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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第三章「過去」
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凱旋

 宇宙港の滑走路には、何台もの消防車がぞくぞくと駆けつけてくるところだった。マスコミの報道車も、たいへんな数が駆り出されている。


 誰もがこの事件に関心を持っていた。

 事故が起き、およそ助かるはずのない状況でありながら、そのシャトルは生還してきたのだ。

 その世界で何年も飯を食ってきた記者ならば、すぐにピンと来るはずだ。


 西の空に、その機体はゆっくりと現れた。

 ふらふらと、左右に頼りなく揺れながらも、滑走路に向けて真っすぐ降下してくる。


 飛んでいるのが不思議なほどのダメージを、機体の各部に受けながらも、シャトルはゆっくりと滑走路にタッチダウンを行った。


 消防車の出番はなかった。

 停止した機体の周りに報道陣が群がり―そして昇降ハッチが内側から開けられる。

 奇跡の生還に涙する乗客がひとりずつ降りてくる。

 カメラはズームアップで、その表情をあますとこなく映しだした。


 リポーターが神妙な表情でコメントを挟む。

 用意されていた担架も、救急車も――消防車と同様に出番はなかった。乗客たちの誰もが、自分の足で歩いてきたからだ。


 全員が降り――最後に、ひとりの少年が現れた。


 報道陣が殺到する。彼らが本当に待っていたのは、その人物なのだった。


    ◇


「ほら、映ったわよ。お兄ちゃんが――」


 膝の上に少女を座らせた格好で、ふたりは夜のニュースの画面を見ていた。

 画面の中には、ちょうどジークが報道陣に取り囲まれて、インタビュアーに答えている場面が映っていた。


「いや、それはいいんだけど……なんだってぼくの膝の上に来るわけ?」


 椅子にジークが座り、その足の上に、少女がちいさなお尻をのせている。


「だって、トンプソンがいなくなっちゃったんだもの。ニュースを見るときは、いつもこうしているのよ。最近ね、お父さまったらちっともお膝に乗せてくれないのよ。ねぇ――どうしてだと思う?」

「さぁ……」


 もぞもぞと居心地悪げに足を動かしながら、ジークは答えた。


 十一歳といえば、体もまるみを帯びて、そろそろ女らしくなってくる頃だ。

 膝に乗せたがらない父親の気持ちも、なんとなくわかってくる。


 彼女が大事にしていた熊のぬいぐるみは、探したが見つからなかった。

 どうも宇宙に吸い出されてしまったらしい。


「あっ……お兄ちゃん、逃げだした。あははっ!」


 少女がはしゃぎ声をあげて、お尻を揺らす。


 画面の中では、ジークが報道陣を振りきって駆けだしたところだった。

 あのあと市内に逃げこんで追手を撒き、このホテルに部屋を取ることになるのだ。


「もうっ、お兄ちゃんたら! 動いちゃだめ!」

「はっ、はい――」


 叱りつけられて、ジークはもぞもぞと動かしていた足をぴたりと止めた。


 いまのジークは、文字通り――彼女の尻に敷かれていた。

 なにしろ未来から来たときの持ち物といえば、着ていた服に、レイガンとペンダント――それだけだ。


 文明世界では、何をするにも金が必要になってくる。

 逃走で乗り継いだタクシーも、ホテルのフロントに前金で払った部屋代も、すべて少女の持っていたゴールド・カードで支払われた。


 したがってジークは、彼女に頭があがらない。

 金を返すまでは、人間椅子の身分に甘んじていなければならないのだ。

 画面の中では、リポーターが汗を拭きながらカメラに向かってコメントを向けていた。

 取材対象に逃げられてしまった言い訳だ。


「ねぇ……お兄ちゃんの名前、あててみせよっか?」


 膝の上の少女が、突然そう言い出してくる。


「えっ? ぼくの名前? そっか、まだ言ってなかったっけ……。ぼくは――」


 言おうとしたところで、少女の指がぴたりとくちびるに押しあてられる。


「だーめ、わたしがあてるんだから。お兄ちゃんの名前はね、キャプテン・ガルーダっていうんでしょ? どう? 正体をあてられちゃって、びっくりした?」

「ガルーダだって――?」


 よほど驚いた顔をしたらしい。

 少女は間違ったことにすぐ気づいて、ペろりと舌を出した。


「あらっ、違っちゃった? だってこの近くに来ている《ヒーロー》っていったら、その人だけなんだもん」

「ちょ――ちょっと待ってくれ!」


 ジークは膝の上の少女を持ちあげた。くるりと自分のほうを向かせる。


「いまはいつなんだ? 何年なんだ!?」


 厳しい顔でジークが問い詰めると、少女はぷいと顔をそむけた。


「教えたげない」

「あのねっ! これは大事なことなんだから――」


 少女はくちびるを尖らせて、ジークに言う。


「ひどいわ――そんなに大事なことなの? わたしの名前よりも? だってお兄ちゃん、わたしの名前もまだ聞いてくれてない……」

「う……」


 ジークは言葉を詰まらせた。


「えっと、じゃあ……き、君の名前は? ――かわいいお嬢さん?」


 形のいい顎を上に向かせて、彼女は得意げに言った。


「エレナっていうの。エレナ・ローレンス。歳は十一歳よ」

「えっ……?」


 ジークの思考が、一瞬、止まった。


「じゃあお兄ちゃんの質問にも答えてあげるわね。今日は四月の一日。それから、今年は百二十六年――あ、もちろん英雄暦(A.H.)でね。西暦だと、ええと――二千二百七十を足すから……二三九六年ね。どう? これであってる?」


