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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第一章{現在}
85/333

一人きりのブリッジで

 心臓の鼓動と、ゆっくりした息遣い。


 《サラマンドラ》の操縦士席に座りながら、ジークは自分の体内から聞こえる音にじっと耳を傾けていた。


 誰もいないブリッジを静寂が支配している。


 輝度を最低まで落としたモニターの片隅で、ひと組の数字がカウントダウンを続けていた。

 計画始動までの秒読みだ。Tマイナス7200から始まって、もういくらも残っていない。


 ジークはポケットの中をまさぐって、鎖のついた翼型の首飾りを取りだした。

 銀の鎖を巻きつけるようにして、コンソールの一角に固定する。


 カウントの数字が、ゼロになった。


 ゼロをまたいで、プラス1……、プラス2……。

 眼下に広がった惑星上で、ちいさな光が生まれた。

 その小さな物体は、光とガスを吐きだしながら上昇をつづけた。すべての固体燃料を速度にかえて、重力と風の支配する大気圏から、ジークの待つ宇宙へと昇ってくる。


 ジークは操縦桿とスロットルに手をかけた。

 待機モードに落ちていた船の操縦システムを目覚めさせる。


 旅客モジュールを頭部につけた不格好なロケットは、すべての燃料を使い果たして惰性で進んでいた。

 そのままではふたたび大気圏に落ちてしまう弾道飛行だ。


 《サラマンドラ》は数十キロまで接近すると、トラクター・ビームを発射した。

 原理も解明されていない異星人のメカから発射された不思議な光線は、ロケットと《サラマンドラ》を結びつけた。


 《サラマンドラ》のメイン・エンジンが全力を絞り出し、ぐいとロケットを引きあげる。

 《サラマンドラ》を支点にしてロケットは大きく振り回され、その頂点でトラクター・ビームが切り離される。

 充分な速度を得たロケットは、さらなる高軌道へと昇っていった。


 ひとつ目のロケットを放りあげたときには、もうふたつ目が昇ってきている。額の汗をぬぐう暇もない。


 いつしかジークは、すべてを忘れて作業に没頭していった。


    ◇


「ほらそこッ! もたもたしてんじゃないッ! すぐ次のがくるよっ!」


 地上3万キロの宇宙空間で、アニーは弟と妹たちに檄をとばした。


 72秒に1基の割合で、ロケットが送りこまれてくる。

 あまりいいコントロールとは言えない。

 ときには1000キロも狙いが外れるときもあった。


 アニーが率いているのは、回収チームのうちのひとつだった。

 急ごしらえのタグボートが3隻。それに宇宙服姿の子供たちが、2、30人ほど――命綱だけを頼りに、わらわらと群がっている。


「姉ちゃん、こっちいーよー!」

「こっちもだよー! ほらぁミリイのノロマぁ! そっちまだかよー?」

「ノロマじゃないもん! いまおわったもん!」


 同じようなチームが、直径1000キロの空間に何十と散らばっている。

 受け取ったロケットを曳航し、組み付けるまでの作業を一貫して行う。


 チームワークが重要になるため、ほとんどのチームが〝家〟(ホーム)を単位に構成されていた。

 昔からの生存競争の相手が、ひとつの目的を果たそうとして手を組み、やはり競争している。

 おかしなものだった。


「ほらっ! 手のあいたやつは窓に張りつきな! 中のお客さんに手を振ってやるんだよ!」

「わかってるって、姉ちゃん」


 アニーの声に、子供たちは命綱を引きずって窓に取りついた。不安に怯える乗客たちに、手を振ってみせる。


「ほーら、怖くない~、怖くない~」

「だけど宇宙が怖いなんて、へんな連中~」


 全員が体を固定したのを確認して、アニーはタグボートをゆっくりと発進させた。

 ロープが張りつめ、ロケットが牽引されはじめる。

 タグボートの残りの2隻は、カタリナとカイルが操っていた。

 3隻のタグボートの推力バランスを保つのは大変なことだが、この顔ぶれなら造作もないことだ。


 1500人が詰めこまれたロケットを曳航して、アニーはゆっくりと進んでいった。


    ◇


 打ちあげに関するすべてのコントロールが、この小さな部屋に集中していた。


 運びこまれた機材が盛大に消費する電力のおかげで、管制室の気温はうなぎのぼりだった。

 まるで効きもしないエアコンは、熱い空気をかき回すばかりだ。


 計画開始から3時間――早くもサウナの状況を呈しはじめた管制室コントロール・ルームで、エレナは手元のディスプレイに注意を向けていた。


 薄手のブラウスが汗で張りつき、下着の線が透けだしてしまっても、気にも留めない。

 まわりで仕事をしている男たちも、誰ひとりとして気にしない。


 ロケットのデータを検分したエレナは、心の中でゴーサインを下した。

 騒然とした室内でもよく通る声で、カウントダウンを開始する。


「第145便、3……、2……、1……、ファイア――」


 72秒に1基が打ち上げられるという状況下では、カウントダウンも3から始められる。

 いま上昇していったロケットが視界に残っているうちに、次のロケットがスタンバイに入っている。


「145便、K班、おねがいね――」

