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本当の冒険の始まり②

 身の安全を計れない危機的な状況を前にした俺は、念の為に余分な回復薬をスィージーに渡し、それまでに獲得してあった魔石を彼女に委ねておく。

 これで自分に若しもの事があっても、暫くの間はネコ娘が生活に困る事は無いだろう。

 ネコ娘のみが生き残った際の憂いを断ち、同時に背水の陣を布いた俺は、それで最後の覚悟を固める。

・・・『背水の陣』か……、国士無双という言葉に相応しい、武士として誇れる無双の戦いぶりを見せてやる!

 先達の術を借り死地に活を得る戦いをするべく、自らの闘志を燃え上がらせた。


『死とはそれを恐れる者を何よりも好み、真に生きたいと望む者、或いは自分以外の誰かを護りたいと望み戦う者を逆に畏れる存在である。だから死に打ち克つ真の強さを持つ者とは、如何なる戦場に於いても生きる勇気と戦う勇気を失わない者である』


 それは亡き祖父が遺した家訓とも言える言葉である。

 平和な時代に生きる俺に、祖父がこの言葉を告げた真意は、何時如何なる場所に於いても己の誠を尽くし、懸命に物事へと臨む事の大切さを教える為であろう。

 しかし、その教えは今、本当の戦場に身を置く事となった俺にとって、何よりも心強い支えになろうとしていた。

「行くぞ!」 

 仲間であるスィージーに、そして自分自身の心に向けて開戦の言葉を放ち、俺は打って出る。

 状況から考えれば、やる事は昨日経験した異形種の群との戦いと同じである。

 俺は敵との間合いを詰める為に突進しながら、あの時の戦いを頭の中で反芻し、相対する敵の数や体格といた条件の差異を修正しながら戦いの流れを組み上げた。

 幸運な事に前回とは違い、今回は完全に敵の隙を衝いた先制状態である。

 そして、味方であるスィージーの後方支援を望めるという絶対的に有利な状況を活かさない手はない。

 俺は十分に間合いを詰めると、こちらの存在に気が付いた敵の意識を更に自分へと向ける為に、雄叫びともいえる気合いの声を上げて、一気に敵陣へと跳んだ。

「どりゃっっ!」

 俺は群の先頭にいた数匹の頭を飛び越えた時点で落下を始めるその勢いに乗せて、気合いと共に手頃な場所にいた一匹に《兜割り》を叩き込む。

 勿論、前回の失態を活かして余計な力を込め過ぎない確かな一撃を心掛けるのは忘れない。

 振り下した同田貫の刃は、あの時と同様に特別な手応えも無く相手の身体を頭から唐竹割りにした。

【おめでとうございます。レベルアップしました】

 『天の声』サンによるレベル上昇の告知があるが、今はそれに意識を割く訳にはいかないので、その恩恵によるステ振りは後回しにするしかなかった。

 『孫子』を始めとする多くの兵法書に曰く、戦いの流れを決めるのは勢いである。

 その教えに習い、ド派手な先制攻撃で相手の度肝を抜き、その戦意をぐという俺の試みはどうやら大成功したみたいである。

 着地の衝撃を和らげる為の屈伸状態から直る序でに、一瞥の眼差しを向けて敵の様子を探ると、突然の出来事に驚愕し硬直状態にある敵の姿が見て取れた。

 敵が混乱すれば透かさず更なる攻撃を加えるのも又、兵法の常道である。

 俺は一気に戦いの大局を決するべく次の一手に打って出た。

・・・目指すは、敵の大将首、唯一ただひとつ!

