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備えあれば憂えなし③

 オダ少年は工房を出て直ぐの一角に供えられた取引カウンターの前まで俺とネコ娘を案内すると再び工房に行き、数種類の小剣が入った箱を抱えて戻って来た。

「では、この中からどれでも良いと思う物をどうぞ」

 そう告げてカウンターに箱を置いたオダ君は、次に店の展示棚の前まで歩いて行き、そこに置いてある短剣の中から幾つかを選び取る。

 真剣に物を選んでくれているその姿に感謝と感心の一瞥を向けてから、俺は彼の好意に従いネコ娘の為に小剣を吟味する。

 小柄な彼女の身長から考えて短めの方が良いかと思い、全部で9本ある中から短い順に5本を選び出し一本ずつ鑑定していく。

 結果として3本がF級、2本がE級という格付けがされており、更に同じ等級でも攻撃力の補正値に違いがある事が分かった。

 値段が分からないのでE級の2本とF級で一番に性能が良い物の3本を残し、それ以外を箱に戻す。

 丁度、その時オダ君が短剣を選び終えて戻って来た。

「どれにするか決まりましたか?」

「ええ、後は懐と相談ですね。幾らですか?」

 抱えていた6本の短剣をカウンターの上に並べながら訊ねて来るオダ少年に実状を告げ、目星を付けた物の値段を確認する。

「ああ、どれも商品ではないので、一本だけなら只で差し上げますよ」

・・・えっ、また『無料タダ』で良いのですか? 武具製作を依頼した時のクマといい、このオダ少年といい、この世界の鍛冶職人は、余り商売をする気が無いのでしょうか?

 前世の常識から考えれば、そこに色々な理由があるとはいえ、材料費と制作費だけでも数万から数十万は掛かるのが常である。

 それを経費無視の無償提供とは、これが異世界の常識であるのなら、異世界恐るべしであった。

「あの、その代わりという訳ではありませんが……」

・・・やっぱり『ですよ』ねぇ~。

 クマに制作依頼をした時と同じギブ・アンド・テイクな展開に、やっぱり俺は安堵する。

 しかし、やや躊躇う様に言い淀んだオダ君の視線が自分の腰元に向けられている事に気が付き、俺の中で新たに警戒心が生まれた。

「その変わった剣を少し見せて貰えませんか?」

・・・ああ、『そっち』ですか。

 この場合、『どっち』かとは尋ねられても困るが、その発想の原因が生前に知り合った『腐ったお姉さん』の存在にあるという事だけは確かである。

 全ては『三国志』が大好きな少年であった嘗ての俺を腐った計略で陥れ、伏竜先生が散々な目に遭わされる『そっち系』の物語を強引に読み聞かせ、更には事ある毎に戦国時代の小姓に関する『腐った知識』等を強制的に教授したあの腐れ外道の所為だった。

「……やっぱり駄目ですよね」

 『過去の悪夢』という記憶に夢想していた俺の反応を拒否と捉えたオダ君は、『しょんぼり』という擬態語が見えそうな残念顔を浮かべる。

 俺にとって『刀は武士の魂』という言葉の解釈は、武士としての矜持を保つ為の『こだわり』ではなく、それを失わない為の『心構え』だった。

「良いですよ」

 俺はそう答えて腰に差していた《異界打ちの脇差》を鞘ごとオダ君に差し出す。

 出来る事なら目釘を抜いて拵えを外し、なかごまで見せても良かったのだが、その為の道具が無いので今回は諦めて貰う。

 その点を考えれば、この脇差にしろ、同田貫にしろ、耐久性や性能が劣化しない特性を備えている為、特別な手入れが不要である事は本当に助かった。

 そうして武器の手入れについて考えていたら、一つ大切な物を手に入れ忘れている事に気が付く。

「この店に砥石の様な武器を手入れする道具は売っていますか?」

 如何に良い物でも手入れを怠れば、その質を損なうのは当たり前の事であり、そういう小さな怠慢が綻びとなって致命傷に繋がる事も、長い人生に於いて珍しくは無かった。

「はい、砥石なら商品として置いてあるので、後で案内しますね」

 脇差の観察に意識の大半を奪われているのか、オダ君の反応は心ここに在らずという感じである。

 同じ武器マニアとして、その気持ちは解るので、先に短剣を吟味しどれを買うのかを決める事にした。

 先刻と同様に鑑定すると、こちらもはどれもE級で攻撃力の補正値にも差が無かったので、後は使い勝手の良さで判断という感じである。

 其々を比べれば、寸法的にはやや大ぶり小振り、形的には片刃両刃の違いがあり、その中でも一風変わっているのが前世の世界で狩猟刀として扱われていた剣鉈に形が良く似た短刀の存在だった。

