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(新装)俺は《英雄皇》になる!

 遮光布カーテンが引かれ薄暗くなった店内、唯一の明かりを灯すのはテーブルランプの形をした『魔道具』と呼ばれる照明のみ。

 そこからもたらされる不思議な色を持つ光が、カウンターを挟んで向かい合うように座る彼女をより一層、神秘的に彩る。

「では、これより『啓魔の儀式』を行います。この石に両手を触れ、瞳を閉じ、ゆっくりと息をして心を落ち着けてください」

 魔術の会得に必要となる始まりの儀式の開始を告げ、その作法を求める彼女の言葉に従い、俺はカウンターの上に置かれた台座に鎮座する水晶に似た透明な石に手を乗せる。

 そして、静かに目を閉じると、二度三度と深呼吸を繰り返し心を落ち着かせた。

 所謂、瞑想状態となった俺の両手の上に、柔らかな温もりを持った何かが添えられる。

 その感触から、儀式の導き手である彼女の掌である事をさとった俺は、もう一度、深呼吸をして乱れかけた心を落ち着かせた。

「これから私が問う言葉に、特別な答えは必要ないので、貴方が素直に思い感じる言葉を紡いでください」

「はい」

 俺の返事から伝わるモノに満足し頷いたのだろう、俺の手に重ねられた彼女の手が少しだけ揺れる。

「では、貴方にとって『魔法』、『魔導』とは如何なるモノですか?」

「未だ知らざるモノであり、これから知ろうとするモノ」

 俺は、漠然たる彼女の問いに、彼女と初めて交わした会話で抱いたのと同じ『応え』を返す。

「『未知』ですか。では、貴方はその『未知』なる存在である『魔術』に、今触れようとしている事に如何なる思いを抱いていますか?」

「僅かな不安、或いは畏れ、しかし、それ以上に強い好奇心」

 そして、『未知』が『既知』に変わった時に抱く想いは、間違いなく『悦び』だろう。

「では、最後に問います。貴方にとって『魔法』とは如何なる力を持つモノですか?」

 彼女が問う言葉へと答える為に言葉を紡ぐたび、俺の心の中にゆっくりと何かが生まれ、それらは俺の中を満たし、そして静かに消えて行った。

 それは、『喪失』ではなく『昇華』。

 例えて言うなら、花が散った後には実が出来、その実が落ちて種を残し、そこから再び新たな生命が芽生える『生命の継承』。

 そして、俺の心は、最初に求めた魔法という力に対する答えを手に入れる。

 俺は、その『答え』を彼女の最後の問いに対する応えとして口に出す。

「不可能を可能にし、困難に打ち克つ為の助けとなる力」

 その答えの言葉は、何故か俺に忘れていた『過去の思い出』と、それによって生まれた『純粋な憧れ』を思い出させた。

 それは、まだ幼き頃に祖母が話してくれた或る英雄にまつわる物語。

 その物語は、道で巨大な蛇を踏みつけても平然としていた英雄が、その胆力に感心した蛇に頼まれて宿敵である大百足を三人張りの強弓を用いて退治し、お礼に中身が尽きない魔法の米俵を貰うというちょっと不思議な昔話である。

 俺は、その英雄が普通の人間では扱う事が出来ない強力な弓を引いて大百足を倒す姿に憧れ、いつか自分もそんな強い人間になりたいと願った。

 今思えば、彼の強さは他者に勝るその腕力ではなく、その腕力を培った日々の精進にこそあるのだろうが、幼き頃の俺は、彼の勇気と胆力、そして何よりもその超人的な力に強く憧れるようになった。

