パーティ会場へ
「まっ、こんなもんかな……」
鏡に映った自分の姿を見て、ジークは大きくうなずいた。黒いつやつやのタキシードに蝶ネクタイ。まあまあ決まっていると、自分では思う。
この星に到着してからの時間は、目まぐるしく過ぎ去っていった。
惑星をぐるりと取り巻く大環洋に着水して船を降り、巨大なリムジンに迎えられてハイウェイをひた走ること数十分。宮殿らしき場所で姫の取り巻きに揉みくちゃにされたかと思うと、休む間もなくパーティ会場へと連行された。
一室を与えられて落ちついたのも束の間、侍女らしき娘たちが山のような着替えを持って部屋を訪れてきた。ラセリア帰還を祝ってパーティが予定されているということらしい。
着替えを手伝うと言い張る侍女たちを締めだして、ジークはひとりで着替えを始めた。4人の女社員たちも、いま続きの部屋で着替えているところだ。
背後でドアの開く音がした。と、同時にアニーの声が響く。
「なによそれ、ぜんっぜん似合わなーい!」
「言うと思った。けど人のことが言えるのか? おまえだってこんなフォーマルなのは……」
ジークは振り返った。ドレスアップしたアニーを見て、言葉を失う。
薄いブルーのドレスに、さらりと流れる金髪がよく映えている。髪を足しているのか、普段のショート・カットとは違って背中までかかる長い金髪だった。
「どう?」
シルクの長手袋に覆われたほっそりした手指が、体のまえで軽く組み合わされる。
「誰――おまえ?」
「あんたバカ? あたしに決まってんでしょ。だいたいレディにたいして、“おまえ”ってのはないんじゃないの?」
「その汚い口のききかた……やっぱアニーだ」
妙な安堵を覚えて、ジークは笑った。
「昔っから、馬子にも衣装って言うからナ」
開け放たれたドアを通って、カンナが入ってくる。着ているのは子供らしいまっ赤なカクテルドレスだ。半透明なひだが幾重にも重なったスカートが、大輪のカーネーションのように、丸い花弁を開いている。
ジークは目を丸くして言った。
「馬子がふたりだ」
「バカたれ。馬子ってなァ、オマエのことを言ってんだヨ。オマエのコトを。けっこう似合ってて、カッコいいじゃないかヨ。ジークのクセに」
「その“ジークのくせに”っていうのは余計だよ」
「よくお似合いですわよ、社長」
「胸を張って背筋を伸ばせ。そうすればもっと良くなる」
ジリオラとエレナのふたりがやってきた。
エレナは体にぴったりとフィットした純白のイブニング。ジリオラのほうは、スリットが大胆に入った黒いチャイナで決めている。
「いかがです? ――社長」
エレナはドレスの裾をつまみ、ゆったりとお辞儀をしてみせた。
「とても似合ってるよ。どこに出しても恥ずかしくない。それからジリオラのほうも……」
皆の視線がジリオラに集まる。
実用一点張りで、およそ飾り気というもののない彼女が、めずらしくイアリングまで身に着けているのだ。鋭くカットしたショート・ボブの耳元で、豆粒大のダイヤが冷たい輝きを放っている。クールな彼女に、これほど似合う宝石もないだろう。
皆の視線を受けて、ジリオラは肩をすくめた。
「いちばん動きやすいのを選んだ。――それだけだ」
そう言って、スリットの合間からにゅっと足を出す。根元近くまであらわになった太股が目に焼きつき、ジークは思わず目をそむけた。
「そーゆーの、パーティ会場じゃ絶対にやるなよな」
「おまえに恥はかかせない。ノー・プロブレムだ」
ジリオラはそう言い、何気ない仕草で部屋の入り口に顔を向けた。その動作に誘われるように、ノックの音が2回ほど響く。しばらくの間を置いて、落ちついた老人の声が聞こえてくる。
「皆様、ご準備のほうはよろしいですかな?」
「ええ、オーケ……いえ、終わりました」
ジークはドアを開けて、執事風の格好をした初老の男を室内に迎えいれた。