 刃渡り約一尺で厚みのある刃を持つその短刀は、ネコ娘が扱う道具としてはやや大ぶりであるが、いざという時には武器としても使えそうなので、これにしておく。

 序でに前回の来店時に買い逃した自分用として、包丁を思わせる小振りな片薄刃の物を買う事にする。

 何故、この包丁型を選んだかと言うと、その使い慣れているという利便性よりも、この道具が『包丁』と呼ばれる由来となる蘊蓄うんちくをネコ娘に説く為だった。

 件の目星を付けておいた小剣に関しては、相手の好意を素直に受け入れ、一番性能が良い物を選ぶ。

「では、小剣はこの一本を有り難く貰っておきます。短剣はこの二本を購入でお願いします」

「はい、分かりました。後は先刻言われた砥石ですね」

 俺の申し出を受けたオダ君は、名残り惜しそうな表情を浮かべて脇差を返してくれる。

 同じ武器マニアとしての親近感を強く感じて申し訳ない様な気持ちになるが、こればかりは致し方ないと割り切った。

 互いに気持ちを切り替えて、目的の砥石が置かれた棚の所に行く。

「有料にはなりますが、いつでも武器の手入れは引き受けます」

 最初はその宣伝の意味を計り兼ねるが、商品である砥石に附けられた値札の金額を確認して理解する。

 そこにはそれまでに見て来た全体的な物価と比べて、異様と感じるぐらい高価な値段が付けられていた。

 具体的に言うと最も安い物でも一万イリルである。

 しかし、前世の世界の様に人工による製造が出来ず、完全天然物のみだという可能性を考えれば、その値段も妥当かもしれないと思えた。

「では、これとこれをください」

 物価的にはかなり割高だが、物としては間違いなく良品である事を《鑑定眼》で確認した俺は、見栄ではなく実用に足る物と判断して、中砥と仕上げ砥の二種類を選ぶ。

 棚には荒砥も置かれていたが、それが必要となる程に刃を破損したら、素直に専門家へ直しを依頼した方が無難だと考え今回は購入を控える。

 勿論、鑑定能力を活かして、同じ値段の物の中から一番に品質の良い物を選択した。

 一見して全く迷いが無い俺の買い物っぷりに、ネコ娘とオダ君の二人が驚きの表情を浮かべる。

 切れ味の鈍った刃物を使うのは、俺の性分にも我が家の家訓にも反するので、迷う事無くお買い上げに直行である。

 支払いの際に、短剣二本より砥石二つの方が高額だと知って驚かされる一幕もあったが、特に問題なく必要な物を買い揃える事が出来た。

 目的も果たしたので、これ以上は邪魔をしても悪いかと思い、このまま店を出て行く事にする。

 実質無償で小剣一本を提供してくれたオダ君に、『御恩と奉公』として後日きちんとした『御礼』をする事を約束し、接客に対する感謝を告げて店から出て行こうとした所に、突然工房からクマが現れた。

「サカキ、ちょっと待て!」

 俺は『森のくまさん』的な展開を前にして思わず反射的に走り出そうとするが、咄嗟に何かを感じ取ったネコ娘に服の裾を掴まれて制止させられる。

 その早技に彼女が持つ『猫スキル』の匂いを感じるが、今の状況を考えれば、それを追求しているいとまは無かった。

・・・何よりもネコさんが俺に対し向ける視線が痛いです……。

 流石に連続で突然の遁走を企てる奇人には、世間の風当たりが冷たくなる様であるが、人間は一度や二度死んだ位で、その本質が変わる筈が無いのである。

 そして、俺は前世の頃より時に他者から臆病と笑われた、この直感的な警戒心に培われる慎重な性格を今も変える積りは無かった。

 とはいえ、今回の場合は、自分でも過剰反応し過ぎたと感じているので、反省の意味も込めて少ししおらしくしてみる。

「はい、なんでしょうか?」

「先刻、お前に技を見せて貰って気が付いた所を改良してみた。まだ完成とは言えないが、最初のに比べれば随分とマシになっていると思うから持っていけ」

 そう言って差し出された革袋の中身を確かめてみると、そこには大・中・小の大きさが違う三種類の微塵と、寸法と形に新たな工夫が加えられた棒手裏剣が10本を一束に纏められ、全部で三束入っていた。

「ありがとうございます」

「礼には及ばん。その代り、使ってみて何かあれば教えろ」

 イルゲ匠が謙遜した上に此方の意見を求める程度に造り上げた物である、その出来具合は鑑定するまでも無いと思えた。

「分かりました。では今度こそ、また明日!」

 先刻の口調から察すれば、未だ完成度に満足していないみたいなので、約束の期限である明日の来訪時にそれが果たされている事を期待する。

 俺の言葉を受けて鼻を鳴らすイルゲ匠とオダ君に軽く一礼して、ネコ娘を連れて今度こそ店を後にした。


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