そして始まる俺たちの冒険③
戦いを終えて昂ぶっていたモノが鎮まると、その過程にあった反省材料となる出来事の幾つかが記憶として反芻される。
その中でも最たるモノが初手として繰り出した攻撃の過剰状態である。
所謂、遣り過ぎ状態であるが、会心の一撃による結果の出来事という一言で片付けるには流石に無理があった。
相手の不意を衝いての先制に成功した会心の一撃である事は間違いなかったが、相手も咄嗟に防御の構えを取りそれに成功していたのも事実である。
強力な武器に強力な技が加わった会心の一撃による結果と考えれば一応の納得も出来るが、実際に戦ってみた感想として、魔物であるゴブリンが魔獣である鬼蜘蛛より強い存在であるとはどうしても思えなかった。
・・・まさか先刻倒したのは、『ゴブリン』ではなく『ゴ(プ)リン』とか『ゴブ(り)ン』みたいな感じの『ナンチャッて系』の劣化亜種とかいうオチじゃないですよね……?
若しそうだとすると先刻倒した相手では、討伐依頼の対象外として達成条件を満たさない可能性があった。
敵として相見え倒した件の『自称(?)・ゴブリン』は『子供の遊び相手』といえるほど弱くは無いが、ある程度の身体能力とそれなりに熟練した戦いの技があれば、成人した人間で無くても倒す事が出来そうな相手である。
気になった事を無視できないのが俺が持つ繊細な部分なので、それを解決する為に再度の鑑定を試みる。
・・・やっぱり『ゴブリン』である事には間違いないですね。
一番近くに転がっている敵の死体を鑑定してみると、確かに『種族』の部分が『ゴブリン』となっていた。
念の為に倒した他の二匹の方も鑑定してみるが、間違いなく『ゴブリン』と表示されている。
・・・もう何が何だか分かりません。
正直、お手上げである。
俺は自らの目で確かめたその事実を信じ、全ては件のダメ冒険者コンビが因縁を付ける為に俺を莫迦にしただけだという結論に達した。
それで全ての問題は解決したと面倒な事は忘却する。
そんなこんなで妙な事に意識を奪われて、スィージーを完全放置していた事実を思い出した俺は、同じ様に放置状態であった同田貫を回収すると、急いでネコ娘の元に戻った。
ネコ娘と合流してみれば、幸いにも放置されて怒っている様子は無く、逆にシュンとして大人しいくらいであった。
その様子を不信に思ってどうしたのかを尋ねてみると、どうやら先刻のゴブリンとの戦闘に於いて、特別な役目を果たさなかった事を気にしているようであった。
言われてみればそうであったという事実に気が付くが、それは寧ろ俺が働き過ぎたと言った方が正解である。
正確に言うなら、相手が『思っていたほど強くないですね』状態であった事が原因であった。
・・・ここは『鶏を斬るのに牛刀を用いるまでも無い』と言っておけば良いのでしょうか……?
此処に於けるこの言葉の使用目的は適材適所という意味であるが、それを言ったら本来の意味的に俺が張り切り過ぎた(?)結果、窮地に陥った事も間抜けっぽく思えて来て切なかった。
その件に関しては既に反省済みなので取り敢えず今は棚上げして、気落ち気味のネコ娘を慰める。
「今が上手くいかなかったのなら、その次に頑張ればいいだけだ。誰もが最初っから上手く行くものでもないさ」
俺の経験上、現実とはそんなモノであるから、深く考えない様にした方がお互いの為であった。
因みに俺のこの言葉は、以前にやった心理クイズに於いて、色っぽい意味での『初めて』をしくじった相棒に対し掛ける慰めの言葉として、俺が出した答えとほぼ同一である。
そんな冗談はさて置き、誰しも上手くいかない事はあるモノだから、それを責めても仕方が無いというのが俺の主義である。
「うん、ありがとう。でも、サカキは本当に強いんだね」
その称賛に対する応えに関しては、比較対象的な部分で俺自身が一番教えてほしい所であるが、彼女がそう感じて俺の事を信頼してくれるのならそれに越した事はなかった。
・・・それに褒められてとても嬉しです。
それが偽らざる俺の本当の気持ちである。
俺にとって『強い』の反対は『弱い』ではなく『情けない』である。
恥ずかしくて情けない自分をやり直す為に求めた新たなる人生に於ける最初の一歩を、その称賛の言葉で飾れた事は実に誇らしい事であった。
「…、……サカキは、ゴブリンみたいな敵を倒すの……平気なの……?」
俺の慰めの言葉を受けて気持ちを盛り返したかに見えたネコ娘であるが、まだ少し気落ち状態なのか、或いは俺に対する遠慮からか、おずおずっといった感じで訊ねて来る。
敢えて尋ね返すまでも無く、それは人間に似た相手の生命を奪って平気でいられるのかという意味だった。
・・・ああ、『平気』な所か、『皆殺しにしたい』くらいだよ。
その理由は、自らの種族を栄えさせる為に他者を攫って来る連中の性質を決して許せないからである。
