(新装)異世界(?)でさっそく(物理的に)道に迷った俺がいる②
不思議という言葉では足りない不思議な体験をした俺は、その出会いに助けられ、希望通り人の気配が近い『道』に出る事が出来た。
とはいってもまだ『ケモノ道』という感じのそれだが、獣ではなく明らかに人間の歩みによって造られた道に安堵する。
一歩一歩と進むごとに道が広くなっていく事に安心したのか、再び忘れていた疲れを感じ始める。
余り無理してもいざという時良くないかと考えて、俺は少し休憩することにした。
休憩に適した場所を求めて巡らせた視線の先に、俺は一人の人間の存在を見つける。
道の脇に生えた二本の樹が寄り添い絡み合って、まるで一本の木のように見える大樹の根元にその人間は眠っていた。
その男はエキゾチックという言葉が相応しい旅装を身に纏い、丸めた外套を枕に心地良さそうな寝息を立てている。
一見、無防備ともいえる姿だが、しかし、そこには不思議なまでに隙というモノが存在していなかった。
初めて出会う異世界(?)人だが、『眠れる龍を起こしてはいけない』という言い伝え(?)を思い出し、俺は音を立てないようにその横を通り抜けようとする。
目的の通り静寂を保ちつつ俺が通り抜けた瞬間、背後でゆっくりと動く気配。
「おお、サカキじゃないか」
・・・エッ!?
背中で受ける形で名を呼ばれ、俺は言葉を失うしかなかった。
振り返りしっかりと確認した男の姿に記憶を辿るが、全く覚えのない相手である。
『サカキ』と呼ばれてなければ、他人の空似で片付けられるが、相手の雰囲気からは他人という感じが全くなかった。
・・・。
無言で見詰め合う俺と『彼』。
その沈黙を先に破ったのは『彼』の方であった。
「すまない、人違いのようだ。アレがここにいるはずがないな」
その言葉の後の部分は独り言である。
実際、『人違い』ではあるが、全くの勘違いでもない以上、おいそれと立ち去る訳にもいかず、俺は解決の糸口を探るべく『彼』を鑑定してみた。
・・・っ!
【******************】
スキルの発動と同時に、頭の中を容赦なく殴るような激しい痛みが走り、『天の声』が言葉にならない警鐘を鳴らす。
痛みに耐えかねて気を失いかけた俺の瞳に、苦笑交じりで何かを呟く『彼』の姿が映る。
彼が呟き終えた瞬間、俺の体を襲った激しい痛みが嘘のように消える。
名前 *** (表示不可能)
年齢 ;15 (判定失敗)
性別 男
属性 中庸
性格 万変
職業 武聖
Lv ;5 (判定失敗)
HP ; (判定失敗)
MP ; (判定失敗)
ステータス値 (表示不可能)
スキル
・天聖の武才 Lv; (ユニーク)
・不偏の真聖 Lv; (ユニーク)
・晩聖の真明 Lv; (ユニーク)
・変格の真名 Lv; (ユニーク)
・無限の可能性を導く真聖 Lv; (ユニーク)
・******栄光 Lv; (確認未明)
・****威光 Lv; (確認未明)
・******** Lv; (確認未明)
称号
《不屈の意志を持ちし者》
《万武を導きし者》
《栄光という名の伝説を持ちし者》
《神の裁きを代行せし刃》
《神魔の邪眼を持ちし者》
《七罪を贖いし者達の皇》
《天性の稀人》
《堕天の神殺し》
「断りも無く覗き見るとは、躾がなっていないな、サカキホムラ」
生前の真名を見透かす『彼』の言葉で自分も相手に鑑定された事を知り、早鐘のように激しく動いていた俺の心臓は更にその鼓動を早める。
「まあ、こちらも君の事を言えないがな」
そう言って苦笑する『彼』の表情には、まるで何かを愉快がるような色が滲んでいた。
「……なるほど彼と同じ和泉の血統に連なる者か。再び、このような場所で巡り合うとは、本当に運命とは残酷なモノだな」
懐かしむようであり、憐れむようでもある視線を俺に向け、『彼』は独りごつった。
「君が持つ《神明の鑑定眼》は極めて便利な能力であるが、便利すぎて君自身の身を滅ぼす諸刃の剣となる可能性がある。そうだな、相手の纏うオーラっていうのか、本能的に危険と感じる相手には使わないのが賢明かな」
身を以って経験させられた俺は、その言葉に黙って頷くしかなかった。
「世に言う『袖すりあうも多生の縁』って奴だ。これも何かの縁、嘗ての我が罪を贖う意味も込めて、技の一つでも伝授しておくか……」
そう告げる『彼』の瞳に好戦的な色が宿る。
「遠慮はいらない、というか、遠慮なんかしてたら死ぬな」
縁起でもない言葉と共に『彼』の手に一振りの剣が現れる。
その剣は少し特殊と言える形をしていた。
三尺に足りない両刃の直刃で造られ、その刃は普通の長剣に比べ幅が細くそれでいて厚かった。
更には両手で握るに足る長い柄を持ち、敢えて分類するなら大剣というより、ハンド・アンド・ハーフ・ソードに当てはまるが、柄の持つ形状は元の世界でいう仏具のヴァジュラを想像させる形をしていた。
刺突と斬撃に長け、片手でも両手でも扱う事の出来る片手両手剣の亜種というだけでは片付けられない異質が、その剣には備わっていた。
半透明にして天から降り注ぐ光に輝く刃は、宝石の如く美しく、金剛石を思い起こさせる素材で出来ていた。
「どうした、呆けてる場合じゃないぞ」
異形にして異質でありながら、見る者の心を惹きつける宝剣.
