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星くず英雄伝  作者: 新木伸
EP3「宇宙樹の少女」 第一章{現在}

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脱出計画開始

『1200基のロケットによる惑星脱出けーかくの開始は、ついにあと数時間後に迫ってきましたっ! ごらんくださいっ! 避難を開始した人たちで、宇宙港周辺はものすごい混雑をみせちゃってますっ!』


 壁のディスプレイには、宇宙港周辺の様子が映しだされていた。

 ハイウェイには車がひしめき、大荷物を手に路肩を歩く人の列がどこまでも続いている。

 車の運転席で狂ったようにクラクションを鳴らしていた男が、いつまでも動かない渋滞に業を煮やし、車を捨てて自分の足で歩きはじめる。


 宇宙港の外を映していたカメラは、ぐるりと回って、今度は滑走路側を映しだした。

 画面に入りきるだけでも、何十基ものロケットが垂直に立ち並んでいた。


『わたしたちCBCほーそーでは、こんせーきさいだいの脱出けーかくの様子を、はじめからおわりまで、ぜーんぶ独占なまちゅーけーしちゃいます! ほーそー開始は、夜の7時から――』


 ジークはリモコンを操作してニュース放送の音を絞った。あのリポーターの声は、どうにも耳にさわってしかたがない。


「あ~、お姉さん見てたのにィ」


 ディスプレイに噛り付いていたリムルが、不満げな声をあげる。


「もうすこししたら、間近でいくらでも見れるだろ?」


 そう言って、ジークはリムルの柔らかい髪を軽く撫でた。

 計画の始まったときには、リムルはあの放送チームに預けられることになっている。


 様々な分野の専門家が死力を振りしぼる計画だ。

 まだまだ見習いから抜けだしていないリムルには、これからの20と数時間。なにも出番はない。


 カンナとエレナ、ジリオラの3人は、このクラヴァン宇宙港のコントロール・センターに詰め、打ち上げの総指揮を行うことになっていた。


 急造されたロケットには自前の操縦装置などはついておらず、何百年も昔の地球時代のロケットのように、すべての面倒を地上で見てやる必要があった。


 カンナたちの手足となるのは、宇宙局の職員たちだった。

 ほかにも貨物船の宇宙船乗り《ふなのり》たちのあいだから、腕の立つ専門家エキスパートを数名ほど引き抜いている。

 総勢50名のスタッフが、1200基のロケットを24時間かけて地上1000キロの低軌道まで放りあげるのだ。


 そこから先は、ジークと宇宙樹(ユグドラシル)の人間の仕事だった。


 ロケットが昇ってこれるのは、地上1000キロの軌道までだ。

 1基のロケットに1500人も押しこんでいるから、そこまで昇るのが精一杯だ。

 ジークの操縦する《サラマンドラ》が、よろよろと昇ってきたロケットをトラクター・ビームで引っつかみ、さらに高い軌道に放り投げる。


 想定される危険範囲は、地上から高度1000キロまでの球状の空間だった。

 その範囲には、もちろん宇宙樹(ユグドラシル)も含まれている。


 18万5千人の中から選抜された作業部隊は、すでに軌道上で待機していた。

 放り投げられたロケットを回収し、繋ぎ合わせ、大きな共同体コミュニティを作りあげるのは彼らの仕事だった。

 その作業ができるのは、廃物を利用して宇宙樹(ユグドラシル)に巨大な街を作り出していた彼らだけだろう。


 ロケットの生命維持機能は、1500人の乗客を1日生かしておくだけの容量しか持っていない。

 だが何本ものロケットを繋ぎ合わせて空間容積を増やすことで、効率を上げることはできる。

 宇宙服ひとつでやってくる宇宙樹(ユグドラシル)の人々を受けいれてなお、近隣星系からの救援が到着する数日先まで、持ちこたえることができるはずだ。


「ねー、ジークぅ。もう時間だよぉ?」


 頭を撫でられていたリムルが、壁の時計を見てそう言ってくる。

 ジークは困った顔で、全貝を見回した。自分がぐずぐずしているのはわかっている。それがなぜかは――わからなかった。


 15分だけということで集まった皆は、そろそろ仕事に戻らねばならない。


「オイオイ、なに泣きそうなカオしてんだヨ。今生の別れってワケでもあるまいに」

「あたり前だろ」


 ジークは言った。


「じゃあジーク、ぼく行くねー。おねーさんが待ってるんだ。ぼく弟子の第1号なんだってさー」


 リムルはそう言って、飛びつくようにジークの頬にキスをしていった。

 ドアのところでもういちど振り返り、手を振っては、元気よく駆けだしてゆく。


 リムルの次はジリオラだった。

 軽く膝をかがめるようにして、彼女はジークの肩を一度だけ、がっしりと抱いた。

 そうしておいてから、彼女は広い背中を見せつけるようにして悠々とドアを抜けていった。


「社長――いえ、ジーク」


 エレナがやってくる。

 あの一件があってから、おたがいに気まずくて、ろくに話もしていない。


 ジークは一歩も引かなかった。

 思い詰めた瞳でエレナが歩み寄り、視界いっぱいに、エレナの顔が迫っても――。


 ジークは逃げることなく、エレナの柔らかいくちびるを感じた。

 舌が入ってきた時は、さすがに取り乱しそうになったものの、それでも最後まで持ちこたえた。


「…………」


 短くて長いキスを終えて、エレナは無言で立ちさっていった。


 ジークは熱に浮かされたように、ぼうっとした顔で立ちつくしていた。


「ひューっ、見せつけてくれるねェ」


 ひとり残ったカンナは、腰に手をあて、呆れたような顔でエレナを見送った。

 長い黒髪を振りたてるように、きっと――ジークに顔を向ける。


「おい――ナニ期待してんだ、オマイは?」

「な、なにって……?」

「まァ――これで最後になるかもしんねーし。まッ、いっか……」


「縁起でもないこと言うなよ」


 ジークの抗議を無視して、カンナは手近な椅子を引っぱり出してきた。

 その上にぴょんと飛び乗り、さらに背伸びまでして、ようやく同じ高さに顔がくる。


「ヨっ――と。ホレっ、特別サービスだ。目ェ――つぶれ」

「ちょっと待――むぐっ」


 問答無用で押しつけられたくちびるを、ジークは不承不承、受けとめた。

 どうしてみんながみんな、こうなってしまうのだ? いや、ジリオラは違ったが――。


「ウン――ちッたぁ《ヒーロー》の顔になってきたじゃないか」


 ようやく離した小さなくちびるで、カンナはそう言った。

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