冒険者になりました!
暇を持て余しつつスィージーの様子を視線で探ると、彼女は何故か冒険者登録の申請用紙と『睨めっこ』をしていた。
俺の視線に気が付いたネコ娘が『わきゅわきゅ』と手招きをするので、顔をそちらに近付けると、彼女の方からも自分の顔を近づけて来る。
「ねぇ、サカキ。私の場合、この『職業』ってどうすれば良いのかな?」
言われてみれば、俺以上に結構と複雑な問題である。
・・・『盗賊』? 『泥棒猫』? 特技が『掏り』ですとは公言できないだろうし、さりとて無難に『無職』で誤魔化せというのも前途ある若人には酷だよな……。
「改心したんだし、アレだな。魔物と闘い探掘に勤しむ盗賊と言う事で、『闘賊』なんていうのは洒落てないか?」
「うん、それ何か良いね」
・・・えっ、それで良いのですか!?
自分で提案しておいて何だが、このネコ娘も中々と稀有な感性の持ち主である。
何にしろ当人がそれで満足なら周囲がそれ以上とやかく言う必要もないだろう。
「出来ました」
スィージーは完成した書類を男性職員さんに意気揚々と差し出した。
ちらっと見えた書類の文字が、彼女の性格に似つかわしいと言えば似つかわしい、丸っこい感じの可愛い姿をしていたので、俺は何かほっこりとした気分が沸いて来る。
そんな俺の姿に奇異の眼差しを向けつつ、ネコ娘は申請の受理を待つ。
「……『盗賊』ではなく『闘賊』ですか。まあ問題は無いので、これで宜しいでしょう」
暖かいというか優しいというか、ちょっと不可思議な笑みを浮かべて男性職員さんは、申請を受理してくれる。
「では、次に冒険者としての適性及び資格の審査を行いますね。最初に確認しておきますが、冒険者がその名が示す通り、大きな危険を伴う仕事を担う事は御存じですね?」
「はい」
俺が返事を返すと、スィージーも頷いてそれに応える。
「では、冒険者が持つ権利と義務については御存じですか?」
「それなりには聞き及んでいますが、詳しくは知りません」
『権利』の方に関しては、女将から教えて貰って多少の知識を持っているが、『義務』の存在の方は初耳と言うべき事柄である。
「細かく説明は出来ませんが、最低限の説明をさせて貰いますと、冒険者にはこの王国と隣の帝国との国境を越えた移動が許可されています。更に付け加えますとギルドが特別に要請した依頼を受理してる場合と、冒険者として大きな功績を認められている場合には、両国間の検問所を検問無しで抜ける事が出来ます。今の点が冒険者に与えられる『自由』と言う名の最大の権利です。それに対し、冒険者には二つの大きな義務が課せられます。一つはギルドが要請した緊急を要する依頼の受諾と、その達成です。そして、もう一つが『魔晶石』或いは『魔石』とも呼ばれる魔物から採れる生命石を、必ずギルドに納める事です。勿論、通常の依頼を達成する事も義務の一つではありますが、そちらは個々の冒険者に対する評価査定にも関わる事ですので、概ねは冒険者の皆さん自身の判断に委ねられます」
「義務とされる所のギルドからの緊急依頼を拒んだり、ギルドに魔石を上納する事を拒むとどうなるのですか?」
無論、無闇矢鱈に逆らう積りは無いが、絶対に従えない状況が生じる可能性もあるので、その際のペナルティーに関してきちんと確認しておく。
「事情に対する多少の酌量は有りますが、基本、前者に於いては冒険者ランクの降格、後者に於いては悪質で無ければ厳重注意、或いはランクの降格、悪質な場合は犯罪者として処罰、条件の次第によってはギルドが抱える『狩人』と呼ばれる存在による厳罰を科す事になります」
・・・『狩人』、所謂、『暗殺者』による厳罰ですか……。
自らの生命を以って償わせる『厳罰』という名の制裁に少し冷酷なモノを感じるが、それを以って保たれる秩序も存在するのだろうという事への理解だけは出来た。
「分かりました。与えられる権利とそれに伴う義務は当然の事ですから、それ自体は良いのですが、ギルドがその義務を利用して一部の権力に味方するという可能性はどうなのですか?」
遠回し過ぎるが、ギルド内の権力者が私利私欲の為に冒険者という存在を利用したり、自分にとって都合の悪い存在を陥れたりする危険は無いのかという確認である。
「絶対とまでは言えませんが、《断罪の審判》による裁定の存在を信じて貰うしかありませんね」
・・・成る程、最善で99%まで信用できる『神の裁き』の有効性ですか。
その残りの『1%』に対しては、自らの正義を以って臨むしかないと、『信頼は出来ないが信用は出来る』、その答えに俺は納得する。
「変な事を訊いたりして、済みませんでした。冒険者として、与えられる権利と負うべき義務については、十分に理解できました」
「では、本題の審査を行いますが、その前に最終確認を致します。先刻述べた冒険者に対する説明を受けて、冒険者になる意志を失くした、或いは、これまでに殺人・強盗・強姦等の重罪を犯した経緯があるのでしたら、それを罪として問いませんのでこの場より立ち去ってください」
・・・前者は勿論、後者の三点の犯罪に関しても問題は無いが、今日これまでの行為で絶対にそれ以外の『重罪』となる行為に及んでいないという保証が在りません。又、この国、或いは世界にお於ける法律を知らないので、スィージーが生計を立てて来た『仕事』に対する判定がつきません。
主に『聖域への無断侵入』、『異形種生物の無許可討伐とそれによって入手した魔石の不法所持』、『異国流れに関する身分詐称行為』等が自身としてはグレー・ゾーンに思えた。
【お答えします。それら三点の行為に関しては、この世界の法に照らし合わせて全く問題はありません。又、窃盗行為もこの世界の法では『重犯罪』に含まれません】
・・・『天の声』さん、ナイス・アシストです!