その剣が持つ美しさに魅了されていた俺の意識を、彼の言葉が現実に引き戻した。
先刻の鑑定で得た情報から推察すれば、『彼』が思春期の病である『厨二病』の患者でない限り、その実力は化け物に類する筈である。
・・・なんで、そんなヤバ系のイキモノが道端で普通に寝てるん? 異世界(?)の仕様ですか?
と疑問に思うが、到底、訊ける雰囲気ではないので黙って同田貫を鞘から抜き放つ。
「準備がいいなら、遠慮なくいくぞ!」
・・・あれ、『遠慮なく、掛かって来い!』じゃないのですね。
『彼』の宣言に心で突っ込みつつ、俺は反射的にその攻撃を刀の刀身で受け止めた。
『目にも留らない』、正にその言葉通りの素早い攻撃に、俺は驚きや焦りという感情を抱く余裕さえなかった。
鍔迫り合いをする形で睨み合う形となった『彼』の瞳には感心したような色が宿り、そして、それは不敵ともいえる本気の色へと変わった。
次の瞬間、彼は短い気合いの息を吐くと、渾身の力を込めて得物の長剣を振り抜く形で俺の身体を押し跳ばす。
なんとか身体のバランスを保ちつつ、自身の意思も込めて数歩余分に後ずさる事で、俺は『彼』との間合いを十分に空けると反撃の為に同田貫を構え直す。
しかし、そんな余裕を与えてくれる『彼』ではない事を直ぐに思い知らされた。
俺にとって反撃に転じるのに十分な間は、『彼』にとってみれば更なる攻撃を加えるのに十分な間であった。
それは正に『幻想』の世界ならではの常識、『縮地』とか『瞬歩』とかいう技なのだろうか、俺の知る常識を無視した技で一瞬にして彼我の間合いを詰めた『彼』は、短い気合いの息と共に鋭い一撃を繰り出してくる。
一の断ち、二の断ち、三の断ちと次々に繰り出される攻撃を前に、俺は必死にそれを刀で受け止める事しか出来なかった。
・・・終わった。
一瞬の乱れもなく繰り出される『彼』の攻撃により、構えた刀を弾かれ無防備となった俺は止めの攻撃を覚悟する。
半ば無意識に『彼』の眼を見る俺、そこには勝利を確信した者の愉悦とは相反する真摯ともいえる高潔さが宿っていた。
「風に吹かれたなびく柳の枝の如く、流麗にしてしなやか柔剣の連撃を誇る技、《八薙ぎ》」
喉元に一寸という間隔で止められた刃の切っ先に安堵の唾を呑む俺に、『彼』は穏やかな笑みを浮かべてそう告げた。
「流石は至高の血統と言うべきか。まさか全断ちを繰り出す事になるとは思わなかった」
俺は一瞬、『彼』が何を言っているのか、その言葉の意味を図りかねる。
それが称賛であると気が付いた時、再び『彼』の表情に好戦的な色が浮かんだ。
「最初から『遠慮』なんていらなかったみたいだな」
『彼』が口にしたその言葉の意味を理解した俺は、初めて『恐れる』と『畏れる』という言葉の意味の違いを正しく理解したような気がする。
俺は間違いなく目の前に立つ存在に『畏怖』していた。
『真に恐ろしき存在と相見えたなら、退くことは一切考えるな。唯、前に出る事だけを考えろ。死を恐れず、生を諦めない者だけが、自らに勝る強者に打ち克つ事が出来るのだ』
武芸の師にして、人生の師でもある祖父の言葉が俺の脳裏に甦る。
だから、俺はその言葉を信じ、畏れに震える自分を叱咤して前に出る事を選んだ。
「ほう」
反撃に打って出た俺の姿勢を一瞥した『彼』は満足そうに笑うと、『攻撃こそ最大の防御』という言葉に相応しい猛攻で打ち掛かる俺の連撃を事無げに一太刀一太刀受け流し、逆にこちらに生まれた隙を突いて反撃の断ちを返してくる。
その攻防の中で明らかな実力差を見せつける『彼』だが、その眼差しには強者が弱者をいたぶる傲慢さは無く、又、僅かな油断も感じられなかった。
「戦いに於いて勝利を得る為の隙とは培った技量で造りだすもの」
