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そして始まる俺たちの冒険②

 心の迷いを討ち払えば、後に残るのは純然たる戦いの意思のみである。

 俺は最後に大きく息を吸って湧き上がる戦意を僅かに鎮めると、冷静さを保つ部分でネコ娘に先刻決めた作戦を確認した。

 出会った時に彼女が見せた能力の片鱗を思えば、戦いに対する経験が乏しいだけで才能自体には恵まれた存在である。

 俺はネコ娘が作戦に対し確かな理解を示している事に満足すると、彼女に自らの背中を預けて敵陣へと斬り込んだ。

 成り行きで変異生物とは既に戦っているが、今この時が俺にとって新たなる世界に於ける戦いの幕開けである。

・・・棍棒を武器に『青タマネギ(ス○イム)』や『赤タマネギ(スラ○ムべ○)』に挑んだあの頃の少年オレを取り戻す!

 失ってしまった若き日の幻想ユメへの回帰を果たすべく、俺は猛然とゴブリンの群れに突進する。

・・・先んじれば他者ヒトを制し、遅れれば他者ヒトに制せらるるだ!

 自分でも驚くような瞬発力で敵との間合いを詰めた俺は、『先手必勝』という先達の教えに従い、先制攻撃を仕掛けるべく群れの先頭にいた一匹の頭上へと跳ぶ。

 相手のゴブリンがこちらの存在に気が付いて持っていた剣を頭上に構えて防御の姿勢を示すが、俺は構わず抜き放ってあった同田貫を振り下した。

「喰らえ、《兜割り》!」

 武器を持つ敵の強さは素手の時より二倍、三倍と手強い存在になるのが常識である。

 それに加えて数の上でも勝る敵を屠るのに全力を尽くす事を惜しむのは愚行と考え、相手を確実に倒す為に俺は最高の威力を誇る技を繰り出す。

 得物である同田貫が持つ鋭さに戦技の威力が更に加わった事により、俺の攻撃は敵が構えた剣ごと相手の頭を叩き割った。

・・・っ!?

 正に会心の一撃となる攻撃を以って敵を斬り伏せる自らの勝利に満足していた俺は、次の瞬間、そこから伝わってくる異常ともいえる感触に驚く。

 敵の頭蓋骨を叩き割った同田貫の刃は、まるで水を斬るが如く特別な抵抗も無く、その勢いのままに相手の胴体を斬り裂いて行く。

 まさかの手応えに混乱し動揺しかける心を静め、俺は着地と同時に両足で踏ん張ると、刀の柄を握る手を絞って振り下す刃の勢いを必死に止める。

 なんとか身体の均衡を崩すのを防ぐ事には成功するが、敵の反撃を許す大きな隙を生んでしまった。

 仲間を倒された事に怯んで硬直状態にあった残りのゴブリンの内、先に正気に戻った石斧持ちの方が反撃の機会を得たと攻撃を仕掛けて来る。

 地面スレスレで刃の切っ先を止めているお辞儀状態の俺の頭を打ち据えるべく、ゴブリンが石斧が振り下す。

 刀を振り上げて受け止めたのでは到底間に合わないと判断した俺は、獲物である同田貫の柄から手を離すと、敵の懐に飛び込み、素手となった両手で武器を振り下す相手の腕を受け止めた。

 真剣白刃取り、正確に言えば、無刀取りである。

 いかに武芸の心得があると雖も素手で振り下される刃を受け止めるなんて無謀である。

 故にこれこそが無手で武器を持つ敵に抗する最良の技であると俺は心得ていた。

・・・ご先祖様、石舟斎先生、ありがとう!

 ご先祖様が柳生新陰流の開祖である石舟斎先生こと柳生宗厳殿から直伝され(パクッ)た技により窮地を脱した俺は、掴んだ相手の腕を引っ張り捻る様にしながら自身の身体を巡らせると、その勢いのままに背負い投げる。

