(新装)・・・俺の戦いは、今始まったばかりだ!②
『次は各ステータス値の決定ですね。では、これを七回振ってください』
掛けられた言葉に反応して差し出した俺の掌に、女神(?)は所謂「ダイス」を乗せる。
四十八面型のそれは、其々の面に見た事のない数字(?)が書かれており、ソフトボールを思い出させる大きさをしていた。
俺はこの環境でこれを使うのは、色々とマズくないかと思いつつも、女神(?)から言われた通りにダイスをちゃぶ台の上に転がす。
最早、球体に近いソレは俺の予想を裏切らず、ちゃぶ台から転がり落ちると、落下の勢いを得て累卵よりは多少ましな安定性を持つ件の壁へとぶつかった。
『あぁーっ!』
女神(?)は、悲鳴に近い声を上げて壁の崩壊を防ぐべく立ちあがるが、幸いな事と言うか、その異常とも言える密集度の賜物で壁は微動だにすらしなかった。
安堵の息を吐いて停止したダイスを確認する女神(?)、それを一瞥した瞬間、表情が驚愕に一変する。
その理由は分からないが小刻みに震える女神(?)。
俺は、取り敢えず自分の役目を果たすべく彼女(?)へと掌を差し出した。
「次を振るのでダイスを貸して貰えますか?」
『……もう良いです……』
「?」
暫しの思考の後、再び壁が崩壊するを懸念しているのかと察した俺に対し、女神(?)はまるで理不尽なモノを見るような奇妙な視線を向けてくる。
『……はぁ……っ、お、おめでとう。厳正なる運だめしの結果、貴方は48Pのボーナスポイントを獲得しました……』
「ありがとうございます(ぺこり)」
『焔、漢たる者、時には清濁併せのむ度量を示すことも大切だぞ』という亡き祖父の教えを思い出し、俺は悠然とした笑顔で女神(?)に応えた。
『では、其々のステータス値に獲得したボーナスポイントを振り分けましょう。今、貴方の基本ステータスを確認するので少し待っていてください』
そう告げた女神(?)は、左手にどこからか一冊の本を取り出すと、右手の掌を俺の額に触れるか触れないかの位置まで差し出す。
『《bkmkkv/dato00;id/p》』
その呪文が紡がれると共に、女神(?)の身体とその左手に持つ本が淡い光を帯びる。
そして女神(?)の口からゆっくりとした息が吐かれると、彼女(?)の身体を包む光は左手の本に吸い込まれるように消えていき、最後に一瞬だけ強い輝きを放った後、全ての光が消える。
安堵にも似た穏やかな笑みを浮かべた女神(?)は、手にある本の表紙を開くと、そのページをパラパラと捲っていった。
『うん、どうやらここは「普通」の範疇に収まっているみたいね』
俺はその言葉にやや引っかかるモノを感じるが、先刻思い出した祖父の教えを再びにして受け流す事にする。
『触らぬ神(?)に祟りなし』という事もあるし。
『えーと、筋力が8(-5)、知力が15(-9)、精神力が12(-4)、体力が4(-6)、素早さが9(-6)、器用さが10(-4)運が12(+50)……えっ、プラス50って、ちょっと待ちなさい、何よこれっ、あり得ない! 嘘でしょ!』
「?」
いきなり取り乱した女神(?)の大声にちょっと驚く俺の事などお構いなしに、彼女(?)は乱暴ともいえる手付きで次々にページを捲っていく。
『……っ! 《天賦の賭博運Lv5+s》っ!? これかっ!』
興奮を抑え切れない様子で言い放つ女神(?)の姿に、俺はここはどう反応するべきかを本気で思案する。
とはいえ、何がどうしてこうなってるのかの情報を持たない俺に、最良の答えなど導き出せる筈もなく、大人しく最終手段を実行に移す。
「えーと、なんかマズかったでしょうか?」
『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』である(ちょっと違う?)。
『っ!? ちょっと待ってて!』
俺の問いかけに反応して一瞬は正気を取り戻しかけた女神(?)だったが、次の瞬間には再び手にした本に意識を向けてしまう。
彼女(?)は先刻のページをゆっくりと指でなぞるように読んでいくと、その前後の数ページも同じような仕草で読んでは何かを呟き、それと共に表情を険しくしていった。
『マジ、あり得ない! ……これはかなりヤバいわね……』
「そんなに『ヤバい』ですか?」
『ええ、激ヤバよっ!』
目の前で呟かれてフォローするのもアレかと思うと同時に、すっかり放置されて少し退屈を感じていた俺は、虎穴に入る所かその尾を踏む事も覚悟の上で女神(?)へと絡んでみた。
その勇気が功を奏したのか彼女(?)は、ハッとした表情(正直、驚きで見開かれた眼が少し怖い)で俺を見詰める。
