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(新装)異世界で新生活を始めました。

女将達に見送られる形で宿屋を出た俺は、中央通りの交差点を過ぎて東区の入り口に着くと、先ず生活用品を購入する為に、女将のお勧めである雑貨屋を覗く事にする。

「こんにちは」

「いらっしゃい、広い店ではないのでご自由にご覧くださいな」

 入口脇のカウンターの椅子に鎮座していた店主であろうお婆さんに声を懸けると、なんとも言えない穏やかな笑顔で出迎えてくれた。

 その見掛けからかなりの年配と見える相手を煩わせるのも良くないので、言われた通り自分で必要な物を探す事にする。

 広くは無いが決して狭くも無い店の中をゆっくりと歩きながら目についた品物を手に取り、自分の趣味に合いそうな物を吟味して店内を一周して入口に戻ってくると、店主のお婆さんは居眠りをしていた。

・・・泥棒とかされたらどうするんですかね?

 そんな事を思いながら苦笑を浮かべていると、突然、お婆さんが目を覚ましにっこり笑った。

「おや、済まないね。どうも最近は直ぐに眠くなる様になって、時どき居眠りをしてしまうんだよ」

「いえいえ、居眠りが出来るくらいに平和ならそれに越した事は無いですよ」

 方便とかではなく、純粋にそう思うので思ったままの事を返す。

「でも泥棒とかには気を付けなくちゃいけないですよ」

 余計なお世話かもしれないと思いながらも、品物を盗まれる以上の『万が一』が起こってはいけないと思い、そう付け加えておく。

「ああ、そうだね。でも、この店の品物を幾つか盗む為に、一生犯罪者になろうとは誰もしないだろうね」

「品物等だけで済めばまだ良いですが、それよりも大切なモノもあるでしょうから、充分気を付けた方が良いんじゃ?」

 相手が割に合わないのではなく、自分が割に合わない事にならないようにやんわりと忠告すると、お婆さんは嬉しそうに何度か頷き、満面の笑みを浮かべた。

「アンタさんは、若いのにこんな年寄りを随分と気にかけてくれて、んとも優しいというか親切なおヒトだね」

「年少者が年長者を敬って気遣い、年長者が年少者を慈しみ思い遣るのは、それ程、特別な事でもないと思いますよ」

 そして、更に一言付け加えるなら、『だから、年長者は年少者に敬われる生き方を心掛けなくてはいけないし、年少者は年長者に慈しまれる素直さを持たなくてはいけない』である。

 敬い慈しむ者がそれを当たり前と思っても、敬い慈しまれる者はそれを当たり前とはせず、相手に感謝する事を忘れてはいけないと、俺は、祖父達から教えられてきた。

「それに俺は、もういなくなってしまった祖父や祖母に出来なかった恩返しを誰かにしたいだけですから」

 それを正しく言うなら「恩返し」ではなく、年長者として誰よりも俺の事を慈しんでくれた彼等の恩を裏切り、まともな一生を送れなかった前世に対する「罪滅ぼし」かもしれなかった。

「ほんにまあ、アタシャ、アンタさんみたいなヒトに会えて嬉しくてしょうがないよ」

 そう言って感謝される事に感謝する意味で照れ笑いを浮かべて応えた俺は、律義なお婆さんの姿に亡き祖父の面影を甦らせ、しんみりとした懐かしさを抱く。

 祖父は、『親しき仲にも礼儀あり』という言葉の通り、他者に礼節を求める以上に自らが礼節を重んじ、常に謙虚で実直な人物であった。

 祖父自身も幼い頃に両親を亡くし、祖父母に育てられた身の上であったが、その祖父の祖父である俺の高祖父には兄がおり、その人が放蕩して作った借金に困ると、高祖父は『如何に暮らしを別にする兄弟の事ととはいえ、他者様ひとさまに御迷惑を掛ける訳にはいかない』と自らの財産の多くを売り払ってそれを返したらしい。

 それによってそれまでの裕福な暮らしを失ってしまった高祖父の行いを、周囲の人間の中には『律義者』と揶揄やゆする者もいたが、その高祖父の人柄を敬い続けた祖父は、それを自らの誇りの如く嬉しそうに話してくれた。


