配給
男とジークが到着したとき、行列はすでにできあがっていた。
何を待つ行列だろうと、ジークが背伸びをしていると、ビルと名乗った男の手がジークの脇腹に手を差し入れてきた。
ひょいと子供のように持ちあげられ、前のようすが見えてくる。
空中に、ボール状の物体が浮遊していた。
その機械は、行列の先頭にいる男に緑色の光線をあびせ、つぎに下部のスリットから容器を落とした。重力制御技術か、容器はゆっくりと落下して男の手に収まっていった。
ジークを地面におろすと、男は不思議そうな顔をした。
「なんだ? E公どもの配給が、そんなにめずらしいのか?」
「E……公?」
「だから、エイリアンどもだろ。俺たちを飼ってやがる」
「飼ってるって?」
すっ頓狂な声を出したのだろう、行列の何人かが振り返った。
「まあ連中は、希少種の保護だとかなんとか、そんなお題目をとなえちゃいるが、俺たちにしてみりゃ飼われてるのとかわりねぇ。三度の食事に、お家までついてくらぁ。ご丁寧に俺たちの都市まで再現して、どこでも好きなところに住んでいいとよ。ありがたくって涙が出てくるね。知ってるか? さっきのサイレンだがよ、やつらの言葉で『はーい、ジョン、ごはんの時間よー』とでも言ってるって噂だぜ」
そうしているあいだに、ひとりずつ順番が進んでゆく。やがてジークの番が回ってきた。
球体から降りそそいだ緑色の光に、ジークの体は包みこまれる。
光は一瞬消えたあと、もういちど現れて、ジークの体を走査するようにまたたいた。そのあとで、食事のパックが手の中に降りてくる。
その様子を見ていた男は、ジークに言った。
「なんだよ? ずいぶん念入りに調べてたな。おまえもしかして、病気持ちか? だが心配はいらねぇ。そいつを全部食えば、どんな病気も治っちまうよ」
男は念を押すように、もういちどジークに言った。
「ちゃんと食えよ? 残さず食えよ? おめえら若いもんには、すこしでも長生きして、俺たちのみじめったらしい歴史を伝えていってほしいからな……」
男は遠い目になった。
「こう見えても俺はよ、大学で歴史を教えてたんだ……。《ストーカー》のやつらが攻めてくるまではよ」
「《ストーカー》……?」
つぎつぎと知らない言葉が飛び出して、ジークは困惑した。
食事のパックを手に持って立っていると、後ろからきた女に突きとばされる。
「おっと――」
倒れかけたジークを、男の手が支える。
ジークは男の手につかまったまま聞いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。さっきE公って言ってたけど、それと《ストーカー》ってやつは別なのか? エイリアンって、何種類もいるのか?」
「何種類どころか、何千も、何万も種類はあるさ。だが俺たち人類が出会ったのは、そのうちの二種類だけだがな。いまこうして俺たちにエサをくれてるE公と、俺たちを滅ぼした《ストーカー》のやつだ」
そこまで言って、男は大きくため息をついた。
「だけどおめぇ、そんなことも知らねぇのか? まあ無理ねぇか……。知らねぇでも、べつに食うには困らねぇしなぁ……。おめえ、いくつだ? 十五、六ってとこか? そうだよな……。おめえくらいの歳だと、生まれてたかどうかもあやしいってとこだもんな。そうかぁ……最近の若いやつは、あの戦争も知らねぇって言いやがるのか、そうかあ……」
「いま……いまって、何年なんだい?」
