閑話小題 『そして生れた伝説の**』
「お待たせいたしました、こちらがご依頼を頂いた品物になります」
若くしてその才能を広く知られる装具師のアルティアーナは、成し遂げた者だけが持つ自身に満ち溢れた顔で、俺に完成した依頼品を差し出す。
俺は感謝と労いの気持ちを込めて一礼を彼女に捧げ、差し出された(《獣神王の皮衣》に視線を遣る。
それは『神話』と呼ぶに相応しき古き伝承に語られる伝説を基にして造られた戦装束であり、俺の冒険者人生の全てを懸けて求めた武装だった。
(…?、……?、………?)
目の錯覚か何かだろうか、彼女が抱える様に差し出している物が、どう見ても戦装束に見えなかった。
それを見た感想を一言で言い表すなら、『珍妙』である。
その姿を語る上でのキモとなる兜部分は、猛獣である虎を思わせるフォルムを持ってはいるが、全体的に柔らかな曲線を描いている為にそこからは雄猛さが完全に失われていた。
何かの冗談かと思い制作者であるアルティアーナに視線を向けるが、その眼差しは真剣なモノであった。
「どうかされましたか?」
差し出された物を一向に受け取ろうとしない俺の態度を訝り、彼女はその事を尋ねて来るが、それは俺の方が言いたい台詞である。
しかし、何処をどう見ても彼女自身にふざけている様子は無かった。
「ありがとう」
何時までも放置しておく訳にもいかず、俺は礼の言葉と共に差し出されたソレを素直に受け取る。
「こちらこそ、この様に素晴らしい物の製作をご依頼して頂き、本当にありがとうございます」
そう返答する彼女の姿からも真摯な姿勢しか感じられず、俺の方に問題が在るのかとすら思えてきた。
制作依頼をした際に説明された話によれば、この《獣神王の皮衣》と呼ばれる戦装束は、『伝説』から『神話』に至った『始まりの冒険者』と呼ばれる英雄達の一人である《冒険皇》が、共に神話を築く存在となる《騎士皇》と邂逅した際に身に纏っていた由緒正しい戦装束を模した物の筈である。
彼女が装具師としての優れた技能を得る為に必要だと考え、古代の伝承・伝説に語られる武装を研究し、深い造詣を持っている事は俺達冒険者の間でもかなり有名だった。
その彼女が持てる力の全てを注いで造り上げたと自負している物である以上、この《獣神王の皮衣》が優れた武装具である事は間違いないのであろうが、どう見てもそれを信じがたい形をしているのもまた事実である。
・・・この場合、疑うべきは、俺や彼女の感性ではなく、神話となった彼の英雄が持っていた感性の方なのだろうか?
若しそうだとしたら、幼き頃に憧れ、冒険者として生きる道を選ぶ理由となった英雄に対し、幾許かの残念な気持ちが沸き上がりそうだった。
「早速、身に着けて行かれますか? 宜しければ、部屋の外に出てますよ」
制作に掛かった依頼料の支払いを済ませると、アルティアーナが期待の眼差しでそう尋ねて来た。
彼女としては、自らが造り上げた傑作の晴れ姿をみたいのであろう。
俺としてもコレを抱えたまま人前を歩くのは遠慮したいので、彼女の提案をありがたく受け入れる。
アルティアーナが部屋から出た後、身に着けていた装備を外し、《神獣王の皮衣》を身に纏ってみると、全身を覆う造りに身体の動きを制約されるのではないかという予想に反して、とても快適な着心地だった。
試しに愛用の大剣を手に取り、そのまま軽く素振りしてみるが、握った柄が滑ることも無く普通に扱う事が出来た。
・・・これで見た目に問題が無ければ、最高の出来なのだが……。
正直、それだけが問題なのだが、今更それを言っても詮無き事だと自分に言い聞かせる。
後は実際に戦場で性能を確かめるだけだが、この姿で人前に出るのは多少億劫である。
しかし、苦労と言う言葉では足りない苦心の末に集めた素材で作られた折角の装備である事を思えば、その羞恥にも似た感情など捨てて当たり前の瑣末なモノだった。
