1 Summer Without You
講義が長引いて、俺は急いで部屋から出た。話があると呼び出された欅の下に少し遅れて到着した。既に彼女は影の中に寂しげに座っていたので、その横に並んで座った。
彼女は一向に口を開かなかった。やっと開いたと思うと、気候が暖かくなり始めたせいか、喉が渇いたと言うのだ。俺は彼女の言う通り、二人で木陰から目の前のカフェに移った。コーヒーが机に二つ並んでからも、彼女は少しの間、うつ向いたまま黙り込んでいた。
そして、やっと顔を上げて俺の目を見つめた瞳には涙が浮かんでる。彼女の整った可愛らしい顔は歪み、震えた唇を小さく動かして呟いた。
「どうして好きになったんだろ……」
大学に入ってから、1番に気の合う女友達である彼女は今日、交際してから数日で彼氏に別れを告げられたのだという。交際に至るまでの相談も受けていたので、俺も悲しい気持ちになった。
カフェの中は、周りの学生達の教授の愚痴や、バイトの話、恋の話、色々な言葉で溢れて返っている。彼女に、なんと言ってあげれば良いのだろうか。顔に手を当て、うつむいて肩を震わす彼女は、なんと言えばまた笑顔を取り戻してくれるのだろうか。答えが見つからず、俺まで黙り込んでしまった。
「恋は、楽しいものね」
ふと、恋の話をしていた女の子のグループからそんな言葉が聞こえた。俺はこれに似た言葉を知っている。
同時に、嫌に耳に響くあの叫びが学生達の話を止め、カフェの中は一瞬その叫びで満たされた。影を落としてくれていた窓の外の欅から、蝉の声が春の終わりを告げたのだ。そして、夏の始まりを宣言した。今年も春が終わり、また夏が来たのか。何度目になるだろう、君のいない夏は。走馬灯のように、また思い出が頭の中で再生される。
君なら彼女になんと言うだろう。きっと君ならこう言うだろう。
「恋は、苦しいものなんだよ」
俺は黙って彼女が泣き止むのを待つことにした。君の……糸織との思い出を歩きながら。