この星に帰還したラセリアを最初に出迎えたのが、この老人だった。名をエドモンドという。侍従長の職にあると、ラセリアから聞かされている。
「わざわざすみませんわね。貴方もお忙しいでしょうに」
「いえいえ……ラセリア様のお客人とあれば、他のことなど雑事にすぎませんよ」
銀色の頭髪と髭をたくわえた老執事は、穏やかな声でエレナに応じた。
「それでは、会場のほうにご案内しましょう。これにお乗りください」
見ると、廊下に車が止めてある。天井もドアもないオープン・カーだ。銀河の文明圏でごく普通に使われているビーグルという種類の小型車によく似ている。
「また移動かい? ここがパーティ会場だって、さっき言わなかったっけ?」
ジークはげんなりした声で聞き返した。
「ええ、そうですとも。こちらは控え室でございます。会場となる大ホールは、この廊下を20キロメートルほどまいりましたところに――」
「に、20キロっ!?」
「さようでございますが……。なにか?」
ジークの驚きが理解できないのか、老執事は不審げな顔をした。
「なるほど、そりゃ車が必要だワサ。おい、ナニ突っ立ってる。じゃまだから早く乗れッて」
後ろから蹴飛ばされ、ジークはビーグルに乗りこんだ。呆然としたままシートに腰を下ろす。
全員が乗りこんだことを確認すると、老執事は車をスタートさせた。どんな動力を使っているのか、ビーグルは何の音もたてずに速度を増していった。
どこまでも続く扉の列が、廊下の両脇に並んでいる。
「あれっ……あたしたちの部屋って、どこだったっけ?」
不安そうな声で、アニーが老執事に尋ねた。
「皆様の控え室は、4003号室になっております」
「はぁ。4000……ね」
「ひと部屋10メートルとして、左右両側で4000室かい……。なるほど、計算は合うナ」
カンナがしみじみとつぶやく。
「それにしても、なんでこんなにおっきいのよ? バスみたいなリムジンは走ってるし、それにあの高速道路! 片側だけで何車線あったのかしら?」
「25車線にございます」
「それからあたしたちの衣装部屋だけど……。ねえ、ジーク信じられる? 下着と衣装とアクセサリーと靴、それぞれにみんな部屋がひとつずつ付いてるんだから……。ブラだけで、いったい何千本あるのやら」
律義な執事は、アニーのつぶやきに返事をする。
「ブラジャーでございますか? オーダーメイドする時間がありませんでしたので、アンダーは50から2メートルまでの31種類、カップはスリーAからIまでの11種類、その他にデザインと色別に240種類ほどご用意させていただきましたので、しめて81840通りということになりますか」
「は、はぁ……」
ジークはあきれて物も言えなくなった。
「じっちゃん、計算早いナ」
「恐れいります。若い頃に珠算を少々……」
「あのぅ……ところで、何人くらい来るんですか? このパーティに」
ジークは怖くなって尋ねてみた。
「ラセリア様の帰還と、外宇宙からの《ヒーロー》の到着を祝うパーティですからな……収容人数のもっとも多い会場を用意させていただきました」
「だから……早い話が何人くらい?」
「ざっと2000万人といったところですな」
「はぁ、2000人ですか……」
思ったよりも少ない。
惑星中の名士を集めたとしても、まあ、そんなところだろうか。
「いえジーク様――2000万人でございます」
「へっ……?」
「ですから……単位は、“万”にございます」
「2000――万人っ!?」
ジークは目を剥いた。
「今回のパーティに参加できるのは、課以上の要職にある者とその補佐の者だけとなっております。国中の者がラセリア様の帰還を祝いたがっているはずですが、さすがに200億の人間を収容する会場は都合できませんでしたので……」