「全く問題ありませんので、審査の方をお願いします」
頼れるナビゲーターである『天の声』さんのお墨付きを頂いた俺は、不安気なネコ娘を安心させる意味も込めて、自信満々で応える。
「では、この石に手を触れてください」
そう言って男性職員さんが俺の前に差し出したのは、昨夜、この街に入る際に門を警備していた衛兵さんが持っていたのと同じモノだった。
その経験とこれまでの話の流れから、それが犯罪を検知する機能を宿した道具である事を理解する。
そうと分かれば何も恐れる事はないと思い、堂々とそれに触れた瞬間、一つの疑念が俺の脳裏に浮かんだ。
・・・後ろのネコ娘との一件も当然セーフですよね? ……アレ、若しかしてヤバ気……?
結論、どうやらセーフだったらしく、普通に『大丈夫ですね』という反応を男性職員さんから貰って安堵する事が出来た。
続いてネコ娘の番になるが、まだ前科の存在を警戒して『ビクビク』『オドオド』として触れるのを躊躇っていたので、『大丈夫だ』と告げて半ば強引に掌を石にくっつけてやる。
その後、男性職員さんから俺と同じ様に大丈夫である事を宣言されて安堵したネコ娘に、速攻で尻への蹴りという制裁を加えられたが瑣末な事である。
「では、冒険者の証である冒険者カードを発行しますので、少しだけお待ちください」
そう告げて男性職員さんは、提出した申請の書類と件の水晶玉(?)を持って、カウンターの奥へと消えていった。
「お待たせしました。こちらがお二人の冒険者カードになります。カードをこの板に翳しますと、登録された詳しい情報が見られますので、それに間違いが無いか確認してください」
待つ事暫しの後、男性職員さんが戻ってきて、その言葉と共に俺とスィージーに一枚ずつ掌サイズのカードを手渡してくれる。
そして、辞書サイズの板というか箱というかの形をした物体を指示して、そこに渡されたカードを翳す様に促した。
言われた通りにやってみると、一瞬の光の点滅の後、確かに情報が示される。
名前 サカキ エン
年齢 19才 (真人族)
性別 男性
職業 サムライ(異国の戦士)
冒険者ランク G
職業Lv 6
ステータス値 (総合 B)
・筋力 A
・知力 B
・精神力 B
・体力 B
・素早さ A
・器用さ A
・運 C
スキル
・晩成の大器
・世界言語習得 Lv3
・鑑定眼 Lv3
・武士道の心得 Lv1
称号
《亜竜殺し》
戦技・補助系スキル
・兜割り Lv1
・八薙ぎ Lv1
その前世の世界に於けるテクノロジーを彷彿させる仕様に驚かされるが、触れるだけで犯した犯罪の有無が分かったり、本物の『魔法』が存在する世界に比べたら、寧ろ、前世の世界の方が『遅れている』可能性も存在していた。
そう納得しつつ、示された情報に間違いが無いかを確かめていくが、身体的な能力値の表示が数字ではなくアルファベット表記になっている上に、スキルの部分の名称が『適切』に誤表記されているので、対応に困る結果となる。
・・・これって、『間違っている』といえば間違っているが、『間違っていない』といえば間違っていないですよね……(困惑)
【お答えします。正確に言えば、《神明の鑑定眼》による鑑定と異なり、完全な形で解析されていないという結果ですので、結論としては『間違っていない』という答えが正解となります】
・・・了解しました。そして、親切なる御助言をありがとうございます。
『天の声』さんの助言を受けて問題が解決した上に、《神明の鑑定眼》がハイスペックな性能を誇る事が判明しました。
「確認しましたが、何処にも間違いはありませんでした」
「全部とは言い切れませんが、私の方も間違いは無さそうです」
ネコ娘の言葉には何故か曖昧な表現が含まれているが、下手に確かめて『藪蛇』となってもいけないのでこの場はスルーしておく。
「では、これで冒険者登録の方は完了となります。先程、お渡しした冒険者カードは再発行出来ますが、その際にはかなりの再発行費用に加え、大きなペナルティーが発生致しますので、くれぐれも無くさないように気を付けてください」
男性職員さんの忠告を胸に刻みつけるように、俺とスィージーは真剣な表情で頷く。
こうして俺とスィージーは、冒険者としての第一歩を踏み出した。