悠然と振るう長剣の一撃は、その口調の軽やかさとは間逆に重く、疾風を思わせる技の鋭さを宿していた。
「だが幾多の戦いに身を置く中では、時に戦場を支配する傲慢ともいえる一撃を繰り出さなくてはならない事もある」
その言葉が指し示す意味は理解できなかったが、『彼』が身に纏う戦いの意思、闘氣を一変させた事だけは理解できた。
素早い身のこなしで上段に長剣を振り上げる『彼』。
無防備ともいえるその構えには、一切の隙が存在していなかった。
次の瞬間、俺は無意識に獲物である刀の峰に左手を添え、頭を護る形でそれを真横に頂いた。
それを一瞥した『彼』は満足そうに笑うと、短い気合いと共に長剣を振り下す。
激しくぶつかり合う長剣と刀。
その衝撃を感じた瞬間、俺は軽い脳震盪を起こして、その場にねじ伏せられた。
「『柔よく剛を制す』とは言うが、いかに柔軟な相手でも撃ち破る剛が存在すのもまた然りとは思わないか?」
純然たる優しさが感じられる笑顔を浮かべながら『彼』が差し出した手を取り、俺は無言で頷いた。
身体が持つ能力ではなく、今日この時までに培ってきた技量の違い、自分と『彼』を分かつ差を俺はそう理解した。
「純粋な力や技の差を超えた意思を以って、他者を凌駕する剛剣を繰り出す技、《兜割り》」
立ち上がり向かい合う形になった俺に対し、『彼』は一瞬だけ何かを懐かしむような眼差しを向け再び笑った。
「嘗て、その優れた武才故に仕えた主に恐れられ、そして裏切られた漢がいた。漢は主の裏切りによって殺された同胞達の仇を討つ為に修羅の道に堕ち、復讐の刃となる力を求めた。そして、その想いは一つの邂逅を導き、漢に望みを果たす為の力を与えた。だがその力は、彼の望みに過ぎたるモノだったのかもしれない。漢は自らの望み通りに嘗ての主を討ち果たしたが、それと引き換えに人間としての理から外れた存在となってしまった。その深すぎる業は彼に愛する存在達との別離という代償を求め、永き孤独という苦しみを与えた。ホムラ、否、今の名はエンだったな。お前は若し望む力の全てが得られるなら、如何なる力を求める?」
『彼』が何故それを語り、何故それを問うのか理由は分からなかったが、そこに深い意味がある事を理解して、俺は自らの心にその答えを求める。
「叶うのなら自らを正せる力が欲しい。憧れた存在達に恥じない自分に成れる力を。そして更なる力を望んで良いなら、自らの世界を変える力が欲しい」
「ほう、自らを正し、世界を変える力か。では、お前はどんな世界を望む?」
「誰もが幸せに暮らせる世界なんて不可能だと分かっている。だから、人間の努力が裏切られない世界、人間が人間として生きられる世界、そして人間が何者にも支配されず、何者をも支配しない、本当の意味での自由に満ちた世界を」
それは、嘗て一人の『英雄』が望んだ世界、そして一人の『英雄』が憧れた世界、伝説に語られ神話の中に消えて行った理想郷の姿。
俺の答えを聴いた『彼』は一瞬だけ驚いたように表情を無くすと、次の瞬間には激しく笑い出す。
それは嘲笑ではなく、心から愉快で仕方ないという気持ちに満ちた豪笑。
「面白い、本当に面白い。流石は『あの』二人の孫だ。唯者には育たないとは思っていたが、ここまで稀有な育ち方をするとはな」
「祖父達を知ってるのですか?」
「ああ、正確に言うと『知ってる』とは言えないが、『俺』にとって真の友であり仲間であった縁深き存在達だな」
そう答えて『彼』は、過去を懐かしみ、そして、それを淋しがる笑顔を浮かべた。
「エン、二人の人生は幸せだったか?」
「ええ、俺が知る限り、とても幸せだったと思います。祖父は誰よりも祖母を愛し、祖母も祖父を愛していた。そして、二人は夭折した子供達夫婦の分まで、孫である俺の事を慈しんでくれました」
「良ければ、二人の最後を教えてくれるか?」