「ホイ、ひとつ質問――」
後部シートで、カンナが声をあげた。
「もし都合できてたら、やったのかい? 200億人全員で?」
「もちろんですとも」
老執事は満面の笑みを浮かべた。
◇
「おーッ! いるいる……」
カンナの楽しげな声が響く。ジークは恨めしい思いで、声の聞こえる方向を見た。
ステージに上半身を乗せたカンナが、カーテンの隙間に頭を突っこんでいる。パーティ会場の様子を覗いているのだ。
今夜のパーティに主賓として招待されたジークたちは、どういうわけかステージ脇の幕の中で待機させられていた。どういう段取りになっているのか、まったくわからない。
だがしかし、どこもかしこもスケールの大きなこの星にいると、カーテンで仕切られた小さなスペースが妙に落ちつく。
「うンうン……たしかに2000万人いるワサ」
足をばたつかせながら、カンナが言った。
「ウソつけ」
2000万人を収容できる会場の大きさを計算すると、どう見積もっても、その端は地平の向こう側ということになる。距離にして数十キロメートルの彼方だ。見えるはずがない。
「おいカンナ……。パンツ見えてるぞ。そういうカッコしてるんだから、ちょっとは行儀よくしろよな」
赤く開いたスカートの内側に、子供らしくない小さなパンツがのぞいていた。ステージに上体を乗せている格好なので、なにもかもが丸見えだ。生意気にもシルクの黒で、しかもガーター吊りときている。
カンナはカーテンから顔を引き抜くと、薄く化粧した可愛い顔に不敵な笑みを浮かべた。
「ふン! オマエのほうこそ、そのビンボー揺すりをヤメたらどうだい? ブルっちまうのはわかるけどサ」
「ぶ……ぶるってなんかないぞ!」
「ブルってるでしょ? さっきから」
カンナの言葉に、アニーも同調する。
「いないって!」
膝を押さえる手に力をこめて、ジークは否定した。社長のメンツの問題だ。
「まっ、いっけどね……」
どうでもいいとばかりに、アニーは組んだ腕を頭上高くさしあげた。ネコを思わせる仕草で、退屈そうに身を伸ばす。
「……もうっ! 早く始まらないかなぁ……あたし、お腹空いちゃったよぉ」
その声が合図になったかのように、天井一面に据えつけられたラウドスピーカーから、男の声が響きはじめた。
『レディス、エン、ジェントルメン! 紳士、淑女……そして部長、課長、各代理の皆様方! 長らくお待たせしました! これよりラセリア社長帰還を祝う大祝賀会を開催したいと思います!』
「おッ、ようやく始まったナ……」
「ちょっと待て! いま……なんて言った? 社……社長だぁ?」
立ちあがったジークに向かって、天井から司会の声が降りかかる。
『なお今回の祝賀会には、素晴らしい特別ゲストをお呼びしております。ラセリア社長御帰還の立て役者であり、我らがマツシバ・インダストリーに繁栄をもたらしてくれるであろう外宇宙のヒーロー! ――キャプテン! ジークぅ! フォンっ! ブラウーーーンっッ!』
シャウトの利いた絶叫が、会場じゅうに響きわたる。
ジークは疑問も忘れて立ちすくんだ。段取りもなにも知らされていない。寝耳に水の出番だ。
『キャプテン? キャプテン・ジーク……? どうなされました?』
司会の声がジークを呼ぶ。
「おらッ! ナニやってんだヨ! 司会のオッちゃんが呼んでるだろがサ!」
カンナに尻を蹴飛ばされ、ジークはよろけながら舞台へとつづく階段に向かった。階段に足をかけたところで振り返ると、カンナが歯を剥いて威嚇してくる。
あきらめて、ジークは階段を登ろうとした。――登ろうとして、足を引っかけた。
「わわっ!」
一回転しそうな勢いで、盛大にすっ転ぶ。
ステージに転がり込んだジークを見て、司会はマイクを持ちあげた。
『なんともユニークな登場をしてくださったキャプテン・ジークに、盛大な拍手を――!』