「何年? 妙なこと聞くな、おめえは……それになにか意味あんのか? ええと、そうだな――にの、しの、ごの……」
男は過ぎ去った年月を指折り数えていった。
答えが返るまでに、ずいぶんかかった。
「あれから十四――いや、十五年だな。そうすっと今は、百五十六か――七年のはずだ」
「英雄暦で?」
「英雄、ねえ……そんな連中は、もうひとりも生き残っちゃいねぇが、その通りさ」
ジークは立ち尽くしていた。何かただならぬことが、自分の身に起きたらしい。
記憶に間違いがなければ、ジークのいた時代は、英雄暦一四一年のはずだ。
ここは――この世界は、それから十五年も過ぎ去ってしまった場所らしい。
にわかには信じ難いことだったが、この奇妙な街並みを見ると、納得できることもある。
自分の身に何が起きたのか、ジークは気になった。
どうして十五年も時間が飛んでいるのだろうか。
「歴史に興味があるのかよ? だったらまかせな。よし、おめぇはいまから俺の生徒だ。滅びつつある人類の歴史ってやつを、みっちり叩き込んでやるぜ。だがまあ……そいつはゆっくり食える場所に行ってからだ。まずは飯だ。食えるときに食え、それが生き残る鉄則よ」
男はジークの肩を叩くと、陽気に歩きはじめた。
男は食事を腹に詰めこんでから、〝歴史〟をジークに語った。その内容は、およそ次のようなものだった。
人類は異星種族による侵略を受け、壊滅的打撃をこうむったらしい。
それまで人類は、銀河に自分たち以外の種族が存在しているとは、露ほども思っていなかった。
探検の手を銀河中心核まで伸ばして、異星人の古代遺跡を無数に見つけていながら、現物が銀河のどこかに存在しているとは考えなかったのだ。
打ち捨てられた廃墟は見つけても、生きて生活している異星人には出会わなかったからだ。
それには理由があった。
探して見つかるようなうかつな種族は、この銀河ではそう長いこと存在していられない。
この銀河には、何億年にも及ぶ歴史と限りなく不死に近い強靭な肉体を持ち、恐るべき技術と、決して諦めることを知らない岩のような忍耐力を兼ね備えた怪物のような種族がうようよしているのだ。
人類を襲ったのも、そうした種族のひとつだった。
名を《ストーカー》という。
もちろんそれは、人類が付けた名前にすぎない。
彼らの本当の名前は、人間には発音することさえできなかった。
直訳すれば|《無貌なる者》という意味になるらしいが、あまり一般的ではない。
彼らの行いを表すには、《ストーカー》という名前のほうが、よりふさわしい。
襲撃は突然に、そして静かに始まった。
辺境のいくつかの自治星系が音信不通になったことが、その予兆だった。
船便で運ばれる情報がゆっくりと中央まで到達し、惑星連合が調査船団を派遣するまでには、かなりの日数が過ぎさっていた。
そのあいだにも、連絡の途絶えた星系国家は増えつづけていた。
辺境におもむいた調査隊は、完全に空き家となってしまった惑星をいくつも発見した。
都市に破壊のあとは見られず、人の姿だけが忽然と消え去っていたのだ。食事の用意された食卓が、そのままの形で放置されていたケースもあったという。
いくつかの惑星を回ったあとで、調査隊はついに彼らと遭遇した。
強力な戦闘艦を含む調査隊は、ただ一度の戦闘で壊滅的な被害を受けた。
あらゆる兵器が通用しなかったのだ。
ただ一隻、無人のまま帰還した戦闘艦の映像メモリには、生きたまま蹂躙される隊員の姿が映っていた。
彼らはなぜ、人類を襲うのか?