外した装備を《魔法の道具箱》に納め、大剣だけを背中に背負って準備を整えてから、外で待たせてあったアルティアーナに、彼女の作品を身に纏った姿をお披露目する。
それを見て彼女が『可愛い』と微かな呟きを洩らした様な気がするが、生涯一度も他者からそのような言葉を掛けられた事が無いので黙殺した。
「世話になった」
自らの作品の晴れ姿に満足している様子のアルティアーナに短い感謝と労いの言葉を告げて、彼女の前から辞去する。
それに対し深いお辞儀の一礼を返した彼女に見送られた俺は、出来るだけ人目を避けたいという思いもあり早足で店の出入り口を目指す。
その途中、ふと反対側の通路の先に他者の気配を感じて視線を向けると、そこには『奇抜』という言葉が相応しい存在が歩いているのが見える。
数秒の短い接触で分かる程に、その存在は風変わりな様相をしていた。
一見すれば、まだ歳若き少年であるが、その身に常人とは異なる威風堂々たる風格を感じさせるモノを纏っている。
特に恥ずかしげも無くあの『微妙』な格好をしていられる神経の太さが称賛モノである。
自分の姿も大概他者の事を言えないので、黙殺して目的通り店から出て行くが、世の中には不思議な存在がいるモノだと妙に感心させられた。
アルティアーナの装具店を出た俺は、《獣神王の皮衣》の性能を確かめるべく、街の北に在る『迷いの大森林』へと向かう事にする。
距離的には、西に在る『魔障の森』に行った方が強い敵と出遭える可能性が高かったが、その街道の途中に在る開拓村にはあまり近寄りたくない理由があるので、今回は北の大森林に行く事にした。
そこは昨日、氾濫した異形種の群れが討伐隊によって駆逐されたばかりらしいので、運が良ければその残党を狩れる可能性があった。
やはり、今の俺の恰好は誰の目にも普通には映らないらしく、北門に向かう道すがらで幼い子供に追いかけられたり、擦れ違う大人達から様々な視線を向けられたので、本気の疾走でそれらを一気に引き剥がす。
上級冒険者の身体能力を駆使して街の中を全力疾走したので、この『珍獣』の姿と相俟って変な噂が暫くの間は流れるかも知れないが、事ここに至ってはそれも瑣末な事である。
街から出る際の審査で門衛から奇異の眼差しを向けられるという最後の試練に耐えた俺は、その精神的苦痛を道中で出遭ったゴブリンやオークにぶつけて紛らわせながら、大森林を目指した。
『迷いの大森林』に着くまでの道中で幾度か敵と出遭って返り討ちにしたが、戦いの相手としても新たな装備の性能を試す相手としても役不足だったので、もう少し歯応えのある敵と出くわしたいモノである。
マンティコラとまでは言わないが、オーガかトロルくらいは出て来て欲しいが、討伐隊が入った後なのでそこまでは期待できそうになかった。
森に入って直ぐにインプの小さな群れに幾度か遭遇するが、数匹を斬った途端に散って行くので、そのまま見逃して奥の方へと分け入って行く。
森の際奥に近付くにつれ、その背丈を増す木々に光を遮られ生まれた闇が濃くなる。
その深い闇か、或いは先日の戦いによって残された死の気配に誘われたのか、普段は洞窟の中に潜むガルムが徘徊してる姿を見付けた。
注意深くその周囲を視線で探ると、少し離れた場所にも数匹いるのが分かる。
仲間が仲間を呼んで大きな群になられると多少面倒なので、先手を取って数を削っておく事にする。
俺は《魔法の道具箱》の中から、数本の投剣を取り出すと、一番近くにいる一匹に向けて連続で投げ放つ。
狙い違わず相手の喉元に突き刺さった投剣により、的となった魔犬は地面に転がった。