生きる為に他者の生命を奪う自らの業を思えば綺麗事でしかないのかもしれないが、他の種族を凌ぐ成長速度に恵まれながら、更なる種の繁栄の為に凶暴な欲望にかられるその醜悪さを受け入れる事は到底出来なかった。
「戦場で牙を剥く相手に情けを掛けるのは愚か者がする事だし、いかに武器を捨てようとも許してはならないモノが存在する。残酷で非情と思うかもしれないが、戦場には戦場の作法がある。それを一時の情けで曲げれば、その報いは何時かきっと自分自身に後悔の刃となって襲い掛かってくるだろう」
それと同時に、仮令人間が人間を殺す戦場でも護らねばならぬ作法と抱かねばならぬ情けがある事もまた事実である。
俺が『奴等』に対し抱く狂暴な戦意が真に正しいかどうかは、信念ある正義を抱く者が裁けば良い。
・・・願わくばそれに負けぬ正義がこの身に培われん事を……。
その願いと共に甦るのは、己の生命を駆けて信念を貫き通した二人の先達の姿であった。
冒険者の本分である戦利品の回収を終え、最初の目的であるゴブリンの力量の確認も果たした俺達は、問題なく敵を倒せると判断し、依頼の続行の為にゴブリン狩りに励む。
索敵能力に関してはその技能によって抜群の性能を誇るネコ娘だが、いざ戦闘となると何処か精彩を欠く様に思えた。
ネコ娘の心にあるモノが殺生に対する躊躇か、或いは戦闘に対する自信の欠如なのかは分からないが、本気で生命を奪い合う戦いに一朝一夕で慣れられる筈も無いのが当たり前であり、寧ろその姿を好ましく感じる。
最後の覚悟を決めるのは彼女自身の意思でなければならない事は良く分かっているので、俺はその時が訪れるまで待つ事にした。
幸いにも戦闘に於いて得られる経験値に特別な制約は存在しないみたいで、敵に止めを刺していないネコ娘にもその獲得は出来ているようである。
数匹のゴブリンを仕留めた時点で、俺と彼女が立て続けにレベルの上昇を果たした。
互いのレベルアップを確認し合った時に分かったのだが、ネコ娘にはレベルが上昇した事に対する明確な告知が無く、特別な成長の感覚として、それを認識するみたいである。
その事に関しては自分が《晩成の大器》という特殊な技能の恩恵を受けている事もあり、俺の方が普通と違っているのだと理解しておいた。
レベルの上昇によって得た能力への恩恵をどうするか考えた結果、敵対している対象がゴブリンである事から、初めて『運』に振り分ける。
・・・『運も実力の内』って言いますからね。
古今東西の歴史をひも解いてみても、確かな実力を持ちながら運に恵まれなかったが故に、その望みを果たせなかった英雄・英傑は数多にいるので、決して疎かにして良い要素では無い筈である。
実際に『運』という要素に対する説明を再確認してみれば、前世に於ける曖昧なモノとは異なり、重要な意味を持つ能力だと説明されているので、他に問題が無いようならもう少し上げても良い要素だと思えた。
俺の戦闘能力とネコ娘の索敵能力が見事に噛み合い、サーチ・アンド・デストロイ状態で次々と敵を屠って行く。
その好調な状況によってネコ娘のレベルがもう一つ上昇した事もあり、正に絶好調状態でゴブリン狩りを続ける。
レベルアップの恩恵によって能力が強化された影響か、或いは少しずつ実戦に慣れて来たのか、ネコ娘も的確な判断で敵の動きを牽制できるようになり、後衛の役目を十分に果たせるようになっていた。
その中でも特に弓を用いて敵の脚を射抜き動きを封じる、言葉通りの『足止め』の技は見事なモノである。
俺達は二匹三匹の群れなら優勢に、四匹五匹の群れなら危なげなく戦える様になっていた。
それ以上の数の群れとぶつかれば、俺が初撃を敵に叩き込んで敵の数を減らすと共に一旦退き、反撃に転じる相手を誘い出して引っ張った所をネコ娘が足止め分断する形で対処する。
ネコ娘の働きによって敵の動きが鈍れば、後は俺が再び敵中深く斬り込んで暴れまくるだけである。
連携と呼ぶに相応しい一体感に酔い痴れる様に昂ぶる自分を冷静な思考で制御しながら、俺は当たるを幸いに敵を斬り続けた。
そうしてゴブリンを狩りまくった成果を休息がてら確認してみれば、依頼達成数を遥かに超える六十数個の魔石と『小鬼の牙』と『小鬼の骨』いう素材を、数えるのも面倒なくらい沢山獲得していた。
魔物素材と言えば、引き取り先として思い浮かぶのがアルティアーナさんかマーロさんであるが、見目麗しい女性が魔物の牙とか骨を見てうっとりとする猟奇的な絵図らは見たくないので、不本意ながらイケメンに持っていく方向で決定する。
何がどう不本意であるかと言えば、『アレ』が間違いなく持ち込まれた物を前にして大喜びする事が予想でき、俺に宿敵を喜ばせる趣味が全くないからであった。
・・・勿論、予想に反して嫌な顔をされたら、面で懇願し心中で嬉々としながら押しつけますがね!
この様に俺と宿敵との間にある闇はとても深いのであった。
・・・俺たちの冒険はまだまだこれからだ!