 勿論、相手に受け身を許す気など全くなく、真っ直ぐに頭から地面に叩きつけた。

 『神武流格闘柔術』の奥義の一つであり、その電光石火の勢いと受けた者が雷に打たれたが如く絶命する事から《雷鬼》と名付けられた技である。

 軽く一瞥の眼差しを向けると、そこには激しく頭を地面に打ちつけられた所為で、首の関節があらぬ方向に曲がって微動だにしない敵の姿があった。

・・・存外、容易くれるモノだな……。

 前世に於いても対人戦で絶大な威力を誇る事は、自らの経験として充分に知っていた技ではある。

 しかし、それが異世界に生きる魔物という特殊生物相手にどこまで通用するのかには一抹の危惧はあったが、どうやらそれも杞憂の様であった。

 ふと視線を廻らせれば、そこには無残な肉塊と化した仲間が飛ばした鮮血にまみれて、恐怖に打ち震える最後の生き残りであるゴブリンの姿があった。

・・・まるで『あの時』と同じだな。

 唯一の違いがあるとすれば、幸いにもここには憐れな犠牲者が存在しない事である。

 前世の記憶が再び甦る中、生き残った敵が抵抗の意思を示した。

『ウゲェラッ! ウゴォラッヴォッードォッ!』

 仲間を殺された事に対する怒りの咆哮か、恐怖に震えおののく感情の高ぶりか、叫ぶかのように吼える相手の姿が、甦った記憶により一層酷似していて俺の中で何かが冷たく冴えて行く。

 自分が暴力を用いて他者を屈服させる事には歪んだ愉悦を抱きながら、逆に他者が暴力を用いて自分を屈服させる事に対しては身勝手な怒りを抱き、或いは卑怯な手段を用いてでも自分を護ろうとするその有様ありようを思い出し、俺は吐きそうなほどに気持ちが悪くなる。

 怒りと恐れのどちらの感情によるモノかまでは判らないが、威嚇であろうその行為を俺に無視されたゴブリンは、その乏しい知能で彼我の力量さを理解したのか、最後の抵抗として持っていた棍棒を俺に投げつけた。

 火事場のクソ力と言うヤツだろうか、ゴブリンが投げ放った棍棒は風を切る勢いに乗って狙い違わず真っ直ぐ俺へと向かってくる。

 流石にそれを無視出来ないと判断して避けようとする俺の隙を衝き、生き残りのゴブリンが逃げ出す。

 敵の注意を反らすと同時に逃げ出すその作戦は中々なモノであるが、今の現状では最も愚かな悪手である。

・・・自分より強い敵に背中を見せるくらいなら、死ぬ覚悟で突撃を仕掛けるんだな。

 棍棒の投擲と共に、仲間が遺した武器である石斧を拾って襲い掛かられた方が遥かに脅威であった。

 俺はその事実を教える為に、投げつけられた棍棒を回避すると、足元近くにあった石斧を拾い上げ、透かさず逃げたゴブリンの背中目掛けて投げつける。

 これでこちらの攻撃を察知して、投げられた石斧を受け止めて逆に投げ返してくるくらいのはんげきがあれば、そのまま逃走を見逃してやっても良かったのだが流石にそれは無理な様であった。

『ウゴォブゥッ!』

 見事に背中へと命中した石斧の追撃が逃走する敵の足を止める。

 開いた距離にして二十歩弱、痛みから復活した敵が再び逃走を試みるのに十分な間隔を開けられた様に思えたが、それは異世界仕様に強化された自分自身の身体能力を見縊みくびり過ぎていたみたいであった。

 瞬時とは言えないまでも、僅かな時間で逃げたゴブリンとの距離を詰めた俺は、ガラ空きとなった敵の背中に《荷物袋》からの経由で瞬装した脇差の一撃を叩き込む。

 横薙ぎに振り放ったその一撃は同田貫と比べればやや劣りはするものの、抜群とも言える切れ味を以って、ゴブリンの胴体を腰骨ごと真っ二つに切り裂いた。

 最初に敵との間合いを詰めた際にも驚かされた事だが、俺に与えられている身体能力は、前世の常識から考えれば尋常でないレベルまで高まっているみたいである。

 単純に数字で示されている自分とゴブリンの能力で考えても四倍の差がある以上、この結果は当然とも言えるが、それでも正直恐ろしいと感じるモノであった。

 自らに与えられた力に畏怖する俺だが、異世界で初めて人型を持つ者の生命を奪った事に対する特別な感情は沸いてこなかった。

 その原因がどこに在るのかは俺自身にもはっきりは解らなかったが、それが俺という人間である事だけは確かであった。

 足元に転がる最後に屠った敵の亡屍に視線を遣れば、死に対する絶望の色に表情を歪めた醜い姿が瞳に映る。

 逃げる敵を追いその背中に刃を打ち込んだ事にすら平然としていられるのは、下手な情けを掛ければそれを最悪の形で裏切るのが、今足元に転がる様な外道が為す振舞いであると知っているからであった。

 その甘さが招いた報いの全てが自分に振りかかるのならば、それを自らの過ちとして受け入れられるが、他者を苦しめる為に道に外れた非道な仕打ちを考えつくのが外道である。

 だからこそ、それを防ぐ為には全ての情けを捨てて報いるしかなかった。

 嘗ての過ちによりそれを思い知らされた俺には、外道に対する情けなど存在しない、唯、それだけの事であった。

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