そして、彼女(?)は、一瞬で豹変と呼ぶに相応しい変わり身を示すと、それを突っ込む事を許さない鬼気とした最高の笑みを浮かべ直した。
『サカキ エン君、君のカルマ判定の結果を確かめた所、ちょぉーっと間違っちゃってる部分があるので、ほぉーんの少しだけ修正して良いかな?』
正に猫撫で声という感じのトーンで尋ねる女神(?)の目には、殺気ともいえる真剣な笑みが湛えられていた。
・・・やばい、ここで『ノー』と答えたら殺れる。
女神(?)が示す気配から全てを悟った俺の返答は決まっていた。
「嫌です(きっぱり)」
『そう、ありがとう。君が物分かりが良いコで良かっ……? えっ? ……何でそこで当たり前のように断るのよ!?』
天性の反骨心の持ち主である俺の返答に、流石の女神(?)様もタジタジのようです。
「『泰山は土壌を譲らず、故に能くその体を成す』というやつです。俺は自らを高める為、何者にも媚びません(キリッ!)」
『……多分、否、明らかにソレ、言葉の意味を勘違いしているわよ。正しくは、広く多くのモノを受け入れる事で、自らを更なる高みに至らせるとかそういう感じの言葉よ』
ドヤ顔で決めた俺に、女神(?)は呆れを通り越して憐みを込めた半眼の眼差しで呟いた。
「えっ、真剣ですか!?」
『うん、真剣』
「……分かりました。『情けは人の為ならず』、ここは大人しく折れておきます」
『……今度は一応、合っているわね』
女神(?)は大人の対応を示した俺に感心し生温かい眼差しで呟いた。
・・・よし、勝った!
こうして俺と女神(?)の間に平穏が訪れたのであった。
『では、気を取り直してステータス値の決定を行います。はい、これが貴方の基本ステータス入力シートになります』
俺は女神(?)が差し出した紙を受け取ると渡されたその紙に目を通す。
名前 サカキ エン(改名)
年齢 19才 (真人族 前世年齢 39才)
性別 男性
属性 (未判定状態)
性格 不明(判定不可能)
職業 (未設定状態)
Lv 1(0%)
HP 21
MP 20
ステータス値 (残りボーナスポイント48P)
・筋力 13 (限界値 26)
・知力 24 (限界値 48)
・精神力 16 (限界値 32)
・体力 10 (限界値 20)
・素早さ 15 (限界値 30)
・器用さ 14 (限界値 28)
・運 12 (限界値 24)
スキル (未設定状態)
称号 無(未獲得状態)
『各ステータス値に獲得ボーナスポイントの48Pを割り振ってください。尚、ステータス値の「筋力」、「知力」等の各能力の名称部分に触れれば、その能力に関する簡単な説明が受けられます』
「成る程、便利ですね(ポチッとな!)」
『「筋力」、主に素手・武器等を用いて戦う際の攻撃力に大きく影響する能力。他にも身体的な腕力・脚力にも影響し、この数値が高いほど持てる荷物の量が増えたり、様々な行動時に受ける肉体的負荷が軽減されます。又、武器・防具等を装備した際にこの値が低すぎると、行動速度の低下が起こる可能性があります』
『「知力」、主に魔法使用時の威力・詠唱速度に大きく影響する能力。他にも魔導書等の各書物の理解・習熟速度にも影響し、この数値が高いほど簡単に魔法等を習得出来るようになります。又、この能力値は様々な技能・技術等の仕組みを理解する上でも重要なモノであり、既存の技能・技術を更に発展させる原動力にも繋がります。冒険の探索時には罠等の発見及び解除にも影響します』
『「精神力」、主に魔法使用時の制御及び成功率に大きく影響する能力。又、この能力は他者からの魔法攻撃等に対する耐性及び抵抗にも大きく影響します。他にも様々な場面での精神的な刺激にも影響し、冒険時等に思わぬ窮地に陥った際にも、この数値が高いと冷静に平常心を保てるようになります』
『「体力」、主に生命力及び戦闘時の防御力に大きく影響する能力。他にも各種行動時の持久力にも大きく影響します。この数値が低い状態で過剰な重量のある装備品等を身に着けて行動し続けた際には、疲労・衰弱等のバッドステータス状態になる可能性があります』
『「素早さ」、主に各種行動速度に大きく影響する能力。他にも常の移動速度等にも大きく影響します。冒険の探索時には、この数値が高いほど先制及び奇襲攻撃が成功し易くなったり、戦闘からの脱出する際の成功率が上がります。又、罠を解除する際の速度にも影響を及ぼします』