 『焔、武士もののふとは、名こそ惜しむ者である。お前も常に自らに恥じぬ生き方を心掛けなさい』


 今思えば、祖父が口にしたその戒めの言葉は、自らの育ての親である高祖父から残された遺言だったのかもしれない。

「俺も、貴女みたいに長い人生の中で多くの経験を積んだ方に、そう思って貰えて嬉しいです」

 自分が褒められた事が嬉しいのではなく、自分をそう育ててくれた祖父母達が褒められた事がとても嬉しくて、俺は素直に感謝の言葉を告げた。

「そうかい、そうかい、じゃあ次も又、是非ともここに買い物に来て、この婆さんの話し相手にでもなっておくれ」

「勿論ですよ」

 その言葉を違えない為にも、俺は、早速この店の場所を『お気に入りに追加』しておく。

 年は重ねても流石は商売人というか、逆に経験の積み重ねを感じさせるテキパキとした手捌きで、俺が購入した商品を買物袋代わりの布袋に入れるお婆さんの手際の良さに、正直、驚かされる。

「はい、全部で3千と150イリルだけど、こんな婆さんを心配してくれたお礼に、サービスで3千イリルで良いよ」

「ありがとうございます。先刻の約束通り、次も必ずここに買い物に来ますね」

 初期投資という事で結構な量を買った割に値段が良心的な上、それに加えてサービス価格に迄して貰って悪いなとは思いつつも、その好意を素直に受け取って、感謝の代わりに次回の約束を口にする。

「はいよ、楽しみに待ってるよ」

 品物の代金を受け取ってにっこりと笑うお婆さんの表情が、その言葉が偽りでない事を如実に語っていた。

「では、又」

 お婆さんから買った物が入った布袋を受け取った俺は、笑んだ目礼を返して店を出る。

 それから人目を避ける様に店の裏手に回った俺は、周囲に誰もいない事を確認すると、買ったばかりの物を《荷物袋ストレージ》に入れた。

・・・うーん、手ぶら、サイコォ~!

 江戸幕府の初代将軍・徳川家康の孫である徳川光圀が、『人生は重き荷を背負って遠き道を行くがごとし…』という言葉を残したと言われるが、やっぱり背負う荷物は少ない方が良いですよね。

 という事で、折角、『天の声』サンの親切で授かったスキルを無駄にしない為に、これからもこのスキルを大いに活用する事にしました。


 雑貨屋に続いて俺が向かったのは、衣服を取り扱ってる店である。

 いつまでも着の身着のままの『着たきりチュンチュン』でいる訳にもいかないし、ポロシャツにジーンズ姿の上に異国風エキゾチックをちょーっと通り越している戦闘衣を纏い、腰に刀を差した今の俺の恰好は、異装をしている人間が多い異世界人の目にも『奇抜エキセントリック』な姿に映る可能性が高かった。

 やはり女将のお勧めであるその服屋を無事に探し当てた俺は、早速、中に入って店の人間の姿を探す。

 すると直ぐに品物を整理して並べてる若い女性店員が見付かった。

「いらっしゃいませ、何かご用ですか?」

 俺が声を掛けるよりも先に、俺の存在に気が付いた相手の方から声を掛けてきた。

 年齢的にはとても若く見えるが、十分に商売慣れしているのか、とても感じの良い笑顔を浮かべて接客してくれる。

「えーと、肌着と下着、後、出来れば旅とかでも使える丈夫な服とズボンがあれば、それが欲しいのですが……」

「勿論、お客さんがご希望の丈夫な布で出来た服もありますが、そちらは結構なお値段がするので、特別長い旅をするのでなければ、普段着としても着られる普通の布で作られた物がお勧めですよ。傷んで破れたりしたら、ウチでお直しも承りますし、宜しければそちらをご案内いたしましょうか?」