 実際の所は解らないが、敵の中でも群を抜いて高いレベルを誇る一匹を敵軍の大将だと判断し、それを討つべく突撃する。

 俺の意図を察したのか正気に戻った数匹が持っていた武器を構えて、俺の前に立ちはだかった。

・・・群としての統率がちゃんと取られているようだな。

 行く手を阻む敵の姿を捉え、一旦、突撃の足を止める。

 厄介ではあるが問題という事も無い。

 俺としても簡単に獲らせて貰えるとは考えていないので、敵が示した反応は想定内であった。

 寧ろ、想定外の状況に陥るのは敵の方である。

 俺が脳裏に描いたその予測に違わず、背後で敵の悲鳴が上がった。

 敵が有能者の《統率》という技能によって強化された群であるのなら、こちらには《猫の忍び足》という反則チートに近い特別スペシャルな技能を持つネコ娘が味方に居るのである。

 相手に察知される事無く放たれたネコ娘の一矢は、敵の生命を奪う事は出来なかったが、代わりに敵を再び混乱に陥れた。

 僅かに首を廻らしその様子を探れば、『同量・同質の飼い葉が入った桶に挟まれた合理的なロバはどちらも選べずに餓死する』という論理宜しく、俺を背後から攻撃しようとしていた敵は、ネコ娘の出現によって俺達二人のどちらを攻撃するか戸惑い、混乱しているようである。

 ネコ娘が作ってくれた絶好の機会を活かし、俺は再び敵将目指し突撃した。

 前後からの挟み撃ちを阻まれ動揺する敵の先陣を繰り出した《八薙ぎ》で蹴散らす。

 敵も持っていた武器を構えて身を護り、こちらも相手を倒すのを狙っていた訳ではないので、多少の手傷を負わせただけで終わる。

 敵将であるゴブリン・ソルジャーの首を獲る為の道を切り開ければそれで充分であった。

『ヴォラッブェッドォッ!』

『ウゴェブィッ!』

『ウヴェッブグゥッ!』

 群の仲間を倒された三匹のゴブリン・ソルジャーは、互いに何かを叫び合う。

・・・変異種として進化しても『ゴブ』とか『ゴブゴブ』みたいに鳴き声の変化はしないんだな……。

 そして、如何に《異世界言語習得》の技能が優れていても、魔物の言葉までは翻訳してくれないみたいであった。

 理解できるとも理解したいとも思わないが、完全に相互理解が不可能である事が決定する。

 仮に言葉が通じるのであれば、その悪行を告げて裁きの刃を振るうのが正義であると考えたが、それが無理ならば問答無用で叩き斬るだけであった。


 油断できない敵と対峙している以上、無闇に意識を割けないが、背後から伝わってくる気配から察するに、ネコ娘の後方支援による牽制が功を奏し、後顧の憂いは完全に断たれているようである。

 その働きに報いる為、俺は敵将を討ち取り勝利を決める為の最後の一手を打つ。

「その首、貰った!」

 言い放って敵将であるゴブリン・ソルジャーの懐に飛び込む。

 敵の防御に先んじる刺突攻撃を決め手として選び、俺は敵将の喉元に狙いを定め突進した。

 彼我の身体能力が持つ差から、それで勝利を決せられると考えていた俺の背後から、絶妙なタイミングでネコ娘が支援の一矢を放つ。

 位置関係から考えれば同志討ちフレンドリー・ファイヤーもあり得る支援攻撃であったが、言い換えれば相手の視界を遮り必中を確実とする最高の一手であった。

 自分達の勝利を確信した俺は、それに後押しされる様に更なる意志の力を込めて突進する。

・・・貰った!

 俺が敵将との距離を縮め、完全に相手を間合いの内に捉えようとした瞬間、先んじて敵に迫っていたネコ娘の攻撃による矢が、副将株のゴブリン・ソルジャーによって斬り払われた。

 副将株の二匹の姿が極めて似通っている為に区別が付かないが、恐らく攻撃を防いだのは《剣術》の技能を持つ方であろう。

 敵ながら見事な技であるが、ネコ娘の攻撃は副将株のゴブリン・ソルジャーの動きを封じた事で、十分に相手を牽制する役割を果たしてくれている。

・・・これで終わりだ!

