選んで並ぼうとすると、何故かその隣の列の先にある受付カウンターで仕事をしていた女性職員さんに不満そうな顔をされた。

・・・うぬぅ、これは以前考えたギルド独自の規則(ローカル・ルール)みたいなモノがあり、冒険者としての格で並ぶべき場所が決まっているとかいう事でしょうか?

 そう考えて件の受付嬢が担当している列の方に移ったら、彼女が満足そうに素敵な笑顔で反応してくれたのでどうやら正解だったらしい。

 冒険者になったばかりで中々に慣れないモノがあるが、その内慣れれば良いかと自分に言い聞かせ、取り敢えず順番が回って来るのを大人しく待つ事にした。

 そんなこんなで暫く待つ事二十分程であろうか、ようやく自分達の番がやって来る。

 ふと見れば先に並んだ隣りの列と比べて進み具合が早かったので、結果的には大助かりであった。

「こんにちは、本日のご用は何でしょうか!」

 女性職員さんが凄く嬉しそうというか、かなり興奮した様子で用件を訊ねてくる。

 その姿に一瞬驚かされるが、落ち着いて相手の事を見てみると、どこか見覚えのある女性であった。

・・・ああ、あの時、偶然に目が合ったお嬢さんだ!

 俺がこの世界に訪れてから記憶に留まる程に関わった存在は限られているので、直ぐにその正体に至る。

 彼女は、ここで例の二人組に絡まれた際に、『小僧』と『子象』を勘違いした俺が、その姿を探して周囲を見回した時、偶然視線が交わった知的美人系の受付嬢であった。

・・・この女性ヒトって、本当はこういうキャラだったのか。

 第一印象で言えば、いかにも落ち着いた雰囲気を持った女性だと思っていたが、どうやらそれは違っていた様である。

 今までに知り合った女性で言えば、アルティアーナさんみたいな『大人の女性(クール・ビューティー)』といった感じの女性かと思いきや、本当はアーテ嬢の様な『純真な少女(ピュア・ガール)』的な乙女系みたいであった。