 それは彼女が商売人として儲けるよりも、仕事人としての矜持プライドを大切にしているからこその親切心から来る言葉なのだという事が伝わってきた。

いや、多分、状況に応じては長旅に出る可能性もあるので、今の内にしっかりとした準備をしておこうかと思います」

 一応、暫くの間はこの街に腰を落ち着かせる積りではいるが、何分こちらは『右も左も分からない』所か、この世界に関して全くと言って良い程に無知な異世界人である。

 だから、いつ何時、揉め事に巻き込まれて身を隠したりする事になるかも分からないので、それ相応の準備をしておく必要があった。

 それにこれから先の生活を考えた場合、長旅が出来る準備を早い内にしておいても決して無駄にはならないだろうという見当もあった。

「そうですか、こちらも商売としてはその方が助かりますので、それならこちらへどうぞ」

 彼女はそう告げると、店の奥にあるカウンターまで案内してくれる。

「お客さんの場合、特に体型が細いので出来合の物より、ちゃんと採寸してあつらえたモノの方が良いと思うのですが、それですとちょっとお値段と時間が余分に掛かってしまいますが如何致しましょうか?」

「具体的には、どれくらいでしょうか?」

「えーと、値段の方は材料に依りますが、お客さんの体型なら使う布の量的には少なくて済みますし、服の方が一着、複織布を使用で3千から5千イリル、魔物素材を使用しますと一番安くて5千、一番高くて1万イリルくらいで、ズボンは服と同じ素材にして頂ければ、服の半値でお作り致します。別の素材にされる場合は、半値より一割程余分に頂く事になります。上下を同じ素材で何枚か作って頂けるなら更にお安く致します。作るのに掛かる時間の方は、複織布なら服が一着につき六時間くらいで、ズボンの方が四時間くらい、魔物素材ですと種類に依りますが、大体、その倍くらいは必要になります」

・・・『複織布』、…? 意味を察するに重ね織りされた丈夫な布の事でしょうか? 多分そうですね。

 俺は、聞き慣れない単語に少し戸惑うが、言葉の意味からそうだとを察しておく。

「複織布と魔物素材では、どう違うのですか?」

「丈夫さでいえば魔物素材の方が断然に上なのですが、魔物素材は取り扱いが少し厄介で、お手入れの際などに、その素材個々に対するある程度の知識が必要ですね」

・・・成るほど、それなら選択肢は一つしか無いですね。

「それなら複織布を使って、上下二着ずつでお願いします」

「分かりました。他の品物のご案内をする前に、採寸をしますのでこちらへどうぞ」

 その言葉に促されカウンター脇の仕切布カーテンの先にある個室に俺が入ると、彼女は慣れた手付きで俺の戦闘衣を脱がしてくれ、それを丁寧に折りたたんむと腰に差していた同田貫も一緒に預かりカウンターの上に置いた。

 戻ってきた彼女は、手慣れた手付きで俺の身体の寸法サイズを計っていく。

 彼女が動く度に触れるその身体からは、柔らかな感触と温かな熱、そして微かな香水の香りが伝わって来た。

 それを意識する程に俺の心臓の鼓動は早くなり、意識しないようにすればする程、逆に鼓動は強くなっていった。

 その感情が『恋』とは違う他者に対する純粋な好意である事は自分自身が一番良く分かっていたが、永く忘れていたその感覚に、俺は僅かに戸惑うと同時に喜びを含んだ確かな驚きを抱いていた。

 幼い頃、『ホムラ』という名前を笑われた事が原因で、他者に対する不信ともいえる気持ちを覚えた。

 それから何年か経った頃、転校生だった一人の少女に、男友達たちと一緒にやっていた遊びを馬鹿にされた悔しさから、その少女と口喧嘩をした事があった。

 俺にとってそれは自分がされた事に対する「正当な仕返し」だった。

 だが、彼女にとってそれは「不当ないじめ」だったらしく、学級会ホームルームの場で「私が何もしていないのに、焔君が私を苛めます」と報告し、俺は担任の教師から「お前は女の子を苛めて恥ずかしくないのか」という言葉と共に、問答無用で体罰を加えられた。

 彼女の気持ちはそれだけでは収まらなかったらしく、更には彼女の姉とその女友達たちによって、俺は私刑リンチのような仕打ちを受ける破目ハメになった

 俺が馬鹿にされた「仕返し」として彼女にした仕打ちに問題が無かったとは言い切れない、しかし、彼女が俺にした『報復』は今思っても残酷なモノであった。

 それからだろうか、俺は、他者に対する『不信』と『恐れ』を抱くようになり、外の世界に対し臆病になった反面、時には逆に暴力的になる一面を持つようになっていた。

 俺の心の変化と振る舞いの変質に違和を抱いた祖父に理由を尋ねられ、その事を話すと自分も幼い頃に学校の教師から理不尽な仕打ちをされた事があったと話してくれた。

 そして、俺の気持ちを理解した上で、『自分がされて悲しかった仕打ちは、決して他者ひとにしてはいけない。だが、無理に我慢する必要はないし、それが理不尽だと本気で思うなら、他の誰かが同じ想いをしないようにそれと戦える強さを持て』と諭された。

