本当の冒険の始まり③
『死とはそれを恐れる者を何よりも好み、真に生きたいと望み、そして、自分以外の誰かを護りたいと望み戦う者を逆に畏れる存在である。だから、死に打ち克つ真の強さを持つ者とは、如何なる戦場に於いても生きる勇気と戦う勇気を失わない者である』
この戦いの始まりの時、心に甦り支えとなった祖父の教えが再び脳裏に浮かぶ。
それは戦場に生きる事を選んだ先達が、何時か戦いに挑む後進の者達の為に残した言葉。
長い時を経て尚、失われる事無く代々伝え続けてこられた教えである。
『辛い現実、適わない願い、そんな残酷なモノに満ちた世界だけど、何時か自分にとって何よりも掛け替えのない大切な物が見付かる筈だから、それを見つける為に人間は生きて行かなくてはいけないんだよ』
それはある存在が傷付いた俺を想い掛けてくれた、慰めではなく明日を夢見る為の励ましの言葉。
・・・だから人間は大切な物を見つけたら、それを護る為に命を懸けてでも戦わなくてはいけないのだろう。
俺にはまだ十分に戦える力が残っている。
・・・そしてスィージーもまだ諦めていない。
迫り来る敵の身体に阻まれ完全には見えないが、まだ戦う意思を失っていない勇敢な少女の姿が垣間見える。
・・・生きたいと望む心優しき者一人を護れなくて何が侍だ!
果たせなかった約束、誓い直した誓約、その全てを再び裏切る事なんて出来なかった。
その想いは確かな意志となり、それによって燃え上がる闘志の炎が心にあった絶望を焼き尽くす。
『夢の信奉者にして力の渇望者よ。汝、力を求めるか?』
・・・っ!?
突然、何者かが俺の脳の中、否、心の中に直接話しかけて来る。
記憶にない初めて聞く筈であるその声を俺は確かに知っていた。
『汝、力を求めるか?』
・・・ああ、力が欲しい!
謎の存在によって再び繰り返される問い掛けに、俺は狂おしいまでに希う想いで応える。
『汝、如何なる力を求める?』
・・・定められた運命すら変え、大切な存在を護れる力を!
己の未熟さ故に紡がれた残酷なる運命の鎖を断ち切る力を。
自らの愚かさ故に奪われようとしている生命を護る力を。
今それを求める事は余りにも身勝手な望みであるのかも知れない。
それでも俺は、その力を求めずにはいられなかった。
『汝が想い確かに受け取った。その稀有なる魂の渇望に応え、汝が求める力を導き授けよう!』
その存在は、穏やかでありながら強い想いに満ちた声で、俺の想いを受け取り俺が抱いた望みを叶える事を宣告する。
【《至聖の万能導く縁》によって、《英雄皇の遺志》を継承しました。《英雄皇の意志》を継承した事により、転生によって欠けていた魂が完全な形で再生され、失われていたマスター称号が復活しました。マスター称号の復活により、魂に封印されていた全ての力が解放され、《天賦の武才》がレベルアップしました】
告げられた言葉の意味を全て理解する事は出来なかったが、俺の中を確かな力が満たしていく事だけは分かった。
それは《英雄皇の意志》と呼ばれるモノが齎す力の兆しなのだろう。
その想いの欠片から伝わってくるとても強くて優しい温もりは、幼き日に祖父から褒められ頭を撫でられた時に感じた温もりに酷く似ていて、とても懐かしく感じられた。
そして、その温もりから伝わる熱は、『為すべきを成せ!』という祖父の叱咤の言葉を俺に甦らせ魂を奮い立たせる。
今俺が為すべき事は唯一つ、スィージーを窮地から救い出す事である。
「*****!」
俺はそれを為すべく、言葉にならない雄叫びをあげて行く手を阻む敵へと特攻した。
唯、スィージーを助けたいという想いのみで繰り出す攻撃は、粗暴ともいえる一振り一薙ぎであったが、そこに込められた強い意志に支えられて敵を打ち倒す為の確かな力となる。
敵の囲みを斬り破って望みへと至る道を切り拓いた俺の視線の先に、迫り来る敵に対し小剣を構えるスィージーの姿があった。
・・・手裏剣。否、それじゃ間に合わない!
敵の背中に向け手裏剣を打ち脚止めするという考えが俺の脳裏に浮かぶが、絶対にそれを果たせるという確信が無い以上は、試みるには危険すぎる賭けである。
一番に確実と言えるのは、敵に追い付きその背に刀の一撃を叩き込む事だが、彼我の距離を考えれば間に合う可能性は低かった。
今できる事で残された術は唯一つであるが、これも又、絶対とまでは言えないモノであった。
一瞬の逡巡の後、俺は絶対ではないが最も可能性の高い術を選ぶ。
「スィージー、伏せろ!」
俺は叫ぶと同時に持っていた同田貫を《荷物袋》に納め、代わりに最も大振りに造られた微塵を取り出し、渾身の力を込めてスィージーに襲い掛かろうとしている敵の背中へと投げ放つ。
スィージーは俺の言葉を理解した瞬間、それに従い地面へとしゃがみ込んだ。
唸る様に風を切り宙を馳せる微塵。
・・・頼む!