「えーと、ゴブリンの討伐依頼を果たしてきたので、その確認をお願いします!」

 相手の勢いに呑まれてもいけないと、こちらも若干気合いを込めて用件を伝える。

「それはご苦労様です。では依頼の達成状況を確認致しますので、証となる魔石の提出をお願いします」

 先刻よりは大分落ち着いた様子で対応するその姿に仕事人の気配を感じ取り、俺も自分の気持ちをしっかりと引き締めた。

 言うなればこの先に待つ交渉も又、冒険者としての戦いの一つである。

 実際の戦いと違って命の遣り取りをする訳ではないからと、油断して勝機を失う訳にはいかなかった。

「はい、分かりました。今取り出すので一寸待ってください」

 俺は了解の言葉を告げると、ネコ娘に預けてある分も含めて、今日の冒険でゴブリンから獲得した全ての魔石を取りだし、持っていた依頼書と一緒にカウンターの上に置く。

 集めていた時はそんなに気にならなかったが、いざ全部を一纏めにした状態で見てみると、合計で八十個以上あるその量は中々のモノであった。

「…、……今確認しますので少々お待ちください」

 何故か微妙な間を置かれたが、取り敢えず今の所は問題なく話が進んでいるので気にしない様にする。

 女性職員さんは、一つ一つ手に取り確認しながら、魔石の山をより分けて行く。

 特別な道具も使わず分別していくその様子から、何らかの技能、恐らくは《鑑定眼》を持っている事が推測できた。

 倒したゴブリンの魔石を一纏めにして出したので、当然その中には三体のゴブリン・ソルジャーから獲得した物も含まれている。

 それに行き当たった瞬間、女性職員さんの表情が一変した。

「済みません、これはどこで手に入れたのでしょうか?」

 理由は分からないが、少し興奮した様子で訊ねてくる彼女の剣幕に押され、俺はゴブリン・ソルジャー達が率いる群と遭遇した経緯を話した。

「そうですか、貴重な情報をありがとうございます」

 何かに納得し、何かに感心する、そんな感じで礼を述べる女性職員さんの言葉に俺は多少の違和感を覚えるが、特別気にする必要も無いだろうと思い黙殺する。

 そもそも下手に刺激して相手の機嫌を損ねても意味が無いので、この判断は間違いなく賢明なモノだろう。

 その証拠に女性職員さんは、嬉々とした表情で残る魔石の鑑定に勤しんでいた。


「大変お待たせしました。変異種の物が三個、通常種の物が八十一個、どれも良質な物ですから、討伐依頼の達成数に足りてない通常種の分は一つお返しいたしますね」

 鑑定の結果を聞いてみれば、どうやら劣化種云々という心配は全くの杞憂だった様である。

「しかし、冒険者の登録をしてから僅か半日足らずで、変異種を含めてこれだけの数のゴブリンを倒されるなんて凄いですね」

 その称賛の言葉に値するのは、ゴブリンを索敵したネコ娘の方であるので、曖昧な笑顔で誤魔しておく。

 その時、ふと視線を感じたので、周囲の様子を見回してみると、何故か結構な数の人間が俺の方に注目していた。

・・・『ゴブリンの討伐如きで調子に乗るな』という事でしょうか? 新人イビリいけません! 駄目です!

 そんな事を非常に叫びたい気分であるが、感情に任せた行動は碌な結果を招かない事を前世の経験で痛感している俺は、冷静な対処をする事にした。

「済みません。まだまだ未熟な者でして、次からはもっと頑張って常にこの三倍以上は狩りたいと思います(ぺこり)」

「それじゃ、いくら繁殖力の高いゴブリンでも絶滅するわよ」

 俺の魂を込めた真摯なる宣誓に対し、ネコ娘が呆れ顔でそんなツッコミを入れて来たので、「それのどこに問題があるの?」と真剣な眼差しで応える。

 そんな俺の熱意が功を奏したのか、それまで俺に対し向けられていた視線の波が一気に引いて行くのが分かった。

・・・良し、勝った!

 正確に言えば勝利ではなく『引かれた』だけであるが、目的は十分に果たせたのでそれで良しとする。

 そもそも俺の努力で本当に外道(ゴブリン)を絶滅させる事が出来るのなら、それこそ本望である。

 そんなこんなでゴブリン狩りの依頼に対する査定の結果、俺達が得た魔石代込みの達成報酬は全部で23万5千イリル丁度であった。

 内訳としては、通常種の魔石が全て良質な物だった為に満額を得た純粋な報酬である16万イリルと、3匹の変異種ゴブリン討伐に対する特別褒賞込みで7万5千イリルという感じである。

 変異種ゴブリンに対し、無条件で褒賞が支払われるという事実は、真にありがたい誤算であった。

・・・これで色々な苦労が報われた気がします。次も一匹か二匹くらい現れてくれないかな……。

 出会った時には最悪な相手としか思えなかった変異種ゴブリンだったが、全てが終わってみれば極めて美味しい存在だと思えるのだから中々に現金なモノである。

 報酬として呈示された金額に間違いが無い事を確認し、俺は受け取り証明書でもある依頼達成報告書にサインをすると、カウンターの上の報酬と交換でそれを女性職員さんに差し出した。

「古代神聖文字を使われるのですね」

「はい?」

 最初は何を言われてるのか分からず戸惑うが、彼女の視線が今渡したばかりの報告書に向けられている事に気が付き、その言葉の意味を理解する。

 だが、その事により更なる疑問が生まれた。

・・・『古代神聖文字』?

 前世の知識で考えれば、それは『ヒエログリフ』と呼ばれ、一度は読む事が不可能となるが、『ロゼッタストーン』の発見とその解読によって再び読む事が可能となった文字である。

 しかし、今回の場合、俺は前世の癖で普通に漢字でサインを行ってしまったのである。

 驚くべきは、この世界から見れば異世界言語となるその文字が、普通に通じているという事実であった。

「いえ、別にこのままでも問題は無いので気にしないでください!」

 どうやら俺が示した反応を誤解したらしく、女性職員さんは慌てた様子で問題がある訳では無い事を告げてくる。

 俺としても、下手に藪をつつく訳にもいかないので、そこで話を終わらせておいた。

「では、お世話になりました」

「あ、あの私はリュミーチェと言います。何かご用があればいつでも来てください!」

 対応してくれた事への感謝を告げて去ろうとする俺に、女性職員さんが突然の自己紹介アピールを放つ。

 これで向けられた視線が『恋する乙女』を思わせる熱を帯びていれば、恋のフラグでも立ちそうな展開であるが、どうやらそれは無さそうな気配である。

 なぜなら、彼女が俺に対し示すその態度が、行動自体が大人しいというだけで、そこにある感情は以前に会った聖神教のミシュアさんから感じたモノに負けない強烈な何かを孕んでいたからだった。

 俺の本能がヒシヒシとその悪意無き欲望の存在を感じ取り、激しい警鐘を打ち鳴らす。

 これが後に『狂喜の妖精狩人』と呼ばれる烈女に超進化するリュミーチェ嬢と俺の邂逅であった。

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