「祖母は怪我が原因で気が弱り、数年の間、病床についた後に最期を迎えました。それまで祖母を見舞い看病し続けた疲れからか、その死に心を弱らせたのか、祖父もその半年程後に身体の元気をなくし病床の身となりましたが、最後の最後まで自らの面倒を他者に委ねる事無く、その死の直前まで気丈に振るまった武士の末裔に相応しい最期でした」
「そうか、ありがとう」
悼み悲しみ、そして満たされた笑顔を浮かべる『彼』の姿に、祖父達との縁の深さを感じずにはいられなかった。
「嘗て結びたる縁、そして交わした約束に報いる為なら、これくらいは許されるだろう」
独り言のように呟き、『彼』はそっと伸ばした掌を俺の額へと添える。
『力無き正義は幻想に過ぎざるも、正義無き力は悪逆に過ぎず、真なる正義は魂の穢れをも打ち払い、強き想いは聖き力となりて全てを凌駕す。我、六つ翼の真正を以って皇の力を誘い、七つ身の聖徳を以って神々の幻想を撃ち破る者を導かん』
その祝詞にも似た言葉が紡がれるのと共に、額に触れられた『彼』の掌から熱が伝わってきた。
【《至高の万能導く縁》が《至聖の万能導く縁》へと昇華されました】
頭のなかで告げられる『天の声』。
「これで先刻、お前が望んだ力へと至る道が開かれた。だが飽くまで道が開かれたのみ、そこへ至るにはお前自身が怒りや憎しみを超え、その胸に抱いた想いを真なる英雄に相応しき意思へと昇華させる必要がある。この先、いつかお前は望む望まぬに関わらず人の身に過ぎたる大きな災厄と向かい合う事になるだろう、その時、道を違え自らの欲望に身を任せて力を求めたなら、今お前に宿した力こそがお前を裁き滅ぼすだろう。その事だけは忘れるな」
厳しくも思い遣りに満ちた眼差しで告げる『彼』。
その口調がいつの間にか、出会った時より身近なモノに変わっている事に気が付き、俺は自分が『彼』から認められたという事を知る。
「それともう一つ、お前に与えられている《邂逅の良縁》だが、それは時に間逆となる『悪縁』ともいえるモノを引きよせる。『禍福はあざなえる縄の如し』というやつだ、結ばれる相対する二つの縁を心の天秤で計り、そこから大切なモノを零さないように気を付けるのだな」
俺は頷き、二つの忠告を反芻し心に刻みつけた。
「そして、これはお前の祖父に代わって与える『免許皆伝』の証だ、受け取れ」
差し出されたのは一着の服。
それは若気の至りでヤンチャしている人達が好む『特攻服』にどこか似ている長衣で、色は闇の如く真黒をしていた。
「由緒正しき本流の武人から勝ち取った戦利品だが、俺には不要なのでお前に譲ろう」
「ありがとうございます」
お礼を言ってそれを受け取る俺、そして、早速鑑定。
『《神武の司武纏》(ユニーク A級)、古の時代より継承され続けた武芸の流派に於いて、その神髄を修めた者に贈られる免許皆伝の証。特殊素材である霊糸を編んで作られた布を用いて造られたとても丈夫な戦闘衣。防刃に加え、耐衝撃・耐火・耐寒・耐電・耐魔力の性能を持つ逸品。天賦の武才を以って名を成した元の所有者の意思の名残として、装備者の精神力を向上させる力を宿している。精神力補正+10。自己修復性能在り(ランクA)。鎧下として装備可能』
・・・更なる『神器』キタぁー!
「ありがとうございます。我が『三種の神器』の一つとして大切にします! ……って、あれ?」
その鑑定結果に感極まって涙が出そうになる俺がお礼の言葉を口にして視線を戻した時、そこには誰もいなかった。
・・・えーと。
一人盛り上がった現状をどうしようかと悩む俺は、取り敢えず何も無かった事にする。
・・・うん、スルースキルは大切である。
そして、俺は颯爽と件の戦闘衣を身に纏い、人里目指して再び歩き出した。
・・・俺の戦いは、これからだ!