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(新装)泣く子と睡魔には勝てません①

「御馳走様でした。女将、本当に美味しかったです」

「それは良かったです。明日の朝も楽しみにしていてください」

「はい、凄く楽しみにしてます」

 合掌して食後の感謝と料理を振舞ってくれた女将に対する礼をする俺と満面の笑みで応える女将。

 その言葉通り明日の朝食が凄く楽しみである。

「アーテもありがとう。美味しいご飯が食べられたお陰で今日一日の疲れが癒されたよ」

 素直に礼を告げる俺の言葉に、アーテは「えへへ」と嬉しそうにはにかんだ笑顔で応えてくれる。

「それじゃ、私は食器を片付けるから、アーテ、貴女はお部屋から石板を持ってきてちょうだい」

「はーい」

 手際良く食器を重ねて調理場へと運んで行く女将と、女将に言われた事に従い奥に在るのであろう居住スペースへと駆けて行くアーテ。

 そんな二人の姿を視線に映しながら俺は、自分が無くして久しい家族の団欒というモノを思い出していた。

 育ての親だった祖父母を亡くし、時に酒食を伴にした親友を突然失ったあの日から、俺にとっての食事は唯生きる為だけに必要とする行為になってしまったが、二人のお陰で『活きる為の栄養を得る』という本当の意味での食事をする事が出来たような気がした。

「あかーさん、石板もってきたよ」

 久しぶりに味わう穏やかな空気に現を抜かしかけていた俺をアーテの言葉が現実に引き戻す。

「はい、御苦労さま。よろしければ、どうぞ」

 アーテを労う言葉と共にそう告げて女将が俺へとお茶が注がれたカップを差し出す。

「ねーねー、アーテには?」

「勿論、ありますよ。でも飲みすぎたら駄目よ。これから眠れなくなっちゃうし、この前みたいに、おね…『わぁー!』…」

「頂きます」

 女将から渡されたカップの中身から漂う香りを嗅いで、それが紅茶の類だと察した俺は、アーテの叫び声によって遮られた言葉に気が付くが、互いの幸せの為に三十六の秘技の内の一つである『聞こえなかった振り』でスルーしておいた。


「えーと、私も実際の所、亡くなった主人やここを利用するお客さんから聞いた話でしか知らないので、正確には知らない部分もありますがそれでも宜しいですか?」

「ええ、勿論、それで構いません」

 逆に自分が生前いた世界の地理を説明しろと言われても正確な説明はおろか、まともな説明すらできないだろう。

 『百聞は一見に如かず』という言葉もあれば、時に正しく覚えていると思っていた事柄にも勘違いは存在するモノである。

 実際、転生の時に女神(?)と交わした遣り取りの中で、『勘違い』を正された事は記憶に新しかった。

「先ず私達の暮らす大地についてから説明しますが、この大地は北を『天の峰』、東を『魔の海』、南を『砂の煉獄』、西を『魔障の森』という過酷な自然環境と危険な魔物達の脅威に満ちた四つの秘境に囲まれている為、『閉ざされた大地』と人々から呼ばれています。極稀ではありますがサカキさんの様に、遠く離れた異国の地からこの大地に流れ着く存在もいるのですが、その人達の殆どは運良く秘境と秘境の境界の周辺に至り、そこから危険な旅を経てこの大地の内地まで辿り着いたらしいです。次に、この大地にある国々についてですが、詳しく説明をするとなると歴史的な部分からお話しする必要があるので、簡単に地理的な所だけ説明しますね。今私達がいるこの大地の内陸部分は、四方の秘境を境にすると凡そ四角形に近い形をしています。そしてその四角を北西から南西の斜めに割る様に南北スーリス大河が流れ、それを境界線とした北東部分を『帝国』ことトゥーオン帝国が領土とし、南西部分を『王国』ことレイスリーオ王国が領土としています。それに加えて少し複雑になるのですが、両国の領土を一つにした領域の略中央に位置する場所には、『神聖教国サルヴェスタ』と呼ばれる聖神教教団の総本山となる国が存在します。スーリス大河を南北に分けて呼ぶ理由はサルヴェスタの教皇府が大河を跨いだ両岸に築かれているからで、教皇府より上流が北スーリス大河、下流が南スーリス大河と呼ばれています」