『「器用さ」、主に各種行動の精度に大きく影響する能力。弓や投具等の武器使用時の威力及び命中率に大きく影響します。この数値が高いほど戦闘におけるクリティカル攻撃が発生し易くなったり、罠の解除時の成功率が上昇したりします。又、この能力は、鍛冶・錬金等の各種作成行為の成果及び成功率等にも影響を及ぼします』
『「運」、運命・幸運・天運といった世界の神秘がもたらす様々な要素に大きな影響を及ぼす能力。世界に存在する未知なるモノとの関わりを左右する要素であり、この能力の数値が高いほど多くの幸福に恵まれるようになると謂われる。しかし、その幸福が真なる幸いへと繋がるかは、その人の持つ意思によるモノであり、求める幸せへと至る絶対の支援を約束するものではない』
一通りの説明を確認し終えた俺は、正に『説明書』といった感じのそれに思わず苦笑を浮かべた。
「(まぁ、説明書も読まずにゲームを始めるタイプの俺にはこの説明で十分すぎるくらいだけどな)」
『説明は読み終えましたか?』
俺の反応を見てとった女神(?)の確認の言葉に、俺は頷いて応える。
『ステ振りに対する細かい助言は差し控えますが、義務という意味での助言を一つ。説明からも分かると思いますが、これから貴方が行く世界は、これまで貴方がいた世界とは大きく異なり、多くの危険に満ちた世界です。そこで生きて行く為の能力なので真剣に考える事をお勧めします』
「長所を伸ばして一つの事に精通した『特化型』にするか、或いは、短所を補って幅広い事に通じた『万能型』にするか。無難な『量産型(?)』みたいなモノの情報があれば一番なんですが、どちらにしろ人生の選択に『正解』が無い以上、後悔しない為には自らの意思で決めそれを受け入れるのみですか」
『どういう人生を歩むかのビジョンが在るのなら、それに至る為の指針ぐらいなら助言できますよ』
・・・どんな自分に成りたいか、か……。
女神(?)の助け船の言葉を受け、俺は暫しの思案に耽る。
(無邪気な子供の頃から憧れたモノがあった)
(無邪気な子供だから憧れたモノがあった)
(無邪気な子供のように憧れたモノがあった)
(無邪気な子供ではいられないから憧れていられなくなったモノがあった)
真摯に嘗ての自分を振り返る中で俺の心に忘れようとしたその『答え』が甦った。
「俺は、『英雄』に成りたい」
そう、誰よりも憧れた『彼』のように自らの正義を貫き、その信念の為に生き、最後の最後まで諦める事無く戦い続けられる、そんな強い存在に俺は成りたかった。
『「英雄とは生まれながらにして、英雄であるのではなく。その強き意思に導かれた者達の想いが彼の者を英雄と成したのである」、嘗て一人の英雄が、自らを英雄たらしめた伝承の「英雄」を語った言葉です。貴方が求める英雄の姿もそれに似ているのでしょうね』
そう語る女神(?)の瞳には、憧憬と懐古、そして深い慈愛の色が宿っていた。
しかし、その瞳の更なる奥底には、隠された悲哀が存在しているような気がして、俺は憐憫にも似た感情を抱かずにはいられなかった。
『英雄』という名の目標を得た俺は自らの求めるモノへと至る形を定めた。
名前 サカキ エン(改名)
年齢 19才 (真人族 前世年齢 39才)
性別 男性
属性 (未判定状態)
性格 不明(判定不可能)
職業 (無職・未設定状態)
Lv 1(0%)
HP 43
MP 22
ステータス値 (残りボーナスポイント0P)
・筋力 26 (+13 限界値 26)
・知力 24 ( 限界値 48)
・精神力 20 (+4 限界値 32)
・体力 20 (+10 限界値 20)
・素早さ 24 (+9 限界値 30)
・器用さ 22 (+8 限界値 28)
・運 16 (+4 限界値 24)
スキル (未設定状態)
称号 無(未獲得状態)
『なるほど、短所を補い弱点をなくす事で、「万能」という万全の形を求めましたか。ここは未知なる世界に挑む者として、賢明なる判断をしたと言っておきましょう』
「器用貧乏で終わらないように頑張ります」
女神(?)の評価に微妙な自戒で応える俺が、頭の中で描いた理想の英雄像は、『治世の能臣、乱世の奸雄』と評された彼の人物である。
その評価は、『英雄』と『奸雄』のどちらに定まるかで色々と難しい人物ではあるが、その多才を以って乱世を生き抜き、正に偉業と呼ぶべき大事を成し遂げた存在である。
そして、何よりも俺が尊敬する孫武先生のお言葉集たる『孫子』の兵法書を今世に残してくれた偉大な人物でもある。
・・・武勇・知略・政治・文才に長じて、「あとは、人格さえあればねぇ」と世の人々に残念がられたその才能に憧れた日々は、儚く命潰えた今となっては、前世を懐かしむ良き思い出です(ほろり)