 俺は自分達の勝利は揺るがないと確信して、それを現実にする為の一撃を繰り出した。

 だが、その確信を現実が裏切る。

 狙い違わず敵将の喉を刺し貫くと信じた俺の攻撃は、自らの身を挺して大将株のゴブリン・ソルジャーを庇った、もう一匹の副将株のゴブリン・ソルジャーによって防がれてしまう。

 俺が放った攻撃は、敵将の首の代わりに、副将の眼球を突き刺し、その片目の死力を奪うのみに終わった。

『ウゴォヴァッ! ラッヴェゴィドォッーウォッ!』

 俺に手傷を負わされた副将株が大声で何事かを叫ぶ。

 一瞬、傷付けられた事に対する怒りの咆哮かと考えるが、その声からは怒りではなく残酷とも言える非情なモノが感じられた。

 それが何かは解らなかったが、俺は自分の直感を信じ、体制を整える為に一旦退く事を選ぶ。

 それを邪魔するように敵将と副将の三匹と、手傷を負って尚戦いの意志を失っていない数匹の敵が一斉に俺に襲い掛かって来た。

・・・面白い。望み通り、全員纏めて相手になってやる!

 総攻撃の体制を取る敵の動きを見て取った俺は、相手の攻撃をいなしながら少しずつ立ち位置をずらし、完全に囲まれるのを防ぐ。

 俺は敵の攻撃をかわし、或いは刀で受け流しながら、隙あれば反撃の一撃を繰り出すという一進一退の攻防を続ける。

 こちらは多少の疲労はあるモノの未だ無傷なままであるのに対し、敵は大将株を除いた全員が手傷を負っている状態である。

 このまま持久戦に持ち込み、一匹ずつ確実に片付けて行けば、俺達の勝利は確実であると思えた。

『ウゴォヴァッドヴィ! ウォッラッヴェゴォゴィドォッーッ!』

 膠着状態に近い戦況に憤ったのか、隻眼となったゴブリン・ソルジャーが再び吼える。

 その声には何故だか凄く嫌な予感を抱かせる冷酷な響きが在った。

 それを肯定するかようにゴブリン・ソルジャー三匹の瞳に残忍な色が宿り、他のゴブリン達の目からは激しい感情の揺らめきが伝わってくる。

 これから何かが起こるという事は予測できたが、それが何かは分からなかった。

 俺の中で警戒心が高まる。

 次の瞬間、重い手傷を負って戦闘不能状態となって戦線を離脱している者を除いた七匹全てのゴブリンが一斉に動いた。

 大将を含めた六匹が同時に俺へと襲い掛かり、《剣術》の技能を持つ副将株だけが別の方向へと走った。

・・・っ! そういう事か!

 二人対七匹という構図を一人対六匹と一人対一匹に分けて、最後に一人対七匹に変える事を計った作戦である。

 俺を減らす一人にする積りであれば、スィージーに配下の数匹を差し向けて足止めし、三匹の将はこちらを潰しに来る筈であるから、狙いは彼女の方であると想像できた。

 そして、その想像は間違いなく正鵠を射ているだろう。

 俺は己の失策を思い知らされる。

 スィージーの身体能力と技能を考えれば、迫り来る敵の凶刃から無事に逃れられる可能性は高かった。

 しかし、それは唯一つの問題を解決できればである。

 その『唯一の問題』とは、戦いの前に交わした『自身の身に危険が及んだ際には、迷わずに俺を残して逃げる』という約束を守れるかであった。

 強がっているだけで本当は心優しく真っ直ぐなスィージーの性格を考えれば、応えは『否』である。

 彼女が今、生き延びる術は躊躇う事無く俺を置いて逃げ出す以外には無いのに、あの娘はそれをする事が出来ないだろう。

 スィージーが自分を救ってくれた存在を死に追いやってしまった負い目を抱えている事を知りながら、出来ない約束を誓わせ安心していた俺は本当の愚か者であった。

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