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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第二章「未来」
93/333

幾輪もの光輝

 その時、周囲から人々の声があがった。

 顔を向けたジークは、戻りはじめた人々の姿を認め――ついで、彼らがそろって上空を見上げていることに気づいた。


「ジーク……、ほら、あそこ」


 イーニャが空を指差した。

 顔をあげたジークは、暗い空から、いくつかの光球がくるくると回りながら降りてくるのを見た。


 光球の数は、全部で七つほどだった。

 ひとつが大きく、残りの六つはやや小さい。

 六つの光球は、ジークに向けて――いや、地面の怪物に向かって落下してきた。


 地上近くで落下速度を落とし、ふわりと空中に浮遊した。

 光球のひとつが、地面に穴をあけて地下にもぐりこんだかと思うと、それぞれの光球を頂点として、半透明の力場が発生する。

 面を構成する菱形のバリアで、怪物は地面ごと持ちあげられた。


 そのまま空中を運び去られてゆく。


 大きな光球は、作業の一部始終を監督していたらしい。

 怪物が空の彼方に運び去られてしまうのを待ってから、ジークの前にゆっくりと降りてきた。


 まぶしい――などというものではない。

 こうして目の前にやってこられると、まともに目を開けていることができないのだ。

 光の中に何かがいるのか、それとも何もないのか――それさえもわからなかった。


《わたしは、〝幾輪もの光輝〟を代表して、この保護区域を監督する者です。貴方のご協力に、感謝いたします》


 光球がそう語ると、周囲の人々のあいだから、どよめきの声があがった。


「こりゃぁ驚いた! いまの〝声〟、俺たちにも聞こえてきたぜ! やつらが姿を見せただけじゃなく、俺たちに声をかけやがった!」


 そう叫んで、ジークのとなりに駆け寄ってくる男がいた。


「ビル! 体はだいじょうぶなのか!?」

「ああ――死にゃあしねぇよ」


 片手で肩を押さえてはいるが、顔は元気そうだ。

 ビルは手にしていた上着を、そっとイーニャの体にかけた。


「あ……、ありがと」


 そうしてから、ビルは頭の高さほどに浮かぶ光球に目を向けた。


「こいつが――こいつがE公なのかよ?」


 そう言って、光球に向けて手を伸ばす。

 手が触れる寸前、光球はさっと身をかわした。


《その幼生体に言ってください。わたしに触れると、生命活動が停止してしまいますよ――と》


「ビル――さわると死ぬってさ」

「わざわざ通訳たのまねぇでも、聞こえてるさ! ――けっ! わかったよ! 俺たちじゃ相手にする価値もねぇっていうんだな!」


 ビルは毒づいたが、光球はまるで気にしていないようだ。

 相手のすべての注意が自分に向いていることを、ジークは薄々感じとっていた。


《さきほど示した意志力によって、貴方は第二段階の知的生命体であることが認められました。貴方には、あらゆる権利と自由が保証されます。銀河文明は貴方を歓迎いたします。貴重な人類出身の成体として。そして我々の同胞として》


「ちょ――ちょっと待ってくれよ。いきなりそんなこと言われても……」


《貴方が望むなら、銀河のどこでも――好きな場所を訪れることができます。また望むなら、この保護区域にとどまることもできます。すべては貴方の自由です。成体である貴方にたいして、我々は一切の干渉をしません。となりにいるメスと、つがいになることを望みますか?》


 ジークはぎょっとして、イーニャと顔を合わせた。


「なっ――なに言ってんだよ! そんなこと、オレは――」

《失礼しました。貴方は心によるコミュニケートに、まだ慣れていないのですね》


 そう言われて、ジークは心を覗かれていたことに気がついた。顔がまっ赤になる。


《失礼ついでに――もうひとつ。貴方は時間線のマイナスT方向――貴方がたの言葉でいうところの〝過去〟に起きた出来事に、心を痛めておいでのようですね。――違いますか?》

「あ……、ああ」


 心に押しよせる痛みとともに、ジークは肯定した。


《これは素朴な疑問なのですが――どうして、それを改変しようとはしないのですか?》

「なんだって?」


《我々成体には、その力があるはずです。貴方がたが〝運命〟と呼ばれる因果律の織物を、自分たちの快適なように改める力が……。その力をもって、我々は第二段階の生命体を名乗っているのですから》

