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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第三章「過去」
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小悪魔の誘惑

 騒ぎが最高潮に達するころ、会場の一角では、エレナと男の会話が進んでいた。


「ねぇ、おじさま……エレナ疲れちゃったわ」

「そ、それは困ったねぇ……うんうん」


 なぜか嬉しげに、男は答えた。


「どこか休めるところ……ないかしら? 足が痛くなっちゃったの」


 もの憂げな表情を向けてくる少女に、男の助平心が首をもたげてくる。

 男の脳裏を打算が駆けめぐる。


 こうしたパーティ会場には、その手の個室が用意されていると聞く。

 いままで使う機会はなかったが、自分の役職には、それを使う権限があるはずなのだ。


 相手が年端もいかない少女だとしても、係の者に袖の下でも渡して、口を塞いでおけば――。

 打算が成立した。懲りない男だった。


「おじちゃんね、ゆっくりできるお部屋を知ってるんだよ――さぁ、行こうか」


 笑顔の下に隠された下心に気づいた風もなく、少女はにこやかにうなずいた。


「うん。おじさまって、優しいのね。エレナ優しいひとって大好きよ」


 少女の腕が絡みついてくる。押しつけられるわずかな胸の感触に、男の脳髄は沸騰寸前だった。


 ついてこようとするボディ・ガードに、「そこにいろ」とにらみつけ、男はいそいそと歩き出した。

 ホールを抜けだし、廊下の奥にいる係員に、半年は遊んで暮らせるほどの賄賂を渡し、ベッドとバスルームを備えた個室に入りこむ。


「わぁっ――きれいなお部屋ぁ!」


 少女はベッドに上に座りこんだ。

 靴を脱いで、足を投げだす。


「ねぇっ、おじさま……。エレナの靴下、脱がしてくださる?」

「おっ、おっ、おぅっ」


 声にならない声をあげ、男は床の上に脆いた。

 震える手で、差し出された足にそっと触れる。


 少女は自分でドレスの裾をまくりあげた。ぱちんと音がして、ソックスを吊っていたガーターが外される。


「ねぇ、おじさま早くぅ」

「いひっ、ひっ……」


 男の手が長いソックスを巻き下ろしてゆく。汗ばんだ素足が現れた。

 脱がしたソックスを背広のポケットにしまいこんでから、男はごくりと生唾をのみこんだ。

 無防備にも、スカートの中身がすべて――目の前にさらけ出されているのだった。


「お、お、お、おじさんはね――おじさんはねっ!」


 男が理性をかなぐり捨てて、野獣と化したその時――。

 プシュッ――という音とともに、不思議な香気が男の鼻をくすぐった。

 男の自由な意識は、そこでぷつりと途切れた。


    ◇


「ねぇ、わたしよくできた? お姉さまに教えられた通りにしたけど……。これでよかったのかしら?」


 エレナの屈託のない声が、部屋の隅に立つジークに向けられる。


「う、うん……。まあ、上出来……だと思う。よくわかんないけど」


 靴下脱がしてくださる――のくだりから部屋の中に入っていたジークは、顔を赤らめながら少女に答えた。


「いやいや、たいしたもんだ。こりゃオトナになったら、男を手玉に取る毒婦になるぞ」


 スプレーをバッグにしまいながら、カンナが冷やかす。


「ねぇ? どくふ――って、なぁに?」


 小首を傾げるエレナに、ジークは言った。


「だいじょうぶだって、君はそんな大人にはならないから――。ぼくが保証する」

「さて――それじゃ、こいつだが」


 男は両手を広げて飛び掛かろうとした姿勢のまま、ぴたりと動きを止めていた。


「おマエさん、自分の名前と所属を、ちろっと言ってみろ」


 カンナが命じると、男は感情の欠落した声で言った。


「きんばりー・ろーだん……。うちゅうかいはつこうだん、しょちょう……」

「オーケー、オーケー! そこまででいい」


 男の言葉を打ち切らせて、カンナはバッグからコンソール・パッドを取り出した。


「待ってろ……いまおマエさんの仕事場のメイン・コンピュータに繋げてやっから……」


 ほどなくして立ち上がった画面を、男に向けてぐいと差しだす。


「ユグドラシルの設計図を取りだして、このパッドのルート・ディレトクリに、ファイルを落とすんだ。――わかるな?」

「はい……」


 男はパッドを受け取ると、ゆっくりと操作をはじめた。

 何組ものパスワードを打ちこみ、網膜パターンの識別を行う。最後に残った項目は、声紋のチェックだった。


『登録コードを、ゆっくりと発音してください』


 合成音に続いて、男は口を開いた。


「えりーぜのために」


 しばしの間があって、合成音は答えた。


『照合完了です。キンバリー・ローダンと識別されました』


 人間なら誰でも気づくはずの感情の欠落を、機械は気にも止めない。

 アクセス権さえ獲得すれば、目的のファイルを手にいれるのはすぐだった。回線を通じてダウンロードするのに要した時間は、わずかミリ秒のオーダーだった。


「さァ――撤退するわさ」

「いいのか? このままにしておいて?」

「なぁに、三十分もしないうちに正気にかえるさ。んでもって、そのあいだのことはなんにも覚えちゃいない」

「なるほど……」


 与えられた指示を終えて、また人形に戻ってしまった男をその場に残し、ジークたち三人は部屋をあとにした。

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