俺は願い祈る様に永遠とも感じる刹那を過ごす。
狙い違わずスィージーに斬り掛かろうとしていたゴブリン・ソルジャーの背中を打った微塵は、微かな音と共に敵の骨を砕いた。
その様子を目の当たりにして安堵し掛けた俺の視線の先で、ゴブリン・ソルジャーが最後の足掻きとばかりに、得物である長剣をスィージーへと振り下す。
迫り来る凶刃に怯え仰け反ったスィージーは、背後にあった木の幹に背中を預ける形で地面に崩れ落ちた。
・・・避けられない!
俺は《荷物袋》から再び同田貫を取り出し、彼女を救う為に駆ける。
俺の中の熱い部分は彼女を護る為に激しく猛っていたが、冷静な部分はどれ程望んでもそれが叶わない事を非情に告げていた。
「っ!」
声にならない短い悲鳴を上げたスィージーは反射的に、前のめりの状態で身を屈める。
振り下される長剣の軌道から、致命傷は避けられない事を予見した俺は、持てる力の全てを脚に込めて大地を蹴り続けるが、悪い夢でも見ているかの様に遅々として敵との距離を縮められなかった。
仲間である少女の生命を刈り取ろうとする残酷な運命を呪う。
・・・こんな所で、こんな形で終わらせてたまるか!
危険に晒されているのが自分の生命なら、ここで諦め潔く死を受け入れる事も出来たかもしれない。
しかし、今自分の運命の天秤に乗せられている生命は、決して死という側に傾けてはならないモノであった。
…《英雄皇》よ! 俺に貴方の力を貸してくれ!
彼我の距離を測れば非情なる運命を変える為に足りないのは、文字通り唯一歩だけである。
その一歩を縮める唯それだけの『奇跡』が欲しかった。
『奇跡とは、起こりうる可能性があるからこそ奇跡と言えるのです。若しも、それが起こりうる可能性が無いモノであったならば、そこに在るのは奇跡ではなく必然です。貴方が今ここに在るのは、無限に存在する可能性の中から、その奇跡を掴み取ったのか、或いは、唯、それが貴方にとっての必然であったのかの違いだけです』
それは誰の言葉であろうか。
誰かを思い遣り、誰かの為に語られた『奇跡』への応え。
その言葉は、俺の望む奇跡を起こす術を導いてくれる。
・・・最後まで諦めるな! 己が今できる事の全てを知り、全てを尽くせ!
数多に存在する可能性の中に一つでも望むべき奇跡を起こせるモノが存在するのなら、最後の最後まで諦めずそれを求めるだけだった。
「どりゃぁーっ!」
俺は気合いと共に『奇跡』へと届かぬ筈の刃を振るう。
そして、その一撃に天から与えられた力で足りていない『奇跡への一歩』を補う。
敵に勝る速度で振り放つ会心の一振りに、《荷物袋》から出した微塵を乗せて相手の首へと叩き込んだ。
渾身の一撃の勢いを借りて放たれた微塵は、俺が望む通りに激しい勢いを以って敵の首を打ち据える。
その勢いに押されて体勢を崩したゴブリン・ソルジャーの攻撃は、スィージーの背後にあった木の幹によって狙いを阻まれた。
・・・貰った!
俺は短い気合いを発し、隙だらけとなった敵の首を跳ね飛ばす。
地面に転がり落ちる首と断たれた胴体から噴き出した鮮血が、地面に伏したままのスィージーの身を濡らした。
【おめでとうございます。レベルアップしました】
『天の声』サンから再びレベル上昇の告知があるが、今はスィージーの事を優先させるべきである。
「大丈夫か、スィージー!?」
彼女の身を案じ声を掛けるが、死に触れた恐怖からか少女は唯只震え続けていた。
死の恐怖と絶望に晒されたのだから、それも仕方がないだろう。
出来る事なら勇気付ける言葉の一つも掛けて遣りたかったが、まだ戦いの最中なので今はそっとしておく事にした。
最大の窮地は脱したモノの未だ形勢逆転というのは早計であると判断した俺は、今できる事としてこれまでの戦闘で得たレベル上昇の恩恵を施す。
精神力・素早さ、そして前回と同様に運へと獲得したボーナス分を振り分けた。
Lv 9 (45%)
HP 176(176)
MP 70(70)
ステータス値
・筋力 51(30)(スキル+6)(武器+15)
・知力 39(24) (書物+15)
・精神力 38(22)(スキル+1)(武具・書物+15)
・体力 36(27)(スキル+6)
・素早さ 42(36)(スキル+6)
・器用さ 33(27)(スキル+6)
・運 26
これまで以上に能力値へのと加算されるスキルボーナス分が増えているは、先の《天賦の武才》がレベルアップした恩恵であろう。
技能レベルが一つ上昇する度に、四つのステータスに3ポイントもボーナスが加算されるのは破格の恩恵であると言えた。
レベルアップに於ける身体能力への影響にもだいぶ慣れたのか、以前急激に成長した際に感じた成長痛にも似た違和感は、今回特別感じる事は無かった。