仲間の異変に気が付いて近づいて来た二匹に目掛け、先刻と同じ様に投剣を投げ放つと、一匹には致命傷に近い攻撃となるが、もう一匹の方は浅かったようで、多少のダメージの気配を感じさせるモノのこちらの存在に気が付いて猛然と襲い掛かってくる。
俺はそれを迎え撃つ為に背中に背負った大剣を手に取り鞘を振り外した。
襲い掛かってくる手負いの魔犬が上げた咆哮に誘われて、新たに三匹の仲間が戦いに加わる。
周囲に在る木々の枝が戦うのに邪魔なので、襲い掛かって来た魔犬を斬り伏せる序でに薙ぎ払っておく。
魔犬の身体から吹き出た返り血と薙ぎ払われて舞い散る木葉によって、一瞬だけ視界が遮られるが、既に捉えてあった敵の気配に反応する形で振り放った一撃により、攻撃しようと身構えていた二匹を同時に屠る。
それに怖気づいたのか、少し遅れる様にして戦闘態勢を取って襲い掛かろうとしていた最後の一匹は、言葉通り尻尾を巻いて逃げて行った。
逃げて行く敵の背を一瞥しながら、たわいも無いと嘆息にも似た息を吐いて戦いの緊張を解く。
しかし、珍妙とも言える見た目に反し、実戦に於ける身のこなしを一切制約する事の無いこの装備は極めて優秀である。
それに満足し高揚する気分を抱え、俺は更に森の奥へと踏み入って行った。
森の際奥部分に至ると密集する木々によって周囲が暗く深い闇に閉ざされた。
その闇の濃さと周りを囲む木々の壁は、そこに訪れた者に洞窟の如き閉塞感を与える。
深い闇に包まれ周囲を木々の壁に閉ざされた来訪者の多くが、
その閉塞感によって方向感覚を狂わされ、進むべき道を見失い来た道にすら惑う事から、この森は人々から『迷いの大森林』と呼ばれる様になったらしい。
そして、前に進む事も後ろに退く事も出来なくなった者の多くが、森に巣食う魔物達の狩りの獲物となり戻らない事から、この森は『帰らずの森』というもう一つの名前を持っていた。
浅い部分であれば中級程度の実力を持つ冒険者にとって良い狩場となる場所だが、ここまで深い場所に足を踏み入れるのは、余程の物好きか追跡者から逃げ隠れる必要がある訳在りの人間くらいだった。
周囲の闇を払うべく光明を灯したい所だが、その光に目が慣れ過ぎていざという時に支障があっても困るので、闇に眼を慣らさせたままで敵の姿を求めて周辺を探索する。
・・・どうやら駄目か……。
ここまで来れば、リッチ等の深い闇を好む存在か先日の異形種の残党に出遭えるかと期待していたが、どうやら空振りに終わりそうだった。
俺は歯応えのある相手に出遭える気配も感じられないので、大人しく諦めて別の場所に行く事にする。
来た道を探し求めながら帰るのも時間の無駄かと思い、行く手を阻む木々の一部を大剣で斬り払い、言葉の通り新しい道を切り拓きながら進む。
幸い行く手にある木々の多くがまだ若木に近い状態なので、特別な苦も無く進む道を切り拓く事が出来た。
ふと絡み合う巨木と化した古木の枝によって遮られた空を見上げると、異様に強い光が微かな木洩れ日を作っている事に気が付く。
進む先に見える若木によって生まれた木立と常と異なる木洩れ日の存在が、俺に僅かな違和感を抱かせた。
その違和感の正体を確かめるように周囲の様子を確かめると、若木の木立の根元に転がる朽ちた倒木の一部に焦げ跡がある事が分かる。
森に入った者が残した野営の跡とも考えられたが、それにしては何かがおかしかった。
冒険者として培ってきた経験が、沸き上がる違和感から警戒心を生む。
その時、空を遮る木葉の壁が大きく揺れ、そこから差しこむ木洩れ日の光が更に強まる事により、、俺の視界を僅かに眩ませる。
次の瞬間、木々の壁によって再び生まれた闇を切り裂く光と共に『ソレ』は現れた。
・・・ファイヤー・ドレイクか。先刻のガルムの群れといい、今日は珍客に良く遭うな……。