音頭にしたがって、会場中から拍手がわき起こる。まるで爆発でも起きたかのように、とてつもない音量の拍手だ。
ステージに腹這いになったジークは、おそるおそる顔をあげて――見た。
人。人。人。
視界のすべてが、人間で埋めつくされていた。見える範囲だけで、数千。あるいは数万か。すべての人々がスーツやドレスに身を包み、割れんばかりの拍手をジークに送っている。
ジークは立ちあがった。拍手を送る人々を呆然と見つめ、ついで会場の様子に目を奪われる。
そこは室内と呼ぶにはあまりにも広大な空間だった。マンモス・タンカーを格納してもまだ余裕がありそうだった。かまぼこ型の細長い空間だということは理解できる。だが反対側の端がよく見えない。人々の頭が黒く連なり、どこまでも続いていた。まるで黒い大海原だ。
霞むほど高いところにある天井から等間隔にライトが吊られ、会場の中を照らしだしている。煙草の煙が渦を巻き、換気装置に吸いこまれてゆく。
壁と天井は霞ごしに見えているものの、会場のもう一方の端は見えそうになかった。人海の果てにあるに違いない。
気づくと、いつの間にか拍手がやんでいた。司会がマイクを手渡してくる。
会場の一方の壁面が、巨大な平面モニターへと変化した。さきほどまで見えていた内装は、モニターに映し出された映像だったのだろう。
高さが数百メートルはありそうなモニターに、自分の顔が映っている。ジークが顔をしかめると、無限の彼方まで連なったモニター上でも、引き伸ばされた巨大な顔が同じように顔をしかめている。
不思議と、震えは止まっていた。麻痺しているのかもしれない。
ジークは口を開いた。この場にいる、おそらくは2000万人の人々に向かって――。
『最初に、ひとつお願いがあります』
『ええ――なんでしょう』
司会が軽快に答える。
『僕のことを、キャプテンと呼ばないでください』
『では、なんとお呼びすれば?』
『社長……と』
その瞬間、会場が沸きあがった。
予想外の反応に、ジークはあやうくマイクを取り落とすところだった。
『なんと――キャプテン・ジークは、ヒーローにして社長とのことです。我々がこの300年を通して初めて出会う、他の会社の社長なのです!』
ジークはすっかり忘れていたことを思いだした。
『そ、そういえば、さっき社長って……? いったいどういうことなんです? 彼女は姫のはずでは……?』
ジークの質問に、司会は含みのある笑いで答えた。
『ははぁ……さてはジーク様も、ラセリア様のお戯れに乗せられたくちですな。ラセリア様は、私どもの会社――企業惑星マツシバ・インダストリーの代表取締役社長にあらせられます』
『は、はぁ……。まつしば、いんだすとりぃ……ですか?』
ジークが曖昧にうなずいたとき、ステージの反対側からラセリアが登ってきた。会場中から歓声が沸き起こる。ラセリアは軽く手をあげて歓声にこたえた。マイクを受け取り、会場中の社員たち【社員たち:傍点】に呼びかける。
『堅苦しい挨拶はなしにいたしますわ。皆も待ちくたびれているでしょうし――さあ、隣りあった者同士グラスを用意して』
いつのまにか現れたバニー姿の女の子から、ジークはグラスを受け取った。カンナたちもステージにあがってきて、グラスを受け取ってからジークの後ろにやってくる。
『では宴会部主任、乾杯の合図を……』
ラセリアは司会の男にそう言い、ジークのとなりにならんだ。
『えー、では僭越ながら宴会部主任のわたくしが、乾杯の音頭を取らせていただきます。我が社の繁栄を願い、かつまた――キャプテン・ジークの偉功を称えまして……カンパーイ!』
2000万人が声を揃える大音響を聞きながら、ジークはもう何があっても驚かないぞと心に決めた。
◇
「勇者さま……紹介いたしますわ。環境維持局大気部部長のハセガワです」
