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(新装)街でリスと戯れました。①

は夢に生き、夢に死する者、絶対なる夢の信奉者にして、他者の夢を喰らい在り続ける者。その稀有なる意思を以って、運命という鎖を断ち切り、宿命という名の試練に打ち克ち、英雄の御座へと至りて世界を保ちし者なり。汝は、如何なる夢を抱きて此処に在り、如何なる意思を以ってこの世界に臨まん?』


・・・俺は……。

 その問いに示される『彼』が何者かは分からないが、『世界を保つ』という偉業を成した存在が抱いたその強き『意志』に比べれば、『英雄に成りたい』という俺の想いは単なる『意思』に過ぎず、『意志』と呼ぶには余りにももろく、その存在が求める『答え』とはならないだろう。

 そんな気持ちが俺に求められた問いへの応えを躊躇ためらわせた。


『夢に惑いし者よ。汝の真摯しんしなる魂にむくい、導きの言葉を贈ろう。強き想いは意思となり、まがう事無き意思は全てを凌駕りょうがする。この残酷なる世界に産み落とされし魂の迷い子よ。汝の稀有けうなる魂を以って、再びこの世界に真なる自由に培われた秩序を取り戻してくれ』


 それは穏やかでありながら強い想いに満ちた切望。

 或いは、深い信頼に満ちた希望ともいえる願いであった。

 知る筈が無い遥かなる『過去』、自分では無い『誰か』、そして『声の主』とは異なる別の『存在』が求めた願い、それらに既視感にも似た懐かしさを憶えて、俺は半覚醒状態に浮かされた浅い眠りの中で涙を流していた。


 その理由わけも解らずに流れる出る涙に戸惑いながら、俺はゆっくりと確かな覚醒の時を迎える。

 はっきりとした意識を取り戻した俺は、湧きあがる気恥かしさから、慌てるように掌で頬を濡らす涙を拭った。

 肌に感じる空気の違いと瞳に映るいつもと違う光景に一瞬だけ呆ける。

「……夢じゃ、無いんだな……」

 この見慣れない場所がどこかを思い出した俺は、自らの死という事実より、別の世界へと転生したという現実の方に心を傾ける。

 その現実が本物リアルである事を確かめる為に視線を窓の外に移すと、まだ明けない夜の空とその下に広がる異世界(件の『彼女』が言うには、この世界は『おおむね』の異世界らしいが、この際、俺の主観によりこの世界は『異世界である』と認定する)の街並みが広がっていた。

 前世でいうなら中世ヨーロッパ風の街並みというのが相応しいその景色の中には、文明という便利さを追求した結果失われてしまった多くのモノが、今も尚残されているのだろう。

 惰眠を貪る事をこよなく愛する反面、興奮すると全く眠れなくなる性質たちの俺は、寝台ベッドに横になりながら、まだ見ぬ異世界の不思議と神秘に想いをせ、童心に返ったように心を弾ませた。

 昂ぶる気持ちを何とか落ち着かせ、横になったまま周囲に耳を澄ませてみると、幸いな事に階下の方から人の声が混じった微かな物音が聴こえてくる。

 そこから女将が朝の準備をしている気配を感じ取った俺は、自らも朝の準備をする為に身体を起こした。


「おはようございます、女将。こんなに早くからご苦労様ですね」

「おはようございます。昨夜ゆうべはお疲れのようでしたし、よく眠れられたようですね」

 階段を下りた先に女将の姿を見付けたので、朝の挨拶と労いの言葉をかけると、穏やかな笑顔で応え挨拶を返してくれた。

「おはよう、サカキさん! サカキさんは、おねぼうさんだね!」

 女将の背に負ぶさる様にして、その肩口からひょいっと顔を出したアーテが、昨夜の仕返しとばかりに意地悪な笑みを浮かべて元気に挨拶をしてくれる。

 その言葉に促された訳ではないが、周囲に視線を配ってみると、食事場のテーブルはほとんどが埋まり、そこで食事を取っている人達の大半が既に食べ終えようとしている状態であった。

「それにしても、アーテは随分と早起きなんだね」

 女将やアーテの反応、周囲の様子に少し違和感を覚えながらも、俺はそう正直な感想を口にする。

「アーテが早起きなんじゃないよ。サカキさんがおねぼうさんなんだよ」

 俺への意趣返しが効果無しだった事に毒気を抜かれたアーテは、少し呆れた様に笑って先刻さっきと同じ言葉を繰り返した。

 目が覚めた時にはまだ夜が明けてなかったし、起床して準備を整えるのに掛かった時間も僅かである。

 備え付けられた窓から外の様子を一瞥してみても、夜明け前の暗さが確かに存在していた。

「サカキさん、顔を洗ってくれば、きっと頭もスッキリするよ」

 互いの感覚のズレに違和感を強くし困惑する俺の姿に、まだ寝惚け状態なのだと思ったのか、アーテはある意味で至極当然な提案をしてくれる。

「はい、そうして参ります」

 正直、アーテの俺に対する寝坊扱いの反応に理由わけが分からなくなるが、この世界に於いては夜明け前から活動するのが普通らしいという事だけは理解し、『借りてきた猫』の如く神妙な気分でそれを受け入れた。

 そんな俺に微笑ましいモノでも見るような穏やかな笑みを浮かべた女将が、宿の裏口の外に在る洗面場所を教えてくれた。


 階段脇の通路を抜けた先にある裏口を出るとそこはちょっとした広さのある裏庭になっていた。

 その一角に水汲みの為の井戸と荷物を置く為の木製の簡素な台があり、台の上には汲んだ水を入れる桶が用意されていた。

 所謂ところの釣瓶式と呼ばれる井戸を目の当たりにした俺は、その姿に時代劇好きだった祖父の事を思い出し、少しシンミリとした気持ちになりながら初めての井戸での水汲みに挑む。

 釣瓶井戸からの水汲みは想像よりも難易度が高く、必要な水の量を確保するのにかなりの苦戦を強いられる事となる。

 それでもなんとか充分な量の水を桶に確保した俺は、早速その水で顔を洗うが、洗い終えてから顔を拭く布を用意し忘れたという重大な事実に気が付いた。

・・・かくなる上は致し方なし、背に腹は代えられないという事で、この失態の恥と共に服の裾で拭っておくか!