宝物の守護者として洞窟等に潜んでいるのが常である火竜の出現という、先刻遭遇したガルム達に続く珍事に多少驚かされるが、それと同時にそれまで抱いていた違和感の原因が目の前に現れた存在であると理解する。
突如として現れた竜種は狂気の色を宿した眼差しで俺を睨めるが、俺はやっと現れた手応えのある敵に心の中で歓喜した。
竜種との戦いは北の魔境である『天の峰』を踏破した際に幾度となく経験しており、その強さは決して侮れない事も十分に理解している。
しかし、だからこそ《獣神王の皮衣》を身に纏って戦うのに相応しい強敵であると言えた。
『グォゥーッ!』
俺が示した反応を絶対的強者の奢りで不遜と捉えたのか唸るように吠えるファイヤー・ドレイク。
そのいきり立つ戦意を表す様に全身を炎が包み込む。
火竜としての本性を示した敵の姿に触発されて、俺の中でも闘志の炎が燃え上がる。
そして何よりこの珍妙な姿では死ぬに死ねないという強い思いがあった。
こちらを引き裂き或いは喰いちぎろうとするファイヤー・ドレイクの爪牙を、時に躱し時に振るった刃で弾き返す。
先刻、ファシアンの街路を全力疾走した際にも感じたが、《獣神王の皮衣》は全身を完全に覆う形の装備にも拘らず、激しく動いても全くと言って良い程に身体の自由を奪う事が無かった。
寧ろ快適にすら感じる装着感があるこの装備の着心地に満足させられる。
そして、その優れた部分を知れば知る程、より一層その見た目が残念に思われた。
そんな雑念が隙を生んだのか、攻撃を防ぎ続けられる事に業を煮やした相手が打った次の攻勢の一手に僅かながら反応が遅れる。
火竜は巨躯と呼ぶに相応しい体躯に似合わない素早い身のこなしで身体を反転させると、その勢いに乗せて尻尾を薙いだ。
巨大な鞭と化して襲い来る火竜の尻尾を咄嗟の判断で、片腕を添えて盾代わりにした大剣の剣腹で受け止めるが、数倍の体格差のある相手が渾身の力を込めて繰り出した攻撃の勢いを殺し切る事など到底出来ず、そのまま背後へと弾き飛ばされる。
その攻撃の手応えに満足したように残忍な笑みを瞳に宿した火竜は、戦いを決める更なる一手として、こちらに正対した瞬間を狙い火炎の息を追撃として放つ。
完全に体勢を崩され、回避は勿論、防御も儘ならない俺の無防備な身体を、火竜が放つ激しい炎が包み込んだ。
・・・これで、俺も最後か……。
死は逃れてもまともに戦える状況では無くなる事を覚悟した俺の中で、最後の時を覚悟する想いが沸き起こる。
生まれながらに与えられたモノを厭い冒険者になる事を選んだ時から、いつかはこんな日が来る事は分かっていたが、いざその時を迎えてみれば最後に残った想いは後悔ではなく無念であった。
・・・同じ戦士としての死を迎えるのならば、己の生命と引き換えに大切な存在を護り抜いた『彼』の様な最期を迎えたかったな……。
死に逝く者が最後に抱くモノが真実の思いで在るのならば、俺にとっての『それ』は、ある人物への『憧れ』である。
共に同じ師に学び、同じ冒険者という道を選んだ兄の様に慕った存在。
誰よりも遠くへ行く事を求め、誰よりも高みへ至る事を望んだ英傑。
冒険の旅時で出会った多くの者を魅了し、そしてその最後に多くの者を悲しませた罪深い英雄。
彼への憧れが俺を奮い立たせ、彼の背中を追い続け、何時かそれを越える事が俺の望みであった。
それは彼の死によって、永遠に果たせなくなった願いであったが、俺の中で自らの一生を懸けて最後まで追い続ける『夢』に変わった想いの根源である。
しかし、その想いも今こうして潰えようとしていた。
『危険を恐れず生きるから冒険者であり、無駄な危険を冒さないから冒険者であり、そして自分が心から求めるモノの為になら如何なる危険にも挑めるから冒険者なんだ。だから、真に優れた冒険者とは……』
最後に彼と交わした言葉が甦る。
・・・『真に優れた冒険者とは……』、その先は何だった……?
