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「宝石界では赤いルビー以外は、どんな色でもサファイアと呼ばれるので、宝石の中に入った本――つまり、サファイアではない仲間外れの色は赤です。だから、私が選ぶ本は、白雪姫でも青い鳥でもない【赤ずきん】です!」


 教室に入って早々そう言う私に、フランケンは本から目線をそらさず「そうデスカ」とだけ呟いた。その口の端が満足げに少し上を向いているのを見て、自分が出した答えに自信が持てる。山犬はというと、少し面食らった顔をした後、朗らかに笑った。


「それでは本の中へどうぞ」


 私は山犬に促されるまま【赤ずきん】の本を包み込む冷たいサファイアにそっと触れた。


「仲間外れ――見つけた」


 私の言葉に呼応するように熱を発し始めたサファイアがルビーのように真っ赤な光を発する。あまりの眩しさに宝石に触っていない方の腕で目を覆った瞬間、足からプールに飛び込んだ時のような感覚が押し寄せ、一瞬息がつまる。反射的に息を止めていると、後ろからポンッと肩を叩かれた。


「そんな息詰めんでも大丈夫だって」


 聞きなれない妙なイントネーションに、大きくてフカフカの手の感触。恐る恐る目を開くと、目の前には赤ずきんが寄り道した花畑のような綺麗な光景が広がっていた。


「おめでとう。スタンプ押させてもらってもいいかな?」


 やはりイントネーションには慣れないが、優しいその声にホッとして、私は詰めた息をゆっくりとはき出した。強張った体から力を抜いてお守りを差し出した瞬間、私の息は再び止まった。


「はい、これが青龍のスタンプ。後は白虎で全部……って、どうしたん?」


 お守りの裏には、長い舌を出した龍の印が青い光を発していた……が、私はそのスタンプの輝きよりも、目の前でギラギラと輝く鋭い歯の方に目がいっていた。胸元の開いたグレーのパーカーに黒っぽいデニムのパンツ、そこから伸びた長い手足は真っ黒でフサフサの毛に覆われており、手と足には鋭い爪、背後でうごめく大きくて黒い尻尾に、首から上の狼の頭……。


「あ、ごめんな。もしかして近すぎた? 実は近眼で……遠くのモノの位置とかは分かるんだけど、近くのモノは……」


 慌てて私から距離を取った彼は、緊張したままの私を見て、さらに慌て始めた。


「ほら、狼男って人間よりも口や鼻の位置が目から遠いやん。それに、人間の距離感とかイマイチ分かりにくくてなあ。だから、その――」


 その様子を見ていたら、一気に力が抜け、今度は笑いが込み上げてきた。


「ごめんなさい、ちょっと驚いちゃいまして。スタンプありがとうございます」


「え、ああ、それなら良かった。ほんと――良かったあ」


 笑顔を見せた私にホッと息を吐く狼男の姿に、なんとなく微笑ましい気持ちになる。よく見ると、彼の胸元のモフモフの毛の中に、キラキラ輝く青いスタッフの証が光っていた。


「そのう……そろそろ説明、良いですか?」


 少し眠そうな声で大きな岩の上からぴょんと降りてきたのは、頭に黒いウサギ耳を付けた青年だった。黒と白のボーダーのTシャツに、ダメージジーンズという風貌の彼は、さながら囚人服のようだった。もちろん、彼の胸元には赤いスタッフの証が輝いている。


「ああ、説明は大事だね~」


 何故か歌うように言いながら、金色のマイク片手に木の横に立っていたのは、これまた何故かピンクのウサギの着ぐるみを着た誰か。胸元には青いスタッフの証が揺れているが、綺麗な声とクネクネとした足取りに、笑顔が張り付いたウサギの顔……どうも反応に困る化物(?)だ。


「じゃあ、説明は俺、スケルトンからまとめて。良いですかね?」


 カラカラという音と共に花畑の中央から立ち上がったのは、人骨――魔法使いのようにズルズルと長く黒いマントを着た彼(?)は、テキパキと他の一匹と一羽と一体を横に整列させた。彼の胸元にあるスタッフの証は赤い色だった。


「ここでは、あちらの世界に帰るための鍵を手に入れるため、鍵を持っているのが誰か当ててもらいます。黒ウサギが持っている鈴が一回なったらスタートで、二回なったら終了です。ただし、この中には鍵を持たないウソツキが混じってます。ウソツキに騙されないで、鍵を手に入れて下さい」


 完全に説明口調の人骨――スケルトンがバッと鍵を掴むようなアクションをしたところで、私は控えめに手を挙げた。


「あの、質問、いいでしょうか?」


「なんでしょうか?」


「えっと――ウソツキって何人いるんですか?」


「すみませんが、その質問に答えることはできません。でも、皆の発言を聞いていればすぐに分かるはずです」


「あ、そうですか……ちなみに、もし間違えたりなんかしたら――」


「その時点でゲーム終了ですね。だから、間違えないようにしっかり考えて下さい」


「え――」


(それって、すごくヤバイってことじゃ――)