「過去を、変える? 運命を……変える?」


 何を言ってるのかわからなかった。


 光球はすうっと空中を漂い、通りの奥を差ししめした。

 百メートルほど離れた空中に、怪物が出現してきたゲートが存在していた。


《あのタイム・ゲートは、過去に通じています。少なくとも――この保護区を囲んだ障壁が存在していない時代に通じているはずです》


「おい小僧! こりゃ行けるかもよ!」


 そう叫んだのは、ジムだった。

 群集のなかから抜けだして、ジムはジークに言った。


「俺たちがこのクソ食らえの保護区に連れてこられたのは、十五年前だ。それより過去に繋がってるってことは――」


 ジムの顔に、翳が落ちる。


「いいや、だめだ……。それじゃあ足りねぇ……。ネクサスが爆発したのは、そのさらに半年前だからな……」


《あのタキオンの異常発生ですか? その現象は、我々も観測しています。ですが――問題はないでしょう。衝撃による不確定要素をなくすため、タイム・ゲートの出口は、あの爆発よりも前に設定されているはずです》


 その言葉の意味が、ジークの心に徐々に浸透していった。


「爆発の前――爆発の前に、戻れるのか? もういちど――もういちど、やり直せるのか!?」

《充分に可能です》


 歓喜が、ジークの心で爆発した。――もういちどやり直せるのだ!


 はっ――と、ジークはイーニャを見た。

 上着の裾をきゅっと握りしめながら、彼女はジークに言った。


「行きなさい。あなたとつがい(、、、)になるってのは興味あるけど、でもあなたはここにいちゃいけないのよ」


 イーニャが言い、ビルがうなずく。


「そうさ。このクソったれの歴史を変えちまってくれ。なぁに、誰に遠慮はいらねぇ。この歴史を気に入ってるやつなんか、ひとりもいるわけがねぇからな」

「小僧、お前さんならやってくれる。オレはそう信じてる。あの時だって、そうだったからな――」

「あの時?」


 ジークはジムに聞いた。


「オレはこう見えても、まだ三十二なんだ。そしてあの時は、まだ十七の小僧だった。ロケットの中から、おめえの活躍を見てたのさ」


 ジムはジークの手を取り、うつむきながら言った。


「変えてくれ――頼む」


 伏せた顔から涙が落ち、ジークの手を濡らした。


《早めに決断することをお薦めします。タイム・ゲートが、閉じつつあります――》


 ジークは顔をあげた。

 空中に開いた〝穴〟は、紫色のスパークを飛ばしながら、その直径を狭めつつあった。


 心を決めて、ジークは歩きだした。

 イーニャがとなりに寄り添ってきて、手をぎゅっと握ってくる。


 タイム・ゲートに向かうジークの後ろに、群集が無言でついてくる。

 長い列ができあがった。

 無気力だった顔に、全貝が同じような表情を浮かべて、人々はジークのあとについて歩いた。


「これが……。この先に――」


 下まで行って、ジークはゲートを見上げた。

 闇の向こうを見通すように、目を細める。何も見えなかった。


 ジークは顔を下ろし、声もなく見守っている人々を順に見つめていった。


「ビル、ジム……それから、イーニャ。いろいろありがとう。感謝してるんだ。うまく言えないけど――」


 三人はうなずいた。


「じゃあオレ……行くから」


 軽く、地面を蹴る。ゲートの吸引力が働いて、体が浮かびはじめた。

「ジークぅ!」


 不意に、イーニャが飛びついてきた。

 唇をしっかりと合わせ、短いキスをおくってから、イーニャはジークの体を突き離した。

 イーニャは地上に降り、勢いをもらったジークの体は、みるみる上昇してゆく。


 ゲートをくぐる寸前――イーニャが叫ぶ。


「昔のあたしに――。十五歳のアニー・カーマインに、よろしくね――」


 ジークは知った。

 彼女が誰であるのかを――。


 そしてジークは、ゲートに飲みこまれていった。

明日から三章「過去」に突入です。

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