 彼の強さとそれを可能にした力の存在こそが、俺にとっての『魔法』である。

「どうですか? 魔術の息吹、或いは魔導の始原というモノを感じますか?」

いえ、さっぱりです」

 彼女は確かな手応えと遣り遂げた満足で一杯だったのだろう。 

 期待の眼差しで成果を問われるが、成功かどうかを問われれば、失敗であると感じていた。

 だがそれは彼女の責任ではなく、俺の問題であった。

 俺はそれを示すように、自分でも惚れ惚れする様な爽やかな笑顔で彼女に答えた。

 儀式の失敗とそれを意に介さない俺の笑顔という、二つの意味で予想に反する俺の応えに、彼女は絶句する。

「気にしないでください。貴女が失敗したのではなく、俺がしくじっただけです」

 俺が口にしたその言葉の意味を計り兼ね、彼女は困惑の表情を浮かべる。

「決してふざけていた訳ではないのですが、俺は、大きな勘違いをしていました」

「勘違い?」

 俺が続けた言葉に、彼女の困惑は更に深まる。

「今の儀式の中で、俺は自らの力として魔術を身に着けたいと望むのではなく、純粋に『魔法』というモノを知りたいと望んでしまった。否、正直な所を言えば、最初から生きる為の力として『会得』するのではなく、知識として『理解』する事を望んでいたのでしょう。だから、理解は出来ても会得は出来なかった。そういう事です」

「それなら、会得する為にもう一度、儀式を行いましょう」

「貴女の申し出はとても嬉しいのですが、先程の儀式で俺には魔術を覚える為の素養が欠けている事が分かりました」

 俺の心は、魔術が『奪う痛みを知らない力』であると感じ、それをどこかで自らの求める力ではないと否定していた。

 前世での知識と照らし合わせれば、この世界における魔術は、前世の世界における『銃器』や『重火器』と同じ類の力である。

 それは絶対的な暴力に繋がる力であり、『奪った命に対する責任から目を背けられる力』でもあり、そして、俺にとって掛け替えのない大切な存在であった者の生命を奪ったモノ。

 それに似た性質たちを持つ魔術という力を、俺は、『他者が用いても、自分は用いたくない』と心の中で忌避してしまっていた。

 『幻想』を体現するモノに対する純粋な探究心と、その力が持つ性質への強い忌避感。

 その二つを心の天秤に掛ければ、後者の方が勝っていた。

 その事実を彼女に告げると、少しの逡巡の後、一言だけ『それでも魔術という神秘の力を嫌わないで欲しい』と求められた。

 嘗てまだ幼い頃、祖父が鍛錬の為に備えてあった真刀を悪戯心いたずらごころで、玩具オモチャにして遊ぼうとした事があった。

 それを見付けた祖父は叱るよりも先に、その刀の切っ先で自分の掌を浅く刺して傷つけ、その傷口を見せる事でそれが玩具として扱ってはならない危険な物だと俺を諌めた。

 恐怖に震えながら痛くないのかと尋ねる俺に、祖父は唯一言だけ、『これ位の痛みは大した事も無い。だが、お前は、今抱いている痛みをこれから先も決して忘れるな』と叱ってくれた。

 自ら武器を取り、敵と対峙し戦う人生を選んだライシンさんは、ある時、俺にこう言った。

『エン、武器が人間ヒトの生命を奪うのじゃない、人間にんげんが武器で人間ヒトの生命を奪うんだよ』と。

 幼くして『奪われる痛み』を知り、成長して『奪う痛み』を選んだ武士のすえである孤高の戦士は、他者を自分と同じ『奪われる痛み』から庇いたいと望み、自らの生命と引き換えにその志を貫いた。

「ええ、分かっています。力は力に過ぎません。その善悪を定めるのは、それを用いる者の意思次第。俺が持つこの剣だって、魔術よりも『奪う痛み』を良く知るだけのモノでしかなく、他者の身を傷つけ、時に生命を奪う力となる存在です。大切なのは自らが持つ力を以って何を成すかです」

 『他者の身を傷つけ、その生命を奪おうとする者は、自らが他者に傷つけられ、その生命を奪われる事を覚悟せよ』という言葉も、我が家に代々伝わる『家訓』の一つである。

「貴方は、本当に不思議な方ですね。とても理知的な考えを持つ反面、どこまでも純粋と言うか、潔癖ともいえる高潔さを持っている。その誰よりも純然たる魂の輝きは、魔導の根源にあるモノに極めて近しいのに、それに依る力を求めようとはしない。まるで伝説に語られる《英雄皇》様みたいです」