一説によれば、彼らの侵略行為は、ある崇高な目的によって支えられているという。
「つまりだな、〝愛〟なんだよ」
「なん……だって?」
ジークは思わず聞き返していた。
憎悪――というなら、よくわかる。
下等種族の排除とか宇宙の浄化とか、そんな偽善的な理由だったとしても、納得できるかもしれない。
「俺たちみてぇな、準知的段階にある幼い生命体が好みらしいぜ。ほれ、人間にだってあるだろ、子供じゃねぇと欲情しねぇっていう………ええと」
「ロリコン?」
「そう、それよ。やつらに居場所を探りあてられ、手込めにされちまった若い種族がたくさんあるらしいぜ」
男は酒をあおり、話をつづけた。
「やつらが攻めてくるしばらく前――半年くれぇ前だったかな。宇宙ででっけぇ花火があがったのよ。どこかの馬鹿野郎が、ネクサスっていう惑星を吹っ飛ばしちまいやがった。そのときに出たタキオンを奴らに見つけられたんじゃねぇかって、俺はそうにらんでる。馬鹿野郎が……てめえたちで知らせてたんじゃ、世話ねぇだろうが」
男は吐き捨てるように、そう言った。
「あの……。《ヒーロー》は? 《ヒーロー》は、どうしたんだい?」
「戦ったさ。名の知れた公認《ヒーロー》に、どこの馬の骨とも知らねぇ野良《ヒーロー》――それから《ダーク・ヒーロー》までな。だが数が違った。おめえだって知ってるだろ? 銀河で知的生物を名乗っている連中は、種族ぐるみ《ヒーロー》の力を持っているってことくらいよ」
「全員が……全員とも、《ヒーロー》?」
「違うって。そうじゃねえよ。《ヒーロー》と同種の《力》を持ってるってだけさ。まあ《ストーカー》の連中にかぎっていえば、全員が全員とも《ダーク・ヒーロー》みてぇなもんだがな……。そんなわけで、星を砕くような超兵器だって、奴らにゃ通用しねぇ。何度か大きな戦いがあったらしいが、そのたびにこっちの《ヒーロー》の数は滅っていって……最後にゃ、みんなぶち殺されちまったらしいぜ」
男はそこらのゴミを乱雑に押しやってスペースを確保すると、ごろりと横になった。
暗い空を見上げながら、話をつづける。
「それ以来、俺たち人類にゃ《ヒーロー》はいねぇ。こんな動物園みたいなとこで、E公に守ってもらって、エサをもらって生きてるわけよ。連中がいうには、物理法則を意思の力で操れねぇような生き物は、知的生物には値しねぇんだとよ。ふざけた話だぜ。だがまあ……昇格する可能性を持った準知的生物ってことで、銀河種族の中でも良心的なE公に保護されてるってわけさ……。あのまま絶滅してたほうが、まだましだったかもしんねぇな。そこらじゅうに転がってる連中を見ろよ――」
男は道端に寝転がっている人々を顎で指し示した。
食事をもらって帰ってきた人々は、食べ終わったあと無気力に横たわるばかりだ。
「食っちゃあ、寝る――まるで動物園のサルだぜ。おっと、俺も人のことは言えねぇか。なにせここは、雨は降らねぇし、気温と湿度はいつも最適に調整されてる。わざわざ家に住む必要もねぇときたもんだ。俺もこうして気楽な野外生活だしな」
ジークは男にならって、地面にごろりと転がった。
暗くて星のない夜空を見上げる。
短い時間で送りこまれた情報量に、目覚めたばかりの脳細胞が悲鳴をあげていた。
「ここ……どこなんだろ?」
「さあな、宇宙のどっかさ」
だんだんと眠気が襲い、ジークが目を閉じようとしたとき――。
「いけね! もうこんな時間じゃねぇか!」
男は不意に起きあがった。
「おい、おめえも起きろ。女のとこに行くぞ!」
「女……のひと?」
「ああ、女だ。……っつても、そこいらに寝転がってるマグロみてぇなババアじゃねぇぞ。ふるいつきたくなるような、とびっきりの女たちだ」
男はそう言いながら、そのへんに転がっている酒瓶をかき集めた。中身を移して、満タンの瓶を二つばかり作りあげる。
「おめえ、それだけ口がきけるんなら、あっちのほうだってちゃんと立つんだろ?」
ジークは顔を赤らめ、うつむいた。
「なら行くぜ。俺みてぇなジジイじゃ、はなも引っかけてもらえねぇが、おめえは若いし、みてくれだって悪かねえ。うまくすりゃあ、やれるかもよ?」
「い、いや……いいよ、そういうのは」
逃げ腰になるジークの首を抱えこみ、男は立ち上がった。
引きずるようにして、道を歩きはじめる。
「うるせぇ黙れ。いいか? こいつは義務だ。人類の一員としてのな。こんな御時勢だから、子供なんて産もうとする女はほとんどいねぇ。だからおめえみてぇな若造が頑張らねえといけねぇんだ。女がちょっとでもその気をみせたら、遠慮しねぇで注いでやるんだぞ」
「な、なにをさ……?」
「アレに決まってんだろうが。中にたっぷりお見舞いして、ガキを孕ませてやるんだよ。おめぇ、無駄遣いしてねぇで、ちゃんと溜めてるだろうな?」
そう言うなり、男はジークの股間をがしっと掴んだ。
「よし、話だけでこんなになってんなら合格だ。さあ行くぜ」