激しい炎によって生じた熱波に焼かれ朦朧となる意識の中で、俺は彼が語った言葉の先を必死に思い出す。
・・・ああ、そうだっ!
甦る記憶、思い出した言葉、そしてその言葉の意味を真に理解した時、朦朧としていた意識が鮮明に覚醒する。
『だから、真に優れた冒険者とは、自分が心から求めるモノを手に入れるまで、自分で自分を諦めない者なんだよ』
その言葉に自分の未熟さ、奢り、愚かさ、その全てを教えられた。
覚醒した意識と共に取り戻した闘志を振るい、俺は伸ばした足で大地を踏みしめ火炎の息の余波に耐えると共に体勢を整え直す。
幸いにも戦いに支障をきたすほどのダメージは無く、《獣神王の皮衣》が持つ性能の真価を教えられる。
竜種が誇る強力な武器の一つである息の威力を、ここまで殺ぐ性能は最早脅威的というべきレベルであった。
その証に火竜は未だ戦う意思を示す俺の姿を驚愕の眼差しで見詰めている。
完全なる形成逆転というには尚早であるが、少なくとも窮地を脱した事は間違いなかった。
『グォゥーッ!』
再び吠える火竜、しかし、その怒りの咆哮には出遭った時と異なり僅かな恐れが滲んでいた。
その恐れを拭う様に鋭く睨む視線と共に大きく息を吸い、火竜は再び火炎の息を放つ。
「面白い。相手になって遣ろう!」
俺は最大の威力による攻撃によって一気に勝負を決しようとする相手の傲慢さに触発され、挑まれた勝負を真っ向から受けて立つべく迷わず突撃する。
更なる威力を以って放たれた激しい炎が俺の身を焼くが、その熱が俺に苦痛を与える事は無かった。
ブレスが持つ勢いに押されて、こちらの突進の勢いが殺がれるが、それも俺にとっては僅かな支障でしかなく、相手の息が持つ力を押し返す様に更なる力を脚に込めて突き進んでいく。
竜種にとって絶大な威力を誇る息の攻撃は最大の武器であると同時に、最大の弱点を敵に晒す諸刃の剣である。
火竜の火炎攻撃に耐え切った俺は、それと同時に敵を自らの攻撃の間合いに捉えた事を確信した。
「ハッ!」
俺は、裂帛の気合を込めた鋭い息を吐き、無防備となった火竜の口腔に獲物である大剣を突き刺す。
巨躯を誇り、その全身を丈夫な鱗で守られた竜種と雖も、特別な護りを持たない部分から脳髄を刺し貫かれれば致命にならない筈がなかった。
『…グルゥッ……ルゥッ……!』
突き出した大剣の刃を引き抜き退くと、それに合わせるかのように断末魔の息を吐いて、火竜は頭を大地に崩れ落とす。
勝利を確信しゆっくりと繰り返した深呼吸で息を整える俺の視線と、地に倒れ伏した火竜の視線が交わる。
その生気を失った瞳に映る自分の姿に気が付いて、俺は苦笑した。
若しも誰かがこの戦いの様子を見ていたのなら、幼子に寝物語として語られる一つの伝説を思い出すのかもしれない。
自らの身体の大きさに負けない巨大な武器を振るって、数多の強大な敵を倒し退けた神獣の伝説を。
《慈愛の英雄皇》と呼ばれる『伝説』を『神話』に昇華させた英雄神を支え助けたその存在の姿は、今の俺の姿に酷似していた。
・・・そう考えれば、この姿も強ち変という訳ではないのかもしれないな。……まぁ、この格好でいる事を周知するのは、正直勘弁して貰いがな……。
色々な意味で稀有な存在である《獣神王の皮衣》だが、その高い性能を思えば、これから先、脱ぎ捨て手放す事も出来そうになかった。
これは後に新たなる『伝説』となる存在が生まれた瞬間である。
この異装の英傑が自らの宿命を受け入れ、その導きによって結ばれた『サムライ』と呼ばれる英雄との縁を深き絆に変えた時、世界は大きな変革を迎える事となるが、それはもう少し先の未来であった。