 女将はそこまで説明すると一息吐く形で自分のカップに口を付ける。

 充分丁寧な説明ではあったが、その内容を頭の中で必死に整理してみても漠然としたイメージしか湧いてこなかった。

 そんな俺の肘をアーテがツンツンと指で突っつき、持っていた石板を見せてくれる。

 そこには、女将が説明した内容を示す簡素な地図が描かれていた。

 そのアーテの描いた地図によって、俺は女将が説明した内容をきっちりと理解する。

 その中で一番に驚かされたのは、四つの秘境の位置関係である。

 東西南北四つの方角に存在するそれら全ての秘境が、対となる方角を除いた他二つの秘境と完全にくっついていた。

 過酷にして危険な秘境同士が繋がり人々が暮らす土地を囲むその環境は、正に『閉ざされた大地』と呼ぶに相応しいモノだった。

 それは外から訪れる侵略者を阻む壁であるのかもしれないが、俺には、人々を捕らえて逃がさない牢獄の鉄格子の様に思えた。

「次にこのファシアンの街についてですが、この街はトゥーオン帝国からレイスリーオ王国が独立建国した戦いの際に、帝国の時代から『西の砦』という名で砦城として使われていた場所が発展して出来た街で、王国の都であるギヴィニーが奪われた時には、その代わりとなる場所ということから、別名で『西都』とも呼ばれています。実際の地理的に言うと王国の領土における北西部分に位置するので、西の都と呼ぶのは正確な表現とはいえないのですが、王国建国の頃よりそう呼ばれているので今ではそれが当たり前になっています。この街の南門を出て街道沿いに行った先には王都ギヴィニーがあり、西門を出て街道沿いに行った先には複数の開拓村があり、その更に西に『魔障の森』が広がっています。北門を出て街道沿いに行くと途中で幾つかの枝道に別れ、真っ直ぐ北に進めばスーリス大河の源流域がある『天の峰』の西方部に至り、枝道を西に進めば『天の峰』と『魔障の森』の境界に、東に進めばスーリス大河の上流に至りますが、王国と帝国の領土を分ける境界線という事で、常に警戒の為の見回りが行われているので余り近づかない方が良いですね。東門を出て街道沿いに行くと途中で街道が南北の二つに分かれ、北に進めば帝国に行く事が出来ますが、スーリス大河に架けられた大橋の前に検問所があり、通行証を持ってないと通してもらえません。街道を南に進むと街道が更に二つに分かれ、それを南に進めば王都に行く事が出来、東に進めば神聖教国に行く事が出来ますが、こちらも教皇府の許可が無い人間は入国できません。王都の南門を出た先も似たような感じで途中で別れる街道を通って、神聖教国や帝国、それに『砂の煉獄』、『魔の海』に行く事が出来ます」

「この地図通りだとすると、王国領は全ての秘境と直接繋がっているが、帝国領は『天の峰』と『魔の海』としか直接繋がっていないのですね」

「ええ、そうですね。でも、王国の方が多くの資源と恵みをもたらす『天の峰』と『魔の海』に面する領土を広く持つ帝国を羨んでいるというのが実情です」

「鉱山資源とか塩等の海産資源ですか?」

「はい、その通りです。それと『魔障の森』には『大氾濫』、『砂の煉獄』には『大嵐』による農地への深刻な侵災被害という脅威が付き纏うので、王国の中にはより豊かな帝国領を手に入れたいという思惑も存在しているみたいです。帝国の方にしてみても、元々は己の領土であった王国領を奪い返し嘗ての栄華を取り戻したいという想いがあり、それに加え『魔障の森』の魔物達から採れる良質な魔石を自由に手に入れたいという思惑を抱いているみたいですので、この先いつ戦争が始まってもおかしくは無いのかもしれません」

 相互いに領土的野心を抱いている状態で睨み合う両国の関係は、所謂、冷戦状態というヤツなのだろう。

「とすると、神聖教国という存在が両国の間に立って、中立的な立場からそれを宥めてるという感じなのですか?」

「ええ、表向きはそういう事になりますね」

「?」

「神聖教国の神様は、いばりんぼうで意地悪だから、それを信じているキョウコウ様もいばりんぼうで意地悪な人なんだよ」

「?」

 女将の言葉の意味を計り兼ねる俺の思考をアーテの発言が更に混乱させる。

「神聖教国が説く聖神教の教えでは、この世界を造り、この大地を人間に与えた世界神様こそが唯一尊く、その他の神様はその世界神様を助ける為に存在する従者であり、世界神様以外の神様を信仰する者には真の神の祝福は与えられないとされています」