 そう語る祖父の瞳には、懐古と憧憬が入り混じった深い感情の色が宿っていた事を今でも覚えている。

 自らの悲しみを高みへと至る為の糧にする強さを持った『誰か』、それが祖父にとっての『英雄』であり、深い憧れを抱いた存在なのだと俺は知った。


 『恩は得難いが、怨みは得易いモノだから、君には他者ひとに対する恨みは忘れても、他者に対する恩は忘れない人間になって欲しいな』


 名前を笑われて泣いていた俺にそう語ったライシンさんは、自嘲するように苦笑を浮かべていた。

 この世で唯一人の大切な肉親を奪った暴漢に対する深い憎しみと、それを見て見ぬふりをして見殺しにした傍観者達に対する深い憤りを昇華させ、自らの正義を貫く信念へと変えたライシンさんの高潔ともいえる強さ、そこにあった想いと意思を思えば、彼の願いを裏切った嘗ての自分を許す事は出来なかった。

 だからこそ、『彼女』に人生の『り直し』を望み、それが叶って今ここにいる訳だが、昨日はちょっとした苦労もあったがそれ以上の良い出会いがあり、今日に至っては朝から良い出会いが続き、それでは前世の宿業に対する報いが軽いような気すらしてくる。

・・・今朝の『郷愁』といい、今の感情といい、つくづく人間とは周囲の環境によって変わる生き物なんだな。

 『かわやの鼠は臆病だが、米倉の鼠は大胆である。人間もこれと同じで住む所で変わる』という中国の昔話をライシンさんから聴いて、「どっちの鼠の生き方が良いの?」と尋ねて彼を困惑させた事を思い出し、俺は苦笑した。



「お疲れ様です。終わりましたよ」

 女店員さんが口にした採寸の完了を告げる声が俺を夢想から現実に引き戻す。

「お世話になりました」

 その丁寧な仕事ぶりに感心した俺が感謝の言葉を掛けると、彼女は笑顔で応えて、カウンターに置いてあった同田貫と戦闘衣を手渡してくれる。

「では、残りの品物の方をご案内させて頂きますね」

 そう告げられた俺は、『残りの品物』が何であるのかを思い出して、彼女の様な妙齢の女性に案内させるのは、お互いの為に好ましくないかと考える。

・・・嘘偽りなく俺には女性に羞恥的な行為を強要する趣味も、それに興奮する変態的な性癖もありませんからね(本当ホントだからね! ←態々、強調する所が逆に怪しいですか?)

「あの、ついでに普段着として着れる服とズボンを三着づつ、出来れば上下の一着づつは成るべく丈夫なモノを見繕みつくろって貰えますか。残りの物の置いてある場所は先刻さっき見付けたので、自分で気に入った物を選んでここまで持ってきます」

「分かりました。色等の特別な好みはございますか?」

「特にはありませんが、出来れば派手ではなく、色の濃い汚れの目立たないモノをお願いします」

「はい、ではごゆっくりどうぞ」

 俺は彼女の言葉に了解の意を込めて軽くうなずくと、肌着と下着の置いてある場所へと歩いて行く。

 敏感肌のがあって、肌に直接触れる物には綿百%のモノを好む俺にとって、異世界の衣類は安心して身に着けられる品物である。

 念の為に寸法サイズ確認の序でに鑑定してみるが問題無く着られる素材の製品ばかりであった。

 肌着自体は寸法が全体的に大きいという以外、前世で馴染んだモノと形などに大差が無かったが、もう一つの下着の方はこちらの世界では作りが少し違っていた。

 恐らく『ゴム』という前世の世界では普通に存在していた素材が無いのか、或いはまだ普及していない所為せいだろうと思うが、腰の部分に通された細い紐がその役割を果たしていた。

