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「誠に申し訳ありません!」


 目の前には、壁に向かい土下座する男性……。


「あ、あのう、誰にもケガはなかったので、そんなに謝らなくていいですよ」


「いいえ、私の気が収まりません!」


 額を床にこすり付けながら土下座している青白い肌の男性は、紅く縁取りされた青いチャイナ服に青と紅のチャイナ帽を被り、額にはミミズが這ったような奇妙な紅い文字が書かれた黄色いお札らしきものが貼ってある。彼の風貌から、彼が何なのかは分かったが、彼が平謝りする姿に困ってしまい、隣にいた黒猫を見上げる。


「キョンシーくん、もうその辺で大丈夫だから。それに、そっちは壁だから……」


「あ、はい。本当に申し訳ありませ――って壁?」


 あたふたとするキョンシーの背を見ながら、苦笑する黒猫の横顔を見つめる。


(私、黒猫に助けられたんだよね……)


 階段から落ちる瞬間、黒猫が私を抱えて見事な着地を見せてくれた。そのおかげで怪我人はいない。階段前の廊下には、後ろから追いかけてきていたと思っていたリザードマンの姿はなく、私が引っ掛かったキョンシーだけがいた。


「それで? キョンシーくんはこんなところで何してるの?」


「あのう、実はですね、さっきここを歩いてたら、誰かに頭を思いっきり殴られまして――後ろからだったこともあって、その瞬間にポロッと落っことしちゃったんですよ」


「ああ、またいつもの? それで、今回はどっちの目?」


「両目です。それで見えなくって困ってたんですよ」


「じゃあ、探すの手伝うね。前みたいにキョンシーくん自身が踏んずけちゃったら大変だし。アレって高いんでしょ?」


「はい。どんな魔法アレルギーの化物にもぴったりフィット、魔法感知ゼロが売りの特注品ですので」


 壁を向いたままのキョンシーの襟首を掴んだ黒猫は、私を安心させるようにニッコリと微笑んだ。


「それでは迷子の人間さん。あなたは一人でイベントに戻ってもらえますか? さっきのモンスターのような輩が入ってこないよう、警備体制も見直すので――」


「あ、あの! コンタクト探しなら私も手伝います!」


 黒猫は目を真ん丸にして驚いているようだが、私はアリスが言った【アイツ】が黒猫ではない確信が欲しかった。


(最初からずっと優しかった黒猫さん。私を助けてくれた黒猫さん……そんな黒猫さんが、あんな血みどろなことをするなんて思いたくない!)


「え、でも、イベントには時間がありますし、それに……」


「でも、困ってるんですよね! 微力ですがお手伝いを――」


「その必要はありません」


 私の決意を踏みにじるように冷たい言葉を発したのは、神経質そうに白いウサギ耳をピクピクと動かす青年だった。


「一つだけ目玉焼きの中に混じっていましたよ。まったく、自分の目玉くらい自分で管理して下さいよ。おかげで露店の一つが一時営業停止になってしまったじゃないですか」


 そう言う白ウサギは、キョンシーの手のひらに、緑色の瞳の目玉を一つ置いた。


「ヒッ――」


(落としたのってコンタクトじゃなく、目玉!? 目玉本体ッ!?)


 手のひらで転がった目玉とバッチリ目が合ってしまい、思わず側にいた黒猫に飛びついた。その瞬間、黒猫から何やら甘い香りが漂い、一瞬クラッときた。


「さっきの申し出はとっても嬉しかったですが、とりあえずは大丈夫そうです。その、グロイモノを見せてごめんなさいね」


 黒猫に背中を押され、私は動揺を隠せないままフラフラとした足取りで山犬とフランケンが待つ教室へと足を進める。脳裏には、あの緑色の瞳の目玉が焼き付いて離れなかった。




 ☆ ☆ ☆




 片目のキョンシーは自分のもう一方の目を探しに行き、残った白ウサギと黒猫は廊下を歩いていた。


「それで黒猫さん。廊下の壁に付着した警備員の残骸はどういった理由ですか?」


「アリスのお気に入りを故意に傷つけようとしたからかな」


 ニッコリと笑う黒猫の言葉に、白ウサギは片手で額を押さえた。


「これだからモンスター警備の脳筋バカ共は……とりあえず、警備とは何たるかについてもう少し教え込みます。それから、アリスのお気に入りはあの人間で間違いないんですか?」


「うん、あの子だよ」


 廊下の壁一面に広がった血みどろの光景を背景に、黒猫は今にもスキップしそうなほど上機嫌に笑った。


「……手を貸している身で言うべきではないかと思いますが――いつまで続ける気ですか?」


「壊れるまでずっとだよ」


「本当にあなたは――」


 白ウサギが何か言いかけた瞬間、可愛らしい高い悲鳴が上がった。


「うわあ、何これぇ。もう、ありえないんですけど。私、スプラッタ苦手なのに……。なんで私が見回りする時間になった途端、こんなのがあるの?」


 廊下の端では、毛並みが良い白いフカフカの尻尾が力なく垂れ下がり、頭からひょっこり出ているモフモフの白い狐耳が黒髪にヘタリと張り付くようになった巫女服の女性がプルプルと震えていた。彼女の動きに合わせ、胸元にある紫色のスタッフの証も小刻みに揺れている。


「あ、妖狐ちゃん。ごめんね。すぐ片付けちゃうから」


「うぅ、お願いします。このままじゃ、視界的にも私の鼻的にも限界なので……」


 黒猫が掃除用具を取りに行ってしまった後、妖狐は頭につけていた上だけの狐面で極力壁を見ないようにして、白ウサギの元まで来た。もちろん、鼻はしっかりと巫女装束の袖で押さえている。白ウサギはというと、難しい顔をして壁に付着したリザードマンの残骸を見つめていた。


「そういえば、あなたの前の見回りは誰でした?」


「雪女ですよ?」


「交代の時間には早いはずですよね?」


「さっき髪飾りを探したいからって早めに私と交代したんです。あの髪飾り、前々から大事にしてたみたいだし、お稲荷様くれるっていうから、まあ、いいかなあって思いまして」


「お稲荷様――ああ、稲荷寿司のことですか……まあ、等価交換なら良いですが、責任の所在がハッキリしなくなるのはよくないです。次からは見回りがいない時間を作らないよう注意して下さい」


 白ウサギは忙しなくそう言い残し、腕時計を見ながらせかせかとその場を去って行った。


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