ラセリアの紹介を受けて、細面で神経質そうな男が深くお辞儀する。洗練された動作で差しだされた名刺を、ジークは条件反射的に受け取っていた。ぱんぱんに張りつめたポケットに、ねじ込むようにして名刺をしまう。
これで何人目になるのだろうか。苦手なアルコールも手伝って、記憶があやふやになっている。すくなくとも三桁にのぼる人数は紹介されているはずだが……。
「お疲れですか、勇者さま? でももうすぐ終わりますから……辛抱なさってくださいな。エドモンド――あと残っている者は?」
ラセリアはそばに控える老執事に問いかけた。
「カサンドラ副社長お一人だけでございますね。ただし、まだお見えになっていないご様子ですが……」
「そう……」
ラセリアはそう言うと、長いまつげを物憂げに伏せた。
「ジークぅ! これおいしいよーっ!」
アニーとジリオラが、ふたり並んでバイキング式の料理をがつがつと詰めこんでいる。ジークは無視した。ラセリアとの閑談に興じながら、残りふたりの姿をそれとなく探す。ふたりともそう遠くないところで見つかった。
エレナは近くのテーブルで中年男性と話しこんでいる。
たしか総務局のお偉いさんだ。カンナはといえば、なにが楽しいのか人ごみの中を駆けずり回っていた。
「おいカンナ! みっともないから、あまりはしゃぐんじゃない!」
近くを通りがかったときに呼びかけると、カンナは急停止して振り返った。
「はしゃいでなんかないやい! 私ゃ仕事してるんだよ、シゴト!」
カンナはそう言って、白いレンガのような物体をジークに見せた。いや違う――分厚く重ねられた名刺の束だ。二十センチくらいはあるように見える。
ジークのポケットに目をやって、カンナは得意げにつぶやいた。
「へへん、お前はまだそれっぽっちか。私の勝ちだナ」
不可解なセリフを残して、人ごみの中に消えてゆく。
場内の熱気にあてられて、頬が火照ってきた。ジークは無性にソーダ水が飲みたくなった。合成着色料のたっぷり入った、緑色の安っぽいソーダ水だ。飲み物はやはり、ノン・アルコールに限る。
「ささ、ジーク殿。グラスが空いておりますぞ。ビールなどいかがですかな?」
「あらっ! ジーク様! わたしにお注ぎさせてくださいな!」
執拗に酒を勧める営業部長の攻撃を回避したはいいが、《宴会部酌課》と腕章を巻いたバニーガールに捕まってしまう。なみなみとビールのつがれたグラスを、ジークはぼんやりと見つめた。
「さあ、ぐぐっと――」
大きな胸に勧められて、ひと息に飲み干す。
くらっときた。
据わりきった目でグラスを見つめながら、ジークは二杯目のビールが注がれるのをじっと待った。だがいつまでたっても、グラスは空のままだ。
ジークは顔をあげた。その目の前で、人壁が左右に分かれてゆく。
会場の向こうから、ひとりの女性が歩いてこようとしていた。誰もがその女性に道を譲り、あたかも大海原に道ができるかのように会場が左右に切り開かれているのだ。
鋭利な面持ちと、長身で優美なプロポーション。金色の髪を高く結いあげたその女性は、何人もの従者を引き連れて、人々の作った道を悠然と歩いていた。
「勇者さま、カサンドラ副社長ですわ」
小声で耳打ちするラセリアに、ジークは小さくうなずいた。
ふと気になって、隣に並ぶラセリアの横顔をじっと見つめる。透き通るようなプラチナ・ブロンドが、カサンドラと呼ばれた女性とそっくりだ。そういえば、面差しもどことなく似ている気がする。
視線に気づくと、ラセリアは短くつぶやいた。
「又従姉妹にあたります」
ラセリアの前までやってくると、カサンドラは大仰に一礼してみせた。
「遅くなりまして、申しわけありません。身仕度に時間がかかってしまいまして……」
悪びれることなくそう言って、ラセリアの目を正面から見据える。