「だから、神聖教国の偉い人達は、世界神様を信じていない人が困っていても、神様のシレンだと言って助けてくれないんだよ」

 『窮鳥懐にれば、猛禽もこれを殺さず』という言葉があるが、『猛禽』どころか『聖職者』が信者とそれ以外を差別するとは、最早腐っているとしか言えない話である。

「そんな事をされて他の神を信じる人達は平然としているのですか?」

「それぞれの神様に仕える立場にある方々で意見は多少異なりますが、誤った教義を正す為に相争うより、正しい教義を世の人々に伝える為に自らの正しい信仰を貫く事を神様も望んでいるという事で、聖神教の教義に対し特別な反論をする事はしていませんね」

 言葉で間違った相手を正すより、正しい行動を示す事で周囲に味方を増やすという遣り方に、それも一つの方法なのだと理解する。

「神聖教国の教皇が事実通りの俗物だとすると、両国の争いを利用して自分達の利益を図ろうという腹積もりという訳ですか……」

 地理的な位置関係を考えれば、教国を味方に着ける事でその領土を通って相手の都に奇襲の先制攻撃を仕掛けたり、信徒達を利用して戦いを有利に運ぶ事も容易な筈である。

「実際のところは噂でしかありませんが、帝国の中には、聖神教以外の信仰を弾圧し、神聖教国の協力を得るべきだという意見を持ってる貴族もかなり存在するみたいです。それが事実だとすれば、この王国の貴族の中にもそれを考える存在が出てくるかもしれません」

「信仰が政治を利用し、又、政治が信仰を利用する。本来、信仰とは心の苦しみに苛まれる人々の魂を救う為のモノであり、政治とはそこに暮らす人々の幸せな生活を護る為のモノである筈。それを己の利益や欲望の為に利用するとは、正に外道の如き振る舞い、この手で正せるなら正すモノを……」

「サカキさんは、お父さんみたいです」

 独り憤り熱くなって暴走しかける俺の思考を、アーテの一言が冷ます。

「主人もそうでしたが、貴方は他者ヒトの為に本気になれる人間ひとなのですね。それに、そんなにお若いのに落ち着いた考えを持っておられて、私も正直、驚かされました」

・・・俺の『オッサン臭さ』……、否、年齢としに似合わない落ち着きはそういう仕様だからです。実際の所、魂の年齢は四十の一歩手前で女将より少し年上という程度だが、生前を思い起こせば、若い頃から の落ち着き具合によって付いた渾名が『若年寄』である。齢四十も近い現在の魂に相応しい渾名は最早『老中』とか『家老』なのでしょうか?

 という冗談は置いといて、今の俺という存在を形成したのは、育ての親である祖父母が都度に口にした訓示ともいえる教えの数々と、決して子ども扱いする事無く常に対等な一人の人間として俺と向き合ってくれたライシンさんの存在であろう。

いずれにしろ、王国と帝国、そして教国の思惑の次第によっては、大きな戦が起り得るという事ですか……」

 俺は『起こる可能性が在る』という注意ではなく『起こる危険が在る』という警戒が必要となるきな臭さを持つ状況としてそれを認識する。

 俺自身は戦争というモノを現実には知らないが、それを己の身で知っている存在から伝え聴いているし、他の人間以上に知ろうとして努力してきたという自負も持っている。

 桑の葉を巡る諍いが原因で国同士のいくさを起こすのが人間である事を知れば、権力ちからを持つ者の思惑一つで何時戦争が起きてもおかしくない事を理解できた。

 人間と人間が獣の如く生命を奪い合う戦争で一番の犠牲になるのは『人間』である。


『救えるから救うんじゃない、救いたいから救うんだよ』


 目の前にいる心優しき『人間』である母娘を犠牲にしようとする権力者達の身勝手な思惑に、再び憤りの炎を燃え上がらせようとする俺の脳裏で『彼』の言葉が甦った。


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