「おお、《英雄皇》ですか!」

・・・『英雄』の『皇』とは、何とも素敵な名を持つ御方おかたですね。

 叶うなら、いつかこの世界で、そう呼ばれてみたいモノである。

「はい、その名の通り、この世界の伝説、正確にいえば『神話』に近いいにしえに存在したといわれる『始まりの英雄』の一人です」

 興味のツボを激しく刺激された俺の反応をみて、彼女は穏やかに笑むと、その存在について知る限りの事を詳しく話してくれた。

 その《英雄皇》と呼ばれる存在は、邪悪なる神々が甦り世界を破壊した際、強き絆で結ばれた仲間である冒険者達と共にその邪神達と戦い、それを討ち滅ぼして世界を救った英雄の一人であり、邪神達が滅びた後は、その破壊と呪いによって住む場所を奪われた人々を、仲間達と共に『新たなる大地』と呼ばれるこの大地まで護り導き、更には、新天地の開拓をする人々を危険な魔物達から護り戦った真の英雄として、後の世まで永く語り継がれていた。

 彼は、自らの冒険を助け支えてくれた『魂の導き手』である《英祥の巫女姫》と呼ばれた存在を何よりも慈しみ大切にし、その導き手の姉妹である《真祥の巫女姫》と彼女に導かれた一人の冒険者が、横暴なる王達との戦いに臨んだ際、義憤を以って導き手と共にその戦いに加勢し、彼のその意思が他の仲間達を動かし、終には戦いを勝利へと導き、その後、復活した邪神の一柱を仲間達との絆を以って討ち滅ぼし、その偉業を以って『英雄の皇』と呼ばれる高みにまで至った存在であった。

・・・カッコいい! 素敵です! 最高です!

 正に『御伽噺』を超えた真の英雄譚に、俺の魂は激しく打ち震えていた。

「私も《英雄皇》様や他の英雄の方々には強い尊敬と憧れを抱いています。そして、《真祥の巫女姫》様にちなんで名付けられたサフィーリアという自分の名前にも誇りを抱いています」

「サフィーリアさんですか。名乗り遅れましたが、俺はサカキ・エンといいます。『サムライ』と呼ばれる異国の戦士にして、いつかは『英雄』と呼ばれる存在になりたいという夢を抱く者です」

「サカキ様なら、それも夢で終わらないかもしれませんね」

 それまで以上に深い碧色あおいろたたえて輝く彼女の瞳が、それが本心からの言葉である事を物語っていた。

 彼女の眼差しが示すその確信にも似た想いは、俺の心に大きな勇気を与えてくれる。

「はい、その期待に応えられるよう頑張ります」

 俺は、彼女と、これまで自分を信じてくれた大切な存在達の想いに報いる為にも、その言葉を違えない事を自らの心に固く誓った。


 魔術を会得する為の儀式が成功しなかった事を理由に、報酬を固辞するサフィーリアさんを説得し、その半分を受け取らせ、残り半分で生活に役立つ『便利系魔道具』を購入して店の売り上げに協力した俺は、彼女に見送られる形で『魔法屋』を後にした。

 因みに、彼女の店で俺が購入した道具アイテムは、『魔石ライター』、『魔石カンテラ(ランタン?)』、『魔石保冷剤』等である(正式な名前を憶えるのが少し難しいので、自分で勝手に命名しました)


 俺は『魔法屋』を出て、数歩を歩いた所でふとした事に気が付く。

・・・俺が魔術を覚えられなかったのは、決して『知性が足りてなかった』訳ではないですよね?

【その問題に関しては、言及を致しかねます(ノーコメントです)

 そこは、120%の説得力で否定して欲しかったが、取り敢えず諦めて、少しだけ悶々とする事にした。

            ・・・俺の戦いは、まだ終わらない!


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