「はい、これどうぞ」

・・・っ!

 無駄に格好付けて自らの失態を誤魔化そうと画策していた俺は、突如現れて手拭布タオルを差し出すアーテに驚き、一瞬ビクっと身体を震わす。

「うぬぅ、かたじけない」

 俺は『ありがたい』と『恥ずかしい』が完全一体となった今の気持ちを表すのにこれ以上ない最適な言葉で返事を返す。

 しかし、当然ながらその言葉を聞き慣れないアーテは、状況的に感謝の言葉だと理解すると、「のんびりしてると朝ご飯が冷めちゃうよ」と笑顔で告げて、トテトテと駆けるように宿の中に戻って行った。

 それを自然と浮かんだ笑顔で見送った俺は、渡された手拭布で顔を丁寧に拭くと、桶に残っていた水を井戸から少し離れた場所に撒き捨てる。

 空になった桶をあった場所に戻した俺は、その台の隅に置かれている小さな鏡の存在に気が付いた。

 精神的な部分ではナルシストであるが、物理的には違う事を自覚している俺だが、身だしなみを確認する為に一応、のぞいてみる。

「(……本当に若返っている)」

 そこには、確かに記憶として残っている嘗ての若かりし頃の自分の姿があった。

 鑑定による能力値ステータスの一端である『年齢』が、『19才』となっている事を情報として知ってはいたが、実際に若返った自分の姿を目の当たりにしてみると、懐かしいという気持ちと共に少なからぬ違和感を抱かずにはいられなかった。

 俺は元々、年齢としの割りに白髪が多いという点以外では、外見的に若く見られる傾向があったので、その違和感も今の姿を見慣れる事で消えるだろうと思い、鏡の中の自分に心の中で『久しぶり』という言葉を掛けて、その前から去った。

 今の自分の外見を受け入れる気持ちになれば、次に浮かび上がってくるのは、生前の自分が実際に19才という年齢だった頃の思い出である。

 記憶を辿れば、大学に進学して始めた一人暮らしにも慣れ、そこで本当に自分が求める多くのモノを学ぶ事により、その人生の中で理想を夢見られるくらいに、最も真っ直ぐに現実を生きていた頃だった気がする。

 今思えば、正に青春時代と呼ぶに相応しく、とても懐かしい日々であった。

 そして、それは俺の人生に於ける一番最初の大きな別れを経験した時でもあった。

 年の離れた友の様であり、兄の様であり、人生の師であったライシンさんが、自らの志を叶えるべくその死を偽装し、単身で暴力革命主義者達テロリストの巣窟と化した彼の国に渡り、義勇兵として戦いその生命を潰えさせたのも丁度この頃だった。

 偽装された彼の死を悼み、彼との約束を果たす為に懸命に努力し、そして、本当の死の事実とそれに関する世間の扱いに絶望にも似た想いを抱き、それからどこか斜に構えて生きる様になった俺を、それでも祖父母達は時に温かく時に厳しく扱い続けてくれたが、彼らの死によって孤独になった俺は、自らの孤独を言い訳に更なる孤独を求める様に振る舞い、自分の事を気にかけてくれ続けた無二の友すらも遠ざけ、その彼を窮地から助ける事が出来ずに死なせてしまった。

 俺は、その後悔を胸に自戒と反省を忘れないようにしようと、それからの人生を生きてきたが、結局、自分から大切な存在を奪った者達に対する恨みを忘れられず、孤高を気取り孤独を求める自分を変えられず、社会に馴染めず世間から孤立し、そして、酒に溺れた自堕落な生活が祟って身体を壊し短い生涯を終えた。

 思い起こせば情けなく莫迦げてるともいえる最後であったが、その人生を『恥』と感じてもそれに対する『未練』だけは今でも全く感じなかった。

「(あの場所に未練や後悔は無いけれど、それでも大切なモノを残してきた懐かしむべき場所ではあるのだろうな……)」

 一言でそれを表すなら『故郷ふるさと』と呼ぶのが相応しいのだろう。

 新たなる世界に訪れて思う嘗ての世界に対する郷愁、『呪い』ともいえる深い恨みの想いを抱いていた前世の世界に対する、その自分の心の変化に、俺は、本当の意味で自分が生まれ変われたのだと感じていた。

 そんな自分の変化にどこか浮かれる気持ちで見上げた先、街を囲む高い塀の一角に視線を向けると、空が薄っすらと明るみ、夜明けの時を迎えようとしていた。

 新世界で初めて見る黎明の空は、嘗ての世界で見たそれと同じように澄んで美しく、俺はその美しさに息を呑む様に大きく深呼吸をすると、少しのんびりとし過ぎて冷え始めた身体カラダを何度かの屈伸運動で温めた後、アーテの忠告に従い宿の中へと急ぎ足で戻った。


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