「それはよいのですけど、勇者さまにご挨拶を……」
カサンドラは、たったいま気づいたかのようにジークに目を向けた。
「あら? ではそちらの者が、例の《ヒーロー》とやらで?」
「初めまして、SSS社長のジークです」
鋭い視線に射竦められながらも、ジークは勇気を振りしぼって右手を差しのべた。
だがその手は、むなしく宙をさまよった。カサンドラは汚いものでも見るようにジークを一瞥して、ラセリアに言った。
「なにか、社長だとか言っておりますけど?」
「いえ、間違いなく勇者さまですわ。そうでなかったら……わたくし、今ここにこうしておりませんもの」
「それはそうですわね、認めますわ。でも本当に……よくお戻りになりましたこと」
含みのある口調で、カサンドラは言った。
「もうお戻りになられないと思って、葬儀の手筈を整えさせていたところですのよ」
「まあ……。それは無駄になってしまいましたわね」
ラセリアは口に手をあてて、さも残念そうに相槌を打った。
「ええ、きっと盛大なものになったでしょうに……本当に残念ですこと」
ふたりのあいだにはさまれたジークは、おろおろと周囲を見回した。遠巻きにできた人だかりの中に、アニーとジリオラ、そしてエレナの姿を見つける。すがるような視線を送るが、「あきらめなさい」とばかりに肩をすくめたジェスチャーが返るばかりだ。
「でも……怖いですわね。なんでも航法装置に仕掛けがしてあったとか? いったい誰がそのようなことをしたのでしょうね?」
カサンドラは薄笑いにも似た微笑を浮かべた。ラセリアは可愛らしく首をひねった。
「さあ、それは分かりませんけど……。でも不思議ですわ。わたくし、そのことはまだ誰にもお話ししていませんのに」
ふたりのあいだにはさまれて、ジークはただうろたえるばかりだった。
「ハイハイ、ちょっとごめんよ」
両者の間に張りつめる高圧の空気をものともせず、カンナが小さな体を割りこませてくる。
「なんですの、このおチビさんは?」
「ええと、勇者さまの会社の――」
「私ゃカンナだ。まあ、コイツの保護者みたいなもんだわさ」
と、顎先でジークを指ししめす。
カサンドラはため息をついて腰をかがめた。猫撫で声で、諭すようにカンナに言う。
「お嬢ちゃん、いま大事な大人のお話をしてるところなのよ。いい子だから――」
その目の前に、ついとカンナの手が差しだされる。カサンドラは面食らったように目をしばたいた。
「――な、なによ?」
「くれヨ、名刺。――あるんダロ?」
カサンドラは憮然とした顔で、背後に控える男のひとりに命じた。
「黒部――差しあげなさい」
黒スーツにサングラスという、およそパーティ会場にふさわしくない格好をした男が、懐から取りだした名刺をカンナに渡す。
「スゲー、炭素の単結晶板に箔押しだゼー」
「では社長……。わたくしまだ仕事が残っておりますもので、失礼させていただきますわ」
ラセリアの返事も待たずに、カサンドラはやってきた道を引き返していった。
人々のあいだに会話がもどりはじめる。やがてパーティ会場は先程までと同じようにくつろいだ雰囲気を取りもどした。ステージの上では、宴会部の男女による大道芸を再開される。
ジークはシャツの襟を広げて息をつき、カンナの頭にぽんと手を置いた。
「いやあ……助かったよ、カンナ」
「まっ、保護者だからナ」
「助かったじゃないでしょ! まったくもうっ、なっさけないんだから……」
気色ばんだアニーが、ジークに詰めよる。
「ぜんぜん相手にされてないじゃないの、まるで眼中にないって感じ! しっかりしてよね。あんただって社長なんだから、あの女より格上なのよ? そこんとこわかってんの?」
「いや、そうは言うけどさぁ……」
「だめだヨ。だってこいつ、ジークだもん」
カンナの言葉に、ジークはがっくりと肩を落とした。