 少女の言葉は、ジークの耳を素通りしていった。


「どうしたの? お兄ちゃん?」


 少女は訝しそうに、ジークの顔を見上げた。


 十五年前だった。

 目的の時代より、十五年も前に出てきてしまったのだ。


「ねぇ、お兄ちゃんたら? どうしちゃったの? 変よ、お顔が……ねぇったら、ねぇ」


 ジークは茫然としながら、少女時代のエレナに膝を揺すられていた。


    ◇


「お兄ちゃん、はやくはやく――つぎはお帽子買うんだから!」


 いまどきB級のコメディ映画でも、こんな光景は見かけないだろう。

 何段も――山のように積み重ねた化粧箱を両手に抱え、さらには両肘に紙袋をいくつもぶら下げて、ジークはよろよろと歩いていた。


「ほらほらぁ。お兄ちゃんってば、こっちこっち!」


 ろくに前も見えない。

 バランスを崩さないことだけに注意して、エレナの声を頼りに、繁華街の歩道をゆっくりと進む。

 他の歩行者が避けてくれることを願うばかりだ。


 そんなことを考えていると、それ(、、)はやっぱりやって来た。


「おうっ! ニィちゃん、気ィつけろい!」

「わわっ!」


 どんと、誰かの肩がぶつかってくる。

 ジークはバランスを崩してよろめいた。


 前後左右に――ずいぶん長いこと粘り、それから派手にすっ転ぶ。

 尻餅をついたジークの上に、箱がばらばらと降りそそいできた。


「あははっ。お兄ちゃんたら、おっかしぃー! コメディの俳優さんみたい」


 屈託なく笑う少女を見上げて、ジークは憮然とつぶやいた。


「ったく……。なにも持って歩かなくてもいいだろ。ホテルに届けてもらえば……」

「だめよ、それじゃすぐに着れないでしょ? きのうとおなじお洋服でいるなんて、そんなこと――お母さまが知ったら、きっと倒れちゃうわ」


「はぁ……ところでさ」

「なぁに、お兄ちゃん」

「そのお父さまとお母さまだけど……。もちろん知ってるよね? 君がこうしてひとり旅をしてるってことは……?」


「そうね、いまごろは気づいてると思うわ」

「おいおい……」

「だってお父さまとお母さまがいけないのよ。ああしなさい、こうしなさいって、お小言ばっかりなんですもの。わたしもうおとなだもん。自分のことは自分で決められるはずよ」

「お……、大人は家出なんてしないんじゃないかなぁ?」

「家出じゃないわ。気軽なひとり旅ってやつだもん」


「は、はぁ……」


 ジークは箱をひろい集めながら、ため息をついた。

 とんだお嬢様だ。まあ――このあたりのしたたかさが、あのエレナに通じているのかもしれない。


「お帽子買ったら、つぎはお兄ちゃんのばんよ。おとこの人の服ってよくわかんないけど、わたしが選んであげるね」

「う、うん……」


 どんな服を着せられることになるか心配ではあったが、衣食住の一切を世話になっている身分で、物を言う権利はない。


 近いうちに仕事を見つける必要があるだろう。

 マスコミの『シャトルを救った謎の《ヒーロー》!』という騒ぎが収まり、ほとぼりが冷める頃になったら、なにか宇宙関係の仕事を――いや、この惑星ほしに留まっていたほうがいいだろうか? 十五年先に、あれ(、、)がこのネクサスで起きることは確実なのだから。


 あと十五年。それまで何をしていればよいのだろう。

 だいたい十五年も経つころには、自分は三十を越えたおじさん(、、、、)ではないか。


「ねぇ、お兄ちゃん――」


 ジークと一緒になって路面にしゃがみこみ、散らばった箱をひろいながら、エレナは言った。


「わたしね、思ったの。大きくなったらいろいろなことをお勉強して、《ヒーロー》のスタッフになりたいなぁ……って。わたし、なんになれると思う? パイロット? 科学者? それとも戦闘のプロフェッショナルかしら?」


 ぎょっと手を止めたジークに、エレナは続ける。


「思いつきじゃないのよ。前からずっと考えてたの。お父さまの言う通りにしていたら、誰かのお嫁さんにしかなれないんじゃないかしら? それもいいんだけど――でも、それにしたって、誰のお嫁さんになるのか、そのくらい自分で決めれるようになりたいもの」


 エレナは箱をぜんぶ拾い終えると、ジークに言った。


「ねぇお兄ちゃん……エレナが大人になって、なんでもできるようになったら、いっしょに連れていってくれる?」


 ジークは彼女の言葉を聞いていなかった。通りの向こうから近づいてくるオープン・カーを見ていたからだ。


「えっ――なに? いまなにか言った?」

「もうっ、いいわ」


 少女は軽くため息をついた。

 ふたりのしゃがみこんだすぐ脇を、オープン・カーが通り過ぎてゆく。

 選挙のためのパレードのようだ。

 車上からは、初老の男がにこやかに微笑んでいる。そのとなりでは、娘と思われる少女が沿道に向けて手を振っていた。


 ジークが見つめていたのは彼女だった。


『ドノ・クラヴァン――ドノ・クラヴァンをよろしくお願いします!』


 スピーカーが名前をがなりたてる。


「クラヴァン……か」


 白い服の少女は、十九か、二十くらいに見えた。

 十五年ほど未来に、あの可憐な少女が大統領になっているなど、誰が思うだろう。

 少女の姿が見えなくなるまで見送って、ふとエレナに顔を向けると、彼女はぷいっと顔をそむけた。


「もうっ、お兄ちゃんたらっ――きらい!」

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