 形で言えば、水泳パンツがもっともそれに似ており、多少の形等の違いはあれ殆どの棚がそれで占められていた。

 そして、驚く事にそれ以外で最も品揃えの種類が多かったのがふんどしに形が酷似したモノであった。

 武士の末裔である俺としては、何とも嬉しい限りであるが、流石にその身に着け方を正しく知らないので購入を断念し、水泳パンツタイプを買う事にする。

 取り敢えず肌着と下着を其々、五枚づつ手に取り、会計をするべく件のカウンターに戻る為、店内を歩いている内にふと、ある重大な事実に気が付いた。

 それは、危険な魔物が徘徊し、いつ何が起こるか油断できないこの世界に於いては、前世で馴染んだゴム仕様の下着より、この世界の紐仕様の下着の方が適切な作りだという事。

・・・だって転んだ拍子とかに下着パンツが脱げたら困るよね。

 前世では基本、笑い話にしかならないアクシデントもこの世界では、生死に関わるトラブルである。

 転んで下着が脱げた所為で魔物に殺されるのは、『一寸ちょっと』というか『かなり』切ない話である。

 その事実に、きっちりばっちり気が付いた俺は、『郷に入れば、郷に従え』という言葉に習い、喜んで異世界仕様の下着に馴染む事にした。


 俺がカウンターの所に戻ると、直ぐに女性店員さんも何種類かの服を抱えて戻ってきた。

「お待たせしました」

「俺も今先刻いまさっき、選び終えた所ですから」

 俺の気遣いに笑顔で応えた店員さんは、持ってきた服をカウンターに並べて簡単な説明をしてくれる。

 それをざっと見まわしてから俺は、自分の趣味と好みに合ったモノを選ぶ。

 それらと俺が持ってきた品物の代金(結構な量の買い物をしたが合計で8千イリル弱で済み、品物の質に対して余りにも安くて正直驚かされた)を精算した店員さんは、手慣れた手付きで俺が差し出した荷物袋に購入した物を入れてくれる。

 そして、先程注文した分の内容を注文書に書き込み、最後に完成予定日時と共に自分の名前を記す。

・・・アルティアーナさんですか。素敵なお名前ですね。

 ナンパ目的と思われても困るので口にはしなかったが、何故か純粋に好印象を感じる名前に思えた。

 それを不思議に感じる俺の前に、アルティアーナさんは注文書と羽ペンを差し出す。

 その注文書に書かれてる文面の一部から、それが注文書と同時に売買契約書でもある事に気が付いた俺は、彼女の名前の描かれた上の部分に自分の名前を記そうとしてその手を止める。

「済みません、異国流れの身なので、この国の文字ではなく、自分の国の文字で書いても問題ありませんか?」

 話す言葉や書かれている文字はスキルの効果で理解する事が出来るが、文字を書く事は出来ない筈である。

 流暢に会話し、問題無く文字を読む俺の様子から、『異国流れ』という存在であるとは思えなかったのか、アルティアーナさんは、一瞬、違和感を抱いた表情を浮かべるが、直ぐに笑顔になると「それで構いません」と言ってくれた。

「お買い上げありがとうございます、注文オーダーの品物の方ですが、出来次第、ご連絡を入れる事もできますが如何いたしますか?」

「特別、急ぐという訳ではありませんが、それなら『森の憩い亭』まで連絡をお願いします。俺は、サカキ・エンといいます」

「サカキ様ですね。承知いたしました」

 丁寧なお辞儀で返答する彼女に笑顔で応えながら、俺はふと抱いた疑問を尋ねてみる。

「所で、ちょっとした疑問なんですが、品物の注文を一方的にキャンセルして受け取らなかったり、品物に文句を付けて代金を払うのを渋ったりしたらどうなるのですか?」

 自分でそんな事をする積りはないが、世の中にはそういう事を平気でする輩がいるのも事実である。

「訴えて牢屋にブチ込みます」

・・・今までで見た中でも最高といえる良い笑顔でそう応えるアルティアーナさんは、凄く素敵でした(ガクガク、ブルブル)

 因みに、三回連絡を受けて取りにいかないと本当に牢屋に入れられる上に、違約金まで余分に取られるそうです。

・・・正に「仏の顔も三度まで」ですね。


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