「K班、了解――引き継ぎました」


 ロケットの軌道修正や追尾といったモニター作業は、数人ずつで構成される小班へと引き継がれてゆく。


 エレナは全神経を集中して、次の146便のデータのチェックにかかった。

 なにぶんにも突貫作業ででっち上げた急造のロケットだ。万全を期したつもりでも、どこかに無理が生じてくる。


 発射までの数十秒で、それを見分けなくてはならない。

 ひとつ間違えれば、1500人の命が犠牲になってしまうのだ。

 打ちあげ予定のロケットは、まだ1000基以上も残っている。

 この段階なら、不備のあるものは再整備を行って後に回すことができた。


 そう。残り1055基だった――。

 予定では、いまこの瞬間に残っているのは、1050基でなければならない。

 わずか5基、たった3パーセントほどではあったが、遅れは着実に生まれつつあった。


 エレナは自分のディスプレイに、スケジュールのグラフ表示を呼びだした。

 視界の隅にいつでも映っているように、小さく縮小して画面の片隅に貼り付けておく。


「第146便。3……、2……、1……、ファイアー」


 また1基のロケットが、噴射のまばゆい光の柱に乗って、上昇していった。


「オっシ! 病人船はイマので終わりだ。つぎはオンナコドモ、行くぞッ!」


 部屋中を駆け回り、総指揮を執っていたカンナが、大きな声でそう宣言した。

 スタッフたちは各々のディスプレイを見つめたまま歓声をあげた。

 全体の12パーセントを打ちあげ終わったことになる。

 次の便から200基ほどは、乳幼児とその母親の乗るロケットだ。


 打ち上げの順番は、議論の余地なく決まっていた。

 病人と怪我人。子供と母親。老人と女性。そしていちばん最後が男性という順番だ。

 誰が言い出さなくとも、古来より、そういうものと決まっている。


 最後の20パーセントを占める男たちのロケットでは、多少の無理が利く。

 そこで埋めあわせができればよいが、もし、無理だとしたら――。


「第147便。3……、2……、1……」


 押しよせる不安に眉を曇らせながらも、エレナは自分の仕事を遂行していった。


    ◇


 惑星の重力に逆らって、1500人の乗ったロケットを宇宙の高みに放り投げる。


 ロケットを投げ上げたかわりに、《サラマンドラ》は大きく沈みこむ。

 スラスターを吹かして失った高度を取り戻しながら、ジークは次のロケットへと向かった。


 全力でまっすぐに加速してゆく数秒のあいだ、操縦桿から手を離す。

 シートの脇に固定してあった無針注射器インジェクターを取り上げ、目盛りを3つめにセットした。

 規定量の3倍の薬液を、肘の内側に一気に撃ちこむ。


「ふぅっ――」


 赤く腫れあがった皮膚に薬が浸透する。

 その痛みが、朦朧とした頭をすこしは目覚めさせてくれる。


 計画開始から、12時間が経過しようとしていた。

 栄養剤と目覚ましの成分がミックスされたカンナ特製の薬も、だんだん効き目が弱くなってきている。それだけ疲労が蓄積されているのだろう。


 短い加速期間が終わりを告げる。

 ジークはふたたび操縦桿を握りしめた。

 宇宙服の採尿パックも交換したいところだが、そんな暇はありそうにない。

 まあ――ちょっと具合の悪いことになるだけで、命に関わるほどでもない。


 インジケーターのランプが、またひとつ消えた。

 ついさっき放り投げたロケットの新しい軌道が算定され、タスクの位置が「実行待ち」から「完了済み」に移行したサインだ。


 1200個に仕切られたグリッドは、エレナの残していったプログラムによって、下の管制室とリンクしていた。

 そこには常に最新の情報が示されている。


 どれだけの人を送り届けることができたのか――。

 どれだけのパーセント、遅れているのか――。


 消えているランプは、約半分。およそ600基――90万人もの人々を、安全な場所に送り届けたことになる。

 遅れのほうは、あいかわらず3パーセントのままだった。

 数値としては同じでも、ロケットの数でいうと18基に増えていた。


 人数なら――。


「だめだ!」


 途中までやりかけた計算を、ジークは頭の中から投げだした。


「助けるんだ! みんな! ひとりも例外なく!」


 誰もいないブリッジに、ジークの声だけが響きわたる。


 3パーセントの遅れの出た原因は、うっすらと察しがついていた。

 計画の説明をカンナから受けたとき、ジークの行う作業のシミュレーションを見せられた。


 無理のない計画だと、その時のジークはそう判断した。

 だがいまから思えば、あのシミュレーションは、パイロットがアニーであることを前提にして動いていたような気がする。


 ジークとアニーの、パイロットとしての技量の差――。

 数値としては、許容誤差に含まれてしまうような、わずかなものかもしれなかった。

 だがそれはひとつの壁として、確実に存在するのだった。


「アニー……」


 ジークはつぶやいた。


 いつからだろう――歯車が、どこかでおかしくなっていた。その原因が誰かにあるとしたら、それはたぶん自分のせいなのだろう。

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