「それでは……スタート」


 無情にも黒ウサギがシャン――と一回鈴を鳴らす。それを合図に、左にいるスケルトンから順番に話し始めた。





「俺はウソツキじゃないです。でも、狼男はウソツキなので信じないで下さい。あと、鍵は私が持っています」


 その発言に、スケルトンの隣にいた着ぐるみが歌うように言う。


「えぇ~、スケルトンはウソツキだねぇ。あ、僕は鍵を持ってないよ」


 両手を広げて鍵を持っていないアピールをする着ぐるみの隣にいた黒ウサギは、眠そうな目をこすりながら発言する。


「ええと、この中にはウソツキなんていないです。それから……鍵はスケルトンさんが持っています」


 黒ウサギの隣の狼男は、ギュッと右手を握りながら言う。


「黒ウサギの言ってることに騙されたらいかんよ。あいつはウソツキで、俺はウソツキじゃない」


 シャンシャン――と黒ウサギの鈴の音が終わりを告げる。シンと静まり返った花畑の中、仲良く戯れる青い蝶が私の目の前を横切った。





「それで、あなたは誰がカギを持っていると考えますか?」


 スケルトンの空虚な目のくぼみがじぃっとこちらを見つめる。


「えっと……一度状況を整理していいですか?」


「良いよ。時間制限はないからな」


 独特のイントネーションで狼男さんが頷いてくれたことに安心し、私は一つずつ整理することにした。


(まず、変なのは黒ウサギさんの言い分だよね? これじゃあ、皆が正直者になっちゃうけど、そこで皆がウソツキをあげてるのはおかしい……。だから、黒ウサギさんは間違っていることを言っているってことになる。次に、狼男さんは、嘘をついている黒ウサギさんをウソツキだって言ってるから正直者ってことになるよね。それから、狼男さんをウソツキ呼ばわりしてるスケルトンさんは間違ったことを言ってるからウソツキってことになって、嘘をついてるスケルトンさんをウソツキって言ってる着ぐるみさんは正直者。ウソツキは鍵を持ってないから、鍵を持っているのは――)


「狼男さん?」


「はい。狼男ですが、何か分かった?」


「あ、鍵を持ってるのは狼男さんですよね? ウソツキは黒ウサギさんとスケルトンさんで……」


「やあ、大正解ですね~。ほらほら、狼男くん、速く鍵を出してあげなよ~」


 着ぐるみが狼男を肘で軽く小突くと、狼男は右手に握っていた金色の鍵を笑いながら渡してくれた。


「良かったなあ。正解ってことでこの鍵はあげるけど、あっちの世界にちゃんと帰りつくまで、絶対失くしちゃダメだからな?」


 狼男は、鍵を握った私の手の上から柔らかく手を握ってくれた。そのフカフカの手の感触と、心地良い温度に、小さな頃に大きな犬のぬいぐるみへと抱きついた時のことを思い出した。


「扉の準備……できましたよ?」


 黒ウサギの言葉に後ろを振り返ると、大きな二本の木の間に青い扉が設置されていた。


「それでは、またの機会にお会いしましょう」


 スケルトンが手を振るのに合わせ、他の皆も手を振る。私はその光景を目に焼き付け、鍵を回して開けた扉をくぐり抜けた。ここに来た瞬間とは逆に、今度は水から上がるような感覚が一瞬通り抜け、ふと目を開けた先には青い宝石の中にある赤ずきんの絵本があった。


「あ――戻ってきたの?」


「そのようデスネ」


 横を見ると、椅子に座って本を読んでいるフランケンの姿があった。辺りに山犬の姿が見当たらず、思わずキョロキョロしてしまう。


「ちなみに、山犬は休憩の時間デス」


「あ、そうなんですね。あ、その……この本、ありがとうございました」


 忘れかけていたコランダムの本を差し出すと、彼は読んでいた本を閉じて受け取ってくれた。


「……山犬とは病んだ犬。つまり、病犬ヤマイヌとなりマス。どんなに外見が良くとも、嘘を見抜き、噛まれることがないよう気を付けるべきカト――」


 フランケンのゴーグルの奥の瞳がこちらを見つめる。ガラス玉のような赤と青の瞳は、嘘を言っているように見えない。


「ありがとうございます。その……気を付けますね」


 私がニッコリ笑うと、フランケンは再び本を開き、また同じ姿勢で読書を始めた。その後ろ姿を見ながら、私は教室のドアを閉める。


(外見に騙されるな――か。うん、気を付けよう)


 私は、そう心に決め、少し日が落ち始めた廊下を走り、最後のフロアへと向かった。


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